黒バス(2012.10~2017.12)
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青い空。清々しいほど晴れ渡るその下、日サロ通いかと疑う程の色黒。
「…なんだよ」
その青空とマッチした綺麗な髪を持つ黒子の弁当からちょいちょいオカズを奪うガングロ。
最近またサボりがちな癖に、良い筋肉を持っているのは変わらない。
それ少し分けろと思うのは真司と黒子、二人の意見だ。
「おい、真司」
ちなみに真司の手にあるオカズはお手製、もとい冷凍食品。
手作りよりも美味しいのだから利用するのは当然だが、以前黒子に料理が上手いと誉められたので、それからは冷凍食品少なめにしている。
「いい加減殴っぞ」
「いった!殴ってんじゃんこのガングロ!」
「あぁ!?」
「暴力はいけません」
「ぐはっ」
青峰の拳骨が真司の頭にヒットし、続いて青峰の腹部に黒子の突き(試合中にボールを相手にした場合イグナイトパスと呼ばれるはずである)が炸裂。
みごとな黒子の応戦に、真司はぐっと親指を立てた。
「さすがテツ君」
「烏羽君の為ですから」
「おいテメェら」
背後でゆらりと立ち上がる青峰の額には切れる寸前の筋が見える。
スポーツマンがそんなに短気でどうすんだ。そう思いため息をついた真司の前にどかっと座った青峰の怒りは、食によって解消されるようだ。
「それにしても、烏羽君。どうかしたんですか?」
「え?」
「青峰君の顔に何かコゲ跡でも付いてたんですか?」
「だからオレのは生まれつきだっつの」
「じっと見てたじゃないですか、青峰君のこと」
無意識だったんですか、と不思議そうに目を丸くする黒子は相変わらず可愛い。
真司は箸に視線を落として、昨夜のことを思い出していた。
友達とか、愛とか。
赤司と関わってからというもの、こういう意味の分からんことで悩む日が増えた。
「友情と恋愛との境目ってどこだろう」
「真司、頭でも打ったか?」
「ううん、結構真剣に」
言葉の通り、真剣な顔で二人を見つめる。
二人は互いに顔を見合わせ、それから不可解な出来事に見舞わったかのように眉をひそめた。
「それはつまり、好きな人ができた、と」
「え?うーん…そうじゃないんだけど」
「はー…。真司、とりあえず言えることは、聞く相手を間違えてるってこったな。そういうのはさつきに聞け」
「いやそんな桃井さんを巻き込むほどの事じゃ」
緑間の言い分だと、青峰と黒子が友人で、赤司や緑間、黄瀬、紫原は違う。
それってつまり、恋人候補だとかそういう意味で。少なくとも緑間はそうあるつもりなのだろう。
(でも…なんか違和感があるんだよなぁ)
その違和感は、本日クラスメイトの一男子に聞いた質問のせいでもあった。
・・・
『ねぇ、相浦君』
『烏羽君が話しかけてくるなんて珍しいな。何?』
『俺とキス出来る?』
『…は!?』
隣の席に座っていたクラスメイト。正直まともに会話を交わした回数は片手で数えられる程度しかない。
そんな彼にする質問としては、余りにも酷いものだったが仕方があるまい。
真司にはどうしても引っかかることがあったのだ。
『う…うーん。まぁ、その…嫌ではない、かな』
『え、嘘でしょ』
『いやほら、さ!烏羽君って結構綺麗な顔してるし』
いつから顔が綺麗という認識をクラスメイトにされるようになったか。
十中八九、女子が騒ぐせいなのだろうが、これでは話にならない。
真司はきょろきょろと視線を彷徨わせ、いつもよく彼と仲良くしているクラスメイトに指先を向けた。
『じゃー…。綿貫君とは?』
『ぜってー無理!』
『なんで?仲良いじゃん』
『いやいやいや、気持ち悪いって。それは無理だろ普通』
ぶんぶんと首を横に振っている彼は何を想像したか、顔を青ざめさせている。
なるほど。これが緑間の言う、友人とはしない、ということの一例なのだろう。
『変なこと聞いてごめん。ありがと』
『いや、構わないよ』
優しいクラスメイトの彼に頭を下げて、その話は終わった。
しかし、真司の中にあるもやもやは膨れ上がることとなったのだ。
・・・
再び青峰のこんがりな肌を見つめる。
彼は友人だ。変なことをして今の関係が壊れるのが怖い。
『奴等とこのようなことをしても、お前は平気でいられるのか?』
緑間の問いに、真司は無理だと思った。
青峰や黒子とそういう関係になるなど。そうなった日には今のような関係のままではいられない。
しかし、それはクラスメイトのした反応とは違うものだった。
目の前に座る青峰の体。がっちりとした腕に、筋肉の程よくついた上半身。
それに抱かれたとして、きっと嫌悪はそこに無い。
「おい、真司」
呼び声に意識が戻され、はっとした真司の目にはドアップになった青峰の顔があった。
驚いて身を引く前に、頬を外側へと引っ張られる。
「い、いたたた」
ぐるぐると巡っていた悩みがぱっと吹き飛んで、頬に集中する痛みに意識が寄る。
「一応教えてやっけど」
「な、なんだよもー」
「昼休み終わったぞ」
「はぁ!?」
ばっと顔をあげて今の時間を探ろうとするも、残念ながら屋上には時計が設置されていない。
そういえば黒子の姿が見えない。さぼる青峰の説得など当に諦めていた彼は静かに一人立ち去ったのだろう。
「声かけてよ俺にも…!」
「いや、かけたっつの」
「…嘘」
「まじで。つか、ホント何なんだよ真司」
呆れか苛立ちか、それとも困惑か。
どれもこれも混ざったような表情で青峰が真司を見ている。
自分が何も言わずにただじっと、青峰のことを見ていたからだろう。そんなこと自覚している。
むしろ、どうしてこんなにも違和感があるのかが謎だった。
「ねぇ、青峰君」
「文句なら聞かねーぞ」
「ちょっと、抱き着いてもいい?」
「……あ?」
今度は不意を突かれたっていう顔だ。
細い眼をいつもより大きめに開いて、ついでに口も開いている。
「意味わかんねーんだけど」
「確認したいことがあって。ちょっとだけ、いい?」
膝に乗せていた弁当箱を脇に置いて、体を少しだけ乗り出す。
青峰は頭を数回かくと、何か覚悟を決めたかのように咳払いを繰り返した。
それから体勢は変えずに、軽く腕だけを左右に開く。それは、そこに行っていいという返答を示しているのだろう。
「失礼しまーす」
「んだよそれ」
ハッと笑いながら吐き出した青峰の息が、伸ばした真司の手に微かに触れた。
青峰の足と足の間に体を入れて、腕を首に回す。そのまま体を寄せていくと、真司と青峰の頬が軽くぶつかった。
「…」
「何か分かったかよ」
「…ん」
「真司?」
どくんと胸が高鳴ったのが分かった。
耳元で囁かれた自分の名。別に特別なものでも何でもない、いつも通りに呼ばれた自分の名が、耳をくすぐって胸が騒ぎ出す。
なんだか気持ちが良いのと悪いのとか渦巻くような感覚。ずっとこうしていたいし、今すぐ離れたいとも感じる。
(これって、なんだっけ)
言葉で表せそうなのに、何故か引っかかって出てこない。
もう少しくっ付けば分かるような気がする。
「青峰君」
「おい、真司…?」
さっきより腕に力を入れて、青峰の首元に顔を埋める。
決して臭くないとは言えない汗の匂い。
それが嫌だとは感じなくて、むしろバスケをしている時に散る姿を思い出すと愛しささえ覚える程だ。
…愛しさ。
「う、わっ!」
「あ、ちょ、おいっ!痛ぇ!」
思わず、真司は青峰を突き飛ばしていた。
狙ったわけではないが、真司の手は青峰の頬を打ってしまったらしい。
小さな腕に込められた力とはいえ、それはさすがに攻撃としての威力を持ってしまった。
「なんなんだよったく」
「ご、ごめ、ごめん」
「意味わかんねーし、痛ぇし」
「いや、ほんとごめ…ていうか待ってちょっと、俺何か、何か変で」
青峰は友達だ。その事実が変わることはない。
しかし今、何か間違ったことを考えた気がする。
真司は妙な音を立てる自分の胸に手を押し当てて、静まれと祈った。
「ほんと変だぜお前」
「変、変だよホント。どうかしてる」
「いや、そこまでは言ってねーけどよ」
溜め息混じりに呟かれる青峰の声。
それにさえ一瞬どきっとしてしまうのは、さっき耳元で聞いた声が頭に残っているからだ。
青峰との関係を、変えたくなんてないのに。
「あ、青峰君は友達だかんね!」
「おう…?」
「俺、授業、出なきゃ」
「お、おう」
ばっと立ち上がって、食べかけだった弁当箱を手に持つ。
緑間の言ったことへの違和感の正体が分かってしまったかもしれない。
しかし、その答えを認めてしまうのが怖くて。
たたっと駆け足でサボる気なのだろう青峰を置いて屋上を後にする。
真司は泣きそうになる思いを、手のひらが痛む程握り締めることで堪えていた。
「でも俺は緑間君も赤司君も…皆、みんな好きなのに…っ」
この感覚が他と違う気がするのは何故だろう。
授業の始まった教室、先生の声と静まり返った廊下を通り過ぎる。
授業に出なきゃという思いとは裏腹に、真司はそのまま部室へと向かっていた。
窓際、カーテンが揺れる。
さらりと金の髪をなびかせた風に、黄瀬は心地よさのカケラも感じることが出来なかった。
「…はぁ」
昼休み、偶然購買で鉢合わせた緑間と話をした。
もちろん、それはついでで。目的は昼飯を食べる為だったのだが。
『昨日…オレが烏羽と共に過ごしたのは知っているな』
『なんスか?もしかして自慢?そんなん聞きたくないっスよ』
珍しく昼に誘ってきたと思ったら、なるほどそういうことか。
むっと黄瀬が唇を尖らせると、緑間は小さくそうではないと呟いた。
『あいつにとって、青峰と黒子は特別な存在になる』
『え?』
『赤司が言っていたことだ。烏羽にとって必要なのは恋人ではない、友だと』
『なんか、矛盾してるっスよねそれ』
わざわざそんなことを言いに来る意味が分からない。
黄瀬は頬杖をつくと、長い睫毛を持った目をぱちぱちと瞬かせた。
緑間はそんな黄瀬の様子を視界に映さず、どこか遠くを見ている。
『オレや黄瀬としているようなことを、彼等とは出来ない。それでも彼等が特別なのだ』
『ちょ、ちょっと待って。緑間っち、真司っちと何したんスか!?』
『…な、そ、そそんなこと言えるわけがないだろう…!』
だいたい分かった。
つまり、真司にとっての一番にはなれないし、緑間にも先を越された。そういうことだろう。
『でもさー。真司っちにとってオレ等って何なの?それもはっきりしてないっスよね』
『…そうだな。だが、友ではないだろう』
『そう?逆に友達だと思ってるから簡単に近付けるのかもしれないっスよ。好きだから、青峰っちや黒子っちとは簡単に触れ合えない』
青峰と黒子が特別だから。そう思えば矛盾は存在しなくなる。
口にした途端に信憑性が増してきて、黄瀬の表情は増々浮かばれなくなった。
そうだったとしても、どちらにせよ黄瀬に可能性は無い。不毛過ぎる。
『…なるほど、そういう考えもあるか…』
『緑間っちはなんでそんな平気そうなんスか?真司っちのこと、好きなんじゃねーの?』
『好きだからこそ、オレは無理に求めたりしないのだよ』
大人な考えだ。
しかしそんな考えを持つ緑間も、昨夜真司に手を出したのだろう。
悔しくて、手に持っていたパンをさくっと口に含んだ。
『オレは欲しい。オレだけのものにしたい』
『…オレに言うな』
『ふはっ、確かにそっスね』
がらっと椅子を引いて、パンを片手に立ち上がる。
最後の一欠けをぱくっと口に投げ込んで、黄瀬は一人教室へと戻って行った。
憂いを帯びたかのように見える黄瀬の表情に、一部の生徒がうっとりとしている。
実際のところはそんなものではなくて、ただただ真司のことを考えて止まないだけ。
「…っ」
駄目だ。このままじっと席について教師の話を聞いているなんて。
黄瀬はノートをぱたんと閉じると、俯いたまま立ち上がった。
「黄瀬?どうかしたのか?」
「すみません。具合が悪いので、保健室に」
黄瀬の様子がいつもと異なることに気付いていた者は多く、誰もその嘘を疑いもしなかった。
一緒に行こうか、という女子からの誘いを断り、一人教室を後にする。
がらっと空間を遮ってから、黄瀬は大きく溜め息を吐き出した。
「どこ、行くっスかねぇ…」
保健室に行くつもりなど端から無い。
真司を感じられる場所。何故かそんなことを考えて。
黄瀬は部室へと向かった。
・・・
汗の匂いとボールの匂い。
いろんなものが染みついた部室に置かれたベンチに座る。それから、そのまま体を横にした。
「今は…国語…次は数学…」
日程を思い出して、真司は自分の顔を覆った。
また誰かに世話にならなければいけなくなる。それでも、今は授業に向かう気分にはなれなかった。
「青峰君…テツ君…赤司君…」
何が違うというのだろう。彼等一人一人へと向ける自分の思いは、同じようで違う。
それが分かったところで、何ともならないかもしれない。それでも、このもやもやを何とかしたいとは思うわけで。
静かな空間で、目を閉じる。真司の息と、窓の向こうから微かに風の音が聞こえるだけ。
それが心地よくて、真司の意識はほとんど遠ざかっていた。
きいっと扉の音が真司の耳に入るのは、暫く経ってからだった。
「…え、真司っち…」
「……ん…?」
聞こえてきた声に、ゆっくり体を起こす。そこには、茫然としている黄瀬がと立っていた。
「なんで、真司っちが」
「そっちこそ」
「いやだって、真司っちって真面目じゃないスか。なんでサボって…」
「そーいう気分の日だってあるよ」
寝る寸前だった目を擦り、大きな欠伸をかます。
そんな真司を見て、黄瀬は少し申し訳なさそうにしながら隣に腰掛けた。
「起こしちゃった?」
「うん」
「でもこんなとこで寝たら風邪ひいちゃうっスよ」
お互いに必要以上に問うことはせず、なんとなく様子をうかがう。
だからか、目が合ってしまって。今度は気恥ずかしさから目を逸らす。
「ね、真司っち…」
「何?」
黄瀬が切り出して、ようやく二人の視線がしっかりと交差する。
「オレのこと、好きになってよ」
「…」
話の内容としては余りに突発的なものだった。
黄瀬の手が真司の手の上に重なる。それを、真司は弾くことなく受け止めていた。
「…好きだよ」
「そーじゃないんスよ!…愛して欲しいんだよ」
黄瀬の好意なんて、ずっと分かっていたのに。いざこうして強くぶつけられると、どうしたら良いのか分からなくなる。
愛されるのは嬉しい。そんな安易な考え方ではいられなくなっていた。
黄瀬の顔をじっと見つめる。綺麗な顔だ、なんて周知の事実を改めて感じながら、真司は息を吸い込んだ。
「俺、本当にわかんないんだ。愛とかさ…」
「じゃあ、キャプテンのことは?それに、青峰っちのことも」
「…」
「それも分かんないってことっスか」
黄瀬が、飽きれに近いため息を吐いた。
黄瀬の気持ちを知っていながら返事を出すことが出来ずにいた、それが急に真司の中の罪悪感に変わっていく。
重い頭を下げて、視線を自分の足へと落とす。その真司の肩を、黄瀬の手が掴んだ。
「なら、オレにもまだチャンスあるってことっスよね」
「え…うわっ!」
黄瀬の体重が真司の体へとのしかかる。
当然それに耐えきれなかった真司は、ベンチに頭を思いきりぶつけてしまった。
腰が妙な形に捻られて、足が地面から離れる。それに黄瀬の体が乗った為に、真司の体はほとんど自由に動かせなくなっていた。
「き、黄瀬君」
「好き、真司っち好きだよ」
「っ、」
熱っぽい瞳に真司が映っている。
その黄色に光る瞳の美しさに、真司は抵抗を忘れていた。
「ん、んっ…」
交じり合う音が耳につく。羞恥心が湧き上がるのに、同時に興奮してしまうのは慣らされた結果か。
「真司っち、抱いてもいい?」
「っや、やだよこんな場所で…っ」
「へぇ。ここじゃなきゃいいってこと?じゃあ、今日ウチ来なよ」
「…っ、そいう、問題じゃ…」
ぞくぞくと体が震えて、真司は自分の口を手で押さえた。
黄瀬の端正な顔が今は酷く憎い。こんな顔で、色っぽい表情で見つめられて、断れる人間がこの世に存在するとは思えない。それほど、真司は惑わされていた。
「さ…触る、だけなら…」
「真司っち…」
「入れるのとかは、絶対、駄目だからな…!」
「いーよ。真司っちのイくとこ、見せてくれんなら」
「っ!な、んだよそれ…!」
かあっと一気に真司の顔が赤くなる。それを見た黄瀬は、満足気に口角を挙げて笑った。
いいように扱われている、それが悔しくて。しかし、それを望んでいる自分がいる。
「ねぇ…真司っちは、誰にでもこんなことさせんの?」
そう思われても仕方がない。
真司は一度目を閉じてから目を開くと、真っ直ぐ黄瀬を見つめた。
「…誰でも、じゃない。分かんないけど…特別なんだ、皆が」
「その皆ってのは、オレ等、バスケ部のスタメンのことっスよね」
「うん…っ、ぁ」
どうしてこんなことになってしまったのか。
むしろ、黄瀬の方が根拠の無い答えを導き出していた。
赤司が、そうさせたのだろう。どうやってか知らないがそう導いた、そんな気がしてならない。
勿論、真司のことを好きになったのは自身の心だ。赤司とは関係ないけれど。
「まんまと…手のひらで踊らされてるんスかね…オレ等」
「え…?ぁ、あっ、黄瀬く…ッ」
微かな水音を聞きながら、真司はぎゅっと目を閉じた。
結局こうして受け入れてしまう。
「ね、オレのこと好き?」
「好き…?分かんな、」
「じゃあ、なんで触らせてくれんの」
「や、だ…知らない…っ」
好きなのか、どうでも良くなっているのか、ただ気持ち良くなりたいだけなのか。
その悩み自体が既にどうでも良い気がした。
部室の匂いと乾いた空気の中に、二人の吐息が溶けて行く。
「ッは…やべ、次から部室来る度欲情するかも…っ」
「ば、か、何入れようとし、う、あ…っ!」
ぱさっとベンチの下に服が落ちる。
黄瀬の手が体中を撫でまわして、それに全部感じて。気持ち良くて。
寒さから黄瀬に抱き着くと、そのまま大きな圧力が体に与えられていた。
「真司っち…、このままオレのものになれよ…っ」
「いっ、ぁ…っ」
「好き、真司っち…好きだよ…っ」
繋がり合ったまま深く口付け合う。
このまま黄瀬のものになると頷いてしまえば楽になれるのだろう。
黄瀬のことは好きだ。しかし、それがどんな好きなのかまだ分からなくて。
真司には指を噛んで声を抑えることしか出来なかった。
・・・
放課後。皆が帰った後の部室に、赤司は一人残っていた。
ロッカーの中に部活用のノートを入れて、ぱたんと占める。
振り返った赤司は赤い瞳で部室に置かれたベンチをじっと見つめていた。
「…まだ帰っていなかったのか、赤司」
「そういうお前もな、緑間」
ゆっくり開かれた扉の向こうから緑間が顔を覗かせる。
そのまま部室へと入った緑間は、扉に背中を預けて目先にいる赤司を見ていた。
「…何か言いたそうだな」
「赤司、お前は知っているのではないか?烏羽の、気持ちを」
「はは、緑間がそんなことを気にするようになったか」
小さく肩を震わせて笑った赤司の、その目は笑っていない。
ぞくっと背筋に走った寒気に気付きながら、緑間は赤司から視線を逸らした。
何を考えているのか知らないが、赤司は全て握っている。
そんなことを思わせる時点で赤司は何か普通ではないのだ。
「烏羽にとって確かに青峰は特別かもしれない」
「…」
「だが…時に依存は愛を上回る」
「それでいいのか、お前は」
「愛までもらおう等と…そこまで欲張りはしないさ」
その赤司の表情はやけに人間くさくて、自嘲的で。
緑間は小さく笑うと、先に部室を出て行った。
そこに残った赤司は、暫くベンチを見つめたまま。
鞄を肩にかけてベンチの脇まで近付くと、冷え切ったそこに手を置いた。
「…後は、青峰と…黒子か…」
軽く口元に笑みを浮かべる。
しかし、眉間のしわは苦痛に寄っていた。
「…なんだよ」
その青空とマッチした綺麗な髪を持つ黒子の弁当からちょいちょいオカズを奪うガングロ。
最近またサボりがちな癖に、良い筋肉を持っているのは変わらない。
それ少し分けろと思うのは真司と黒子、二人の意見だ。
「おい、真司」
ちなみに真司の手にあるオカズはお手製、もとい冷凍食品。
手作りよりも美味しいのだから利用するのは当然だが、以前黒子に料理が上手いと誉められたので、それからは冷凍食品少なめにしている。
「いい加減殴っぞ」
「いった!殴ってんじゃんこのガングロ!」
「あぁ!?」
「暴力はいけません」
「ぐはっ」
青峰の拳骨が真司の頭にヒットし、続いて青峰の腹部に黒子の突き(試合中にボールを相手にした場合イグナイトパスと呼ばれるはずである)が炸裂。
みごとな黒子の応戦に、真司はぐっと親指を立てた。
「さすがテツ君」
「烏羽君の為ですから」
「おいテメェら」
背後でゆらりと立ち上がる青峰の額には切れる寸前の筋が見える。
スポーツマンがそんなに短気でどうすんだ。そう思いため息をついた真司の前にどかっと座った青峰の怒りは、食によって解消されるようだ。
「それにしても、烏羽君。どうかしたんですか?」
「え?」
「青峰君の顔に何かコゲ跡でも付いてたんですか?」
「だからオレのは生まれつきだっつの」
「じっと見てたじゃないですか、青峰君のこと」
無意識だったんですか、と不思議そうに目を丸くする黒子は相変わらず可愛い。
真司は箸に視線を落として、昨夜のことを思い出していた。
友達とか、愛とか。
赤司と関わってからというもの、こういう意味の分からんことで悩む日が増えた。
「友情と恋愛との境目ってどこだろう」
「真司、頭でも打ったか?」
「ううん、結構真剣に」
言葉の通り、真剣な顔で二人を見つめる。
二人は互いに顔を見合わせ、それから不可解な出来事に見舞わったかのように眉をひそめた。
「それはつまり、好きな人ができた、と」
「え?うーん…そうじゃないんだけど」
「はー…。真司、とりあえず言えることは、聞く相手を間違えてるってこったな。そういうのはさつきに聞け」
「いやそんな桃井さんを巻き込むほどの事じゃ」
緑間の言い分だと、青峰と黒子が友人で、赤司や緑間、黄瀬、紫原は違う。
それってつまり、恋人候補だとかそういう意味で。少なくとも緑間はそうあるつもりなのだろう。
(でも…なんか違和感があるんだよなぁ)
その違和感は、本日クラスメイトの一男子に聞いた質問のせいでもあった。
・・・
『ねぇ、相浦君』
『烏羽君が話しかけてくるなんて珍しいな。何?』
『俺とキス出来る?』
『…は!?』
隣の席に座っていたクラスメイト。正直まともに会話を交わした回数は片手で数えられる程度しかない。
そんな彼にする質問としては、余りにも酷いものだったが仕方があるまい。
真司にはどうしても引っかかることがあったのだ。
『う…うーん。まぁ、その…嫌ではない、かな』
『え、嘘でしょ』
『いやほら、さ!烏羽君って結構綺麗な顔してるし』
いつから顔が綺麗という認識をクラスメイトにされるようになったか。
十中八九、女子が騒ぐせいなのだろうが、これでは話にならない。
真司はきょろきょろと視線を彷徨わせ、いつもよく彼と仲良くしているクラスメイトに指先を向けた。
『じゃー…。綿貫君とは?』
『ぜってー無理!』
『なんで?仲良いじゃん』
『いやいやいや、気持ち悪いって。それは無理だろ普通』
ぶんぶんと首を横に振っている彼は何を想像したか、顔を青ざめさせている。
なるほど。これが緑間の言う、友人とはしない、ということの一例なのだろう。
『変なこと聞いてごめん。ありがと』
『いや、構わないよ』
優しいクラスメイトの彼に頭を下げて、その話は終わった。
しかし、真司の中にあるもやもやは膨れ上がることとなったのだ。
・・・
再び青峰のこんがりな肌を見つめる。
彼は友人だ。変なことをして今の関係が壊れるのが怖い。
『奴等とこのようなことをしても、お前は平気でいられるのか?』
緑間の問いに、真司は無理だと思った。
青峰や黒子とそういう関係になるなど。そうなった日には今のような関係のままではいられない。
しかし、それはクラスメイトのした反応とは違うものだった。
目の前に座る青峰の体。がっちりとした腕に、筋肉の程よくついた上半身。
それに抱かれたとして、きっと嫌悪はそこに無い。
「おい、真司」
呼び声に意識が戻され、はっとした真司の目にはドアップになった青峰の顔があった。
驚いて身を引く前に、頬を外側へと引っ張られる。
「い、いたたた」
ぐるぐると巡っていた悩みがぱっと吹き飛んで、頬に集中する痛みに意識が寄る。
「一応教えてやっけど」
「な、なんだよもー」
「昼休み終わったぞ」
「はぁ!?」
ばっと顔をあげて今の時間を探ろうとするも、残念ながら屋上には時計が設置されていない。
そういえば黒子の姿が見えない。さぼる青峰の説得など当に諦めていた彼は静かに一人立ち去ったのだろう。
「声かけてよ俺にも…!」
「いや、かけたっつの」
「…嘘」
「まじで。つか、ホント何なんだよ真司」
呆れか苛立ちか、それとも困惑か。
どれもこれも混ざったような表情で青峰が真司を見ている。
自分が何も言わずにただじっと、青峰のことを見ていたからだろう。そんなこと自覚している。
むしろ、どうしてこんなにも違和感があるのかが謎だった。
「ねぇ、青峰君」
「文句なら聞かねーぞ」
「ちょっと、抱き着いてもいい?」
「……あ?」
今度は不意を突かれたっていう顔だ。
細い眼をいつもより大きめに開いて、ついでに口も開いている。
「意味わかんねーんだけど」
「確認したいことがあって。ちょっとだけ、いい?」
膝に乗せていた弁当箱を脇に置いて、体を少しだけ乗り出す。
青峰は頭を数回かくと、何か覚悟を決めたかのように咳払いを繰り返した。
それから体勢は変えずに、軽く腕だけを左右に開く。それは、そこに行っていいという返答を示しているのだろう。
「失礼しまーす」
「んだよそれ」
ハッと笑いながら吐き出した青峰の息が、伸ばした真司の手に微かに触れた。
青峰の足と足の間に体を入れて、腕を首に回す。そのまま体を寄せていくと、真司と青峰の頬が軽くぶつかった。
「…」
「何か分かったかよ」
「…ん」
「真司?」
どくんと胸が高鳴ったのが分かった。
耳元で囁かれた自分の名。別に特別なものでも何でもない、いつも通りに呼ばれた自分の名が、耳をくすぐって胸が騒ぎ出す。
なんだか気持ちが良いのと悪いのとか渦巻くような感覚。ずっとこうしていたいし、今すぐ離れたいとも感じる。
(これって、なんだっけ)
言葉で表せそうなのに、何故か引っかかって出てこない。
もう少しくっ付けば分かるような気がする。
「青峰君」
「おい、真司…?」
さっきより腕に力を入れて、青峰の首元に顔を埋める。
決して臭くないとは言えない汗の匂い。
それが嫌だとは感じなくて、むしろバスケをしている時に散る姿を思い出すと愛しささえ覚える程だ。
…愛しさ。
「う、わっ!」
「あ、ちょ、おいっ!痛ぇ!」
思わず、真司は青峰を突き飛ばしていた。
狙ったわけではないが、真司の手は青峰の頬を打ってしまったらしい。
小さな腕に込められた力とはいえ、それはさすがに攻撃としての威力を持ってしまった。
「なんなんだよったく」
「ご、ごめ、ごめん」
「意味わかんねーし、痛ぇし」
「いや、ほんとごめ…ていうか待ってちょっと、俺何か、何か変で」
青峰は友達だ。その事実が変わることはない。
しかし今、何か間違ったことを考えた気がする。
真司は妙な音を立てる自分の胸に手を押し当てて、静まれと祈った。
「ほんと変だぜお前」
「変、変だよホント。どうかしてる」
「いや、そこまでは言ってねーけどよ」
溜め息混じりに呟かれる青峰の声。
それにさえ一瞬どきっとしてしまうのは、さっき耳元で聞いた声が頭に残っているからだ。
青峰との関係を、変えたくなんてないのに。
「あ、青峰君は友達だかんね!」
「おう…?」
「俺、授業、出なきゃ」
「お、おう」
ばっと立ち上がって、食べかけだった弁当箱を手に持つ。
緑間の言ったことへの違和感の正体が分かってしまったかもしれない。
しかし、その答えを認めてしまうのが怖くて。
たたっと駆け足でサボる気なのだろう青峰を置いて屋上を後にする。
真司は泣きそうになる思いを、手のひらが痛む程握り締めることで堪えていた。
「でも俺は緑間君も赤司君も…皆、みんな好きなのに…っ」
この感覚が他と違う気がするのは何故だろう。
授業の始まった教室、先生の声と静まり返った廊下を通り過ぎる。
授業に出なきゃという思いとは裏腹に、真司はそのまま部室へと向かっていた。
窓際、カーテンが揺れる。
さらりと金の髪をなびかせた風に、黄瀬は心地よさのカケラも感じることが出来なかった。
「…はぁ」
昼休み、偶然購買で鉢合わせた緑間と話をした。
もちろん、それはついでで。目的は昼飯を食べる為だったのだが。
『昨日…オレが烏羽と共に過ごしたのは知っているな』
『なんスか?もしかして自慢?そんなん聞きたくないっスよ』
珍しく昼に誘ってきたと思ったら、なるほどそういうことか。
むっと黄瀬が唇を尖らせると、緑間は小さくそうではないと呟いた。
『あいつにとって、青峰と黒子は特別な存在になる』
『え?』
『赤司が言っていたことだ。烏羽にとって必要なのは恋人ではない、友だと』
『なんか、矛盾してるっスよねそれ』
わざわざそんなことを言いに来る意味が分からない。
黄瀬は頬杖をつくと、長い睫毛を持った目をぱちぱちと瞬かせた。
緑間はそんな黄瀬の様子を視界に映さず、どこか遠くを見ている。
『オレや黄瀬としているようなことを、彼等とは出来ない。それでも彼等が特別なのだ』
『ちょ、ちょっと待って。緑間っち、真司っちと何したんスか!?』
『…な、そ、そそんなこと言えるわけがないだろう…!』
だいたい分かった。
つまり、真司にとっての一番にはなれないし、緑間にも先を越された。そういうことだろう。
『でもさー。真司っちにとってオレ等って何なの?それもはっきりしてないっスよね』
『…そうだな。だが、友ではないだろう』
『そう?逆に友達だと思ってるから簡単に近付けるのかもしれないっスよ。好きだから、青峰っちや黒子っちとは簡単に触れ合えない』
青峰と黒子が特別だから。そう思えば矛盾は存在しなくなる。
口にした途端に信憑性が増してきて、黄瀬の表情は増々浮かばれなくなった。
そうだったとしても、どちらにせよ黄瀬に可能性は無い。不毛過ぎる。
『…なるほど、そういう考えもあるか…』
『緑間っちはなんでそんな平気そうなんスか?真司っちのこと、好きなんじゃねーの?』
『好きだからこそ、オレは無理に求めたりしないのだよ』
大人な考えだ。
しかしそんな考えを持つ緑間も、昨夜真司に手を出したのだろう。
悔しくて、手に持っていたパンをさくっと口に含んだ。
『オレは欲しい。オレだけのものにしたい』
『…オレに言うな』
『ふはっ、確かにそっスね』
がらっと椅子を引いて、パンを片手に立ち上がる。
最後の一欠けをぱくっと口に投げ込んで、黄瀬は一人教室へと戻って行った。
憂いを帯びたかのように見える黄瀬の表情に、一部の生徒がうっとりとしている。
実際のところはそんなものではなくて、ただただ真司のことを考えて止まないだけ。
「…っ」
駄目だ。このままじっと席について教師の話を聞いているなんて。
黄瀬はノートをぱたんと閉じると、俯いたまま立ち上がった。
「黄瀬?どうかしたのか?」
「すみません。具合が悪いので、保健室に」
黄瀬の様子がいつもと異なることに気付いていた者は多く、誰もその嘘を疑いもしなかった。
一緒に行こうか、という女子からの誘いを断り、一人教室を後にする。
がらっと空間を遮ってから、黄瀬は大きく溜め息を吐き出した。
「どこ、行くっスかねぇ…」
保健室に行くつもりなど端から無い。
真司を感じられる場所。何故かそんなことを考えて。
黄瀬は部室へと向かった。
・・・
汗の匂いとボールの匂い。
いろんなものが染みついた部室に置かれたベンチに座る。それから、そのまま体を横にした。
「今は…国語…次は数学…」
日程を思い出して、真司は自分の顔を覆った。
また誰かに世話にならなければいけなくなる。それでも、今は授業に向かう気分にはなれなかった。
「青峰君…テツ君…赤司君…」
何が違うというのだろう。彼等一人一人へと向ける自分の思いは、同じようで違う。
それが分かったところで、何ともならないかもしれない。それでも、このもやもやを何とかしたいとは思うわけで。
静かな空間で、目を閉じる。真司の息と、窓の向こうから微かに風の音が聞こえるだけ。
それが心地よくて、真司の意識はほとんど遠ざかっていた。
きいっと扉の音が真司の耳に入るのは、暫く経ってからだった。
「…え、真司っち…」
「……ん…?」
聞こえてきた声に、ゆっくり体を起こす。そこには、茫然としている黄瀬がと立っていた。
「なんで、真司っちが」
「そっちこそ」
「いやだって、真司っちって真面目じゃないスか。なんでサボって…」
「そーいう気分の日だってあるよ」
寝る寸前だった目を擦り、大きな欠伸をかます。
そんな真司を見て、黄瀬は少し申し訳なさそうにしながら隣に腰掛けた。
「起こしちゃった?」
「うん」
「でもこんなとこで寝たら風邪ひいちゃうっスよ」
お互いに必要以上に問うことはせず、なんとなく様子をうかがう。
だからか、目が合ってしまって。今度は気恥ずかしさから目を逸らす。
「ね、真司っち…」
「何?」
黄瀬が切り出して、ようやく二人の視線がしっかりと交差する。
「オレのこと、好きになってよ」
「…」
話の内容としては余りに突発的なものだった。
黄瀬の手が真司の手の上に重なる。それを、真司は弾くことなく受け止めていた。
「…好きだよ」
「そーじゃないんスよ!…愛して欲しいんだよ」
黄瀬の好意なんて、ずっと分かっていたのに。いざこうして強くぶつけられると、どうしたら良いのか分からなくなる。
愛されるのは嬉しい。そんな安易な考え方ではいられなくなっていた。
黄瀬の顔をじっと見つめる。綺麗な顔だ、なんて周知の事実を改めて感じながら、真司は息を吸い込んだ。
「俺、本当にわかんないんだ。愛とかさ…」
「じゃあ、キャプテンのことは?それに、青峰っちのことも」
「…」
「それも分かんないってことっスか」
黄瀬が、飽きれに近いため息を吐いた。
黄瀬の気持ちを知っていながら返事を出すことが出来ずにいた、それが急に真司の中の罪悪感に変わっていく。
重い頭を下げて、視線を自分の足へと落とす。その真司の肩を、黄瀬の手が掴んだ。
「なら、オレにもまだチャンスあるってことっスよね」
「え…うわっ!」
黄瀬の体重が真司の体へとのしかかる。
当然それに耐えきれなかった真司は、ベンチに頭を思いきりぶつけてしまった。
腰が妙な形に捻られて、足が地面から離れる。それに黄瀬の体が乗った為に、真司の体はほとんど自由に動かせなくなっていた。
「き、黄瀬君」
「好き、真司っち好きだよ」
「っ、」
熱っぽい瞳に真司が映っている。
その黄色に光る瞳の美しさに、真司は抵抗を忘れていた。
「ん、んっ…」
交じり合う音が耳につく。羞恥心が湧き上がるのに、同時に興奮してしまうのは慣らされた結果か。
「真司っち、抱いてもいい?」
「っや、やだよこんな場所で…っ」
「へぇ。ここじゃなきゃいいってこと?じゃあ、今日ウチ来なよ」
「…っ、そいう、問題じゃ…」
ぞくぞくと体が震えて、真司は自分の口を手で押さえた。
黄瀬の端正な顔が今は酷く憎い。こんな顔で、色っぽい表情で見つめられて、断れる人間がこの世に存在するとは思えない。それほど、真司は惑わされていた。
「さ…触る、だけなら…」
「真司っち…」
「入れるのとかは、絶対、駄目だからな…!」
「いーよ。真司っちのイくとこ、見せてくれんなら」
「っ!な、んだよそれ…!」
かあっと一気に真司の顔が赤くなる。それを見た黄瀬は、満足気に口角を挙げて笑った。
いいように扱われている、それが悔しくて。しかし、それを望んでいる自分がいる。
「ねぇ…真司っちは、誰にでもこんなことさせんの?」
そう思われても仕方がない。
真司は一度目を閉じてから目を開くと、真っ直ぐ黄瀬を見つめた。
「…誰でも、じゃない。分かんないけど…特別なんだ、皆が」
「その皆ってのは、オレ等、バスケ部のスタメンのことっスよね」
「うん…っ、ぁ」
どうしてこんなことになってしまったのか。
むしろ、黄瀬の方が根拠の無い答えを導き出していた。
赤司が、そうさせたのだろう。どうやってか知らないがそう導いた、そんな気がしてならない。
勿論、真司のことを好きになったのは自身の心だ。赤司とは関係ないけれど。
「まんまと…手のひらで踊らされてるんスかね…オレ等」
「え…?ぁ、あっ、黄瀬く…ッ」
微かな水音を聞きながら、真司はぎゅっと目を閉じた。
結局こうして受け入れてしまう。
「ね、オレのこと好き?」
「好き…?分かんな、」
「じゃあ、なんで触らせてくれんの」
「や、だ…知らない…っ」
好きなのか、どうでも良くなっているのか、ただ気持ち良くなりたいだけなのか。
その悩み自体が既にどうでも良い気がした。
部室の匂いと乾いた空気の中に、二人の吐息が溶けて行く。
「ッは…やべ、次から部室来る度欲情するかも…っ」
「ば、か、何入れようとし、う、あ…っ!」
ぱさっとベンチの下に服が落ちる。
黄瀬の手が体中を撫でまわして、それに全部感じて。気持ち良くて。
寒さから黄瀬に抱き着くと、そのまま大きな圧力が体に与えられていた。
「真司っち…、このままオレのものになれよ…っ」
「いっ、ぁ…っ」
「好き、真司っち…好きだよ…っ」
繋がり合ったまま深く口付け合う。
このまま黄瀬のものになると頷いてしまえば楽になれるのだろう。
黄瀬のことは好きだ。しかし、それがどんな好きなのかまだ分からなくて。
真司には指を噛んで声を抑えることしか出来なかった。
・・・
放課後。皆が帰った後の部室に、赤司は一人残っていた。
ロッカーの中に部活用のノートを入れて、ぱたんと占める。
振り返った赤司は赤い瞳で部室に置かれたベンチをじっと見つめていた。
「…まだ帰っていなかったのか、赤司」
「そういうお前もな、緑間」
ゆっくり開かれた扉の向こうから緑間が顔を覗かせる。
そのまま部室へと入った緑間は、扉に背中を預けて目先にいる赤司を見ていた。
「…何か言いたそうだな」
「赤司、お前は知っているのではないか?烏羽の、気持ちを」
「はは、緑間がそんなことを気にするようになったか」
小さく肩を震わせて笑った赤司の、その目は笑っていない。
ぞくっと背筋に走った寒気に気付きながら、緑間は赤司から視線を逸らした。
何を考えているのか知らないが、赤司は全て握っている。
そんなことを思わせる時点で赤司は何か普通ではないのだ。
「烏羽にとって確かに青峰は特別かもしれない」
「…」
「だが…時に依存は愛を上回る」
「それでいいのか、お前は」
「愛までもらおう等と…そこまで欲張りはしないさ」
その赤司の表情はやけに人間くさくて、自嘲的で。
緑間は小さく笑うと、先に部室を出て行った。
そこに残った赤司は、暫くベンチを見つめたまま。
鞄を肩にかけてベンチの脇まで近付くと、冷え切ったそこに手を置いた。
「…後は、青峰と…黒子か…」
軽く口元に笑みを浮かべる。
しかし、眉間のしわは苦痛に寄っていた。