一話完結系
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・悲しい過去を持つ少年と一目連
駅のホーム、空いたベンチ。
占領する怪しげな連中を気にする人間はいない。
セーラー服の少女と、少女を取り囲むようにいる老人と女性と男性と。
彼らの仕事は、地獄少女を求める人間の身辺調査。
今日も今日とて標的の人間を観察していた一目連は、肩に乗った重みに視線を移動させた。
「サクヤ?」
「あれ、寝ちまったのかい」
「ああ…この環境にまだ慣れていないからな、疲れたんだろ」
一目連の肩のラインに合わせて、細い髪の毛が流れる。
まだあどけなさの残る頬は紅をさしたように赤く、覗き込んだ骨女は思わず表情を緩めた。
「ずいぶんと落ち着いたね。良かったじゃないか」
「ああ。少し前は目を閉じることを怖がってたんだ。嫌なことばかり思い出すってさ」
「…だろうね」
齢15の少年だった彼。
その事情を知る骨女と輪入道は互いに目を見合わせ声を呑み込んだ。
「こうして見ていると、本当にまだ子供だってのにね…」
「ああ、澄んだ心を持った子だった」
すやすやと疲れて寝てしまうような子だ。
それが、今では彼らと共に同じ時を過ごしている。
「…サクヤ」
呼びかける一目連の瞳には、一切の後悔もない。
こうするしかなかった、これしかなかった。これが一番良い。
嘗ての温かさはなくても、心はここにある。
「行くわよ」
閻魔あいは、そんな彼等の様子に目もくれず立ち上がった。
標的が動く、それに合わせて移動しなければならない。
「一目連はここに残って」
「え…」
「やっと寝たんでしょう。起きたら来て」
淡々と言う閻魔あいに、一目連は思わず目を丸くして言葉を失った。
彼女なりの優しさなのか、それとも気まぐれなのか。
「ああ、せっかく眠れたんだ、起きるまで寝かせてやるといい」
閻魔あいの隣に立った輪入道がニィと歯を見せて笑う。
直後ふっと姿を消した面々に、一目連は暫く茫然として宙を見つめていた。
「なんだアイツ等…」
自分はいなくても問題ないってか。
少々不貞腐れる思いはあるが、彼等の言う通り「やっと」「せっかく」眠る彼が一目連の体を頼りに傾いている。
喧噪の中でも聞き取れる微かな寝息に、一目連はやれやれと優しい溜め息を吐いた。
「…サクヤ、お前がいい子だからだな」
細い肩を抱き寄せ、髪に鼻先をつける。
風に揺れた髪は甘く香る。閻魔あいと同じニオイ。
たぶん、心から惹かれている証拠なのだろう。
「あのときの返事、いつになったら聞かせてくれるんだ?」
ぽつりと呟いた声が、電車の音にかき消される。
流れる時間、止めることの出来なかった現実。
目を閉じた一目連は、鮮明に浮かび上がる光景に手を伸ばした。
・・・
「石元先生、これ知ってますか?」
低すぎず耳障りの良い声。呼びかけられた石元は、「なんだ?」と首を傾けた。
保健室のベッドに腰掛けたサクヤは、隣に座る先生にバッグから取り出した”人形”を見せる。
糸で括られた藁。
恐怖の映像特集だか何かで見たことのあるような形状だ。
「これ…藁人形か?どうしたんだ、こんなもの」
「信じてもらえないかもだけど、俺、地獄少女に会ったんだ」
「…地獄少女、って、あの生徒達が噂してるやつか?」
先生の問いかけに、サクヤはこくりと頷いた。
藁を括る赤い糸、これを解けば呪いたい相手を地獄へ落としてくれる。
噂など信じていなかったサクヤも、地獄少女を目の当たりにして全て真実なのだと悟った。
「すごく可愛い女の子だったよ、お人形さんみたいで…、これだけ残していなくなってた」
「そうか…」
「ね、先生。俺ね…これで地獄へ落としたいの…お父さんなんだ」
すっと大きく息を吸い込んで、吐き出したサクヤの息は震えていた。
視線が合わない。
サクヤの顔を覗き込んだ石元から、逃げるようにサクヤの目は藁人形だけを映した。
「この糸を解いたら…終わる…やっと、辛いの全部…」
サクヤが父親から受けている虐待。
逃げなかったのは、周りに知られたくなかったから。そして、高校生の姉弟だけで生きていくなんて無理だと分かっていたからだ。
「でも、ここまでずっと耐えてきたのに、これ一本で終わるんだよ、人任せにして」
「…サクヤ」
「じゃあ今まで耐えてきたの、なんだったんだろって。結局逃げるんだって思ったら…なんか、引けないんだ」
藁人形を握り締める手が、ぶると小さく震えている。
石元はその手を自分の手で包み込むと、そのまま小さな体を抱き寄せた。
「せ、せんせ…」
「俺がずっと傍にいてやる。耐える必要なんてない、頼れよもっと」
耳元をくすぐる低い声。
あまりにも甘い囁きに、サクヤは全身を硬直させて目を見開いた。
「いいの…?」
「ああ。俺が守ってやる、姉ちゃんも一緒に。それなら怖くないだろ?」
「…うん、先生がいたら…何も怖くないなぁ…」
小さな手が石元の服をきゅっと掴む。
誰の助けも得られず、姉を守る為に一人で耐えてきた少年。
その彼が初めて心を許したのは、石元蓮という男性教諭だった。
「今日、一緒に帰ろう。お前の父さんに、俺がこの子もらいますって挨拶してやる」
「え、でも…」
「大丈夫だって、先生に任せろ」
まだ不安そうにする少年の背中をぽんと数回撫で、一目連は彼の泣き出しそうな目元に唇を寄せた。
ちゅっと触れた音にサクヤの顔が真っ赤に染まっていく。
「何があっても、どんなことになっても…俺はお前のことが好きだからな」
「…っ、好き…?」
「ああ。俺を信じろ」
初めて会った時は誰に対しても閉ざしていた少年が、少しずつ心を開いてくれた。
それが嬉しかった一目連も、応えるように本音を彼に告げた。
守りたい、助けてやりたい。人間に対して感じたのは初めてだ。
それはあまりにあの子が健気で、素直で、可愛くて、そして可哀相だったから。
「…ちょっと、あんなこと言っちまって、平気なのかい?」
サクヤが去った後、保健医を装う骨女が一目連に声をかける。
こうして人間に近付いても、事が終われば二度と関わることはない。
今回だってそれは同じ。
石元という教諭も、事が終わればいなくなる。
「…いや、もう駄目だ」
「駄目?一体何が」
「あの子の姉が、家で首を吊った」
骨女は言葉なく目を見開いた。
父親である男は、サクヤがいないところで娘にも手をかけたのだ。
髪の毛を掴み、のしかかって服を剥ぐ。
まだ成熟していない心と体が限界を迎えるのは、あまりにも容易かった。
「最低ヤローだ…、あんなことしやがるなんて」
「そうか…せっかく、笑ってくれるようになったってのに…」
一目連のおかげで笑顔を見せるようになったサクヤは、糸を解かずに済むかもしれないと期待していた。
骨女は額を押さえ、悔しそうに唇を噛んだ。
干渉しきれないところで人間の心は変わっていく。
今回も…想定された未来を変えることは出来なかったのだ。
家に帰ったサクヤは姉の姿を見つめ、泣きながら石元を振り返る。
もう、心は壊れていた。
「…俺が、迷ってなければ…こんなことには…」
やっぱり、すぐに糸を引くべきだった。
姉へ、大好きな先生へ、そして父へ。何度も何度も謝罪を口にしながら糸を解く。
地獄流しは行われ、姉を失い父への復讐を果たしたサクヤは自ら命を絶った。
あっという間の出来事だ。
一目連は次の地獄流しを執り行おうとする閻魔あいに頭を下げることしかできなかった。
「あの子が呪ったのはバケモノだ、あんなの、人間なんかじゃない。頼む、お嬢、サクヤを助けてやってくれ…」
骨女も、輪入道も、やるせなさに顔を歪める。
閻魔あいは、やはり表情を変えることなく小さな口を開いた。
「それは、あの子が決めること」
地獄へ送るための船の上で、サクヤは一目連に抱き着いて泣き続けた。
唯一の心残り、石元蓮の存在。
サクヤは初めて自分の為に、自分の行く先を選んだのだった。
・・・
ぱちぱちと数回の瞬きの後、サクヤの目が開いた。
迷い子みたいに辺りを見渡し、不安そうな顔で一目連を見上げる。
一目連に寄りかかっていた頬に残る跡。
それを一目連が指でなぞると、サクヤははっと肩を揺らした。
「…石元先生…?」
「こら、一目連だって、言っただろ」
「あ…そう、ですよね。良かった夢じゃなくて…」
ほっとした様子で顔を緩めるサクヤに、一目連の顔が少し曇る。
サクヤが新たな存在として現世に留まってから、このやりとりを何度繰り返しただろう。
たったの15年。しかし、彼の人間として生きた記憶は、サクヤの中に残り続けている。
「…さて、起きたんなら行くぞ。お嬢にまで気を遣わせてるんだ。感謝しろよ」
一目連は哀しいことを思い出させないように、サクヤの手を掴み立ち上がった。
引き上げられたサクヤは、数歩よろけて一目連の服にしがみつく。
「あっ、ごめんなさ…っ」
「いや、大丈ー…」
ばっとサクヤが顔を上げた途端、二人はぴたと固まった。
鼻先が触れてしまいそうな距離。
まつ毛の長さも、肌のきめ細やかさも、濡れた瞳も全部見える。
動いていないはずの鼓動が早まって、体中が熱くなるような錯覚に襲われた。
「あ…、せんせ、」
「先生じゃない、一目連だ」
「一目連さん…」
「さん、もいらない」
何度も繰り返されるやりとり。
一目連が細い眉を寄せると、サクヤは縋るように一目連の胸の服を手繰り寄せた。
「一目連…」
二人の間に流れる緊張感。
それを蹴破る覚悟を決めたサクヤの踵が微かに地面を離れた。
「…好きです」
熱っぽい視線。交わる吐息。
時間が止まったかのように喧騒が聞こえなくなった。
「はは…やっと聞けた」
「まだ俺の事、好きでいてくれた…?」
「ああ、待ってたよ」
一目連はサクヤの頬を優しく撫でると、額と額をとんとぶつけた。
今はただ、お互いしか見えない。
微笑み合い、自然と唇を重ねる。
まるで人間同士の恋みたいな、淡く暖かな感覚が胸に宿っていた。
追加日:2018/2/15
移動前:2017/7/23
駅のホーム、空いたベンチ。
占領する怪しげな連中を気にする人間はいない。
セーラー服の少女と、少女を取り囲むようにいる老人と女性と男性と。
彼らの仕事は、地獄少女を求める人間の身辺調査。
今日も今日とて標的の人間を観察していた一目連は、肩に乗った重みに視線を移動させた。
「サクヤ?」
「あれ、寝ちまったのかい」
「ああ…この環境にまだ慣れていないからな、疲れたんだろ」
一目連の肩のラインに合わせて、細い髪の毛が流れる。
まだあどけなさの残る頬は紅をさしたように赤く、覗き込んだ骨女は思わず表情を緩めた。
「ずいぶんと落ち着いたね。良かったじゃないか」
「ああ。少し前は目を閉じることを怖がってたんだ。嫌なことばかり思い出すってさ」
「…だろうね」
齢15の少年だった彼。
その事情を知る骨女と輪入道は互いに目を見合わせ声を呑み込んだ。
「こうして見ていると、本当にまだ子供だってのにね…」
「ああ、澄んだ心を持った子だった」
すやすやと疲れて寝てしまうような子だ。
それが、今では彼らと共に同じ時を過ごしている。
「…サクヤ」
呼びかける一目連の瞳には、一切の後悔もない。
こうするしかなかった、これしかなかった。これが一番良い。
嘗ての温かさはなくても、心はここにある。
「行くわよ」
閻魔あいは、そんな彼等の様子に目もくれず立ち上がった。
標的が動く、それに合わせて移動しなければならない。
「一目連はここに残って」
「え…」
「やっと寝たんでしょう。起きたら来て」
淡々と言う閻魔あいに、一目連は思わず目を丸くして言葉を失った。
彼女なりの優しさなのか、それとも気まぐれなのか。
「ああ、せっかく眠れたんだ、起きるまで寝かせてやるといい」
閻魔あいの隣に立った輪入道がニィと歯を見せて笑う。
直後ふっと姿を消した面々に、一目連は暫く茫然として宙を見つめていた。
「なんだアイツ等…」
自分はいなくても問題ないってか。
少々不貞腐れる思いはあるが、彼等の言う通り「やっと」「せっかく」眠る彼が一目連の体を頼りに傾いている。
喧噪の中でも聞き取れる微かな寝息に、一目連はやれやれと優しい溜め息を吐いた。
「…サクヤ、お前がいい子だからだな」
細い肩を抱き寄せ、髪に鼻先をつける。
風に揺れた髪は甘く香る。閻魔あいと同じニオイ。
たぶん、心から惹かれている証拠なのだろう。
「あのときの返事、いつになったら聞かせてくれるんだ?」
ぽつりと呟いた声が、電車の音にかき消される。
流れる時間、止めることの出来なかった現実。
目を閉じた一目連は、鮮明に浮かび上がる光景に手を伸ばした。
・・・
「石元先生、これ知ってますか?」
低すぎず耳障りの良い声。呼びかけられた石元は、「なんだ?」と首を傾けた。
保健室のベッドに腰掛けたサクヤは、隣に座る先生にバッグから取り出した”人形”を見せる。
糸で括られた藁。
恐怖の映像特集だか何かで見たことのあるような形状だ。
「これ…藁人形か?どうしたんだ、こんなもの」
「信じてもらえないかもだけど、俺、地獄少女に会ったんだ」
「…地獄少女、って、あの生徒達が噂してるやつか?」
先生の問いかけに、サクヤはこくりと頷いた。
藁を括る赤い糸、これを解けば呪いたい相手を地獄へ落としてくれる。
噂など信じていなかったサクヤも、地獄少女を目の当たりにして全て真実なのだと悟った。
「すごく可愛い女の子だったよ、お人形さんみたいで…、これだけ残していなくなってた」
「そうか…」
「ね、先生。俺ね…これで地獄へ落としたいの…お父さんなんだ」
すっと大きく息を吸い込んで、吐き出したサクヤの息は震えていた。
視線が合わない。
サクヤの顔を覗き込んだ石元から、逃げるようにサクヤの目は藁人形だけを映した。
「この糸を解いたら…終わる…やっと、辛いの全部…」
サクヤが父親から受けている虐待。
逃げなかったのは、周りに知られたくなかったから。そして、高校生の姉弟だけで生きていくなんて無理だと分かっていたからだ。
「でも、ここまでずっと耐えてきたのに、これ一本で終わるんだよ、人任せにして」
「…サクヤ」
「じゃあ今まで耐えてきたの、なんだったんだろって。結局逃げるんだって思ったら…なんか、引けないんだ」
藁人形を握り締める手が、ぶると小さく震えている。
石元はその手を自分の手で包み込むと、そのまま小さな体を抱き寄せた。
「せ、せんせ…」
「俺がずっと傍にいてやる。耐える必要なんてない、頼れよもっと」
耳元をくすぐる低い声。
あまりにも甘い囁きに、サクヤは全身を硬直させて目を見開いた。
「いいの…?」
「ああ。俺が守ってやる、姉ちゃんも一緒に。それなら怖くないだろ?」
「…うん、先生がいたら…何も怖くないなぁ…」
小さな手が石元の服をきゅっと掴む。
誰の助けも得られず、姉を守る為に一人で耐えてきた少年。
その彼が初めて心を許したのは、石元蓮という男性教諭だった。
「今日、一緒に帰ろう。お前の父さんに、俺がこの子もらいますって挨拶してやる」
「え、でも…」
「大丈夫だって、先生に任せろ」
まだ不安そうにする少年の背中をぽんと数回撫で、一目連は彼の泣き出しそうな目元に唇を寄せた。
ちゅっと触れた音にサクヤの顔が真っ赤に染まっていく。
「何があっても、どんなことになっても…俺はお前のことが好きだからな」
「…っ、好き…?」
「ああ。俺を信じろ」
初めて会った時は誰に対しても閉ざしていた少年が、少しずつ心を開いてくれた。
それが嬉しかった一目連も、応えるように本音を彼に告げた。
守りたい、助けてやりたい。人間に対して感じたのは初めてだ。
それはあまりにあの子が健気で、素直で、可愛くて、そして可哀相だったから。
「…ちょっと、あんなこと言っちまって、平気なのかい?」
サクヤが去った後、保健医を装う骨女が一目連に声をかける。
こうして人間に近付いても、事が終われば二度と関わることはない。
今回だってそれは同じ。
石元という教諭も、事が終わればいなくなる。
「…いや、もう駄目だ」
「駄目?一体何が」
「あの子の姉が、家で首を吊った」
骨女は言葉なく目を見開いた。
父親である男は、サクヤがいないところで娘にも手をかけたのだ。
髪の毛を掴み、のしかかって服を剥ぐ。
まだ成熟していない心と体が限界を迎えるのは、あまりにも容易かった。
「最低ヤローだ…、あんなことしやがるなんて」
「そうか…せっかく、笑ってくれるようになったってのに…」
一目連のおかげで笑顔を見せるようになったサクヤは、糸を解かずに済むかもしれないと期待していた。
骨女は額を押さえ、悔しそうに唇を噛んだ。
干渉しきれないところで人間の心は変わっていく。
今回も…想定された未来を変えることは出来なかったのだ。
家に帰ったサクヤは姉の姿を見つめ、泣きながら石元を振り返る。
もう、心は壊れていた。
「…俺が、迷ってなければ…こんなことには…」
やっぱり、すぐに糸を引くべきだった。
姉へ、大好きな先生へ、そして父へ。何度も何度も謝罪を口にしながら糸を解く。
地獄流しは行われ、姉を失い父への復讐を果たしたサクヤは自ら命を絶った。
あっという間の出来事だ。
一目連は次の地獄流しを執り行おうとする閻魔あいに頭を下げることしかできなかった。
「あの子が呪ったのはバケモノだ、あんなの、人間なんかじゃない。頼む、お嬢、サクヤを助けてやってくれ…」
骨女も、輪入道も、やるせなさに顔を歪める。
閻魔あいは、やはり表情を変えることなく小さな口を開いた。
「それは、あの子が決めること」
地獄へ送るための船の上で、サクヤは一目連に抱き着いて泣き続けた。
唯一の心残り、石元蓮の存在。
サクヤは初めて自分の為に、自分の行く先を選んだのだった。
・・・
ぱちぱちと数回の瞬きの後、サクヤの目が開いた。
迷い子みたいに辺りを見渡し、不安そうな顔で一目連を見上げる。
一目連に寄りかかっていた頬に残る跡。
それを一目連が指でなぞると、サクヤははっと肩を揺らした。
「…石元先生…?」
「こら、一目連だって、言っただろ」
「あ…そう、ですよね。良かった夢じゃなくて…」
ほっとした様子で顔を緩めるサクヤに、一目連の顔が少し曇る。
サクヤが新たな存在として現世に留まってから、このやりとりを何度繰り返しただろう。
たったの15年。しかし、彼の人間として生きた記憶は、サクヤの中に残り続けている。
「…さて、起きたんなら行くぞ。お嬢にまで気を遣わせてるんだ。感謝しろよ」
一目連は哀しいことを思い出させないように、サクヤの手を掴み立ち上がった。
引き上げられたサクヤは、数歩よろけて一目連の服にしがみつく。
「あっ、ごめんなさ…っ」
「いや、大丈ー…」
ばっとサクヤが顔を上げた途端、二人はぴたと固まった。
鼻先が触れてしまいそうな距離。
まつ毛の長さも、肌のきめ細やかさも、濡れた瞳も全部見える。
動いていないはずの鼓動が早まって、体中が熱くなるような錯覚に襲われた。
「あ…、せんせ、」
「先生じゃない、一目連だ」
「一目連さん…」
「さん、もいらない」
何度も繰り返されるやりとり。
一目連が細い眉を寄せると、サクヤは縋るように一目連の胸の服を手繰り寄せた。
「一目連…」
二人の間に流れる緊張感。
それを蹴破る覚悟を決めたサクヤの踵が微かに地面を離れた。
「…好きです」
熱っぽい視線。交わる吐息。
時間が止まったかのように喧騒が聞こえなくなった。
「はは…やっと聞けた」
「まだ俺の事、好きでいてくれた…?」
「ああ、待ってたよ」
一目連はサクヤの頬を優しく撫でると、額と額をとんとぶつけた。
今はただ、お互いしか見えない。
微笑み合い、自然と唇を重ねる。
まるで人間同士の恋みたいな、淡く暖かな感覚が胸に宿っていた。
追加日:2018/2/15
移動前:2017/7/23