藍沢湧太郎(夢色キャスト)
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1.憧れの人
アートシアターつばさ。
最近オープンしたショッピングモール内にあるお洒落な雰囲気の劇場。
公演やイベント前になると観客や報道関係の人で溢れる劇場も、朝早くはシンと静まり返っている。
咲哉はロビーに落ちたゴミを拾い、ふうと息をついて腰を伸ばした。
この後は掃除機をかけて、棚やテーブルの上も磨かなければならない。
掃除スタッフとして手伝いを始めてから一週間程。
まだ慣れないことも多く手際も良くない。早くしなければ入りの早いスタッフや役者さんが来てしまうだろう。
…そうは思いつつも。
ちょっと休憩と天を仰いだ咲哉は、視界に入ったポスターに近付いた。
咲哉の目に留まるのは「劇団ジェネシス」。
最近結成したばかりの劇団ではあるが、既に日本のトップと謳われる劇団となった。
「…格好良いなぁ」
男性だけ、しかもたったの5人。
しかし歌の厚みも演技のクオリティも、とにかく一度見たら忘れられない凄みがあった。
咲哉もすっかりファンの一人、毎日SNSや雑誌で彼等の情報収集が欠かせない。
「あぁ、それ。格好良いよね。俺も初めて見せてもらった時には思わずため息が漏れたよ」
「はい、とても…」
このポスターは今月末に行われる公演のものだ。
彼等のイメージにあったシックなデザイン。
だからといって地味さはなく、目を引く文字の配置、人物のシルエット。
彼等を支えるスタッフも凄腕の人達ばかりなのだ。
「…え?」
ぼうっとしたままポスターに目を奪われていた咲哉は、誰かに声をかけられたことに遅れて気が付いた。
慌てて振り返ると、自分よりも20cmは高いだろう位置に顔がある。
「あ…!お、おはようございます!」
瞬時に咲哉の背筋がシャキッと伸びた。
咲哉の後ろからポスターを覗き込んでいたのは、まさに渦中のその人。
劇団ジェネシスの藍沢湧太郎。
元スーツアクターでアクションに関してならジェネシス1だし、その甘いマスクで女性の心を鷲掴み真っ最中の俳優だ。
「おはよう。いつも掃除ご苦労様」
「い、いえ!俺は自分のやるべきことをやっているだけですから…!」
「元気が良くていいね。もしかして学生さん?」
咲哉に合わせて少し屈む藍沢の公式身長は187cmだ。
いつもなら不服を訴えたろう子供扱いも、彼のオトナな雰囲気と緊張と感動が忘れさせた。
「は、はい、そうです!」
「じゃあここにはバイトで?」
「い、いえ実は…芸術学科の教授のツテで、ここに置いてもらっているんです。だからちゃんとしないと、教授にも悪いですし…。
それに、俺この劇場大好きなんです!だから、役者さんにも観客の方々にも、また来たいなって思ってもらう為の一つのピースになれたら…」
何か話さなければという思いが急かしたのか。
咲哉は怒涛の勢いで舌を転がし、それからハッと目を開いた。
藍沢の目が丸くなっている。
「ご、ごめんなさい。どうでもいい俺の事なんかをべらべらと…!」
「ふふ。いや、嬉しいよ。俺達がこれから公演しようって場所のことを、大事に思ってくれて」
それでも咲哉に優しく微笑みかけた藍沢は、テレビで見るイメージのままだった。
ガタイが良い事もあって演じる役柄は良いものばかりではないが、実際の藍沢湧太郎その人は温和で心優しい人なのだ。
「教授の伝手ってことは…もしかして卒論の一環かな」
「は、はい!実は『ジェネシスの魅力』とか『人を惹きつける要因』とか…研究したいな、と…。すみません、勝手に」
ジェネシスは結成わずかにして相当数のファンを付けた。
その要因を研究したい学者は多数いるだろう。何せまだこれと言って研究されていない、新たな題材となる。
勿論咲哉としてはそれだけでなく、ただ好きだという理由が大きいのだが。
「いいじゃないか、そういう事なら、俺も協力を惜しまないよ」
「え…?」
「研究対象の話、きっと聞きたくなるだろう?」
藍沢は人好きのする美しい笑顔を見せている。
咲哉はその容姿に目を奪われたまま、思考すら停止させた。
「あ、え、」
「ん?」
「…あ、藍沢さんが、ですか…?」
聞き間違い。解釈違い。
自分を疑って聞き返しても、藍沢はやはり微笑んだまま頷いた。
「で、でもそんな、お忙しいのに…」
「毎日朝から晩まで忙しいわけじゃないよ、優しいね」
「…っ、そ、そんな、こうしてお話させてもらえるだけでも、光栄で…恐れ多いです…!」
咲哉は藍沢の方へ突き出した手を、ブンブンと小刻みに何度も振った。
ただの一般学生が、そんな、こんなこと。
「あはは、顔が真っ赤だ。でもポスター見つめてたって何も教えてくれないだろ?もし良ければ声をかけてね。それじゃあ」
藍沢は咲哉の頭をぽんぽんと撫でると、そのまま奥の方へ向かって行った。
あまりにもスマートで、格好良くて、眩しい。
咲哉はまだ感動の余韻に浸り、その背中が見えなくなるまで茫然と見送っていた。
「は、…話しかけてもらえた…」
実際に見かける事は今までも何度かあった。
藍沢が「いつもご苦労様」と言ったのも、何度か同じ空間にいたという証拠だ。
でもまさか、本気ではないだろう。
咲哉は藍沢の優しさを真に受けてしまわないようにと、顔をブンッと横に振ってゴミ袋を掴み直した。
相手は有名な俳優なわけで、それこそテレビや雑誌で見る人だ。
たかだか一般学生の自分が、親しく話かけてもらえるなど、この一度が奇跡に違いない。
そうだ、そうに違いない。
咲哉はそれを何度も言い聞かせた。
繰り返し言い聞かせながら掃除を終えた劇場を後にし、大学へ行って帰宅する。
日常に戻った咲哉には、あの出来事は夢物語でしかなくなった。
そう、あんな事はもう起こらない。
「やあ、君。今日も朝早くから頑張っているね」
「……!?」
咲哉は思わず手に持っていた掃除用のクロスを取り落とした。
昨日の今日。朝の同じような時間帯の同じ場所。
藍沢湧太郎は、また咲哉の後ろに立っていた。
「あ、藍沢さん…!お、おは、おはようございます…!」
「おはよう。この時間帯は君の担当なんだね、良かったよ」
藍沢は昨日と変わらない爽やかな笑顔を咲哉に向けている。
二度目とはいえまだ夢かと疑う咲哉の顔面は、ぽかんと惚けたままだ。
「肝心なことを忘れていたと思って」
「か、肝心、ですか?」
「そう。これ」
藍沢は、そう言いながら自身のジャケットのポケットに指を入れた。
カサと何かが擦れる音に目を向けると、小さなメモ帳が顔を覗かせる。
「俺の連絡先」
「ー…へ?」
「何か聞きたいことがあったら連絡してね」
咲哉は慌てて手袋を外し、震える手でそれを掴んだ。
少し右肩上がりの細い文字で「藍沢湧太郎」と。そして電話番号と思われる数字の列。
「そんな…!俺なんかが!」
「なんか、だなんて言ってはダメだよ。勿論、必要なければ使わなくたっていい」
「…、…っ」
この「藍沢湧太郎が手に取ったメモ帳」すらも神々しいというのに。
書かれた文字を見つめる咲哉の頬がじわじわと色を変えていく。
「あ、有難うございます。何かあったら、是非…宜しくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」
なんとか絞り出し、咲哉は恐る恐る藍沢を見上げた。
やっぱり図々しかったんじゃないか、と。
「またね」
藍沢は咲哉に手を振って、昨日と同様に再会を願う言葉を残して去っていった。
咲哉はゆっくりと腰を屈め、落としたクロスを掴んだ。
掴んだまま、膝を折りしゃがみこむ。
どうやら夢じゃないみたいだ。
妄想でもない。
ドッキリ…でもない。たぶん。
咲哉は受け入れがたい現実に、胸をぎゅっと掴んで口をきつく結んだ。
狂喜乱舞に騒ぎ出したい衝動と、感動のあまり泣き出したい衝動の葛藤。
頭がぼうっとするし心臓は痛いし。別のスタッフが通りかかるまで立ち上がることすら叶わなかった。
(第一話・終)
追加日:2018/03/31
アートシアターつばさ。
最近オープンしたショッピングモール内にあるお洒落な雰囲気の劇場。
公演やイベント前になると観客や報道関係の人で溢れる劇場も、朝早くはシンと静まり返っている。
咲哉はロビーに落ちたゴミを拾い、ふうと息をついて腰を伸ばした。
この後は掃除機をかけて、棚やテーブルの上も磨かなければならない。
掃除スタッフとして手伝いを始めてから一週間程。
まだ慣れないことも多く手際も良くない。早くしなければ入りの早いスタッフや役者さんが来てしまうだろう。
…そうは思いつつも。
ちょっと休憩と天を仰いだ咲哉は、視界に入ったポスターに近付いた。
咲哉の目に留まるのは「劇団ジェネシス」。
最近結成したばかりの劇団ではあるが、既に日本のトップと謳われる劇団となった。
「…格好良いなぁ」
男性だけ、しかもたったの5人。
しかし歌の厚みも演技のクオリティも、とにかく一度見たら忘れられない凄みがあった。
咲哉もすっかりファンの一人、毎日SNSや雑誌で彼等の情報収集が欠かせない。
「あぁ、それ。格好良いよね。俺も初めて見せてもらった時には思わずため息が漏れたよ」
「はい、とても…」
このポスターは今月末に行われる公演のものだ。
彼等のイメージにあったシックなデザイン。
だからといって地味さはなく、目を引く文字の配置、人物のシルエット。
彼等を支えるスタッフも凄腕の人達ばかりなのだ。
「…え?」
ぼうっとしたままポスターに目を奪われていた咲哉は、誰かに声をかけられたことに遅れて気が付いた。
慌てて振り返ると、自分よりも20cmは高いだろう位置に顔がある。
「あ…!お、おはようございます!」
瞬時に咲哉の背筋がシャキッと伸びた。
咲哉の後ろからポスターを覗き込んでいたのは、まさに渦中のその人。
劇団ジェネシスの藍沢湧太郎。
元スーツアクターでアクションに関してならジェネシス1だし、その甘いマスクで女性の心を鷲掴み真っ最中の俳優だ。
「おはよう。いつも掃除ご苦労様」
「い、いえ!俺は自分のやるべきことをやっているだけですから…!」
「元気が良くていいね。もしかして学生さん?」
咲哉に合わせて少し屈む藍沢の公式身長は187cmだ。
いつもなら不服を訴えたろう子供扱いも、彼のオトナな雰囲気と緊張と感動が忘れさせた。
「は、はい、そうです!」
「じゃあここにはバイトで?」
「い、いえ実は…芸術学科の教授のツテで、ここに置いてもらっているんです。だからちゃんとしないと、教授にも悪いですし…。
それに、俺この劇場大好きなんです!だから、役者さんにも観客の方々にも、また来たいなって思ってもらう為の一つのピースになれたら…」
何か話さなければという思いが急かしたのか。
咲哉は怒涛の勢いで舌を転がし、それからハッと目を開いた。
藍沢の目が丸くなっている。
「ご、ごめんなさい。どうでもいい俺の事なんかをべらべらと…!」
「ふふ。いや、嬉しいよ。俺達がこれから公演しようって場所のことを、大事に思ってくれて」
それでも咲哉に優しく微笑みかけた藍沢は、テレビで見るイメージのままだった。
ガタイが良い事もあって演じる役柄は良いものばかりではないが、実際の藍沢湧太郎その人は温和で心優しい人なのだ。
「教授の伝手ってことは…もしかして卒論の一環かな」
「は、はい!実は『ジェネシスの魅力』とか『人を惹きつける要因』とか…研究したいな、と…。すみません、勝手に」
ジェネシスは結成わずかにして相当数のファンを付けた。
その要因を研究したい学者は多数いるだろう。何せまだこれと言って研究されていない、新たな題材となる。
勿論咲哉としてはそれだけでなく、ただ好きだという理由が大きいのだが。
「いいじゃないか、そういう事なら、俺も協力を惜しまないよ」
「え…?」
「研究対象の話、きっと聞きたくなるだろう?」
藍沢は人好きのする美しい笑顔を見せている。
咲哉はその容姿に目を奪われたまま、思考すら停止させた。
「あ、え、」
「ん?」
「…あ、藍沢さんが、ですか…?」
聞き間違い。解釈違い。
自分を疑って聞き返しても、藍沢はやはり微笑んだまま頷いた。
「で、でもそんな、お忙しいのに…」
「毎日朝から晩まで忙しいわけじゃないよ、優しいね」
「…っ、そ、そんな、こうしてお話させてもらえるだけでも、光栄で…恐れ多いです…!」
咲哉は藍沢の方へ突き出した手を、ブンブンと小刻みに何度も振った。
ただの一般学生が、そんな、こんなこと。
「あはは、顔が真っ赤だ。でもポスター見つめてたって何も教えてくれないだろ?もし良ければ声をかけてね。それじゃあ」
藍沢は咲哉の頭をぽんぽんと撫でると、そのまま奥の方へ向かって行った。
あまりにもスマートで、格好良くて、眩しい。
咲哉はまだ感動の余韻に浸り、その背中が見えなくなるまで茫然と見送っていた。
「は、…話しかけてもらえた…」
実際に見かける事は今までも何度かあった。
藍沢が「いつもご苦労様」と言ったのも、何度か同じ空間にいたという証拠だ。
でもまさか、本気ではないだろう。
咲哉は藍沢の優しさを真に受けてしまわないようにと、顔をブンッと横に振ってゴミ袋を掴み直した。
相手は有名な俳優なわけで、それこそテレビや雑誌で見る人だ。
たかだか一般学生の自分が、親しく話かけてもらえるなど、この一度が奇跡に違いない。
そうだ、そうに違いない。
咲哉はそれを何度も言い聞かせた。
繰り返し言い聞かせながら掃除を終えた劇場を後にし、大学へ行って帰宅する。
日常に戻った咲哉には、あの出来事は夢物語でしかなくなった。
そう、あんな事はもう起こらない。
「やあ、君。今日も朝早くから頑張っているね」
「……!?」
咲哉は思わず手に持っていた掃除用のクロスを取り落とした。
昨日の今日。朝の同じような時間帯の同じ場所。
藍沢湧太郎は、また咲哉の後ろに立っていた。
「あ、藍沢さん…!お、おは、おはようございます…!」
「おはよう。この時間帯は君の担当なんだね、良かったよ」
藍沢は昨日と変わらない爽やかな笑顔を咲哉に向けている。
二度目とはいえまだ夢かと疑う咲哉の顔面は、ぽかんと惚けたままだ。
「肝心なことを忘れていたと思って」
「か、肝心、ですか?」
「そう。これ」
藍沢は、そう言いながら自身のジャケットのポケットに指を入れた。
カサと何かが擦れる音に目を向けると、小さなメモ帳が顔を覗かせる。
「俺の連絡先」
「ー…へ?」
「何か聞きたいことがあったら連絡してね」
咲哉は慌てて手袋を外し、震える手でそれを掴んだ。
少し右肩上がりの細い文字で「藍沢湧太郎」と。そして電話番号と思われる数字の列。
「そんな…!俺なんかが!」
「なんか、だなんて言ってはダメだよ。勿論、必要なければ使わなくたっていい」
「…、…っ」
この「藍沢湧太郎が手に取ったメモ帳」すらも神々しいというのに。
書かれた文字を見つめる咲哉の頬がじわじわと色を変えていく。
「あ、有難うございます。何かあったら、是非…宜しくお願いします」
「あぁ、こちらこそ」
なんとか絞り出し、咲哉は恐る恐る藍沢を見上げた。
やっぱり図々しかったんじゃないか、と。
「またね」
藍沢は咲哉に手を振って、昨日と同様に再会を願う言葉を残して去っていった。
咲哉はゆっくりと腰を屈め、落としたクロスを掴んだ。
掴んだまま、膝を折りしゃがみこむ。
どうやら夢じゃないみたいだ。
妄想でもない。
ドッキリ…でもない。たぶん。
咲哉は受け入れがたい現実に、胸をぎゅっと掴んで口をきつく結んだ。
狂喜乱舞に騒ぎ出したい衝動と、感動のあまり泣き出したい衝動の葛藤。
頭がぼうっとするし心臓は痛いし。別のスタッフが通りかかるまで立ち上がることすら叶わなかった。
(第一話・終)
追加日:2018/03/31
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