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一話完結系

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・キスの理由(アルジュナ)


真っ暗な部屋、小さな電灯一つない部屋に、コツンと足音が響いた。
その足音が向かうは、微かな寝息が零れるベッド。
軽く手を乗せたそれは軋み音をたてたが、暗い部屋に馴染む肌は動揺一つ見せない。

「……マスター」

呼びかける声は低く甘く。
すらりと長い体を折り曲げ近付いた顔は、ベッドに沈む人影に重なった。

「ん…」

一瞬触れて、すぐに離れる。
数歩鳴った足音は気配諸共消え、ベッドに横たわる男は静かに寝返りを打った。

夢見心地の中、確かな感触が唇に残っている。
込み上げる熱の逃げ場は果たしてどこにあるのか。
せめて誰にも気付かれないようにと、熱くなった頬を布団で覆い隠した。

・・

混沌に包まれた世界で、まやかしとも言える平凡な日々を過ごす。
急の戦闘に備えて、多少の緊張感と準備は怠らないとしても切り替えは大事だ。

サーヴァントであるマシュは椅子に座ってふうと息を吐いた。
女性でありながら、激しい戦いの中に身を投じることもある。
マシュはこの平穏な時間にしっかり体を休ませねば、と若干義務のように肩の力を抜いた。

「…マシュ」

その矢先だ。
名を呼ばれたマシュは、一度折った腰をしゃんと伸ばした。

「はい。先輩、…って、ど、どうしたんですか?」

顔を上げて、声の主を視界に映す。
そうして返した声が上擦ったのは、その人物の顔色に起因した。

色白の肌に目立つ隈。その隈の原因はどうやら寝不足にあるらしい。
サクヤは大きく欠伸をすると、マシュの隣に腰掛けた。

「ふぁ…、最近…ちょっと、妙なことが続いててさ…」
「みょ、妙な…ですか?」

妙なこと、なんて。こんな妙な状況で言うのも馬鹿げた話だ。
それでもマシュは真剣に「何でしょう」と眉を寄せ、じいとサクヤの顔を見つめた。

「実は…ああいや、でも女の子にこんなこと話して良いのかな…」
「そんな、どうぞ!私で良ければ相談に乗ります!」
「そう?」

役に立てるということが嬉しいのか、マシュがぐっと拳を握りしめる。
サクヤは自分から切り出しながらも迷い、視線を落として頬をかいた。

「夜さ、寝てると…アルジュナが」
「アルジュナさんが?」
「き…キス、してくるんだよな」

ぼそぼそと、まさに今真剣に悩んでいることを打ち明ける。
マシュは暫く拳をつくったままウンウンと首を縦に動かし、それからゆっくりと目を見開きながら口も大きく開いた。

「ええ!?」

驚くのも無理はない。
そもそもアルジュナは男の姿をした英霊だ。
それでいて真面目そうな顔で、事実普段から敬語を使い、背筋もしゃんと伸びた色事なんぞ無縁そうに見える奴だ。

「あ、アルジュナさんが、ですか…。硬派な方に見えていましたが、まさかそんな」
「マスターとサーヴァントの間に恋愛感情が芽生えないという保証はないにしても…男同士だし」
「英雄が存在した時代背景や神話の中には、同性愛が当然のようにある…ことはありますが」

サクヤは自分の頬を両手で覆い、はあっと息を吐いた。
まさか自分がサーヴァントからそういう感情を向けられるとは思いもしない。
しかも、あんな格好良い人に。

「そういえば」

参った様子のサクヤに、穏やかな声が降り注いだ。
ぱっと顔を上げると、白衣のような服を着た男…ロマニがいつもと変わらぬ優男顔でサクヤを見下ろしている。

「ああいや、僕も詳しくは知らないけど、マスターとサーヴァントには魔力の供給を意図的にする方法があるんだってね」
「…、なんですか急に?」
「え、何その顔。別に意味もなく切り出したんじゃないよ?」

突然割り込んできたロマニを、サクヤは怪訝に目を細め見上げる。
あからさまに疑るような反応に、ロマニはまあまあと掌をサクヤに向けた。

「サーヴァントが魔力不足で動けなくなった時に、マスターの魔力で一時をしのぐって方法があるんだよ」
「それとこれと…何か関係があるんですか?」
「ん。その方法はそれこそキスとか、触れ合うことだって聞いたよ」

サクヤは思わず薄く口を開いたままぴたと固まった。
もはやセクハラとして訴えられるくらいマシュの顔が赤く染まっている。
けれどその後ろ、サーヴァントである男が、意味ありげにぶると体を揺らしたことに気が付いた。

「あ、エミヤ。エミヤはその、方法がどうっての知ってるのか?」
「ああ…まあ…そういう方法もあるというのは、確かだろうが」
「そうなのか…」
「こほん。何にせよ、この話はこの辺りで止めた方が良いだろう。マシュが可哀相だ」

エミヤの言葉にマシュを振り返れば、そういうことに不慣れな頬は益々羞恥に染まっていた。
マシュだってサーヴァントだ。
いざ自分がそういう状況になった際のことを思えば、他人事ではない状態にある。

「ま、マシュ、別に俺は、お前とどうこうってこと言ってるわけじゃ」
「わ、分かっています!私は大丈夫です!」

今まで共に行動してきて、マシュが魔力不足になる姿はおろか、深い傷を負っているところも見たことが無い。
…それを言えばアルジュナもそうなのだが。

「もし彼が魔力不足を訴えているのだとしたら、少し休ませてあげた方が良いかもね」
「はあ…緊張して損した」

ともかく、アルジュナが自分に対して恋慕を抱いているというわけではないのだろう。
サクヤは余計なことを考える自分の頭を小突き立ち上がった。

「マシュ、それにドクターも有難う」
「いえ。むしろ、話して下さって有難うございました」

珍しく相談される側を引き受けたことが嬉しいのだろう。
ぺこりと頭を下げるマシュに、サクヤはいやいやと掌を左右に振って立ち去った。

サクヤの姿が見えなくなり、マシュが深く息を吐き出す。
そんなマシュの様子に、ロマニは微笑ましげに頬を緩めた。
得意な話題ではないが、先輩のためにと頑張ったのだろう。

「それにしても、サクヤは相当の鈍感らしい」

しかし、その穏やかで微笑ましい空気に反し、エミヤは少々マスターを馬鹿にするような文句を吐いた。

「え?それはどういうことですか、エミヤ先輩」

同じサーヴァントとして信頼するエミヤを、マシュが首を傾げながら見上げる。
エミヤは先程のサクヤと同じように口ごもった後、やれやれと首を左右に振った。

「あのアーチャー…アルジュナが、どんな目でマスターである彼を見ているか、気付いていないとは」
「え…そ、それはどういう…」
「まあ、どうなっても知ったことではないがな」

エミヤの嘆きに、マシュとロマニは目を開いて唖然とする。
先にロマニは「しーらない」とそそくさとその場を去り、マシュは茫然としたまま先輩に伝えるべきか否か頭を抱えた。

・・・

時間の感覚などイマイチ無くなってきているが、今は恐らく夜なのだろう。
眠くなり始める時間に、サクヤは自身のサーヴァントを呼び出した。

「マスター。話、とは」

闇に突然現れる影。
最初こそ彼の闇に馴染みきった風貌に驚いたものだが、サクヤはベッドに腰掛けたまま「来たね」と笑った。

「お前さ、疲れてんじゃないかって」
「疲れ…ですか?」
「ほらお前、俺に…夜、…。魔力、足りてないんじゃないかと思って」

自分の口からは言い辛く、思わず言葉を濁す。
しかしアルジュナは察してくれないようで、サクヤの言葉を待っている。
暫しの沈黙。結局サクヤから切り出すほかないらしい。

「もし欲しいなら、言ってくれれば…俺、協力するし」
「協力、ですか。一体何をしていただけるのですか」
「え?そりゃ…なんていうか…キス、とか?なのか…?」

ロマニやエミヤの言葉を借りて、恥ずかしい提案をしたサクヤの声は微かに震えた。

そりゃ抵抗もあるが、いつも自分のために戦ってくれるサーヴァントだ。
自分に出来ることなら何でも、喜んで応える覚悟はできている。

「…許していただけるのですか」

アルジュナの声は、やはり冷静だった。
コツンコツンと足音とともに近付き、少し腰を折りサクヤに顔を近付ける。

「貴方に、触れることを」

アルジュナの指先がサクヤの頬に触れて、親指が唇を撫でた。

「え、あの…」

サクヤは困惑し、アルジュナの腕を掴んだ。
よく知るアルジュナの顔も声も、サクヤの知る物と異なっている。

「なんて愚かなマスター…」

いつもより低い声、それが色香を纏い耳元で響く。
思わず目を逸らしたサクヤの体は、アルジュナの体重に押されてベッドに倒れていた。

「えっ…!?あ、る…っ」
「一度良いと言ったのに、逃げるのは無しですよマスター」

男二人の重さに、ベッドが鈍く音を立てる。
驚き体を固くしたサクヤの胸に、褐色の手が重なった。

「…マスター」

唇は毎夜と変わらず、静かに距離を縮めた。
軽く触れるだけ、そしてすぐ離れる。いつもならばそれで済むはずだった。

「っ!ん、ん…!?」

ほんの隙間もない程覆われた口に、ぬると入り込んで来る舌。
噛んでしまわないようにと口を開けば、更に容赦なく口内に導いてしまう。
歯の裏、上顎。舌がなぞると異様なこそばゆさに襲われ、サクヤはびくと体を揺らした。

「ん、ぁ…、んん…」
「ん…ふ、マスター…可愛らしい声ですね」
「っ、あ、アルジュナ、ちょっと待て…!」

力の入らない掌で、アルジュナの胸をとんと押す。
華奢に見えるが筋肉質なその体は、退くどころかサクヤの頭を腕で固定し、もう片方の手を服の隙間に差し込んだ。

「アルジュナ…!?」
「…何ですか」
「や、ちょっと、違う…と思う!」

アルジュナの指はサクヤの腹を辿り、そのまま直接胸に触れる。
細く長いが男らしく大きい指。
触れられた場所にじわじわと熱がたまるのを感じながら、サクヤははぁっと息を吐いた。

「アルジュナ…何、しようとしてる…?」
「何って、分かるでしょう。貴方も男なら」
「え…まさか、本当に、そういう…?」

胸をまさぐるその手は、“そういう”いやらしさがある。
それこそ、普段のアルジュナからは想像出来ないような、欲のある男性的な触れ方だ。

「私の気持ちは知っておいででしょう?貴方が夜、起きているのは知っていましたから」
「…何それ、え、どういうことだよ…?」
「私に口付けられて、どう感じましたか、マスター」
「っ!?」

サクヤは目を開いて、アルジュナの顔を見つめた。
薄暗い空間で、褐色の肌に隠された表情はあまり読み取れない。
けれど、頬に手を重ねると、その肌はサクヤと同じように熱を宿している。

「あ、あれは、魔力供給の一環じゃ…」
「は…貴方の魔力は甘美ですが、あの程度でそれはないでしょう」
「そ、そうだったのか…!」

どこかほっとするのを感じながら、サクヤは頬に重ねた手を頭に回した。
ふわと柔らかい髪の毛に触れる。
ずっと近くにいたけれど、こんなに近くに感じるのは初めてだ。

「じゃああれは…俺に、キス、したかったってこと…?」
「それ以外に、何か理由があるとでも?」
「うわぁ…なんだそれ照れる…!」

腰を撫でる手に、全身が期待で震えた。
本当はロマニの話を聞いて落ち込んだ自分がいたのだ。
夜、アルジュナに触れられる歓びが、期待と違ったものだったのだと思い込んで。

「お、俺…振り回されて馬鹿みたいだ…」
「期待通りでした?」
「ん…」
「では、続きを。マスター」

アルジュナの目がぎらりと光る。それは確かにサクヤが抱いた欲と同じだ。
しかし近付いて来たその顔を、サクヤは一度小さく首を振って拒否した。

「マスター?」
「ま、待ってその前に…聞きたい」
「何をですか」

アルジュナが怪訝そうに目を細める。
それでもサクヤは一度深呼吸をしてからアルジュナを見つめ直した。

「アルジュナ、俺…アルジュナのこと大好きだよ。マスターとしてだけじゃなくて、もっと強い意味で」

人間として、男として。
たとえアルジュナが人間でなくとも、いつかは消えていなくなってしまう存在だとしても。

ふっと微笑んで、アルジュナの唇に自ら唇を重ねる。
アルジュナは一瞬目を見開き、それから優しくサクヤの髪を撫でた。

「ふ、私もですよ。愛しています、マスター。貴方のサーヴァントで良かった」

優しく囁くような声が耳の奥まで響き渡る。
噛み締めるように目を閉じたサクヤに、大好きな声と、初めての体温が触れた。

思いの外厚い体が、少し乱暴にサクヤの服をたくし上げる。
サクヤの首、胸、腹とアルジュナの熱が触れていく度に、頭がぼうっとして、何も考えられなくなって。

「今だけは…マスター…私の、サクヤ…」

アルジュナの熱を帯びた寂しげな声。
願いは叶わないことを知っていて、それでも今を求めた。
熱と魔力とが交差する。
たった今だけの幸福は、まだ終わらない。


追加日:2018/02/15
移動前:2016/05/03
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