奴良リクオ(ぬら孫)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1.リクオと妖狐
ふさと左右に揺れる尾と時折ぴくと向きを変える耳。
大きな屋敷の縁台に座る少年は、揺らぐ炎のような青色を湛えた瞳で外を見つめていた。
広い庭には緑が広がり、小さな花はちらちらと太陽を浴びて光り輝く。
その草花の間を走り抜けるのは犬猫ほど小さな子達。幼子のようにはしゃぐ様子に微笑ましく細めた目は、背後をうかがうように横を向いた。
「狐ノ衣、おやつにしよう」
「首無!」
視界の隅にひょこと覗く、美しい青年の顔。
暖かい日差しの下には違和感のあるマフラーを巻いた青年・首無は、片手にお盆を持っている。
どうやら、この屋敷の奥方である若菜が和菓子を作ったらしい
「有難う、でも…もうすぐリクオ様が帰ってくるはずだから…もう少し待ちたいな」
「え?でも、まだ学校の終わる時間では…」
不思議そうに首を揺らした首無は、言葉を吐き切る前にハッと門の方へ目を向けた。
開いた門から入ってくる少年は少し疲れた様子で肩を落としている。
まだ夕暮れ前の明るい時間。その違和感に眉を寄せる首無の前で、狐耳の少年・狐ノ衣はぴょんっと飛び跳ねた。
「リクオ様!おかえりなさい!」
「狐ノ衣、ただいま!もう今日は大変だったんだよ~…」
遠目に見た印象通り随分と消耗した様子のリクオは、鞄を下ろした後、一層肩をがくりと落とした。
片手に飛び込んだ狐ノ衣を抱き留めながら、年齢に見合わず苦労人の溜め息を吐く。
「学校に小さな妖が潜り込んできて、悪戯ばっかりしてきたんだよ。耐えらんなくて今日は早退。ホント、妖怪って嫌な奴ばっかりだ」
「…リクオ様」
「あ、狐ノ衣は別だよ!狐ノ衣みたいな妖狐は害がないって、文献にも残ってたし。何よりずっと一緒にいたボクが一番分かってる事だしね」
自身の失言を取り繕うように矢継ぎ早に続けたリクオに、首無は宙に浮いた首を左右に動かした。
「とは言いますが、リクオ様。狐ノ衣のような妖狐は”強い子孫を残す”ために“強い妖怪”の下につくのですよ?このままではいつ出て行ってしまうか…」
「そ、そんな事あるわけないよ!」
「事実はどうあれ、三代目として、もっと自覚していただかないと…」
若。三代目。リクオ様。リクオは向けられる堅苦しい呼び名に、眉を下げて俯いた。
今いるこの屋敷こそ、関東任侠妖怪総元締の極道一家・奴良組だ。リクオの祖父は妖怪ぬらりひょんであり、父もまたその血を継いだ半妖であった。
リクオはというと、ぬらりひょんが人間と交配した事で生まれた父が、人間と交配した事で生まれた、所謂妖クォーター。
その心は人間に偏っている上に、妖としての力も全く見られない。
最後にリクオが妖怪として覚醒したのは、8歳…今より5年程前にもなる。
「リクオ様はあの日、確かに自分が三代目を継ぐ、とおっしゃったのに」
「お、覚えてない!それ、ボクは知らないからね!」
リクオは散々言われてきた記憶のない昔話を前に、逃げるように駆け出した。
たたたと足音は遠ざかり、スパンッと襖が閉められる音が響く。
奴良リクオ、12歳。妖で言えば成人と言える年を目前にして尚、彼の妖への態度はあの日から変わらなかった。
・・・数年前。
奴良鯉伴が亡くなって暫く経った頃。奴良組では三代目を決める為の総会が開かれていた。
三代目として名が挙がるのは、鯉伴の息子であるリクオのほか、その他妖としての力を持つ者達。
総大将であるぬらりひょんは当然孫であるリクオを推薦したが、それを拒絶したのは誰よりもリクオ本人であった。
「妖怪って酷いことばっかりするんだよ。そんなのと一緒にいたら、ボク、もっと人間に嫌われちゃうよ」
自室で膝を抱えるリクオに寄り添うのは、青く美しい毛並みを持つ狐。子猫程度の大きさの狐は、まだ人のカタチの形成すらできない狐ノ衣だった。
そんな彼等が迎える最初の試練は、その総会の直後すぐに起こった。
奴良組三代目の座を狙う妖によるリクオの暗殺。リクオが通学に利用しているバスへの襲撃だった。
「リクオさま!心配しましたぞ!よくご無事で!」
「リクオ、お前悪運強いのう」
「え、え、な、なに?何の話?」
帰宅するなり盛大な歓迎を受けたリクオは、困惑するままテレビの前へ移動させられた。
これを見てください、と妖達が示すテレビに映るのは、崩落したトンネル。
『浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路線バスが生き埋めに…中には浮世絵中の生徒が多数…』
「これ…っ、ボクが乗るはずだったバス…!?」
友人達との帰路、リクオは自身が妖怪と関係を持っているという後ろめたさから、一人バスを見送っていた。
空から映した映像には、まさにそのバスがトンネルの下敷きになっている様子がまざまざと映し出された。
「助けに行かなきゃ…!ついてきてくれ、青田坊!黒田坊!みんな!」
友人が巻き込まれたかもしれない、それに気付いたリクオが声を上げる。
しかし、ほとんどの妖は「人間を助けるなど」と否定的で動こうとはしなかった。
それどころか、リクオ肯定派と否定派の言い争い小競り合いが勃発する。
それが、リクオの中にある何かの線をプツンと切った。
「やめねぇか!」
そのリクオの声は、8歳の児童から発せられるものではなかった。まるで別人のようなその態度に、妖怪達は顔を見合わせ黙り込む。
「妖怪ならばオマエらを率いていいんだな!?だったら…人間なんてやめてやる!」
威厳のあるその姿は、理想的な奴良組三代目そのものだった。
気圧された妖怪も含め、リクオを筆頭に百鬼夜行を成して現場へと急ぐ。
案の定襲い掛かって来たのは奴良組を乗っ取ろうとする派閥の妖連中。一気に始まった抗争を前に、無力な狐はリクオの背中に守られていた。
「狐ノ衣はオレの傍を離れるんじゃねぇぞ」
違和感を誰よりも感じていたのは狐ノ衣だった。
三代目を守る役目を担っていながら、このままでは何もできない。
「リクオさまの、ために…」
たどたどしく呟く小さな狐は、次第に人を形成し始める。
その小さな背中はリクオの背中にとんとぶつかり、支え合うように敵を薙ぎ払った。
「…お前、狐ノ衣か。はは、綺麗だな」
聞いたことの無いリクオの低い声、その艶やかな色に狐ノ衣はピクンッと耳を立てた。
まだ上手く言葉の話せない狐ノ衣は、俯きモジモジと両人差指を寄せ合う。
リクオはその指を解き、しなやかな指で絡め取った。
「オレが魑魅魍魎の主になってやる。狐ノ衣、お前はずっとオレについて来てくれ」
「…!うれしい、リクオさま…」
体を寄せ合ったまだ成熟しない妖怪二人。
同じ日に覚醒した二人に、奴良組は少なからず時代の変化を感じていた、はずだった。
しかし日が昇ると同時に人間の姿に戻ったリクオが、再び妖怪の姿になることはなかったのだ。
・・・
朝の陽ざしを遮断する襖を、とんとんと指先で軽く叩く。
残念ながらそれでは足りなかったらしく、部屋の中からは絶えず細い寝息が聞こえてくるだけ。
狐ノ衣は「失礼します」と囁いたあと恐る恐る襖を開き、畳の上に敷かれた布団に忍び寄った。
「おはようございます、リクオ様」
とん、と今度はリクオの肩を叩くが、舌足らずの声が「あと5分」と零す。
狐ノ衣はむぅと頬を膨らませながら、体を前のめりにしてリクオの頬に鼻先を寄せた。
すんっとニオイを嗅ぎ、小さく出した舌先でリクオの唇の端を撫でる。そうすると、リクオはどんなに深い眠りだろうとがばっと飛び起きる。
「わ、わわ…!狐ノ衣っ」
「おはようございます、リクオ様」
「~~そっちの姿のとき舐めるの…ダメって言っただろ…!」
狐ノ衣の肩を掴んで剥がしながら、寝起きを見られる恥ずかしさを顔を掌で覆って隠す。
リクオは「ああもう…」と顔を真っ赤にしてぼやき、傍らで膝をついたままの狐ノ衣の頭をくしゃと撫でた。
小さな掌だ。鯉伴よりずっと小さい、しかし同じように暖かな手。
「リクオ様、朝ですぞ…っと、狐ノ衣殿が起こしてくださったか」
二人の穏やかな朝に割って入ったのは、黒い羽をはばたかせ降り立ったカラスだった。
烏帽子を被り、着物を纏う、一見マスコットのような愛らしい出で立ちの彼は、リクオの世話役を担っている烏天狗だ。
器用にも嘴と羽で新聞を広げてみせた烏天狗は、それをリクオに突き付けながら口を開いた。
「ご覧くださいリクオ様!この不可解な事件の数々。リクオ様がいつまでも奴良組を継がずにブラブラしているから、ザコ妖怪や若い妖怪になめられて、シマ荒らされてるんですよ!」
「毎日しつこいなあ…!ボクは継がないって言ってるだろ!」
「いいえ、確かに三代目になると仰ったのはリクオ様ご自身ですよ!」
毎朝繰り広げられる二人の口論。狐ノ衣は彼らのやり取りに、決まって表情を曇らせた。
リクオの言葉なら全てを肯定したいが、狐ノ衣もまたリクオの三代目就任を願う妖怪の一人だ。
「ああもう煩いな!狐ノ衣、狐ノ衣はボクの味方だよね」
「え…いえ、自分は…鯉伴様のためにも、リクオ様には継いでいただきたいと思っています」
「狐ノ衣もボクに人間として暮らさせてくれないんだ…」
狐ノ衣はリクオが起きた後の布団を畳みながら、しゅんと首を垂れた。
―美しい妖狐は強い妖怪につき生涯尽くす。その見返りは強い妖狐を残す為の子種である。
それが言い伝えられた伝説の妖狐の生き方だ。そして”今”狐ノ衣が仕えるのは奴良リクオただ一人。
「…自分は鯉伴様に感謝の言葉一つ、伝えることが出来ませんでした。もっと早く力をつけていれば、この姿でお会い出来たかもしれないのに」
「狐ノ衣…」
「リクオ様は思いませんか…?先代のように強くありたいと。鯉伴様に…強くなった姿をお見せしたいと」
リクオは暫く言葉なく俯いていた。狐ノ衣が人の姿になれなかった原因は、自分にあるのだと分かっていたからだ。
鯉伴の「リクオに仕えろ」という言葉を受け、狐ノ衣は自然とリクオを主として認めていた。主に力がなければ、仕える者も力を発揮できない。
「ごめん、ボクに力がなかったから」
「っリクオ様には力があります!きっと鯉伴様を凌ぐ立派な三代目に…」
「…っ、ボク、学校に行く準備するから!」
しかしリクオは狐ノ衣の想いを振り切るように、部屋を飛び出していった。
慌てて追いかける烏天狗の騒がしい声が遠ざかる中、狐ノ衣は一人虚しく息を零す。
嘗ては祖父であるぬらりひょんのようになるのだと豪語していた少年は、人間として人間の友人を作り、すっかり妖怪を毛嫌いするようになってしまった。
「鯉伴様はただそこにいたというだけでボクを…本当の息子のように扱ってくださった…。鯉伴様…ボクは、どうしたら…」
生まれた時のことは当然覚えてはいないが、狐ノ衣は小さなリクオの傍らで眠っていたという。
狐ノ衣は鯉伴の後ろを歩いた日々を思い出し、がくんと項垂れた。
どうしてこんな事になってしまったのでしょう。リクオに生涯仕えると誓ったのに、当のリクオがこうではどうにも。
「狐ノ衣ー」
入れ替わるように飛び込んできたのは、明るく華やかな少女の声。
同じくリクオに仕える妖怪・雪女の氷麗は、リクオの部屋を覗き込み「ここにいたのね!」と足を止めた。
「狐ノ衣、あなたにも協力してほしいことがあるんだけど」
氷麗は手に持った布を広げ、狐ノ衣へと見せつける。真っ黒な洋服…リクオが着るものと同じ、人間が学校に行く為に着る制服と呼ばれるものだ。
よく見れば彼女も普段纏っている着物とは違う、青の襟がついた洋服に着替えている。
「さ、早く着替えて!狐ノ衣は確か化けるの得意でしょう?耳としっぽは締まってね!」
ぽいっと放られたのは、その制服一式。
やけに楽し気な氷麗に、何か良くないことを企てているのではないかと不安が過る。
だというのに。狐ノ衣は「リクオと同じ洋服」という誘惑に呑まれ、その新調したらしい服に袖を通した。
追加日:2018/09/02
ふさと左右に揺れる尾と時折ぴくと向きを変える耳。
大きな屋敷の縁台に座る少年は、揺らぐ炎のような青色を湛えた瞳で外を見つめていた。
広い庭には緑が広がり、小さな花はちらちらと太陽を浴びて光り輝く。
その草花の間を走り抜けるのは犬猫ほど小さな子達。幼子のようにはしゃぐ様子に微笑ましく細めた目は、背後をうかがうように横を向いた。
「狐ノ衣、おやつにしよう」
「首無!」
視界の隅にひょこと覗く、美しい青年の顔。
暖かい日差しの下には違和感のあるマフラーを巻いた青年・首無は、片手にお盆を持っている。
どうやら、この屋敷の奥方である若菜が和菓子を作ったらしい
「有難う、でも…もうすぐリクオ様が帰ってくるはずだから…もう少し待ちたいな」
「え?でも、まだ学校の終わる時間では…」
不思議そうに首を揺らした首無は、言葉を吐き切る前にハッと門の方へ目を向けた。
開いた門から入ってくる少年は少し疲れた様子で肩を落としている。
まだ夕暮れ前の明るい時間。その違和感に眉を寄せる首無の前で、狐耳の少年・狐ノ衣はぴょんっと飛び跳ねた。
「リクオ様!おかえりなさい!」
「狐ノ衣、ただいま!もう今日は大変だったんだよ~…」
遠目に見た印象通り随分と消耗した様子のリクオは、鞄を下ろした後、一層肩をがくりと落とした。
片手に飛び込んだ狐ノ衣を抱き留めながら、年齢に見合わず苦労人の溜め息を吐く。
「学校に小さな妖が潜り込んできて、悪戯ばっかりしてきたんだよ。耐えらんなくて今日は早退。ホント、妖怪って嫌な奴ばっかりだ」
「…リクオ様」
「あ、狐ノ衣は別だよ!狐ノ衣みたいな妖狐は害がないって、文献にも残ってたし。何よりずっと一緒にいたボクが一番分かってる事だしね」
自身の失言を取り繕うように矢継ぎ早に続けたリクオに、首無は宙に浮いた首を左右に動かした。
「とは言いますが、リクオ様。狐ノ衣のような妖狐は”強い子孫を残す”ために“強い妖怪”の下につくのですよ?このままではいつ出て行ってしまうか…」
「そ、そんな事あるわけないよ!」
「事実はどうあれ、三代目として、もっと自覚していただかないと…」
若。三代目。リクオ様。リクオは向けられる堅苦しい呼び名に、眉を下げて俯いた。
今いるこの屋敷こそ、関東任侠妖怪総元締の極道一家・奴良組だ。リクオの祖父は妖怪ぬらりひょんであり、父もまたその血を継いだ半妖であった。
リクオはというと、ぬらりひょんが人間と交配した事で生まれた父が、人間と交配した事で生まれた、所謂妖クォーター。
その心は人間に偏っている上に、妖としての力も全く見られない。
最後にリクオが妖怪として覚醒したのは、8歳…今より5年程前にもなる。
「リクオ様はあの日、確かに自分が三代目を継ぐ、とおっしゃったのに」
「お、覚えてない!それ、ボクは知らないからね!」
リクオは散々言われてきた記憶のない昔話を前に、逃げるように駆け出した。
たたたと足音は遠ざかり、スパンッと襖が閉められる音が響く。
奴良リクオ、12歳。妖で言えば成人と言える年を目前にして尚、彼の妖への態度はあの日から変わらなかった。
・・・数年前。
奴良鯉伴が亡くなって暫く経った頃。奴良組では三代目を決める為の総会が開かれていた。
三代目として名が挙がるのは、鯉伴の息子であるリクオのほか、その他妖としての力を持つ者達。
総大将であるぬらりひょんは当然孫であるリクオを推薦したが、それを拒絶したのは誰よりもリクオ本人であった。
「妖怪って酷いことばっかりするんだよ。そんなのと一緒にいたら、ボク、もっと人間に嫌われちゃうよ」
自室で膝を抱えるリクオに寄り添うのは、青く美しい毛並みを持つ狐。子猫程度の大きさの狐は、まだ人のカタチの形成すらできない狐ノ衣だった。
そんな彼等が迎える最初の試練は、その総会の直後すぐに起こった。
奴良組三代目の座を狙う妖によるリクオの暗殺。リクオが通学に利用しているバスへの襲撃だった。
「リクオさま!心配しましたぞ!よくご無事で!」
「リクオ、お前悪運強いのう」
「え、え、な、なに?何の話?」
帰宅するなり盛大な歓迎を受けたリクオは、困惑するままテレビの前へ移動させられた。
これを見てください、と妖達が示すテレビに映るのは、崩落したトンネル。
『浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路線バスが生き埋めに…中には浮世絵中の生徒が多数…』
「これ…っ、ボクが乗るはずだったバス…!?」
友人達との帰路、リクオは自身が妖怪と関係を持っているという後ろめたさから、一人バスを見送っていた。
空から映した映像には、まさにそのバスがトンネルの下敷きになっている様子がまざまざと映し出された。
「助けに行かなきゃ…!ついてきてくれ、青田坊!黒田坊!みんな!」
友人が巻き込まれたかもしれない、それに気付いたリクオが声を上げる。
しかし、ほとんどの妖は「人間を助けるなど」と否定的で動こうとはしなかった。
それどころか、リクオ肯定派と否定派の言い争い小競り合いが勃発する。
それが、リクオの中にある何かの線をプツンと切った。
「やめねぇか!」
そのリクオの声は、8歳の児童から発せられるものではなかった。まるで別人のようなその態度に、妖怪達は顔を見合わせ黙り込む。
「妖怪ならばオマエらを率いていいんだな!?だったら…人間なんてやめてやる!」
威厳のあるその姿は、理想的な奴良組三代目そのものだった。
気圧された妖怪も含め、リクオを筆頭に百鬼夜行を成して現場へと急ぐ。
案の定襲い掛かって来たのは奴良組を乗っ取ろうとする派閥の妖連中。一気に始まった抗争を前に、無力な狐はリクオの背中に守られていた。
「狐ノ衣はオレの傍を離れるんじゃねぇぞ」
違和感を誰よりも感じていたのは狐ノ衣だった。
三代目を守る役目を担っていながら、このままでは何もできない。
「リクオさまの、ために…」
たどたどしく呟く小さな狐は、次第に人を形成し始める。
その小さな背中はリクオの背中にとんとぶつかり、支え合うように敵を薙ぎ払った。
「…お前、狐ノ衣か。はは、綺麗だな」
聞いたことの無いリクオの低い声、その艶やかな色に狐ノ衣はピクンッと耳を立てた。
まだ上手く言葉の話せない狐ノ衣は、俯きモジモジと両人差指を寄せ合う。
リクオはその指を解き、しなやかな指で絡め取った。
「オレが魑魅魍魎の主になってやる。狐ノ衣、お前はずっとオレについて来てくれ」
「…!うれしい、リクオさま…」
体を寄せ合ったまだ成熟しない妖怪二人。
同じ日に覚醒した二人に、奴良組は少なからず時代の変化を感じていた、はずだった。
しかし日が昇ると同時に人間の姿に戻ったリクオが、再び妖怪の姿になることはなかったのだ。
・・・
朝の陽ざしを遮断する襖を、とんとんと指先で軽く叩く。
残念ながらそれでは足りなかったらしく、部屋の中からは絶えず細い寝息が聞こえてくるだけ。
狐ノ衣は「失礼します」と囁いたあと恐る恐る襖を開き、畳の上に敷かれた布団に忍び寄った。
「おはようございます、リクオ様」
とん、と今度はリクオの肩を叩くが、舌足らずの声が「あと5分」と零す。
狐ノ衣はむぅと頬を膨らませながら、体を前のめりにしてリクオの頬に鼻先を寄せた。
すんっとニオイを嗅ぎ、小さく出した舌先でリクオの唇の端を撫でる。そうすると、リクオはどんなに深い眠りだろうとがばっと飛び起きる。
「わ、わわ…!狐ノ衣っ」
「おはようございます、リクオ様」
「~~そっちの姿のとき舐めるの…ダメって言っただろ…!」
狐ノ衣の肩を掴んで剥がしながら、寝起きを見られる恥ずかしさを顔を掌で覆って隠す。
リクオは「ああもう…」と顔を真っ赤にしてぼやき、傍らで膝をついたままの狐ノ衣の頭をくしゃと撫でた。
小さな掌だ。鯉伴よりずっと小さい、しかし同じように暖かな手。
「リクオ様、朝ですぞ…っと、狐ノ衣殿が起こしてくださったか」
二人の穏やかな朝に割って入ったのは、黒い羽をはばたかせ降り立ったカラスだった。
烏帽子を被り、着物を纏う、一見マスコットのような愛らしい出で立ちの彼は、リクオの世話役を担っている烏天狗だ。
器用にも嘴と羽で新聞を広げてみせた烏天狗は、それをリクオに突き付けながら口を開いた。
「ご覧くださいリクオ様!この不可解な事件の数々。リクオ様がいつまでも奴良組を継がずにブラブラしているから、ザコ妖怪や若い妖怪になめられて、シマ荒らされてるんですよ!」
「毎日しつこいなあ…!ボクは継がないって言ってるだろ!」
「いいえ、確かに三代目になると仰ったのはリクオ様ご自身ですよ!」
毎朝繰り広げられる二人の口論。狐ノ衣は彼らのやり取りに、決まって表情を曇らせた。
リクオの言葉なら全てを肯定したいが、狐ノ衣もまたリクオの三代目就任を願う妖怪の一人だ。
「ああもう煩いな!狐ノ衣、狐ノ衣はボクの味方だよね」
「え…いえ、自分は…鯉伴様のためにも、リクオ様には継いでいただきたいと思っています」
「狐ノ衣もボクに人間として暮らさせてくれないんだ…」
狐ノ衣はリクオが起きた後の布団を畳みながら、しゅんと首を垂れた。
―美しい妖狐は強い妖怪につき生涯尽くす。その見返りは強い妖狐を残す為の子種である。
それが言い伝えられた伝説の妖狐の生き方だ。そして”今”狐ノ衣が仕えるのは奴良リクオただ一人。
「…自分は鯉伴様に感謝の言葉一つ、伝えることが出来ませんでした。もっと早く力をつけていれば、この姿でお会い出来たかもしれないのに」
「狐ノ衣…」
「リクオ様は思いませんか…?先代のように強くありたいと。鯉伴様に…強くなった姿をお見せしたいと」
リクオは暫く言葉なく俯いていた。狐ノ衣が人の姿になれなかった原因は、自分にあるのだと分かっていたからだ。
鯉伴の「リクオに仕えろ」という言葉を受け、狐ノ衣は自然とリクオを主として認めていた。主に力がなければ、仕える者も力を発揮できない。
「ごめん、ボクに力がなかったから」
「っリクオ様には力があります!きっと鯉伴様を凌ぐ立派な三代目に…」
「…っ、ボク、学校に行く準備するから!」
しかしリクオは狐ノ衣の想いを振り切るように、部屋を飛び出していった。
慌てて追いかける烏天狗の騒がしい声が遠ざかる中、狐ノ衣は一人虚しく息を零す。
嘗ては祖父であるぬらりひょんのようになるのだと豪語していた少年は、人間として人間の友人を作り、すっかり妖怪を毛嫌いするようになってしまった。
「鯉伴様はただそこにいたというだけでボクを…本当の息子のように扱ってくださった…。鯉伴様…ボクは、どうしたら…」
生まれた時のことは当然覚えてはいないが、狐ノ衣は小さなリクオの傍らで眠っていたという。
狐ノ衣は鯉伴の後ろを歩いた日々を思い出し、がくんと項垂れた。
どうしてこんな事になってしまったのでしょう。リクオに生涯仕えると誓ったのに、当のリクオがこうではどうにも。
「狐ノ衣ー」
入れ替わるように飛び込んできたのは、明るく華やかな少女の声。
同じくリクオに仕える妖怪・雪女の氷麗は、リクオの部屋を覗き込み「ここにいたのね!」と足を止めた。
「狐ノ衣、あなたにも協力してほしいことがあるんだけど」
氷麗は手に持った布を広げ、狐ノ衣へと見せつける。真っ黒な洋服…リクオが着るものと同じ、人間が学校に行く為に着る制服と呼ばれるものだ。
よく見れば彼女も普段纏っている着物とは違う、青の襟がついた洋服に着替えている。
「さ、早く着替えて!狐ノ衣は確か化けるの得意でしょう?耳としっぽは締まってね!」
ぽいっと放られたのは、その制服一式。
やけに楽し気な氷麗に、何か良くないことを企てているのではないかと不安が過る。
だというのに。狐ノ衣は「リクオと同じ洋服」という誘惑に呑まれ、その新調したらしい服に袖を通した。
追加日:2018/09/02
1/1ページ