一話完結系
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・ひまわり(小松帯刀)
いつだったか。
君を向日葵のようだと形容した。
「…ひまわり?そんな詩みたいなことを言うなんて、何かあったんですか?」
屋敷の縁側でひまわりを観賞していたサクヤが徐に顔を上げる。
暖かな日差しの下、捲った着物の袖から覗く彼の手足は未だ白い。
その青年は家老である小松帯刀の、小間使いのような存在だった。
仕事の手伝いが出来ない代わりに、勝手に部屋を掃除したり食事を用意したりする。
そんなただの雑用係を、帯刀は無意識のうちに「ひまわり」等と形容したのだ。
当然不思議そうに目を丸くしたサクヤに、帯刀はっとして口を結ぶ。
確かにらしくないことを言ったかもしれない。
「僕の、どこがひまわりですか?」
「…そうだね、そうしてずっと馬鹿みたいに笑っているところとか」
「へえ、じゃあ帯刀さんにはひまわりが笑っているように見えてるんだ」
そう言われて、また確かにと帯刀は苦笑した。
決してひまわりは笑ってなどいないし、そう見えてなどいないのに。
「…ひまわりはともかく、君はどうしてそんなに楽しそうなの。面白いことがあるわけでもないのに」
「別に僕だって楽しくなきゃ笑いませんよ」
「…そう?私が見ているときはいつも笑っているように見えるけど」
今もそう、昨日もそう。その前もその前も、気付けば彼は隣で笑っている。
サクヤは自身の頬に指を乗せ、むにと肉を持ち上げた。
作られた口角の曲線。そんなことせずとも、サクヤの口角は自らニッと笑みを作る。
「じゃあ、ふふ、そういうことです」
そんな少ない言葉で理解などできるわけがない。
帯刀は怪訝に目を細め、目の前にあるその柔らかそうな頬を摘まんだ。
「なに?私が面白いとでも?」
「いたた、ちがうちがう、楽しんでるってこと」
「それ、同じじゃない」
「違いますー」
痛いだなんて言いながらも、サクヤはやはり楽しそうに笑っている。
意味が分からない。
帯刀は腹立たしさとは裏腹に、摘まんだ頬を手の甲で撫でた。
特に手入れなどしていないだろう男の、白くて柔らかい肌。
無防備に目が閉じられ、帯刀は何故かサクヤから目を逸らした。
もう遠くにも思える、穏やかな日々の話だ。
「私には、君が眩しかった」
立場上、厳かな空間に身を置くことが多かったからか、彼のあの笑顔がどうしようもなく心地好かったのだ。
「小松さん?」
そんなことを考えていた矢先、小鳥のように細い声が帯刀を呼んだ。
動揺を悟られないようにゆっくりと振り返れば、いつの間にやら背後に神子殿が立っていた。
「小松さんがぼうっとしているなんて、珍しいですね」
「私だって、考え事くらいするよ」
彼女がすすと丈の短い着物を気にしながら、帯刀の隣に腰掛ける。
帯刀は彼女の行動を然程気にすることなく、再び綺麗に剪定された庭に目を向けた。
「あ、ひまわりを見ていたんですか」
帯刀の視線の先に気付いた彼女が、嬉しそうに頬を緩める。
向日葵。その名の通り大きな花を太陽に向けて咲いている。
「好きなんですか?」
「…どうかな。嫌いではないけれど、別段好きだとも思わないね」
「好きじゃないのに見ていたんですか?」
「…今日は随分と踏み込んでくるね、君。私が君に気付けなかったことがそんなに嬉しいの?」
細い目で彼女を見下ろせば、神子は肩をすくめてふふと笑った。
何故笑う。そう怪訝な視線を向ければ、彼女は細い指をひまわりへと伸ばした。
「なんだか、意外だったんです」
「…意外?」
「はい。ひまわりへ向ける目が、とても優しかったから」
それでは、普段はきついみたいじゃないか。
いや、実際そうなのだろう。そういえば、彼もよく言っていた。
「……よく気が付くね」
隣に座る少女を横目に、そうぽつりと返す。
すると、彼女はまた嬉しそうに目を細めて笑った。
「ふふ、小松さんこそ」
「…え?」
「このひまわり、つい昨日まではなかったんですよ」
すぐ気付いてもらえて、嬉しいです。
そう笑っている神子に、帯刀はぽかんとしてしまった。
「昨日までなかった?そんなわけないでしょ、一日でこんなに咲くわけがない」
「綺麗に咲かせられたのでって、丁寧に移植してくれた方がいるんです」
「ああ、そういうこと」
確かに、言われて見れば不自然に5本、そこだけ別の空間かのように咲いている。
そうか、今まで忘れていられたのは、ここにひまわりなんて咲いていなかったから。単純なことだ。
「全く、ずいぶんと面倒なことをする人がいるものだね」
「見て欲しい人がいるそうですよ」
「そう…、」
その瞬間、帯刀は切れ長の目を開き、じっとひまわりを見つめた。
こんな面倒なことをして、見て欲しい人がいるだなんて。
見られてどうする。ひまわりを見つめたって、あの男を思い出すだけなのに。
あの、日常を。
「小松さん?」
帯刀は、すっと立ち上がり一歩踏み出していた。
驚き声を上げた神子を見下ろし、自分の今しようとしている行動のあまりの非合理さに吐き気がする。
意味などない。無駄だ。
「……そう、だね。でも」
でも。
この暑い日差しの下でも、きっと彼は笑っていたのだろう。このひまわりを見て、自分を思い出すことを想像して。
「神子殿、悪いけど。少し用事を思い出したから、今日は、君のお供は出来ないよ」
「分かりました。お気をつけて」
こうして神子と共に行動するようになってから彼を手放したのは、どうしても離れない雑念から逃れたかったからだ。
合理的でない。そう思って切り捨てた彼が、今どうしようもなく欲しい。
「…暑さで、おかしくなったかな」
帯刀は、異様な熱を宿しながら、太陽に向かって歩き出した。
・・・
「…はぁ、やっと見つけたよ」
茶屋の外に設置された傘の下。
彼は足を伸ばして、ずいぶんと寛いだ様子でお茶を啜っていた。
「行儀が悪いのは相変わらずだね」
「帯刀さん、お久しぶりですね。まさか探してくれるなんて思わなかったな」
そう言いながらも、彼はあまり驚いてはいないようだった。
ふんわりと、目を細めて頬を緩める。
懐かしくもある、いつも見た笑顔が帯刀の胸をざわつかせた。
「君は…ひまわりとは違う」
自然と口をついたのは、確認するまでもない事実。
不思議そうに見上げてくるサクヤへと歩み寄り、そっと彼の手を握り締める。
「ひまわりに、こんな感情を抱いたりはしない」
「…どんな、ですか?」
「さぁ…何だろうね。私にも分からない」
肌が触れて、更に鼓動が乱れた。
体がおかしい、まるで病にでも蝕まれているよう。
「じゃあ、僕が当てても?」
帯刀の手に、もう片方の彼の手が重ねられた。
お互いの手を握りしめ、じいと瞳を見つめ合う。
逸らさない、逸らせない。もっと見ていたい。
「好きです、帯刀さん」
自分よりも少し高い彼の声が、おかしなことを言った。
君が私を好きだなんて、そんな事宣言されなくたって分かっている。
「貴方の傍にいられたら…僕は幸せです。嬉しいんです」
いつもの笑顔が紅色に染まる。
その瞬間、帯刀の胸に熱が灯った。
「愛しています」
…そういう事か。
全てが腑に落ちる。この胸のざわめきの正体は、たぶん彼と同じ感情のせいだ。
帯刀はサクヤの腕を掴むと、自分の胸に引き寄せた。
「…帯刀さん?ふふ、もしかして当たりですか?」
「そういうことにしておいてあげる」
想いと熱と、歓びが伝染する。
ひまわりよりも、太陽よりも、焦がれる人。
帯刀はサクヤの背に回した手に力を込め、髪から香る太陽のニオイに擦り寄った。
追加日:2018/03/25
移動前:2015/08/09
いつだったか。
君を向日葵のようだと形容した。
「…ひまわり?そんな詩みたいなことを言うなんて、何かあったんですか?」
屋敷の縁側でひまわりを観賞していたサクヤが徐に顔を上げる。
暖かな日差しの下、捲った着物の袖から覗く彼の手足は未だ白い。
その青年は家老である小松帯刀の、小間使いのような存在だった。
仕事の手伝いが出来ない代わりに、勝手に部屋を掃除したり食事を用意したりする。
そんなただの雑用係を、帯刀は無意識のうちに「ひまわり」等と形容したのだ。
当然不思議そうに目を丸くしたサクヤに、帯刀はっとして口を結ぶ。
確かにらしくないことを言ったかもしれない。
「僕の、どこがひまわりですか?」
「…そうだね、そうしてずっと馬鹿みたいに笑っているところとか」
「へえ、じゃあ帯刀さんにはひまわりが笑っているように見えてるんだ」
そう言われて、また確かにと帯刀は苦笑した。
決してひまわりは笑ってなどいないし、そう見えてなどいないのに。
「…ひまわりはともかく、君はどうしてそんなに楽しそうなの。面白いことがあるわけでもないのに」
「別に僕だって楽しくなきゃ笑いませんよ」
「…そう?私が見ているときはいつも笑っているように見えるけど」
今もそう、昨日もそう。その前もその前も、気付けば彼は隣で笑っている。
サクヤは自身の頬に指を乗せ、むにと肉を持ち上げた。
作られた口角の曲線。そんなことせずとも、サクヤの口角は自らニッと笑みを作る。
「じゃあ、ふふ、そういうことです」
そんな少ない言葉で理解などできるわけがない。
帯刀は怪訝に目を細め、目の前にあるその柔らかそうな頬を摘まんだ。
「なに?私が面白いとでも?」
「いたた、ちがうちがう、楽しんでるってこと」
「それ、同じじゃない」
「違いますー」
痛いだなんて言いながらも、サクヤはやはり楽しそうに笑っている。
意味が分からない。
帯刀は腹立たしさとは裏腹に、摘まんだ頬を手の甲で撫でた。
特に手入れなどしていないだろう男の、白くて柔らかい肌。
無防備に目が閉じられ、帯刀は何故かサクヤから目を逸らした。
もう遠くにも思える、穏やかな日々の話だ。
「私には、君が眩しかった」
立場上、厳かな空間に身を置くことが多かったからか、彼のあの笑顔がどうしようもなく心地好かったのだ。
「小松さん?」
そんなことを考えていた矢先、小鳥のように細い声が帯刀を呼んだ。
動揺を悟られないようにゆっくりと振り返れば、いつの間にやら背後に神子殿が立っていた。
「小松さんがぼうっとしているなんて、珍しいですね」
「私だって、考え事くらいするよ」
彼女がすすと丈の短い着物を気にしながら、帯刀の隣に腰掛ける。
帯刀は彼女の行動を然程気にすることなく、再び綺麗に剪定された庭に目を向けた。
「あ、ひまわりを見ていたんですか」
帯刀の視線の先に気付いた彼女が、嬉しそうに頬を緩める。
向日葵。その名の通り大きな花を太陽に向けて咲いている。
「好きなんですか?」
「…どうかな。嫌いではないけれど、別段好きだとも思わないね」
「好きじゃないのに見ていたんですか?」
「…今日は随分と踏み込んでくるね、君。私が君に気付けなかったことがそんなに嬉しいの?」
細い目で彼女を見下ろせば、神子は肩をすくめてふふと笑った。
何故笑う。そう怪訝な視線を向ければ、彼女は細い指をひまわりへと伸ばした。
「なんだか、意外だったんです」
「…意外?」
「はい。ひまわりへ向ける目が、とても優しかったから」
それでは、普段はきついみたいじゃないか。
いや、実際そうなのだろう。そういえば、彼もよく言っていた。
「……よく気が付くね」
隣に座る少女を横目に、そうぽつりと返す。
すると、彼女はまた嬉しそうに目を細めて笑った。
「ふふ、小松さんこそ」
「…え?」
「このひまわり、つい昨日まではなかったんですよ」
すぐ気付いてもらえて、嬉しいです。
そう笑っている神子に、帯刀はぽかんとしてしまった。
「昨日までなかった?そんなわけないでしょ、一日でこんなに咲くわけがない」
「綺麗に咲かせられたのでって、丁寧に移植してくれた方がいるんです」
「ああ、そういうこと」
確かに、言われて見れば不自然に5本、そこだけ別の空間かのように咲いている。
そうか、今まで忘れていられたのは、ここにひまわりなんて咲いていなかったから。単純なことだ。
「全く、ずいぶんと面倒なことをする人がいるものだね」
「見て欲しい人がいるそうですよ」
「そう…、」
その瞬間、帯刀は切れ長の目を開き、じっとひまわりを見つめた。
こんな面倒なことをして、見て欲しい人がいるだなんて。
見られてどうする。ひまわりを見つめたって、あの男を思い出すだけなのに。
あの、日常を。
「小松さん?」
帯刀は、すっと立ち上がり一歩踏み出していた。
驚き声を上げた神子を見下ろし、自分の今しようとしている行動のあまりの非合理さに吐き気がする。
意味などない。無駄だ。
「……そう、だね。でも」
でも。
この暑い日差しの下でも、きっと彼は笑っていたのだろう。このひまわりを見て、自分を思い出すことを想像して。
「神子殿、悪いけど。少し用事を思い出したから、今日は、君のお供は出来ないよ」
「分かりました。お気をつけて」
こうして神子と共に行動するようになってから彼を手放したのは、どうしても離れない雑念から逃れたかったからだ。
合理的でない。そう思って切り捨てた彼が、今どうしようもなく欲しい。
「…暑さで、おかしくなったかな」
帯刀は、異様な熱を宿しながら、太陽に向かって歩き出した。
・・・
「…はぁ、やっと見つけたよ」
茶屋の外に設置された傘の下。
彼は足を伸ばして、ずいぶんと寛いだ様子でお茶を啜っていた。
「行儀が悪いのは相変わらずだね」
「帯刀さん、お久しぶりですね。まさか探してくれるなんて思わなかったな」
そう言いながらも、彼はあまり驚いてはいないようだった。
ふんわりと、目を細めて頬を緩める。
懐かしくもある、いつも見た笑顔が帯刀の胸をざわつかせた。
「君は…ひまわりとは違う」
自然と口をついたのは、確認するまでもない事実。
不思議そうに見上げてくるサクヤへと歩み寄り、そっと彼の手を握り締める。
「ひまわりに、こんな感情を抱いたりはしない」
「…どんな、ですか?」
「さぁ…何だろうね。私にも分からない」
肌が触れて、更に鼓動が乱れた。
体がおかしい、まるで病にでも蝕まれているよう。
「じゃあ、僕が当てても?」
帯刀の手に、もう片方の彼の手が重ねられた。
お互いの手を握りしめ、じいと瞳を見つめ合う。
逸らさない、逸らせない。もっと見ていたい。
「好きです、帯刀さん」
自分よりも少し高い彼の声が、おかしなことを言った。
君が私を好きだなんて、そんな事宣言されなくたって分かっている。
「貴方の傍にいられたら…僕は幸せです。嬉しいんです」
いつもの笑顔が紅色に染まる。
その瞬間、帯刀の胸に熱が灯った。
「愛しています」
…そういう事か。
全てが腑に落ちる。この胸のざわめきの正体は、たぶん彼と同じ感情のせいだ。
帯刀はサクヤの腕を掴むと、自分の胸に引き寄せた。
「…帯刀さん?ふふ、もしかして当たりですか?」
「そういうことにしておいてあげる」
想いと熱と、歓びが伝染する。
ひまわりよりも、太陽よりも、焦がれる人。
帯刀はサクヤの背に回した手に力を込め、髪から香る太陽のニオイに擦り寄った。
追加日:2018/03/25
移動前:2015/08/09
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