黒バス(2012.10~2017.12)

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ぶるっと冷える体を両手で擦りながら階段を降りる。
窓の外に映った景色はやたら白くて、真司は思わず窓際へと顔を近付けた。

「わ…」

漏れたのは感嘆の声。
真司は素早く部屋から上着を取ってくると、そのまま玄関へと向かった。
冷えきった靴に足を入れて、とんとんと軽く床を爪先で叩く。

かちゃっと開け放ったその向こうには、白銀の世界というには物足りないが、うっすらと白で覆われた日常が広がっていた。

「寝てる間に降ったんだ」

庭に生えている葉の上に積もっている雪をすくいとると、冷たさが手の上を滑り溶けていく。

毎年少しは降る雪も、ここ数年は年に一度あれば良い程度に落ち着いてしまった。
その為か、中学二年生の心を踊らせるには十分な代物へと成り上がったわけだ。

「冷たっ…」

いつの間にやら年は明けて、新たな一年の始まりをとうに迎えた。
冬休みが終わり、いつも通りの生活が始まって。そんな日々に飽きてきた真司にとっては予期せぬ喜ばしい出来事だ。

ぷるぷると数回手を降って手のひらの雪を地面に返す。
それでも高揚した心は熱を持ったまま。


そんな休日。真司は部活の為に学校へ出向くのだった。



・・・



真司っちー!はよっス!」

たたっという軽やかな足音と共に、後ろから近付いてくる明るい声。
なんでこんなに元気なんだ、といつもなら思っていたことだろう。しかし、本日は別だ。

「おはよ!すごいね雪」
「ね、朝起きてびっくりしたっスよ」
「俺もー。暫く眺めちゃった」

歩く度にサクサクと足が埋まる。
休日の朝、まだそれ程人の通っていない道は綺麗な雪で覆われていた。

「部活終わったらさ、ちょっと遊びたいよね」
「そっスね、こんな機会滅多にないし」
「うん」

最初に会えたのが黄瀬で良かった。
黒子や緑間あたりだったなら、風邪をひくと一喝されたかもしれない。

雪の積もった足元を見て、無意識に頬が緩む。
その真司の目の前に、急に黄瀬の手が伸ばされた。

「何?」
「いやぁ…雪で楽しくなってる真司っち可愛いなって」
「…」

顔を上げると、真司以上にふにゃふにゃな笑顔を浮かべた黄瀬が見下ろしている。
黄瀬の手は真司の頬に触れて、冷え切った耳にも触った。

「ふふ、赤くなった真司っち可愛い」
「何それ、いつもは可愛くないって?」
「ち、違うっスよ!いっつも真司っちは可愛いっス!」
「ばーか」
「え!?」

可愛いとか言われても嬉しくないっての。
と思いつつも嫌じゃない自分がいることがもっと気に食わなくて。

「言っとくけど、黄瀬君も可愛いよ」
「…!?ななななんスかいきなり!」
「え、黄瀬君嬉しいの?」

寒さで赤くなっていた黄瀬の顔が、更に一気に色づいた。

嫌がらせのつもりだったのだが。なんて言ったら余計に面倒なことになりそうなので、あえて言ったりはしない。
しかし、実際のところ顔だけなら可愛い部類なのではないか。

「え…な、そんな、見ないで欲しいっス…」

じっと黄瀬の顔を見つめる。
睫毛は長いし、目もなかなか大きい方だ。背さえ通常のものだったなら。

前に進みながらも、お互いに顔を見つめ合っている。
そのせいで、前から迫り来る物体に気付くことが出来なかった。


「ぶっ!!」

隣を歩いていた黄瀬が後ろにのけ反る。
顔面に受けたのは、真っ白な雪玉だ。

「おっしゃ!ストライク!」
「おはようございます、烏羽君、黄瀬君」

前方にいるのは黒子と青峰。青峰は見るからに何かを投げた直後の体勢のままガッツポーズをとっている。

「ひ、酷いっスよ青峰っち!」
「あ?そこに的があったんだから仕方ねーだろ」
「的!モデルの顔!」
「朝からうるせーなぁアイツ」

なぁ、と横にいる黒子に笑いかける青峰に少し胸が暖かくなる。
真司は冷たそうな黄瀬をそのままに、青峰と黒子の元へ駆け寄って行った。

「おはよう青峰君、テツ君」
「はよ」
「結構積りましたね、雪」

次の雪の玉を作り出す青峰に対し、黒子は足元の雪を踏み慣らすだけで触ろうとはしない。
コートにマフラーに手袋。黒子は寒いのが苦手なようだ。

「いいなぁ手袋」
「持ってないんですか?ボクの片方貸しますよ」
「え、いいよ、テツ君の手が冷えちゃうじゃん」
「ではこちらの手は繋ぎましょう、烏羽君」

真司寄りの手を纏っていた手袋を外すと、黒子はその手を真司に差し出した。
ナイスアイデア、なのかは分かりかねるが、黒子がそうして欲しそうに手袋を押し付けてきては跳ね返すことは出来ない。

「ありがと、テツ君」
「構いませんよ」

片手に黒子の温もりの残った手袋を着用し、もう片方の手は黒子へ差し出す。
黒子の手は残念ながら暖かくなかったが、心の方はぽかぽか暖かくて。

「テツ君はすごいなぁ」
「何が、ですか?」
「なんか…なんかいろいろ」
「いろいろですか。ありがとうございます」

意味など理解していないだろうに、黒子が頭を下げる。
それがなんとなく滑稽で、真司は小さく笑うと一歩踏み出した。
さくっと足元で聞き慣れない音が鳴る。

「早く行こう、寒いし」
「そうですね」

青峰と黄瀬が後ろで騒がしい上に、遊びたい気持ちは真司にもある。
しかし、こんなところでくすぶっていたら十中八九赤司に怒られるだろう。
勿論寒いというのも理由として間違ってはいないが。

「あぁああ!真司っち、黒子っちぃい!置いてかないで!」
「黄瀬君うっさーい」
「黄瀬君、少し静かにして下さい」
「酷っ!」

言葉とは裏腹に、真司と黒子の顔には笑顔が浮かべられている。
やはり皆がいるというのは、一番の幸せだった。



・・・



遅刻はしていない。皆練習時間には間に合ったし、むしろ早く着いたくらいだ。

「…いや、な。赤司、これは仕方ねーと思う」
「そもそも青峰っちが雪投げつけてきたから!」
「黄瀬」
「…ハイ」

というのに部活前からこの空気だ。
それには当然わけがある。

「体を動かす前からそこまで濡れてくる…ということは、今日は汗まみれになる覚悟が出来ている、と」

青峰と黄瀬が歩いた後は、絞っていない雑巾を置いたかのように濡れていた。
勿論、そうなったのは体育館だ。

それだけなら二人に拭け、と命じるだけで済んだかもしれない。
しかし、その水によってバッシュに履き替える前の真司がひっくり返ったのだ。
その瞬間、赤司の目が光ったのを二人は忘れない。

「そ、それより赤司っち…めちゃくちゃ寒いんスけど…」
「腕立てと腹筋、スクワットを200回ずつ」
「…ハイ」
「青峰、お前もだ」
「…はぁ」

この寒い中、黄瀬は予備のTシャツに着替え、青峰は上半身裸になった。見ているだけで寒い。
真司は二人から視線を逸らし、自分の尻を擦った。

烏羽、平気か?」
「うん…。痛いっていうより恥ずかしい」
「思いっきり転んだもんね~」
「やめて、思い出させないで」

顔を隠すように俯くと、その視界に小さな花の装飾が付けられたヘアピンが入り込んだ。
それを乗せる手にはテーピングが巻かれている。

「…緑間君?」
「今日のお前のラッキーアイテムなのだよ」
「これ、自分で買ったの?」
「他に誰が買うというんだ」
「うわぁ…。ありがとう」

手に取ったピンは、明らかに女性ものだ。
これを買った緑間には感服する。それを思えば真司がこれを使用するくらい何ということは無い。

左目に被っていた前髪を持ち上げて可愛らしい花のピンで止める。
既にコンタクトに付け替えていた真司の視界は、走っている時のように開けた。

「緑間、よくやった」
「わー烏羽ちん可愛い~」
「な!お、オレは別に、そういうつもりでは…!」
「…えぇ……」

赤司が活き活きした顔をして、緑間が真っ赤になっている。

この部活の間、絶対に鏡の前には立たないようにしよう。
そう思う真司もまた、自分の容姿の種類については理解しているのだった。

「ちょ、ちょっ、真司っちこっち向いて!!」
「何?」
「可愛…っ!よっし、ラストスパート頑張るっス!」
「黄瀬、あと100回追加」
「!?」

この間、黒子がずっと床を拭いていることには誰も気が付かなかった。




部活を終えて、彼等は校庭の真ん中に立っていた。
雪が積もっている為に、外の部活動は活動していない。それにより、昨夜積もった雪はそのまま残っている。

「おい黄瀬ェ…決着つけるぜ」
「今度は負けないっスよ」

そのやる気をバスケに見せることは出来なかったのか。
と思うのは恐らく真司だけではないだろう。
呆れた溜め息を吐いているのは、赤司に緑間。黒子は寒さに手を擦り合わせ、紫原はお菓子に夢中だ。

「おい、烏羽。お前は何をしているんだ」
「ん?戦闘準備だけど」

赤司に借りた手袋を装着し、きゅっきゅと雪を握り締める。
それをいくつか横に並べ、そのうちの一つを手に取った。

「狙撃班、標的を確認」
「…烏羽?」
「緑間君も、そのコントロールを活かさないかい?」
「遠慮する」

緑間に即答されて、なんだよーと拗ねつつも、真司は視線の先にいる青峰を捕らえた。
青峰と黄瀬の大きな手によって作られる雪玉はなかなかの殺傷能力を持っていそうだ。
しかし、それが面白い。

「黄瀬君、君に加勢する!」
「え!?真司っち!?」
「あ!?んだよそれ!」
「青峰大輝覚悟!」

握った雪玉を青峰へと投げつける。間一髪のところで避けた青峰に、反対側から黄瀬の攻撃が炸裂。
良い立ち位置についたものだ。青峰はまんまと挟み撃ちされる形になっている。

「おいずりぃぞ!テツ!こっち来い!」
「お断りします」
「くっそ…真司、覚えとけよ!」

覚えとけ、なんて言われなくても忘れたりはしない。
こんな楽しい日常を、一つたりとも忘れようなんて思わない。思えなかった。

「赤司君」
「何だ?オレを巻き込むなよ」
「うん…俺、こういう時、心底君に感謝するんだ」

今の、この時間があるのは全て赤司のおかげだ。
見つけてくれたのは青峰だった。しかし、赤司が真司を求めなければ今ここに真司はいないだろう。

「ありがとう、赤司君」
「…烏羽
「ん?」
「危ないぞ」
「え…う、わ!」

飛んできた雪玉が顔に突っ込んでくる。
それを顔面で受け止めた真司は、すくっと立ち上がると両手に雪玉を構えた。

「今!俺は赤司君と話してたんだよアホ峰君!」
「おい今お前なんつった!?」

雪を持ったまま青峰の近くへと走って行く。
それを投げて、次の雪をかき集める。それを丸めるのも億劫で、そのまま青峰に向けてかき上げた。

「冷てぇーよ真司!」
「そうしてるんだもん」
「え、なんか青峰っちズルいっス!」

なんだかんだそれが楽しくなってきて、雪合戦というものでは無くなっている。
しかし、こうなると不利なのは真司だ。背の高さ的に彼等の攻撃は頭から被ることになる。

「やっ、ちょ…ッ!服ん中入った!」
「え、大丈夫っスか!?」
「ハッ、この勝負を持ちかけたお前が悪い、真司
「青峰っちは上から降らせ過ぎっス!」
「黄瀬君、服捲んないで寒い」

黄瀬が真司の服の中に手を入れると、雪の束がばさばさと落ちた。ついでに肌に触れた黄瀬の手も相当冷えていて。

「っ、手…黄瀬君、早く抜いて」
「え、な、何?」
「冷たいから!」
「あ、あぁ、ごめんね」

何を思ったか黄瀬は顔を真っ赤にしている。

何一人だけ暖かくなってるんだ。真司が仕返ししようと黄瀬の服を掴んだ。

その時、三人の背後から速度のついた雪玉が二、三飛んできた。
それを顔や体に受けたのは、青峰と黄瀬の二人だけ。

「ぶは!おい今の誰…だ、よ」
「青峰、黄瀬。そんなに雪を浴びたいのなら紫原が相手してくれるぞ」
「えぇ…めんど…まぁ赤ちんが言うならやるけど」

そう言いながら、赤司も雪をぎゅっぎゅと押しつぶしている。
その横で、玉の数を追加しているのは緑間だ。

「ちょ!何急にやる気になってるんスか!?」
「なんでだろうな」
烏羽君、こちらで一緒に雪だるま作りませんか?」
「おぉ!雪だるま!」

青峰と黄瀬から真司が一人離れる。
それが開幕の合図となるのは勿論のこと。

青峰と黄瀬の叫び声を聞きながら、真司は黒子の横でぺたぺたと大きな雪の塊を作り始めた。


「皆楽しそうで良かった」
「ふふ、そうですね。烏羽君のおかげです」
「俺?」
「はい」

鼻を赤くした黒子が笑う。
それに釣られて、真司も頬を緩めて笑った。



・・・



手を振り皆と分かれて、帰路についた。
さっきまでが楽しかったせいか、薄汚れた雪の上を歩くその足取りは重い。
それでも家に帰るのが苦痛ではないのは、ここに赤司がいるからだ。

「赤司君、ホントにいいの?」
「あんなに寂しそうな顔をされては、放っておけないだろ」
「そんな顔してない…でも嬉しい」

激しい雪合戦のようなものがあった後とは思えない程、赤司は全く濡れていないし、乱れてもいない。
一方真司は青峰のせいで髪はびしょ濡れだ。
赤司が持っていたタオルを首からかけて、ほんの少し寒さを紛らわせている。

「俺、赤司君の匂い好き」
「ずいぶんとピンポイントだな」
「匂いだけじゃないよ、顔も体も…目も」
「へぇ」

初めは頭が良くて、憎たらしい奴だと思っていたのに。
自分の中で余りにも大きな存在になっている。

青峰のことが好きかもしれない。しかし、この赤司への思いの大きさと比べたら小さなもののようにも思える。
自分でも分からない。この赤司への思い。

「…」
真司、何を考えてる?」
「え、いや…分かんない」
「分かんない…面白いことを言うな」

くすっと笑う赤司の目がちらっと光った気がした。
恐らく、赤司にはお見通しなのだろう。真司の心など。

「あ、赤司君…俺…」

ぱっと見た赤司の顔が、真っ直ぐ前を向いていた。
真司は思わず口を噤んで、ゆっくりと顔をそちらへ向ける。そういえば、もう家が見える位置まで来ていた。

それが分かった途端に、嫌な予感が胸を押し付けて。嫌な予感の正体はすぐに確認出来た。

「…電気、ついてる…?」

家の、一階のリビングのカーテンの隙間から洩れる光。
付けっぱなしだった、とは考えにくい。今朝、カーテンを開けた後に電気など付けていないのだから。

「あ、赤司君…」
「行って来い、一人で」
「…っ」

とんっと赤司が背中を押す。
行かなくて良いと言って欲しかった。一緒に帰ろうと手を引いて欲しかった。
しかし、赤司はとるべき選択肢を真司に与えたのだ。


赤司が足を止めて、真司が一人で歩き出す。
火曜日だけ家に帰らなかった真司は、もう随分と長い間母と会っていなかった。
そのせいで、母と会うという行為に酷く緊張する。

ごくっと唾を飲んでから、真司は自宅の鍵を開けた。



「…ただいま」

小さな声で、ゆっくりと一歩を踏み出す。
リビングの奥に目を向けると、前より髪の伸びた母がビールの缶を片手に座っていた。
じっとこちらを見ている。

「あんた、今までどこに行ってたのよ」

先に声をかけたのは、母の方だった。それが意外で、思わず言葉を失う。

「か、あさんこそ…今日は珍しいね」
「はぁ?帰りたい時に帰ってきてるだけよ」
「…そう」

思っていたよりも、普通に会話出来ている。
真司は一度唇を噛んでから母に近付いた。

「中学生のガキが家に帰らないなんて、いい身分になったものね」
「母さんが嫌がるから」
「迷惑しかかけないわね、あんた。ほんと、最悪」
「…っ!」

じとっとした視線。
知っていた、この人が真司を嫌っているのは、顔が父の愛した母に似ているから。
その顔を持って生まれた以上、この人に愛してもらえる日は来ない。

「分かった、もう帰って来ない」
「…は?」
「どうぞ、この家を自由に使って下さい!さようなら!」

近付いた時とは違い、駆け足で玄関へと戻る。
そこに置いたバッグを抱えて、素早く靴を履く。いい日だったのに、朝からとても楽しい日だったのに。

「待ちなさい!どこに行くつもりなの!」
「どこだっていいだろ!」

掴まれた腕を振り払って飛び出す。
滑りそうな足元に気を付けることもなく、来た道を戻って行く。寒さなんて気にならなかった。
とにかく、この家から離れたかった。


「…っ赤司君!」
「おかえり」

優しい赤司の言葉に胸が暖かくなって、他のことなんてどうでも良くなる。
帰る場所をくれた。赤司は真司にとって帰る場所なのだ。

それがあるからか、赤司の元に帰りたかったからか。
家が暖かかったことにも、母の言葉の真意にも気付くことはなかった。


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