藍沢湧太郎(夢色キャスト)
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2.夢のような時間
PCの画面を見つめたまま、咲哉は暫く固まっていた。
キーボードを打つ手はそれよりも前から動きを止めている。
ずらずらと並んだ文字。咲哉は学生最後の課題、卒業論文と睨み合う日々を送っていた。
芸術学、専攻は演劇。
卒論のテーマには大好きな劇団「ジェネシス」。
「…好きだから、余計に私情が入っちゃうなあ」
キーボードを何度も叩き、書いては消す。
両親を亡くした幼い頃の咲哉は、寂しさを誤魔化す為に物語に没頭した。
本、テレビドラマ、アニメ、映画、舞台。形はどんなものでも良かったが、次第に咲哉はミュージカルへのめり込むようになった。
演者が目の前にいる空間。歌とダンスで表現される世界。まさに夢のような時間だ。
「んんー…駄目だ、こんなじゃ!」
咲哉はキーボードから手を離すと、そのまま頭を抱え込んだ。
元々卒業論文を書く上で必要な調査内容はリストアップしてある。
その中には「可能ならばジェネシスの劇団員から話を聞く」というものもあった。教授が入れておけって言うから入れただけで、勿論期待などしていなかったものだ。
インタビュー記事やテレビの取材等、調べられる限りは調べたが、埋まらない穴がなくならない。
問題はジェネシス自体が新しい劇団であり、資料数が非常に少ないというところにあった。
「…やっぱり、聞きたい…」
もし話を聞けたなら、ない資料を探す事もこうして悩む必要もない。
咲哉は自分の携帯を手に取り、今度はその小さい画面と睨み合った。
「藍沢湧太郎」恥ずかしながら既に登録済である。つまりボタンひと押しで彼の携帯と繋がってしまう。
「…う、うう…どうしよう…」
彼は確かに良いとは言ったが、咲哉にはまだ懸念があった。
藍沢さんはどうしてあんなに早い時間に劇場へ来るのか。もしかして相当忙しいからなんじゃないのか、と。
「でも、もらっておいて使わないのは…逆に失礼?なのかも…」
大きくなる独り言は、自分を鼓舞しようと必死だ。
咲哉は更に数秒、無言で携帯を睨みつけ、ゆっくりと親指を折った。
画面に表示される電話番号が「本当にいいんだな?」と問いかけてくる。
でももう遅い。プルルルと慣れ親しんだ電話の音が、咲哉の緊張を煽った。
『…はい、藍沢です』
テンプレの音を割ったのは、ピリッとした声だった。
咲哉は鼓動が異様に早くなるのを感じながら、一度ごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、あの、お疲れ様です!いつも『アートシアターつばさ』でお世話になっています…!」
『、あぁ、君か。お疲れ様』
電話の相手が分かったからか、第一声の鋭さがなくなった。
それどころか、あの微笑みが思い出される優しい声色が咲哉の緊張を解いていく。
『そういえば名前も聞いていなかったね。聞いても?』
「あ…っは、はい…鈴木咲哉です」
『咲哉くんだね、有難う』
ぶわっと全身に駆け巡る歓喜の熱。
咲哉はそれを抑え込む為に、調査項目のリストへ目を向けた。
「実は…その、例の卒論のことで…是非お話を伺えたらと思っていて…。つ、ご都合のつく日ってありますか…?」
粗相のないように。図々しく思われないように。
気を遣いながら慣れない言葉を使う咲哉に、藍沢はふっと吐いた息で笑った。
『そんなに畏まらなくていいよ。勇気を出して電話してくれて、有難う』
「藍沢さん…っ」
電話越しの優しい声に、咲哉の緊張の糸がプツンと切れた。
途端にじわと目に涙が浮かんで、慌てて手の甲で擦る。
『咲哉くん?大丈夫かい?』
「は、はい!すみません感極まって…」
『はは、いいよ。落ち着いて、ゆっくり話そう』
その後、やはり多忙の藍沢へ、咲哉は質問事項を電話で伝えた。
回答は後日。日時と待ち合わせ場所をメモして通話を切る。
結局その日は何も手が付かず、咲哉は布団に横たわりバタ足を繰り返した。
・・・
アートシアターつばさの入っているモール内のカフェ。
お洒落な雰囲気は劇場同様で、咲哉は緊張した面持ちで中へ入った。
大きな背に先導され、用意された椅子へと腰掛ける。
視線が落ち着かない。膝の上に置いた手には汗が滲む。
向かい合うその人は、咲哉の緊張を悟って微笑んだ。
「こっちでいろいろ調整しちゃってごめんね」
「…い、いえ!こんな風に時間をいただけるなんて…本当に有難うございます」
劇団ジェネシス…咲哉が大好きな劇団の役者、藍沢湧太郎。咲哉が彼と劇場以外で会うのは初めてだった。
申し訳なさそうに眉を寄せる藍沢だが、こうして会ってもらえる時点で、咲哉にはこの上ない待遇だ。
むしろ頭の上がらない咲哉へ、藍沢は鞄から書類を取り出した。
「一応回答は文章に起こしてきたから、他のメンバーの話はこれで」
「えぇ!?そんな、ああ、有難うございます…っ」
テーブルに出されたA 4の紙は数枚ホチキスで閉じられている。
咲哉は慌ててそれを受け取ると、ぱらぱらと捲って内容に目を通した。
「こんな、お手数おかけしてしまって…藍沢さん、本当に優しい…っ」
「はは、大げさだな」
「大げさなんかじゃないですよ、ほんとに本当に…っ!」
忙しいはずなのに、咲哉の質問への回答は読みやすくまとめられている。
ただ集計しただけでなく、読み手への配慮を感じる文書だ。
「こんなに、丁寧に用意してもらって…」
「別に誰にでもってわけじゃないよ」
「そ、そうなんですか?」
「咲哉くんがすごく頑張っているから、応援したくなるんだ」
ぽんぽんと咲哉の肩を叩く大きな手。
咲哉はもらった資料をテーブルに置き、呆然と藍沢を見つめた。
「ここに来てすぐ、一人で不安だったろう?でもずっと君は笑顔だったね」
まるで学校の先生、お父さん、お兄ちゃん。
暖かな声に、咲哉は惹き込まれていた。
確かに、慣れない環境に不安はあった。
学生の身で、日本トップの劇団が公演をする場所にスタッフとして置いてもらって。
怒られて悲しくて、悔しかったこともある。
「辛い時、笑顔を保つのはとても難しいことだ。でも君は、この場所には笑顔で立つべきだと思ったのだろう?」
「…そ、そんな、大層なことでは…」
「立派だよ。だからこそ、俺は君の力になりたいと思ったんだ」
信じられない、という咲哉の表情を察してか、藍沢が「本当だよ」と念押す。
肩をぽんと一度叩かれ、咲哉は現実に引き戻されたかのようにハッと息を吸い込んだ。
「っ、あ、有難うございます…」
この人が自分を見てくれていた、なんて信じられない。
信じてないのに。咲哉の頬は赤く色づき、それを隠すように深く俯いた。
「はは、可愛いね。さあ、本題に移ろうか」
「っは、はい…宜しくお願いします…っ」
まるで妄想、夢。
咲哉は目の前の俳優との距離に、まだ白昼夢を見ている気分だった。
(第二話・終)
追加日:2018/03/31
PCの画面を見つめたまま、咲哉は暫く固まっていた。
キーボードを打つ手はそれよりも前から動きを止めている。
ずらずらと並んだ文字。咲哉は学生最後の課題、卒業論文と睨み合う日々を送っていた。
芸術学、専攻は演劇。
卒論のテーマには大好きな劇団「ジェネシス」。
「…好きだから、余計に私情が入っちゃうなあ」
キーボードを何度も叩き、書いては消す。
両親を亡くした幼い頃の咲哉は、寂しさを誤魔化す為に物語に没頭した。
本、テレビドラマ、アニメ、映画、舞台。形はどんなものでも良かったが、次第に咲哉はミュージカルへのめり込むようになった。
演者が目の前にいる空間。歌とダンスで表現される世界。まさに夢のような時間だ。
「んんー…駄目だ、こんなじゃ!」
咲哉はキーボードから手を離すと、そのまま頭を抱え込んだ。
元々卒業論文を書く上で必要な調査内容はリストアップしてある。
その中には「可能ならばジェネシスの劇団員から話を聞く」というものもあった。教授が入れておけって言うから入れただけで、勿論期待などしていなかったものだ。
インタビュー記事やテレビの取材等、調べられる限りは調べたが、埋まらない穴がなくならない。
問題はジェネシス自体が新しい劇団であり、資料数が非常に少ないというところにあった。
「…やっぱり、聞きたい…」
もし話を聞けたなら、ない資料を探す事もこうして悩む必要もない。
咲哉は自分の携帯を手に取り、今度はその小さい画面と睨み合った。
「藍沢湧太郎」恥ずかしながら既に登録済である。つまりボタンひと押しで彼の携帯と繋がってしまう。
「…う、うう…どうしよう…」
彼は確かに良いとは言ったが、咲哉にはまだ懸念があった。
藍沢さんはどうしてあんなに早い時間に劇場へ来るのか。もしかして相当忙しいからなんじゃないのか、と。
「でも、もらっておいて使わないのは…逆に失礼?なのかも…」
大きくなる独り言は、自分を鼓舞しようと必死だ。
咲哉は更に数秒、無言で携帯を睨みつけ、ゆっくりと親指を折った。
画面に表示される電話番号が「本当にいいんだな?」と問いかけてくる。
でももう遅い。プルルルと慣れ親しんだ電話の音が、咲哉の緊張を煽った。
『…はい、藍沢です』
テンプレの音を割ったのは、ピリッとした声だった。
咲哉は鼓動が異様に早くなるのを感じながら、一度ごくりと唾を飲み込んだ。
「あ、あの、お疲れ様です!いつも『アートシアターつばさ』でお世話になっています…!」
『、あぁ、君か。お疲れ様』
電話の相手が分かったからか、第一声の鋭さがなくなった。
それどころか、あの微笑みが思い出される優しい声色が咲哉の緊張を解いていく。
『そういえば名前も聞いていなかったね。聞いても?』
「あ…っは、はい…鈴木咲哉です」
『咲哉くんだね、有難う』
ぶわっと全身に駆け巡る歓喜の熱。
咲哉はそれを抑え込む為に、調査項目のリストへ目を向けた。
「実は…その、例の卒論のことで…是非お話を伺えたらと思っていて…。つ、ご都合のつく日ってありますか…?」
粗相のないように。図々しく思われないように。
気を遣いながら慣れない言葉を使う咲哉に、藍沢はふっと吐いた息で笑った。
『そんなに畏まらなくていいよ。勇気を出して電話してくれて、有難う』
「藍沢さん…っ」
電話越しの優しい声に、咲哉の緊張の糸がプツンと切れた。
途端にじわと目に涙が浮かんで、慌てて手の甲で擦る。
『咲哉くん?大丈夫かい?』
「は、はい!すみません感極まって…」
『はは、いいよ。落ち着いて、ゆっくり話そう』
その後、やはり多忙の藍沢へ、咲哉は質問事項を電話で伝えた。
回答は後日。日時と待ち合わせ場所をメモして通話を切る。
結局その日は何も手が付かず、咲哉は布団に横たわりバタ足を繰り返した。
・・・
アートシアターつばさの入っているモール内のカフェ。
お洒落な雰囲気は劇場同様で、咲哉は緊張した面持ちで中へ入った。
大きな背に先導され、用意された椅子へと腰掛ける。
視線が落ち着かない。膝の上に置いた手には汗が滲む。
向かい合うその人は、咲哉の緊張を悟って微笑んだ。
「こっちでいろいろ調整しちゃってごめんね」
「…い、いえ!こんな風に時間をいただけるなんて…本当に有難うございます」
劇団ジェネシス…咲哉が大好きな劇団の役者、藍沢湧太郎。咲哉が彼と劇場以外で会うのは初めてだった。
申し訳なさそうに眉を寄せる藍沢だが、こうして会ってもらえる時点で、咲哉にはこの上ない待遇だ。
むしろ頭の上がらない咲哉へ、藍沢は鞄から書類を取り出した。
「一応回答は文章に起こしてきたから、他のメンバーの話はこれで」
「えぇ!?そんな、ああ、有難うございます…っ」
テーブルに出されたA 4の紙は数枚ホチキスで閉じられている。
咲哉は慌ててそれを受け取ると、ぱらぱらと捲って内容に目を通した。
「こんな、お手数おかけしてしまって…藍沢さん、本当に優しい…っ」
「はは、大げさだな」
「大げさなんかじゃないですよ、ほんとに本当に…っ!」
忙しいはずなのに、咲哉の質問への回答は読みやすくまとめられている。
ただ集計しただけでなく、読み手への配慮を感じる文書だ。
「こんなに、丁寧に用意してもらって…」
「別に誰にでもってわけじゃないよ」
「そ、そうなんですか?」
「咲哉くんがすごく頑張っているから、応援したくなるんだ」
ぽんぽんと咲哉の肩を叩く大きな手。
咲哉はもらった資料をテーブルに置き、呆然と藍沢を見つめた。
「ここに来てすぐ、一人で不安だったろう?でもずっと君は笑顔だったね」
まるで学校の先生、お父さん、お兄ちゃん。
暖かな声に、咲哉は惹き込まれていた。
確かに、慣れない環境に不安はあった。
学生の身で、日本トップの劇団が公演をする場所にスタッフとして置いてもらって。
怒られて悲しくて、悔しかったこともある。
「辛い時、笑顔を保つのはとても難しいことだ。でも君は、この場所には笑顔で立つべきだと思ったのだろう?」
「…そ、そんな、大層なことでは…」
「立派だよ。だからこそ、俺は君の力になりたいと思ったんだ」
信じられない、という咲哉の表情を察してか、藍沢が「本当だよ」と念押す。
肩をぽんと一度叩かれ、咲哉は現実に引き戻されたかのようにハッと息を吸い込んだ。
「っ、あ、有難うございます…」
この人が自分を見てくれていた、なんて信じられない。
信じてないのに。咲哉の頬は赤く色づき、それを隠すように深く俯いた。
「はは、可愛いね。さあ、本題に移ろうか」
「っは、はい…宜しくお願いします…っ」
まるで妄想、夢。
咲哉は目の前の俳優との距離に、まだ白昼夢を見ている気分だった。
(第二話・終)
追加日:2018/03/31