藍沢湧太郎(夢色キャスト)
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4.感謝のデート
これでもない、あれでもない。
PCの画面を見つめる咲哉は、頭を抱えて突っ伏した。
インターネットで検索したワードは「お礼の品 男 大人」。
親切にも咲哉の相談に乗ってくれたのは、劇団ジェネシスの藍沢湧太郎だ。
多忙ながら咲哉の為に時間を作ってくれた挙句、カフェではコーヒー代を奢ってくれた。
「…和菓子って結構するんだ…。あんまり気取ったものだと逆に困らせちゃうよなぁ…」
藍沢の人柄を見れば、「お礼なんていいよ」と遠慮されることは目に見えている。
気を遣わせたくはない。でも何も返さないのも礼儀知らずだ。
「…鈴木?悪い今ちょっといい?」
「っ!うん、どうしたの?」
咲哉はゼミの友人に声をかけられ、慌てて振り返った。
友人の目は明らかに卒論を書いていない咲哉のPCに向いている。
「なんだこれ。何見てたんだよ」
「あっ…ほら、今お世話になってるアートシアターつばさの…人に、お礼をしたくて」
「ふうん?適当に大学の菓子でも買ってけば?ところでさ」
あまりにも雑な回答に咲哉の頬がぷくと膨れる。
そんな幼稚な態度に慣れた友人は、自身の鞄から封筒を取り出した。
「これ半額でいいから買い取らない?」
封筒の中からは2枚のパークチケットが顔を覗かせる。
そう言えば彼は先日恋人と別れたんだっけ。
何となく悲しい事情を察した咲哉は、それを顔に出さずに受け取った。
「…2枚かぁ、一緒に行く人なんていないよ…。俺と一緒に行くのは?」
「なんでんな寂しいことしなきゃいけないんだよ」
2枚のチケット。藍沢さんってこういう所好きかな。
ふとそんなことを考えた咲哉の頭の電球がピンッと点灯した。
そっか。偶然手に入ったパークチケットなら、藍沢さんも受け取りやすいかも。
それに藍沢さんなら一緒に行く相手だっているだろうし。
「…買いましょう」
「ほんと!?」
友人がぱっと嬉しそうな顔を見せる。
咲哉は鞄から財布を取り出しながら、友人の先ほどの雑な提案を思い出した。
「有難う、助かったよ」
「は?それ、こっちのセリフだろ」
頭を下げる咲哉に、不思議そうに首を傾げる友人。
大学の菓子なら、「教授と自分から」という手が使えそうだ。
咲哉はよしっと頷き、友人に支払いを済ませるなり軽やかにその場を後にした。
・・・
「お礼が遅くなりまして、すみませんでした!」
清掃作業を終え、帰り支度を済ませた咲哉は、藍沢が稽古部屋から出てくるのを待っていた。
所謂「出待ち」と呼ばれる良くない行為だが、今日ばかりはと手に持った紙袋を握り締める。
そうして顔を突き合わせるなり深々と頭を下げた咲哉に、藍沢はびくと肩を揺らして足を止めた。
「お、お疲れ様。どうしたんだい?」
「お疲れ様です!あの、協力していただいたのに、まともなお礼が出来ていなかったと思いまして…っ」
咲哉はがばっと顔を上げるのと同時に、手に持った紙袋を差し出した。
予想通り少し躊躇うような動作の後、藍沢の手が紙袋へかかる。
「…わざわざ有難う。お菓子と、これは?」
「遊園地のペアチケットです。その…抽選が当たったんですけど、俺そういうの行く人いないので…。彼女さんか、ご家族と…」
さすがにお礼としておかしかっただろうか。
今更ながら不安に思いながら、咲哉は恐る恐る藍沢を見上げた。
「遊園地か…。そういえば久しく行ってないな」
「あ!お、お忙しいですよね…気が利かなくてすみません…。でもあの、期限的には、今度の公演の後でも行けるので、平気かなと…」
チケットの使用期限は1ヶ月ほど先に設定されている。
だから大丈夫と思って…そうもごもご不安を露わにすると、藍沢は「なら大丈夫かな」とにっこり微笑んだ。
「でもあいにく、恋人はいないんだ」
「…えぇ!?いらっしゃらないんですか…!こんな素敵な人がフリーだなんて…」
咲哉は改めて藍沢を足の先から頭の上まで目で辿り、思わず嘆息を吐いた。
容姿端麗、体も大きいし。腕なんて太くて、胸も厚くって。
それでいて、こんなにも優しい。
「…藍沢さんの恋人になれる人は幸せでしょうね」
「君は?」
咲哉は藍沢を見上げ、ぱちくりと目を丸くした。
自分は?勿論、藍沢さんの恋人になれたら幸せだ。
「…え、俺、おれ、は」
「その反応はもしかして…咲哉くん、恋人いるんだ?」
「え…、あ!恋人はいないです…!」
咲哉は慌てて首を振り、思わず藍沢から目を逸らした。
何を考えてるんだろう、男同士なのに。
「芸術学科ならきっと女性が多いんだろう?君って結構モテそうだけど」
「お、俺なんて…全然…。恋とか家庭とか…そういうのに憧れはあるんですけど」
「…それは、どうして?」
咲哉は余計に口走ったことに気付き、視線を藍沢に戻した。
藍沢は眉を下げて、寂しげな表情を浮かべている。
同情してくれるんだ。それで話を聞こうとしてくれる。
「この人を置いて行きたくないとか、この人と離れたくないとか。悲劇って、愛がないと起きないんです」
「悲劇…」
「俺は明日死ぬことになっても悔やむものはないなって、ずっと思ってて」
シェイクスピアだってそう、そこに愛がなければ悲劇という程の物語にはならなかった。
テレビドラマもアニメも小説も。結局愛の無い話なんて無い。
だから憧れるし、それがない自分はひどくつまらない人間だと自覚している。
「…咲哉くん」
「あ!別にネガティブな話じゃないんですよ!憧れるなぁっていう話で…」
「演劇学研究者の卵らしい考え方だね。そんな風に考えたことはなかったな」
藍沢の取り繕うような笑顔に、咲哉は体が凍りついたかのように固まった。
こうやって自論をべらべらと話すのは悪い癖だ。
この話だって、誰の理解も得られないものだったのに。
「有難う。これは、一番大事な人と一緒に使うことにするよ」
「は、はい…」
今度こそ変な奴だと呆れられたはずだ。
咲哉はシュンと頭を下げ、さり気なく一歩藍沢から距離をとった。
「ところで、この後時間はある?」
「え…」
しかし藍沢はその距離を大きな一歩で縮めると、咲哉を見下ろして微笑んだ。
・・・
一歩前を歩く藍沢の斜め後ろ。
咲哉はひたすらその大きな背にくっついて歩いた。
長い足は恐らく咲哉に合わせてゆっくりと歩を進めている。
「ほら見て。ここ、桜並木なんだよ」
ぱっと振り返った藍沢が前方を指さす。
残念ながら今は飾らない木々が並ぶだけの道だ。
「見頃の時期になると桜色に染まるんだ」
「そうなんですか…きっと綺麗でしょうね」
「あぁ。時期になったら、一緒に来ようね」
何気なく、世間話でもするみたいに。
咲哉はそのスマート過ぎる誘いに、返答をすることすら忘れた。
お礼だけ済ませて立ち去ろうとした咲哉を引き留めた藍沢は、少し散歩でもと咲哉の手を掴んだ。
ただ何気なく歩くのが好きだけど、話しをする相手がいると尚楽しいのだ、と。
畏れ多いし、相手として不十分な自覚もある。しかし藍沢へお礼をしたくて仕方がない咲哉にとって、断るという選択肢はなかった。
「ここの噴水は夏の暑い時期になるとハトが涼みに来るんだ」
「ハト、ですか?」
「お腹を水につけているところが可愛いんだ。本当だよ」
舞台に立つ藍沢勇太郎のファンだった時には知らなかった、藍沢の童心、可愛らしい一面。
それに感動する暇もなく、藍沢は次々見どころを咲哉に紹介した。
「ここは秋になると紅葉が綺麗でね。黄色と赤色の絨毯が出来上がるんだよ」
「へぇ…!全然知りませんでした…」
普段こんな風に散策したり、理由もなく外を歩くことはない。
咲哉はきょろきょろと辺りを見渡し、自然と他にはどんな事があるだろうと探した。
「楽しいです、いろんな発見があるんですね!」
行き交人の表情とか、風に揺れる木々のざわめきとか。
新しい発見が楽しく、その度に振り返る笑顔に胸がときめく。
「君がいなくなったら、俺は悲しいよ」
しかし唐突に足を止めた藍沢は、静かに悲しげにそう告げた。
「…な、なんでですか…?」
「君と歩いていろんな景色を見る、そんな楽しい夢が、全部泡になってしまうだろう?」
藍沢が咲哉の手を掴み、顔の前へ持ち上げる。
更にそれを両手で包み込むと、藍沢は眉を下げて微笑んだ。
「春、夏、秋、冬…季節で移ろう景色を、また一緒に見に来てくれるかい?」
これは夢かもしれない。
咲哉は茫然と藍沢を見上げたまま、何度も瞬きを繰り返した。
しかし手の温もりも、肌を震わせる声も本物だ。
「…俺、で、いいんですか…?」
「君がいい。君ともっとたくさん話がしたいんだ」
空気に馴染み浸透する声が、はっきりとそう告げる。
これは夢物語ではない。それを実感し、咲哉の胸に熱が灯った。
「…じゃあ、また、俺の事…誘ってくれますか…?」
「ああ、勿論!」
藍沢の声が嬉しそうに弾む。
咲哉の口も自然に笑みを象り、小さく声を立てて笑った。
この人といると楽しい。この人が喜んでくれると嬉しい。この人となら。
「もう少し、付き合ってくれる?」
「はい!」
咲哉は藍沢と手を繋いだまま歩き出した。
まだ花も咲かない、まだ色に染まらない並木道をゆっくりと。
もっと長く一緒にいたい。
その感情は確実に、咲哉に変化をもたらしていた。
(第四話・終)
追加日:2018/05/19
これでもない、あれでもない。
PCの画面を見つめる咲哉は、頭を抱えて突っ伏した。
インターネットで検索したワードは「お礼の品 男 大人」。
親切にも咲哉の相談に乗ってくれたのは、劇団ジェネシスの藍沢湧太郎だ。
多忙ながら咲哉の為に時間を作ってくれた挙句、カフェではコーヒー代を奢ってくれた。
「…和菓子って結構するんだ…。あんまり気取ったものだと逆に困らせちゃうよなぁ…」
藍沢の人柄を見れば、「お礼なんていいよ」と遠慮されることは目に見えている。
気を遣わせたくはない。でも何も返さないのも礼儀知らずだ。
「…鈴木?悪い今ちょっといい?」
「っ!うん、どうしたの?」
咲哉はゼミの友人に声をかけられ、慌てて振り返った。
友人の目は明らかに卒論を書いていない咲哉のPCに向いている。
「なんだこれ。何見てたんだよ」
「あっ…ほら、今お世話になってるアートシアターつばさの…人に、お礼をしたくて」
「ふうん?適当に大学の菓子でも買ってけば?ところでさ」
あまりにも雑な回答に咲哉の頬がぷくと膨れる。
そんな幼稚な態度に慣れた友人は、自身の鞄から封筒を取り出した。
「これ半額でいいから買い取らない?」
封筒の中からは2枚のパークチケットが顔を覗かせる。
そう言えば彼は先日恋人と別れたんだっけ。
何となく悲しい事情を察した咲哉は、それを顔に出さずに受け取った。
「…2枚かぁ、一緒に行く人なんていないよ…。俺と一緒に行くのは?」
「なんでんな寂しいことしなきゃいけないんだよ」
2枚のチケット。藍沢さんってこういう所好きかな。
ふとそんなことを考えた咲哉の頭の電球がピンッと点灯した。
そっか。偶然手に入ったパークチケットなら、藍沢さんも受け取りやすいかも。
それに藍沢さんなら一緒に行く相手だっているだろうし。
「…買いましょう」
「ほんと!?」
友人がぱっと嬉しそうな顔を見せる。
咲哉は鞄から財布を取り出しながら、友人の先ほどの雑な提案を思い出した。
「有難う、助かったよ」
「は?それ、こっちのセリフだろ」
頭を下げる咲哉に、不思議そうに首を傾げる友人。
大学の菓子なら、「教授と自分から」という手が使えそうだ。
咲哉はよしっと頷き、友人に支払いを済ませるなり軽やかにその場を後にした。
・・・
「お礼が遅くなりまして、すみませんでした!」
清掃作業を終え、帰り支度を済ませた咲哉は、藍沢が稽古部屋から出てくるのを待っていた。
所謂「出待ち」と呼ばれる良くない行為だが、今日ばかりはと手に持った紙袋を握り締める。
そうして顔を突き合わせるなり深々と頭を下げた咲哉に、藍沢はびくと肩を揺らして足を止めた。
「お、お疲れ様。どうしたんだい?」
「お疲れ様です!あの、協力していただいたのに、まともなお礼が出来ていなかったと思いまして…っ」
咲哉はがばっと顔を上げるのと同時に、手に持った紙袋を差し出した。
予想通り少し躊躇うような動作の後、藍沢の手が紙袋へかかる。
「…わざわざ有難う。お菓子と、これは?」
「遊園地のペアチケットです。その…抽選が当たったんですけど、俺そういうの行く人いないので…。彼女さんか、ご家族と…」
さすがにお礼としておかしかっただろうか。
今更ながら不安に思いながら、咲哉は恐る恐る藍沢を見上げた。
「遊園地か…。そういえば久しく行ってないな」
「あ!お、お忙しいですよね…気が利かなくてすみません…。でもあの、期限的には、今度の公演の後でも行けるので、平気かなと…」
チケットの使用期限は1ヶ月ほど先に設定されている。
だから大丈夫と思って…そうもごもご不安を露わにすると、藍沢は「なら大丈夫かな」とにっこり微笑んだ。
「でもあいにく、恋人はいないんだ」
「…えぇ!?いらっしゃらないんですか…!こんな素敵な人がフリーだなんて…」
咲哉は改めて藍沢を足の先から頭の上まで目で辿り、思わず嘆息を吐いた。
容姿端麗、体も大きいし。腕なんて太くて、胸も厚くって。
それでいて、こんなにも優しい。
「…藍沢さんの恋人になれる人は幸せでしょうね」
「君は?」
咲哉は藍沢を見上げ、ぱちくりと目を丸くした。
自分は?勿論、藍沢さんの恋人になれたら幸せだ。
「…え、俺、おれ、は」
「その反応はもしかして…咲哉くん、恋人いるんだ?」
「え…、あ!恋人はいないです…!」
咲哉は慌てて首を振り、思わず藍沢から目を逸らした。
何を考えてるんだろう、男同士なのに。
「芸術学科ならきっと女性が多いんだろう?君って結構モテそうだけど」
「お、俺なんて…全然…。恋とか家庭とか…そういうのに憧れはあるんですけど」
「…それは、どうして?」
咲哉は余計に口走ったことに気付き、視線を藍沢に戻した。
藍沢は眉を下げて、寂しげな表情を浮かべている。
同情してくれるんだ。それで話を聞こうとしてくれる。
「この人を置いて行きたくないとか、この人と離れたくないとか。悲劇って、愛がないと起きないんです」
「悲劇…」
「俺は明日死ぬことになっても悔やむものはないなって、ずっと思ってて」
シェイクスピアだってそう、そこに愛がなければ悲劇という程の物語にはならなかった。
テレビドラマもアニメも小説も。結局愛の無い話なんて無い。
だから憧れるし、それがない自分はひどくつまらない人間だと自覚している。
「…咲哉くん」
「あ!別にネガティブな話じゃないんですよ!憧れるなぁっていう話で…」
「演劇学研究者の卵らしい考え方だね。そんな風に考えたことはなかったな」
藍沢の取り繕うような笑顔に、咲哉は体が凍りついたかのように固まった。
こうやって自論をべらべらと話すのは悪い癖だ。
この話だって、誰の理解も得られないものだったのに。
「有難う。これは、一番大事な人と一緒に使うことにするよ」
「は、はい…」
今度こそ変な奴だと呆れられたはずだ。
咲哉はシュンと頭を下げ、さり気なく一歩藍沢から距離をとった。
「ところで、この後時間はある?」
「え…」
しかし藍沢はその距離を大きな一歩で縮めると、咲哉を見下ろして微笑んだ。
・・・
一歩前を歩く藍沢の斜め後ろ。
咲哉はひたすらその大きな背にくっついて歩いた。
長い足は恐らく咲哉に合わせてゆっくりと歩を進めている。
「ほら見て。ここ、桜並木なんだよ」
ぱっと振り返った藍沢が前方を指さす。
残念ながら今は飾らない木々が並ぶだけの道だ。
「見頃の時期になると桜色に染まるんだ」
「そうなんですか…きっと綺麗でしょうね」
「あぁ。時期になったら、一緒に来ようね」
何気なく、世間話でもするみたいに。
咲哉はそのスマート過ぎる誘いに、返答をすることすら忘れた。
お礼だけ済ませて立ち去ろうとした咲哉を引き留めた藍沢は、少し散歩でもと咲哉の手を掴んだ。
ただ何気なく歩くのが好きだけど、話しをする相手がいると尚楽しいのだ、と。
畏れ多いし、相手として不十分な自覚もある。しかし藍沢へお礼をしたくて仕方がない咲哉にとって、断るという選択肢はなかった。
「ここの噴水は夏の暑い時期になるとハトが涼みに来るんだ」
「ハト、ですか?」
「お腹を水につけているところが可愛いんだ。本当だよ」
舞台に立つ藍沢勇太郎のファンだった時には知らなかった、藍沢の童心、可愛らしい一面。
それに感動する暇もなく、藍沢は次々見どころを咲哉に紹介した。
「ここは秋になると紅葉が綺麗でね。黄色と赤色の絨毯が出来上がるんだよ」
「へぇ…!全然知りませんでした…」
普段こんな風に散策したり、理由もなく外を歩くことはない。
咲哉はきょろきょろと辺りを見渡し、自然と他にはどんな事があるだろうと探した。
「楽しいです、いろんな発見があるんですね!」
行き交人の表情とか、風に揺れる木々のざわめきとか。
新しい発見が楽しく、その度に振り返る笑顔に胸がときめく。
「君がいなくなったら、俺は悲しいよ」
しかし唐突に足を止めた藍沢は、静かに悲しげにそう告げた。
「…な、なんでですか…?」
「君と歩いていろんな景色を見る、そんな楽しい夢が、全部泡になってしまうだろう?」
藍沢が咲哉の手を掴み、顔の前へ持ち上げる。
更にそれを両手で包み込むと、藍沢は眉を下げて微笑んだ。
「春、夏、秋、冬…季節で移ろう景色を、また一緒に見に来てくれるかい?」
これは夢かもしれない。
咲哉は茫然と藍沢を見上げたまま、何度も瞬きを繰り返した。
しかし手の温もりも、肌を震わせる声も本物だ。
「…俺、で、いいんですか…?」
「君がいい。君ともっとたくさん話がしたいんだ」
空気に馴染み浸透する声が、はっきりとそう告げる。
これは夢物語ではない。それを実感し、咲哉の胸に熱が灯った。
「…じゃあ、また、俺の事…誘ってくれますか…?」
「ああ、勿論!」
藍沢の声が嬉しそうに弾む。
咲哉の口も自然に笑みを象り、小さく声を立てて笑った。
この人といると楽しい。この人が喜んでくれると嬉しい。この人となら。
「もう少し、付き合ってくれる?」
「はい!」
咲哉は藍沢と手を繋いだまま歩き出した。
まだ花も咲かない、まだ色に染まらない並木道をゆっくりと。
もっと長く一緒にいたい。
その感情は確実に、咲哉に変化をもたらしていた。
(第四話・終)
追加日:2018/05/19