藍沢湧太郎(夢色キャスト)
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5.稽古見学
ごみ一つない床。ロビーのテーブルも椅子も、カウンターにもホコリ一つない。
咲哉は自身の成果を眺め、フンッと少し強めの鼻息を零した。
任される仕事が少ない分、ロビーの掃除に関してはすっかりプロフェッショナルだ。
一仕事終えた咲哉は、壁に掛けられた時計を経由して入口の方へ視線をやった。
時間もぴったり。いつもなら、そろそろあの人がやって来る。
まずはコツンと固い足音。それから覗かせるオトナな立ち姿と優しい顔。
関係者入口から入ってくるその人を見るなり、咲哉はぱぁっと目を輝かせた。
「藍沢さん!おはようございます!」
いつも気にかけてくれる優しい人。劇団ジェネシスの藍沢湧太郎。
藍沢もまた、咲哉の歓迎を嬉しそうに受け入れた。
「おはよう。今日も元気だね、卒論も大変なんだろう?」
「大変でも、書くことがたくさんあって楽しいんです。全部藍沢さんのおかげです!」
「はは、君の役に立てているのなら嬉しいよ」
劇団の話を聞かせてくれた事だけじゃない。
こうして会えることすら、咲哉の元気と意欲の源となっている。
そうとも知らず、藍沢は「偉いね」と咲哉の頭を撫でた。
うん、やっぱり藍沢さんは最高に格好良いし優しい!
「君…確か午後は学校に戻るんだったよね」
「はい!別に授業ってわけじゃなくて、勝手に図書館に入り浸ってるだけですけど」
「そっか、それなら…良ければ稽古を見に来ないか?」
勢いのまま「はい!」と返しそうになり、咲哉はハッと大きく息を吸い込んだ。
吸い過ぎた反動で、数歩後ろに下がる。
「え、え…?え、稽古、ですか…?」
「そう。レッスン室、分かるだろう?丁度もう直始まる時間だから…どうかな?」
咲哉の頭の中に、この劇場のマップが広げられた。
入り口からロビー、そしてステージへの道のり。待合室があって、レッスン室がある。
誰かが使用している時間帯には入ったことのない場所だ。
「せっかく劇場にいるのに、掃除ばかりじゃつまらないだろう?」
「そ、それは…俺としてはもちろん嬉しいばかりですが…、」
「良かった!じゃあ準備しておいで」
何故か嬉しそうにする藍沢に背を押され、咲哉はスタッフ用の部屋へと早朝ぶりに戻った。
掃除用具を片付け、着替えてから鞄を肩にかける。
そんないつもの帰り支度の最中、冷静になった咲哉はもう一度大きく息を吸い込んだ。
「え、ええええ!?」
吐き出しきれていなかった驚きを渾身の叫びに込める。
それからようやく大変なことになった現状を自覚し、咲哉はふらふらと壁に手をついた。
・・・
ピリピリとした空気の中、劇団ジェネシスの役者達が勢揃いする。
咲哉は役者兼演出として前に立つ黒木崚介の斜め後ろに用意された椅子に、ちょこんと腰かけた。
集中しきった彼等には、咲哉の存在はちっぽけ過ぎて邪魔にもならないようだ。
劇団ジェネシスの稽古には演出家らしい演出家はいない。
黒木を中心に指示を出し、直した方が良い場所等は各々意見を言い合う。
自分たちで作り上げていくステージ。それでいて彼らの目指す場所は高く、志は同じ。
「…っ、すごい…」
咲哉はペンを走らせながらも、目は彼等から離さなかった。
練習から完璧な立ち姿。一切隙のない歌とダンス。
経験の少ないメンバーに残る隙は、一度や二度の指摘で埋められていく。
あぁでも。
咲哉はつま先を立て、もどかしさを抑えた。
ここの黒木さんと藍沢さんの対峙は、立ち位置をずらして藍沢さんをもっと大きく見せたいかも。
この藍沢さんのダンスは中央後ろから出てきて足の動きに繋げた方がもっと格好良くなりそう。
あっ、ここの藍沢さん凄く良い表情なのにここからだとあんまり見えない!
「君、少しいいか」
稽古に夢中になっていた咲哉は、突如頭上に響いた威厳ある声に体を跳ねさせた。
おずと目線を上げた咲哉の瞳には、蝋人形かと疑わしい程の端正な黒木の顔が映る。
「そのノートを見せてもらいたい」
「はい…、え…っ」
「学生の研究とはいえ下手なことを書かれては困るからな」
慌ててその場に立ち上がった咲哉へ、黒木は綺麗な形の手を差し出した。
ノートをこちらへ、と手と目線が訴えている。
「あ…、す、すみません、自分が読めれば良いと思って雑で…」
「構わない」
躊躇った咲哉に対し、黒木は「それとも、やましい事でも?」と詰問するかのように鋭い目を向ける。
咲哉は抱き寄せたノートの該当箇所を開き、恐る恐る差し出した。
「協力、感謝する」
「い、いえ…」
黒木の瞳は右から左へ、咲哉の乱雑な字を追いかける。
独特な輝き、凄みのある色。
失礼なことを書いていないだろうか、咲哉は無意識に息を止めた。
「…悪くない。よく見ているな」
「っあ、有難うございます…!」
「ところで、これは君の意見か?」
黒木はノートを咲哉へ向けて開き、指で特に雑に書かれた部分をさした。
ひたすら書き殴った、「こうしたらもっと良さそう」の箇所だ。
「っ!!すみません!意見というか、ふとそう思った程度で…っ、そ、その、ただのファンの感想といいますか…」
咲哉は真っ赤になった顔を隠すように、足元へ顔を向けた。
研究のために見せてもらった稽古に対して、素人のくせに意見するなんて。
「公演後のアンケートでも何か指摘する人は少ない。貴重な意見として参考にさせてもらう」
「え…」
呆然とする咲哉の目の前で、ジェネシス最年少の白椋れいが「コピーしてきますね」とノートを受け取った。
そのままパタパタと部屋を出ていく白椋の背へと伸ばした咲哉の手が虚しく空を切る。
今日の事を忘れないために。あとで藍沢さんにだけ「しっかり見ていた証拠」として伝えるために…その程度のもの。
だから全然ホントに、そんなつもりじゃないんです。
青ざめる咲哉に、藍沢は歩み寄りながら普段と変わらない顔で微笑んだ。
「君は研究者だろう?そうなるべく、これまでたくさんの舞台を観てきた。だとすれば…君の目は肥えている」
「藍沢さん…」
「崚介くんは無駄なことはしない。君は君の意見や言葉に自信を持っていいんだよ」
それまでの張り巡らされていた緊張の糸が、藍沢の微笑み一つで解れていく。
キュンと高鳴った胸を押さえ、咲哉は藍沢を見上げて微笑み返した。
「…やっと笑った。緊張していただろう?無理に誘ってしまってごめんね」
「えっ…、いえそんな俺は…」
「大丈夫だよ、皆、君が真面目に頑張っていることは知っているから」
藍沢の言葉とは裏腹に、藍沢の後ろに見えるメンバーは鋭い目つきで咲哉をとらえている。
歓迎はされていないのだろう。少しでも目障りになるまいと背を丸めた咲哉は、白椋が「お待たせしました!」と声高らかに戻るとホッと胸を撫でおろした。
早くノートを受け取ってお暇しよう。
しかし、何故か咲哉を睨むように見ていた朱道岳が、白椋の手からノートを奪い取った。
「こいつは俺が見送ってくる。次のシーンは俺がいなくてもいいだろ、稽古続けててくれ」
えっと思わず見開いた目を藍沢へと向ける。
朱道の申し出は真っ当だったらしく、藍沢は「宜しく」と咲哉の背中を軽く押した。
「あ…あの、本日は貴重なお時間をいただいて、有難うございました…!」
「研究、頑張ってくださいね」
「もたもたすんな、行くぞ」
ミステリアスな眼鏡の奥、主宰の灰羽拓真が目を優し気に細める。
咲哉はもう一度深く頭を下げてから、既に部屋を出かけていた朱道の後ろに続いた。
見た目こそガラの悪そうですらある朱道だが、ドアボーイを務めた後に咲哉を先導する。
さすが、厳格な劇団ジェネシスの一人だ。
「あ、あの…本日は、本当に有難うございました」
「ああ、湧が声をかけたんだろ。のこのこついて来るなんて、割と度胸あんな、お前」
ピシャリと冷たい声で刺され、咲哉はごくりと唾を呑みこんだ。
これは、明らかに「快く思われていない」どころではない。
「…自惚れてないだろうな」
「は、はい、え、自惚れ…?」
「湧が…藍沢湧太郎が自分を認めてくれてる、だとか思ってないだろうなっつってんだよ」
ついに足を止めた朱道は、咲哉を睨むように見上げている。
咲哉は凍え切った体を自身の腕に抱きながら、必死に思考を巡らせた。
「分かってねぇって面だな」
「は、はい…すみませ…」
「湧は頼まれてんだよ、お前んとこの教授に」
何を、と問う必要はなかった。
咲哉は見開いた目で、朱道の大きくない背中を見つめる。
ショック、いや、腑に落ちた。
しかし咲哉の思考は止まったまま、足を一歩踏み出すことも出来なかった。
(第五話・終)
追加日:2018/07/01
ごみ一つない床。ロビーのテーブルも椅子も、カウンターにもホコリ一つない。
咲哉は自身の成果を眺め、フンッと少し強めの鼻息を零した。
任される仕事が少ない分、ロビーの掃除に関してはすっかりプロフェッショナルだ。
一仕事終えた咲哉は、壁に掛けられた時計を経由して入口の方へ視線をやった。
時間もぴったり。いつもなら、そろそろあの人がやって来る。
まずはコツンと固い足音。それから覗かせるオトナな立ち姿と優しい顔。
関係者入口から入ってくるその人を見るなり、咲哉はぱぁっと目を輝かせた。
「藍沢さん!おはようございます!」
いつも気にかけてくれる優しい人。劇団ジェネシスの藍沢湧太郎。
藍沢もまた、咲哉の歓迎を嬉しそうに受け入れた。
「おはよう。今日も元気だね、卒論も大変なんだろう?」
「大変でも、書くことがたくさんあって楽しいんです。全部藍沢さんのおかげです!」
「はは、君の役に立てているのなら嬉しいよ」
劇団の話を聞かせてくれた事だけじゃない。
こうして会えることすら、咲哉の元気と意欲の源となっている。
そうとも知らず、藍沢は「偉いね」と咲哉の頭を撫でた。
うん、やっぱり藍沢さんは最高に格好良いし優しい!
「君…確か午後は学校に戻るんだったよね」
「はい!別に授業ってわけじゃなくて、勝手に図書館に入り浸ってるだけですけど」
「そっか、それなら…良ければ稽古を見に来ないか?」
勢いのまま「はい!」と返しそうになり、咲哉はハッと大きく息を吸い込んだ。
吸い過ぎた反動で、数歩後ろに下がる。
「え、え…?え、稽古、ですか…?」
「そう。レッスン室、分かるだろう?丁度もう直始まる時間だから…どうかな?」
咲哉の頭の中に、この劇場のマップが広げられた。
入り口からロビー、そしてステージへの道のり。待合室があって、レッスン室がある。
誰かが使用している時間帯には入ったことのない場所だ。
「せっかく劇場にいるのに、掃除ばかりじゃつまらないだろう?」
「そ、それは…俺としてはもちろん嬉しいばかりですが…、」
「良かった!じゃあ準備しておいで」
何故か嬉しそうにする藍沢に背を押され、咲哉はスタッフ用の部屋へと早朝ぶりに戻った。
掃除用具を片付け、着替えてから鞄を肩にかける。
そんないつもの帰り支度の最中、冷静になった咲哉はもう一度大きく息を吸い込んだ。
「え、ええええ!?」
吐き出しきれていなかった驚きを渾身の叫びに込める。
それからようやく大変なことになった現状を自覚し、咲哉はふらふらと壁に手をついた。
・・・
ピリピリとした空気の中、劇団ジェネシスの役者達が勢揃いする。
咲哉は役者兼演出として前に立つ黒木崚介の斜め後ろに用意された椅子に、ちょこんと腰かけた。
集中しきった彼等には、咲哉の存在はちっぽけ過ぎて邪魔にもならないようだ。
劇団ジェネシスの稽古には演出家らしい演出家はいない。
黒木を中心に指示を出し、直した方が良い場所等は各々意見を言い合う。
自分たちで作り上げていくステージ。それでいて彼らの目指す場所は高く、志は同じ。
「…っ、すごい…」
咲哉はペンを走らせながらも、目は彼等から離さなかった。
練習から完璧な立ち姿。一切隙のない歌とダンス。
経験の少ないメンバーに残る隙は、一度や二度の指摘で埋められていく。
あぁでも。
咲哉はつま先を立て、もどかしさを抑えた。
ここの黒木さんと藍沢さんの対峙は、立ち位置をずらして藍沢さんをもっと大きく見せたいかも。
この藍沢さんのダンスは中央後ろから出てきて足の動きに繋げた方がもっと格好良くなりそう。
あっ、ここの藍沢さん凄く良い表情なのにここからだとあんまり見えない!
「君、少しいいか」
稽古に夢中になっていた咲哉は、突如頭上に響いた威厳ある声に体を跳ねさせた。
おずと目線を上げた咲哉の瞳には、蝋人形かと疑わしい程の端正な黒木の顔が映る。
「そのノートを見せてもらいたい」
「はい…、え…っ」
「学生の研究とはいえ下手なことを書かれては困るからな」
慌ててその場に立ち上がった咲哉へ、黒木は綺麗な形の手を差し出した。
ノートをこちらへ、と手と目線が訴えている。
「あ…、す、すみません、自分が読めれば良いと思って雑で…」
「構わない」
躊躇った咲哉に対し、黒木は「それとも、やましい事でも?」と詰問するかのように鋭い目を向ける。
咲哉は抱き寄せたノートの該当箇所を開き、恐る恐る差し出した。
「協力、感謝する」
「い、いえ…」
黒木の瞳は右から左へ、咲哉の乱雑な字を追いかける。
独特な輝き、凄みのある色。
失礼なことを書いていないだろうか、咲哉は無意識に息を止めた。
「…悪くない。よく見ているな」
「っあ、有難うございます…!」
「ところで、これは君の意見か?」
黒木はノートを咲哉へ向けて開き、指で特に雑に書かれた部分をさした。
ひたすら書き殴った、「こうしたらもっと良さそう」の箇所だ。
「っ!!すみません!意見というか、ふとそう思った程度で…っ、そ、その、ただのファンの感想といいますか…」
咲哉は真っ赤になった顔を隠すように、足元へ顔を向けた。
研究のために見せてもらった稽古に対して、素人のくせに意見するなんて。
「公演後のアンケートでも何か指摘する人は少ない。貴重な意見として参考にさせてもらう」
「え…」
呆然とする咲哉の目の前で、ジェネシス最年少の白椋れいが「コピーしてきますね」とノートを受け取った。
そのままパタパタと部屋を出ていく白椋の背へと伸ばした咲哉の手が虚しく空を切る。
今日の事を忘れないために。あとで藍沢さんにだけ「しっかり見ていた証拠」として伝えるために…その程度のもの。
だから全然ホントに、そんなつもりじゃないんです。
青ざめる咲哉に、藍沢は歩み寄りながら普段と変わらない顔で微笑んだ。
「君は研究者だろう?そうなるべく、これまでたくさんの舞台を観てきた。だとすれば…君の目は肥えている」
「藍沢さん…」
「崚介くんは無駄なことはしない。君は君の意見や言葉に自信を持っていいんだよ」
それまでの張り巡らされていた緊張の糸が、藍沢の微笑み一つで解れていく。
キュンと高鳴った胸を押さえ、咲哉は藍沢を見上げて微笑み返した。
「…やっと笑った。緊張していただろう?無理に誘ってしまってごめんね」
「えっ…、いえそんな俺は…」
「大丈夫だよ、皆、君が真面目に頑張っていることは知っているから」
藍沢の言葉とは裏腹に、藍沢の後ろに見えるメンバーは鋭い目つきで咲哉をとらえている。
歓迎はされていないのだろう。少しでも目障りになるまいと背を丸めた咲哉は、白椋が「お待たせしました!」と声高らかに戻るとホッと胸を撫でおろした。
早くノートを受け取ってお暇しよう。
しかし、何故か咲哉を睨むように見ていた朱道岳が、白椋の手からノートを奪い取った。
「こいつは俺が見送ってくる。次のシーンは俺がいなくてもいいだろ、稽古続けててくれ」
えっと思わず見開いた目を藍沢へと向ける。
朱道の申し出は真っ当だったらしく、藍沢は「宜しく」と咲哉の背中を軽く押した。
「あ…あの、本日は貴重なお時間をいただいて、有難うございました…!」
「研究、頑張ってくださいね」
「もたもたすんな、行くぞ」
ミステリアスな眼鏡の奥、主宰の灰羽拓真が目を優し気に細める。
咲哉はもう一度深く頭を下げてから、既に部屋を出かけていた朱道の後ろに続いた。
見た目こそガラの悪そうですらある朱道だが、ドアボーイを務めた後に咲哉を先導する。
さすが、厳格な劇団ジェネシスの一人だ。
「あ、あの…本日は、本当に有難うございました」
「ああ、湧が声をかけたんだろ。のこのこついて来るなんて、割と度胸あんな、お前」
ピシャリと冷たい声で刺され、咲哉はごくりと唾を呑みこんだ。
これは、明らかに「快く思われていない」どころではない。
「…自惚れてないだろうな」
「は、はい、え、自惚れ…?」
「湧が…藍沢湧太郎が自分を認めてくれてる、だとか思ってないだろうなっつってんだよ」
ついに足を止めた朱道は、咲哉を睨むように見上げている。
咲哉は凍え切った体を自身の腕に抱きながら、必死に思考を巡らせた。
「分かってねぇって面だな」
「は、はい…すみませ…」
「湧は頼まれてんだよ、お前んとこの教授に」
何を、と問う必要はなかった。
咲哉は見開いた目で、朱道の大きくない背中を見つめる。
ショック、いや、腑に落ちた。
しかし咲哉の思考は止まったまま、足を一歩踏み出すことも出来なかった。
(第五話・終)
追加日:2018/07/01