ナツ(フェアリーテイル)
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2.呪歌
ギルド、フェアリーテイルの2階は、所属する魔道士の中でもS級という優れた称号を持つ者しか立ち入れない。
いつ誰が決めたのか、それは暗黙の了解として認識されていた。
その2階に住んでいるロアの生活もまた、ギルドメンバーの把握するところにある。
昼に目覚め、適当に飯を食って、部屋へ戻っていく。さもなければ、ナツにくっ付いて仕事に出かける事があるかどうかだ。
すっかりだらしのない人間に成り果てたロアは、その日もまたグータラ生活を始めようとしていた。
「起きないか、ロア。もう朝だぞ」
空気を読まない厳格な声が、寝ぼけたロアの耳に落ちる。
それを片腕で振り払い、ロアは歪んだ枕を抱き抱えた。もう朝…いや、まだ朝だ。
「…なるほど、噂に聞いた通りか…。私は情けないぞ、ロア!」
「……え?」
しかし、二度目の声にロアの目はぱっちりと開いていた。
視界に映るのは真っ白なシーツと薄汚れた木製の天井。そのベッドの脇に見える、美しい赤の髪。
「エルザ!?」
「さっさと着替えて顔を洗って来い!そんな風に育てた覚えはないぞ!」
「そ、育てられた覚えもないけど!ってちょ、服引っ張んな…っ!」
乱暴にロアの服を掴んで放り投げたのは、腰程に伸ばされた赤髪、しなやかに筋肉を施した肉体、容姿も端麗なエルザ・スカーレットだった。
当然のことながら、彼女はフェアリーテイルのS級魔導士である。
「え、エルザ…、い、いつ戻って来たんだ?大変そうな仕事引き受けて…随分と、かかったんじゃないか」
「さっきだ。そんなことはいい。ミラが言っていたぞ、ほとんど部屋を出ないらしいな」
「く…裏切ったな、ミラ…」
苦虫を噛み潰したように顔を歪め、呟いた愚痴は、ロアに服を被せるエルザの鋭敏な耳にも届く。
ギラと光ったのは、人を殺せる眼光だ。それを至近距離で受けたロアは、取り繕うようにへらと笑った。
「ち、違う!違うんだよ!やりたい仕事がなくって」
「選り好みするんじゃない。たくさん仕事をして強くならなければ、いつまでたっても状況は変わらんぞ」
誰に言われても響かない言葉だったが、ロアはしゅんと頭を垂れ、その隙に服を首に通された。
エルザはロアにとって得別な存在だ。ナツとグレイが兄弟なら、エルザは姉。
誰よりも厳しく、生きる術と戦い方をロアに叩き込んだのは彼女だ。
「まぁいい。ロアに仕事を持ってきたんだが、どうだ?」
「えぇ、エルザと…?俺は、ちょっと」
しかしそれとこれとは別だ。
小刻みに首を振ったロアに、エルザはロアのクローゼットに腕を突っ込んだまま振り返った。
「全く…しかし、無理して連れていくものでもない。分かった、今回はナツとグレイを連れて行くことにしよう」
「…えっ!?ちょ、ちょっと待って、なんだその面白いメン…そんなん聞いてないぞ!?」
エルザはロアの声に振り返ることもなく部屋を颯爽と出ていく。
ロアは慌てて立ち上がると、エルザが着せたろう服に腕を通した。
「ってまたワンピースじゃん!もーミラだろ仕込んだやつー!」
立ち上がった勢いでピラリと捲れた裾に、ロアは叫びながらその服をベッドへ叩きつけた。
嫌な予感に開け放ったクローゼットの中は、見事に女性色に染め上げられている。
かたや白のワンピース、かたやピンクのカットソー、ひらひらのブラウスに、カントリーなドレスとエトセトラ。
引っ張り出せども現れる可愛らしい服たちの猛襲に辟易したところ、ガチャと部屋のドアが開かれ、「呼んだ?」とミラが顔を覗かせた。
「っ、ミラ、俺の服…!」
「汚いやつなら全部捨てちゃったわよ?それより、ロアってばエルザの誘いを断ったんですって?」
「捨て…っ、て、違う!断ったんじゃなくて!」
「そうなの?ナツとグレイがついてくって言うから、私からルーシィにも一緒に行くよう声かけちゃった」
ミラは小さく肩を竦め、てへと舌を出す。そんなあざとい仕草も違和感なくやってのける美人だが、ロアは目を見開き眉を釣りあげた。
ルーシィとは、最近フェアリーテイルにやってきた新人魔導士だ。あの「女なんか興味無い、興味あんのはドラゴンと強いヤツだけだ!」くらいの単細胞がナンパして連れてきた、顔は少し幼いが体はミラに並ぶ程グラマーな女性。
「明日の朝、マグノリア駅集合ですって」
「えっ、あ!朝って何時…」
「こっそりついて行くなら、来て行く服を見繕わなくちゃね?」
にっこりと微笑んだミラに、果たして悪意があるのか否か。
ロアは強かなもう一人の姉にため息をつき、不服ながら手伝ってくれと頭を下げた。
・・・
マグノリア駅から列車に乗り込み、目指すは隣町。
早朝から張り込んでいたロアは、列車の座席に座るなり、大きな欠伸と共に背もたれに寄りかかった。
ミラジェーンが持ってきた仕事の情報は、明らかに不足していた。しかし、「やっぱり俺も行く」などと名乗り出て、エルザと二人になったら絶対きついし、そもそも怒られそうだし、情報だけ聞き出すのも変だし。
始発の時間から3時間待っていたロアは、睡魔と戦いながら、四つ席に座った彼等の一つ後ろから耳をそばだてた。
「で?どういう仕事なんだよ、さっさと本題に入ろうぜ」
「そうだな…話しておこう。先日、魔導士が集まる酒場へ寄ったときに、魔法の封印を解く、三日以内にララバイを持って帰る、などと気になることを話している連中がいたんだ」
「なんだそれ。それがなんなんだ?」
「これだけならさほど気にしなかっただろうが…そいつらは、エリゴールという名を出したんだ」
はっと息を呑む音。グレイのそれに重ねたロアも、その名には覚えがあった。
外に出ないロアの日々の情報源は、魔導士新聞だ。そこに最近書かれていた記事は確かこうだった。
―エリゴール
暗殺ばかりに手を貸した、魔導士ギルド・アイゼンヴァルトの男。現在も闇ギルドとして活動を続けていると思われる。動向に細心の注意が必要だ。
「闇ギルドが…確かに、きなクセェな」
「あぁ。解散命令を出されておきながら活動を続けているとなれば、見過ごすわけにはいかん。とはいえ、闇ギルドとの抗争となれば容易くはないだろう。ルーシィも注意してくれ」
「う、うん、それは分かったけど…ナツは大丈夫なの?」
「あぁ。いつもの事だから気にすんな」
ルーシィの目に映っているのは、ぐったりとしたナツの姿。
フェアリーテイルの人間なら周知のことだが、ナツは乗り物に酷く弱く、乗ったら最後、動けなくなってしまう。
ロアは頭に乗せた麦わら帽子を軽く持ち上げ、チラと背後を確認した。
エルザの膝に頭を預けて目を閉じているナツは、どうやらほとんど意識なく唸っている。
「うう…ロアの、ニオイ…」
「気持ち悪ィ譫言だな、おい」
ロアは慌てて体を引っ込め、首元の大きめなリボンをきゅっと引っ張った。
ミラジェーン曰く、衣装のコンセプトは遠征中のご令嬢。胸元にはひらひらのレースがあしらわれ、腰より少し高い位置をきゅっと締めた紺のロングスカートは非常に動きづらい。
ロアは窓に映った自分を見て、ムッと口をへの字に曲げた。我ながら、これが似合っているのだ。不本意だが。
「…って、あ…!?」
そんな自分を眺めていたロアは、思わず声を上げて体を乗り出した。
窓の向こうに、エルザとグレイとルーシィが歩いている。気付いても時すでに遅く、発車した列車は彼等を遠ざけていく。
(し、しまった…俺のマヌケ…!)
頭の中でそう叫んだロアだが、状況に反して焦ることなく窓枠を掴んだ。
窓を開けて、飛び出して、着地。今日のように天気が良く、日が差す場所なら然程難しくはないだろう。
「あらら、つらそうだね?大丈夫?」
その時、男の妙に甘ったるい声が耳についた。
声の方を覗き込むと、先程までグレイとルーシィがいた場所に見知らぬ男が座っている。男が声をかけた相手は、ナツだったようだ。
「正規ギルドか…羨ましいなぁ。フェアリーテイルって言えば、可愛い子も多いよね」
ってなんでナツが残ってんだよ!とロアは心底動揺しながら、座席に張り付くようにして座り直した。
この男、明らかに怪しい。ナツが一人になったところでの接触。しかもフェアリーテイルの魔導士だと認識している。
「最近また可愛い子が入ったって言うし…いいなぁ。…なーんつって。おい、シカトはないだろ、闇ギルド差別だ」
予感的中だ。”闇ギルド”というワードを耳にし、立ち上がったロアの目の前で、男は足をナツの顔面へと振り下ろしていた。
「っおい、テメェ!何してんだ!ナツから離れろ!」
「は?なんだお前、オカマか?」
怪訝に顔を上げた男の視線が、ロアの顔から足先へと往復する。
ロアは衝動のまま男の胸倉を掴み、がつんと列車の壁へと男を叩きつけた。
「今、闇ギルドっつったな、もう少し詳しく教えろよ」
「いッてぇな。お前こそ一体ー…、いや、その金髪金眼…まさかお前が光のロア…」
男の目が爛々と開かれる。まるで人へ向けるモノとは異なる、観察するような、弄ぶような視線。
ロアは握った手に力を込め、再度男の頭を壁へと押し付けた。
「だったら、何だってんだよ…!」
「いやぁ、はは…こんなところで、光のロアを拝めるとはな、ツイてるぜ」
「き…、気持ち悪ィ目で見てんじゃねぇ…って、わあ!?」
殴りかかろうと体を引いた瞬間、キィィィと激しい音を鳴らしながら車体が大きく揺れた。
バランスの崩れたロアは、男もろとも急停車した列車の床へと落ちる。
がつんと頭に響いた鈍痛。きつく目を閉じたロアに運良く跨った男は、にんまりと口角を上げ、目尻を下げた。
「すげぇな、この恰好は趣味か?男相手に綺麗だとか、気色悪ィ風潮だと思ってたけど…こりゃあ見事なもんだ」
「きっ、気色悪いのはテメェだ!退けクソ、俺だってンな感想求めてねぇんだよ!」
振りかぶった腕が掴まれ、床へとそのまま押さえつけられる。その程度の事で抑えられる程ヤワではないが、ロアは男をキッと上目で睨みつけた。
暴れるには場所が悪すぎる。ナツを巻き込むわけにはいかない。何にせよ、男の言う”闇ギルド”について探りを入れるべきだ。
何か無いか―…視線をさ迷わせたロアは、転がった麦わら帽子の先の、怪しげな物体に気が付いた。
(…髑髏の、杖…?いや、笛か…?)
細長い棒のようなもの。先端に髑髏を象ったそれには、柄の部分にいくつか穴が並んでいる。
目を凝らし、抵抗する振りをして腕を動かす。その瞬間、ドカッと鈍い音が鳴り、男は通路の向こう側まで吹っ飛んでいた。
「テメェ!ロアに何してやがる!」
怒気に満ちたナツの声。いつの間にか復活したらしいナツは、椅子からぴょんっと飛び降り男を指さした。
「さっきはよくもやりやがったな!ロアの分と、こんなじゃまだまだ足んねぇぞ…!」
突き付けたナツの手はグーに握られる。
しかし怒りに震える手が鉄槌を落とすよりも前に、『手違いにより急停車いたしました。間もなく発車します』とナツにとっては地獄行きを告げるアナウンスが響き渡った。
「っやべぇ、動き出す前にさっさと逃げんぞ、ロア!」
「あッ、え、でもアイツ…」
「行くぞ!」
ナツはロアの腕を引っ張り抱き寄せると、そのまま窓へと突っ込んだ。
バリンと割れるガラス、列車が吐き出す煙のニオイ。
「てめぇ!アイゼンヴァルトに手ェ出したんだ!ただで済むと思うなよ!」
それよりも煩わしい男の叫び声が遠ざかる。
ロアはナツの背に腕を回し、空中に一歩、足を踏み出した。
宙に浮くロアのつま先は、まるでそこに床があるかのように安定する。
ロアの光の力。ロアは本来触れることの出来ない光を、物体のように扱うことが出来た。時には壁に、乗り物に、剣にもなる。
「うおっ、すげぇ、乗ってんのか!」
「何今更驚いてんだよ。ていうかアイツ、なんか聞き覚えのある事言ってたような…、…ああ!」
すーっと宙を滑空したロアは、はっと息を吸い込み、数センチ空中から地面へと落ちた。
バランスを崩したナツがころんと転がり、そのナツにしがみ付いていたロアもナツの胸に重なる。
「な、なんで落ちたんだ!?」
「ごっ、ごめん、集中切れて!さっきのやつ!アイゼンヴァルトって言ってたぞ!」
「アイゼン…?なんだそりゃ」
ナツは目をまんまるくさせ、首を小さく傾けた。
動く列車内でのエルザの説明は、ナツの耳に一切入っていなかったらしい。ナツの間の抜けた顔が、緊張感を解いていく。
途端にこの状況が滑稽に思えて、ロアはプッと吹き出していた。
「ふ、あはは!なんだこれ!ナツは置いてかれてっし、まんまと関係者逃してっし!」
「はは!良く分かんねーけど良かったな!」
「なんも良くねェんだよ、馬鹿ナツ!」
ロアの色白な手がナツのツンツン頭をかき乱す。それを嬉しそうに受け入れたナツも、仕返しだとロアの耳横に手を挿し込んだ。
普段後ろで一つにまとめている髪は、変装の為にと下ろされている。ナツの武骨な手に梳かれた髪は、風に吹かれてキラキラと舞い上がった。
「へへ、ロアとこうやってのんびりすんの、久々だ」
「ん…そりゃあ、ナツが最近構ってくんないからだろ。知らない間にルーシィと仲良くなってるし」
「そうかぁ?普通だろ」
「は?いや…それは、むしろ認めてやれよ」
基本的にナツは誰とでもすぐに打ち解ける。今も昔も、ナツの周りにはいつだって誰かがいた。
チクリと胸に小さな痛み。ロアはそれを誤魔化すように、ナツの分厚い胸板に顔を寄せた。
熱すぎる程の体温。安心する彼の鼓動。ふっと目を閉じた時、平穏を切り裂くけたたましい音が近付いて来た。
「ナツ!無事だったか!」
列車、ではなく魔法で動く四輪車だ。運転手であるエルザの魔力で動く車は、ロアとナツの手前でギャギャギャと泣き叫びながら止まった。
「っておい!ロアじゃねぇか!」
「ん?何故ロアがいる」
「え!あ!?帽子がない!違うんだ、これは…偶然!偶然列車に乗り合わせて!」
ばっと立ち上がったロアは、スカートをぱんぱんと叩きつつ、ナツの手を掴んで起き上がらせる。
ナツを列車に置いて行った事を気にかけていたのだろう、安堵した様子のエルザはホッと息を吐いた。
「そうか、ロアがいてくれたのなら良かった。置いて行ってすまなかったな」
「ナツー…ごめんねぇ」
幼児のような愛らしい声で謝罪したのは、ナツがいつも連れている羽の生えた青い猫・ハッピーだ。
ハッピーはナツの周りをくるんと一周し、慣れた様子でその肩にちょこんと座った。
「っと、そうだ。のんびりしてる場合じゃない。さっき乗ってた列車に、アイゼンヴァルトだっていう男がいたぞ」
「何!?それは本当か!?」
エルザの表情が一瞬にして険しいものに変わる。
相変わらずきょとんとしているナツはさておき、ロアはナツと二人になってから起きた事を説明した。
接触してきた男の風貌。男がナツに言った事。彼の所有物と思しき髑髏の笛。
真っ先に顔色を変えたのは、ルーシィだった。
「…笛、ララバイ…子守歌、死…。もしかしてその笛が、死の魔法、ララバイなんじゃ…!?」
もし奏でた音が死に誘うものなのだとしたら。もしそれが、街中に聞こえる形で使われたなら。
一同の間に流れる緊張感。それを振り払うように、エルザが身を翻した。
「まずいな…急ぐぞ!列車の後を追う!」
いち早く運転席に腰を下ろしたエルザに続き、グレイとルーシィが車に乗り込む。
ロアは躊躇ったナツの腕を掴み、ニィッと笑って見せた。
(続く)
追加日:2018/10/21
移動前:2012/02/16
ギルド、フェアリーテイルの2階は、所属する魔道士の中でもS級という優れた称号を持つ者しか立ち入れない。
いつ誰が決めたのか、それは暗黙の了解として認識されていた。
その2階に住んでいるロアの生活もまた、ギルドメンバーの把握するところにある。
昼に目覚め、適当に飯を食って、部屋へ戻っていく。さもなければ、ナツにくっ付いて仕事に出かける事があるかどうかだ。
すっかりだらしのない人間に成り果てたロアは、その日もまたグータラ生活を始めようとしていた。
「起きないか、ロア。もう朝だぞ」
空気を読まない厳格な声が、寝ぼけたロアの耳に落ちる。
それを片腕で振り払い、ロアは歪んだ枕を抱き抱えた。もう朝…いや、まだ朝だ。
「…なるほど、噂に聞いた通りか…。私は情けないぞ、ロア!」
「……え?」
しかし、二度目の声にロアの目はぱっちりと開いていた。
視界に映るのは真っ白なシーツと薄汚れた木製の天井。そのベッドの脇に見える、美しい赤の髪。
「エルザ!?」
「さっさと着替えて顔を洗って来い!そんな風に育てた覚えはないぞ!」
「そ、育てられた覚えもないけど!ってちょ、服引っ張んな…っ!」
乱暴にロアの服を掴んで放り投げたのは、腰程に伸ばされた赤髪、しなやかに筋肉を施した肉体、容姿も端麗なエルザ・スカーレットだった。
当然のことながら、彼女はフェアリーテイルのS級魔導士である。
「え、エルザ…、い、いつ戻って来たんだ?大変そうな仕事引き受けて…随分と、かかったんじゃないか」
「さっきだ。そんなことはいい。ミラが言っていたぞ、ほとんど部屋を出ないらしいな」
「く…裏切ったな、ミラ…」
苦虫を噛み潰したように顔を歪め、呟いた愚痴は、ロアに服を被せるエルザの鋭敏な耳にも届く。
ギラと光ったのは、人を殺せる眼光だ。それを至近距離で受けたロアは、取り繕うようにへらと笑った。
「ち、違う!違うんだよ!やりたい仕事がなくって」
「選り好みするんじゃない。たくさん仕事をして強くならなければ、いつまでたっても状況は変わらんぞ」
誰に言われても響かない言葉だったが、ロアはしゅんと頭を垂れ、その隙に服を首に通された。
エルザはロアにとって得別な存在だ。ナツとグレイが兄弟なら、エルザは姉。
誰よりも厳しく、生きる術と戦い方をロアに叩き込んだのは彼女だ。
「まぁいい。ロアに仕事を持ってきたんだが、どうだ?」
「えぇ、エルザと…?俺は、ちょっと」
しかしそれとこれとは別だ。
小刻みに首を振ったロアに、エルザはロアのクローゼットに腕を突っ込んだまま振り返った。
「全く…しかし、無理して連れていくものでもない。分かった、今回はナツとグレイを連れて行くことにしよう」
「…えっ!?ちょ、ちょっと待って、なんだその面白いメン…そんなん聞いてないぞ!?」
エルザはロアの声に振り返ることもなく部屋を颯爽と出ていく。
ロアは慌てて立ち上がると、エルザが着せたろう服に腕を通した。
「ってまたワンピースじゃん!もーミラだろ仕込んだやつー!」
立ち上がった勢いでピラリと捲れた裾に、ロアは叫びながらその服をベッドへ叩きつけた。
嫌な予感に開け放ったクローゼットの中は、見事に女性色に染め上げられている。
かたや白のワンピース、かたやピンクのカットソー、ひらひらのブラウスに、カントリーなドレスとエトセトラ。
引っ張り出せども現れる可愛らしい服たちの猛襲に辟易したところ、ガチャと部屋のドアが開かれ、「呼んだ?」とミラが顔を覗かせた。
「っ、ミラ、俺の服…!」
「汚いやつなら全部捨てちゃったわよ?それより、ロアってばエルザの誘いを断ったんですって?」
「捨て…っ、て、違う!断ったんじゃなくて!」
「そうなの?ナツとグレイがついてくって言うから、私からルーシィにも一緒に行くよう声かけちゃった」
ミラは小さく肩を竦め、てへと舌を出す。そんなあざとい仕草も違和感なくやってのける美人だが、ロアは目を見開き眉を釣りあげた。
ルーシィとは、最近フェアリーテイルにやってきた新人魔導士だ。あの「女なんか興味無い、興味あんのはドラゴンと強いヤツだけだ!」くらいの単細胞がナンパして連れてきた、顔は少し幼いが体はミラに並ぶ程グラマーな女性。
「明日の朝、マグノリア駅集合ですって」
「えっ、あ!朝って何時…」
「こっそりついて行くなら、来て行く服を見繕わなくちゃね?」
にっこりと微笑んだミラに、果たして悪意があるのか否か。
ロアは強かなもう一人の姉にため息をつき、不服ながら手伝ってくれと頭を下げた。
・・・
マグノリア駅から列車に乗り込み、目指すは隣町。
早朝から張り込んでいたロアは、列車の座席に座るなり、大きな欠伸と共に背もたれに寄りかかった。
ミラジェーンが持ってきた仕事の情報は、明らかに不足していた。しかし、「やっぱり俺も行く」などと名乗り出て、エルザと二人になったら絶対きついし、そもそも怒られそうだし、情報だけ聞き出すのも変だし。
始発の時間から3時間待っていたロアは、睡魔と戦いながら、四つ席に座った彼等の一つ後ろから耳をそばだてた。
「で?どういう仕事なんだよ、さっさと本題に入ろうぜ」
「そうだな…話しておこう。先日、魔導士が集まる酒場へ寄ったときに、魔法の封印を解く、三日以内にララバイを持って帰る、などと気になることを話している連中がいたんだ」
「なんだそれ。それがなんなんだ?」
「これだけならさほど気にしなかっただろうが…そいつらは、エリゴールという名を出したんだ」
はっと息を呑む音。グレイのそれに重ねたロアも、その名には覚えがあった。
外に出ないロアの日々の情報源は、魔導士新聞だ。そこに最近書かれていた記事は確かこうだった。
―エリゴール
暗殺ばかりに手を貸した、魔導士ギルド・アイゼンヴァルトの男。現在も闇ギルドとして活動を続けていると思われる。動向に細心の注意が必要だ。
「闇ギルドが…確かに、きなクセェな」
「あぁ。解散命令を出されておきながら活動を続けているとなれば、見過ごすわけにはいかん。とはいえ、闇ギルドとの抗争となれば容易くはないだろう。ルーシィも注意してくれ」
「う、うん、それは分かったけど…ナツは大丈夫なの?」
「あぁ。いつもの事だから気にすんな」
ルーシィの目に映っているのは、ぐったりとしたナツの姿。
フェアリーテイルの人間なら周知のことだが、ナツは乗り物に酷く弱く、乗ったら最後、動けなくなってしまう。
ロアは頭に乗せた麦わら帽子を軽く持ち上げ、チラと背後を確認した。
エルザの膝に頭を預けて目を閉じているナツは、どうやらほとんど意識なく唸っている。
「うう…ロアの、ニオイ…」
「気持ち悪ィ譫言だな、おい」
ロアは慌てて体を引っ込め、首元の大きめなリボンをきゅっと引っ張った。
ミラジェーン曰く、衣装のコンセプトは遠征中のご令嬢。胸元にはひらひらのレースがあしらわれ、腰より少し高い位置をきゅっと締めた紺のロングスカートは非常に動きづらい。
ロアは窓に映った自分を見て、ムッと口をへの字に曲げた。我ながら、これが似合っているのだ。不本意だが。
「…って、あ…!?」
そんな自分を眺めていたロアは、思わず声を上げて体を乗り出した。
窓の向こうに、エルザとグレイとルーシィが歩いている。気付いても時すでに遅く、発車した列車は彼等を遠ざけていく。
(し、しまった…俺のマヌケ…!)
頭の中でそう叫んだロアだが、状況に反して焦ることなく窓枠を掴んだ。
窓を開けて、飛び出して、着地。今日のように天気が良く、日が差す場所なら然程難しくはないだろう。
「あらら、つらそうだね?大丈夫?」
その時、男の妙に甘ったるい声が耳についた。
声の方を覗き込むと、先程までグレイとルーシィがいた場所に見知らぬ男が座っている。男が声をかけた相手は、ナツだったようだ。
「正規ギルドか…羨ましいなぁ。フェアリーテイルって言えば、可愛い子も多いよね」
ってなんでナツが残ってんだよ!とロアは心底動揺しながら、座席に張り付くようにして座り直した。
この男、明らかに怪しい。ナツが一人になったところでの接触。しかもフェアリーテイルの魔導士だと認識している。
「最近また可愛い子が入ったって言うし…いいなぁ。…なーんつって。おい、シカトはないだろ、闇ギルド差別だ」
予感的中だ。”闇ギルド”というワードを耳にし、立ち上がったロアの目の前で、男は足をナツの顔面へと振り下ろしていた。
「っおい、テメェ!何してんだ!ナツから離れろ!」
「は?なんだお前、オカマか?」
怪訝に顔を上げた男の視線が、ロアの顔から足先へと往復する。
ロアは衝動のまま男の胸倉を掴み、がつんと列車の壁へと男を叩きつけた。
「今、闇ギルドっつったな、もう少し詳しく教えろよ」
「いッてぇな。お前こそ一体ー…、いや、その金髪金眼…まさかお前が光のロア…」
男の目が爛々と開かれる。まるで人へ向けるモノとは異なる、観察するような、弄ぶような視線。
ロアは握った手に力を込め、再度男の頭を壁へと押し付けた。
「だったら、何だってんだよ…!」
「いやぁ、はは…こんなところで、光のロアを拝めるとはな、ツイてるぜ」
「き…、気持ち悪ィ目で見てんじゃねぇ…って、わあ!?」
殴りかかろうと体を引いた瞬間、キィィィと激しい音を鳴らしながら車体が大きく揺れた。
バランスの崩れたロアは、男もろとも急停車した列車の床へと落ちる。
がつんと頭に響いた鈍痛。きつく目を閉じたロアに運良く跨った男は、にんまりと口角を上げ、目尻を下げた。
「すげぇな、この恰好は趣味か?男相手に綺麗だとか、気色悪ィ風潮だと思ってたけど…こりゃあ見事なもんだ」
「きっ、気色悪いのはテメェだ!退けクソ、俺だってンな感想求めてねぇんだよ!」
振りかぶった腕が掴まれ、床へとそのまま押さえつけられる。その程度の事で抑えられる程ヤワではないが、ロアは男をキッと上目で睨みつけた。
暴れるには場所が悪すぎる。ナツを巻き込むわけにはいかない。何にせよ、男の言う”闇ギルド”について探りを入れるべきだ。
何か無いか―…視線をさ迷わせたロアは、転がった麦わら帽子の先の、怪しげな物体に気が付いた。
(…髑髏の、杖…?いや、笛か…?)
細長い棒のようなもの。先端に髑髏を象ったそれには、柄の部分にいくつか穴が並んでいる。
目を凝らし、抵抗する振りをして腕を動かす。その瞬間、ドカッと鈍い音が鳴り、男は通路の向こう側まで吹っ飛んでいた。
「テメェ!ロアに何してやがる!」
怒気に満ちたナツの声。いつの間にか復活したらしいナツは、椅子からぴょんっと飛び降り男を指さした。
「さっきはよくもやりやがったな!ロアの分と、こんなじゃまだまだ足んねぇぞ…!」
突き付けたナツの手はグーに握られる。
しかし怒りに震える手が鉄槌を落とすよりも前に、『手違いにより急停車いたしました。間もなく発車します』とナツにとっては地獄行きを告げるアナウンスが響き渡った。
「っやべぇ、動き出す前にさっさと逃げんぞ、ロア!」
「あッ、え、でもアイツ…」
「行くぞ!」
ナツはロアの腕を引っ張り抱き寄せると、そのまま窓へと突っ込んだ。
バリンと割れるガラス、列車が吐き出す煙のニオイ。
「てめぇ!アイゼンヴァルトに手ェ出したんだ!ただで済むと思うなよ!」
それよりも煩わしい男の叫び声が遠ざかる。
ロアはナツの背に腕を回し、空中に一歩、足を踏み出した。
宙に浮くロアのつま先は、まるでそこに床があるかのように安定する。
ロアの光の力。ロアは本来触れることの出来ない光を、物体のように扱うことが出来た。時には壁に、乗り物に、剣にもなる。
「うおっ、すげぇ、乗ってんのか!」
「何今更驚いてんだよ。ていうかアイツ、なんか聞き覚えのある事言ってたような…、…ああ!」
すーっと宙を滑空したロアは、はっと息を吸い込み、数センチ空中から地面へと落ちた。
バランスを崩したナツがころんと転がり、そのナツにしがみ付いていたロアもナツの胸に重なる。
「な、なんで落ちたんだ!?」
「ごっ、ごめん、集中切れて!さっきのやつ!アイゼンヴァルトって言ってたぞ!」
「アイゼン…?なんだそりゃ」
ナツは目をまんまるくさせ、首を小さく傾けた。
動く列車内でのエルザの説明は、ナツの耳に一切入っていなかったらしい。ナツの間の抜けた顔が、緊張感を解いていく。
途端にこの状況が滑稽に思えて、ロアはプッと吹き出していた。
「ふ、あはは!なんだこれ!ナツは置いてかれてっし、まんまと関係者逃してっし!」
「はは!良く分かんねーけど良かったな!」
「なんも良くねェんだよ、馬鹿ナツ!」
ロアの色白な手がナツのツンツン頭をかき乱す。それを嬉しそうに受け入れたナツも、仕返しだとロアの耳横に手を挿し込んだ。
普段後ろで一つにまとめている髪は、変装の為にと下ろされている。ナツの武骨な手に梳かれた髪は、風に吹かれてキラキラと舞い上がった。
「へへ、ロアとこうやってのんびりすんの、久々だ」
「ん…そりゃあ、ナツが最近構ってくんないからだろ。知らない間にルーシィと仲良くなってるし」
「そうかぁ?普通だろ」
「は?いや…それは、むしろ認めてやれよ」
基本的にナツは誰とでもすぐに打ち解ける。今も昔も、ナツの周りにはいつだって誰かがいた。
チクリと胸に小さな痛み。ロアはそれを誤魔化すように、ナツの分厚い胸板に顔を寄せた。
熱すぎる程の体温。安心する彼の鼓動。ふっと目を閉じた時、平穏を切り裂くけたたましい音が近付いて来た。
「ナツ!無事だったか!」
列車、ではなく魔法で動く四輪車だ。運転手であるエルザの魔力で動く車は、ロアとナツの手前でギャギャギャと泣き叫びながら止まった。
「っておい!ロアじゃねぇか!」
「ん?何故ロアがいる」
「え!あ!?帽子がない!違うんだ、これは…偶然!偶然列車に乗り合わせて!」
ばっと立ち上がったロアは、スカートをぱんぱんと叩きつつ、ナツの手を掴んで起き上がらせる。
ナツを列車に置いて行った事を気にかけていたのだろう、安堵した様子のエルザはホッと息を吐いた。
「そうか、ロアがいてくれたのなら良かった。置いて行ってすまなかったな」
「ナツー…ごめんねぇ」
幼児のような愛らしい声で謝罪したのは、ナツがいつも連れている羽の生えた青い猫・ハッピーだ。
ハッピーはナツの周りをくるんと一周し、慣れた様子でその肩にちょこんと座った。
「っと、そうだ。のんびりしてる場合じゃない。さっき乗ってた列車に、アイゼンヴァルトだっていう男がいたぞ」
「何!?それは本当か!?」
エルザの表情が一瞬にして険しいものに変わる。
相変わらずきょとんとしているナツはさておき、ロアはナツと二人になってから起きた事を説明した。
接触してきた男の風貌。男がナツに言った事。彼の所有物と思しき髑髏の笛。
真っ先に顔色を変えたのは、ルーシィだった。
「…笛、ララバイ…子守歌、死…。もしかしてその笛が、死の魔法、ララバイなんじゃ…!?」
もし奏でた音が死に誘うものなのだとしたら。もしそれが、街中に聞こえる形で使われたなら。
一同の間に流れる緊張感。それを振り払うように、エルザが身を翻した。
「まずいな…急ぐぞ!列車の後を追う!」
いち早く運転席に腰を下ろしたエルザに続き、グレイとルーシィが車に乗り込む。
ロアは躊躇ったナツの腕を掴み、ニィッと笑って見せた。
(続く)
追加日:2018/10/21
移動前:2012/02/16