一話完結系
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
・二人の生徒会室(紺野玉緒)
はばたき学園、市内では割と有名な進学校。
とはいえ自由度の高さ故か、真面目そうなヤツばかりではなく、中にはガラの悪いヤツも多い。
恐らくサクヤもその後者の一人だった。
「バンビはっけーん」
「わ!鈴木先輩!?」
放課後、前を歩く見知った女子生徒を見かけ、サクヤは後ろから抱きついた。
そんなサクヤの行動に、驚きはしても怒ることは無い。
学園祭ミスコングランプリ候補にも上がる彼女は、心底お人好しの真面目ちゃんだ。
「どうかしたんですか?」
「いんや、可愛い背中が見えたからつい」
「もう!」
可愛い頬を少し膨らませて、でもすぐに呆れた風に笑う。
生徒会に所属している彼女は、真面目なだけじゃなく愛される要素も持ち合わせていた。
そんな愛らしい少女を前に、サクヤは窓の外に視線を移した。
「てか今日早くない?生徒会の方、もう終わったんだ?」
まだ空は明るく、陰り始める様子も無い。
学園祭を一か月後に控えた今、さぞ忙しいだろうに。
そんな疑問も込めて言うと、彼女は少し眉を下げて笑った。
「実は紺野先輩があと少しだからって終わりにしてくれたんです。クラスの活動もあるだろうって」
「へぇ…あ、じゃあ紺野はまだ生徒会室に?」
「はい。あとは一人で大丈夫だって言ってましたから」
「そっか!」
彼女の表情は、紺野への申し訳なさの表れだったらしい。
その紺野というのは生徒会長の名前だ。紺野玉緒、眼鏡をかけた真面目男のくせに、背が高くて格好良くて、爽やかで優しい奴。
「ふふっ」
「何だよ…別に俺は一人でかわいそーな生徒会長をだなぁ」
「まだ何も言ってませんよ?」
肩をすくめて笑う少女は、からかうみたいに語尾を上ずらせる。
サクヤはむっと唇を尖らせると、その小さな額をピンッと指で小突いた。
「何するんですかもう!」
「なんでもねーよ。じゃーな、バンビ」
「ふふっ、お疲れ様です」
ぺこりとそもそも低い位置にある頭をさらに低くして、バンビが歩き出す。
その後ろ姿を暫く見送ってから、サクヤも来た道を戻り始めた。
今、紺野は生徒会室に一人。一人なんだって!
サクヤは無意識に速くなる足を抑えることなく、高揚する胸もそのままに扉を叩いた。
「しっつれいしまーす」
ノックはほぼ意味なく、言うが早いか返事を待たずに足を踏み入れる。
聞いていた通り、堅苦しい空気の生徒会室にいるのは紺野玉緒ただ一人だった。
「鈴木、それじゃノックの意味がないぞ」
「へへ、でも追い返したりしないだろ?」
「そういう問題じゃないだろ、全く」
呆れたようにため息を吐きながら、一度こちらへ向いた顔をすぐに書類へ戻す。
それを横目に、サクヤは紺野の斜め前、邪魔にならないだろう場所へ腰かけ鞄を下ろした。
「…暇なのか?部活でも入ればいいのに」
「俺が何か始めて続くかよ」
「君はそういうけどー…僕は、君なら何でも出来ると思う」
もったいない。そう言って柔らかな笑みを浮かべる紺野に、サクヤの頬も自然と緩んだ。
低い声が心地良い。最初こそ慣れない環境に思えた生徒会室が、今や静かで落ち着ける場所だ。
「そういえば…鈴木は演劇やらないのか?」
紺野は視線を書類に向けたまま、唐突にそう問いかけた。
勿論サクヤと演劇とは無縁の存在だ。紺野が言うのは、学園祭で行われる出し物の一つのことだろう。
「演劇?俺そういうの向いてないっしょ。あぁ…そういや紺野は推薦されてんだっけ」
「はは、僕こそそういうの向いてないんだけどな」
「あれって演技どうこうじゃなくて美男美女が選ばれるヤツだろ?いいじゃん、推薦なんてスゲェよ」
「美男って…」
紺野はイケメンだ。そして統率力がある。やると決まればやる気も出してくれる。
そういう、誰からも信用される人間だからこそ推薦されるし、困ったように笑う紺野はたぶん断れない。
「…そっか…でも紺野がやるんなら、俺もちょっと興味あるかも」
「なら、今からでも立候補してみたらどうだ?僕も君がいるなら心強いし…たぶん君は何をしても似合うから」
見てみたいな、と紺野が呟く。
サクヤは思わずその紺野の顔を横目でうかがっていた。
穏やかな顔、口元は微かに緩んで笑みを作っている。
「紺野は…俺を買いかぶりすぎだよ」
「そんなことない。最近の君は本当に…先生達も驚いてる」
「…、うん、それはそうかもな」
今、紺野の脳裏にもサクヤの記憶にも、同じものが映っているはずだ。
調子にのった高校一年目、サクヤの髪は派手に染められ、耳には穴が数個開き、制服はだらだらと気崩していた。
その全てを取り去って勉強に専念するようになったのは、紺野に出会ってからだ。
「…紺野のおかげだよ」
「…そう、なら嬉しいな」
ぽつり、ぽつりと言葉を交わして黙り込む。
再び沈黙に紙の擦れる音と時折ペンの滑る音が聞こえて、サクヤは目を閉じた。
こういう事が心地よく感じるようになったのも紺野の影響だろう。
忙しいのに、自分を追いかけて散々注意してくれて。
この人の邪魔になりたくないと思い始めたのはいつからだったか。
人に弱みを見せまいとする姿勢に愛しさを覚えるようになったのは、いつからだったか。
「…」
静かな空間に紺野を感じる。
生徒会室は、紺野を一番感じられる場所。
居心地が良くて、気持ちが良くて、気が付くとサクヤはそのまま静かに眠りに落ちていた。
・・・
「…サクヤ」
くすぐったい声。
その慣れない呼び声に、サクヤは夢見心地のままゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとしたまま辺りを見渡すと、紺野が真横に立っていることに気付く。
「…あれ、俺どんくらい寝てた?」
「え?ああ、30分くらいかな。待たせちゃってごめん」
「なんで謝んの?好きで待ってんだから…」
紺野が座っていた場所が整っていることから、もう今日の作業は終えたのだと分かる。
もう帰るのかと見上げれば、そのサクヤの気持ちを察したのか紺野がこくりと頷いた。
「さ、もう帰ろう」
「おー」
眠ってしまったせいで、あまり紺野との時間を満喫出来なかった。
なんて妙な寂しさを覚えつつ鞄を肩にかけ、腕を天井へと伸ばして眠気を吹き飛ばす。
それでも先程の違和感はなくならず、サクヤは紺野をじっと見つめた。
「…なあ、紺野」
「ん?どうかした?」
「いやさっきさ…えっと…」
もしも、夢じゃなかったなら。
「…鈴木?」
紺野の反応は普段と変わらなかった。
ああ、うん、やっぱり夢だ。
サクヤは一瞬伸ばしかけた手をきゅっと握り締め、へらと笑って自分の気持ちを誤魔化した。
「お腹すいたからさ、どっか寄ってかね?」
「…そうだな、たまにはいいか」
「やった!」
仲良くなりたての頃は、校則違反だからと断られ続けた誘いも、最近はかなりの確率で許されている。
そういう小さな変化が嬉しくてたまらない。
だから今は、望まない、望まなくていいんだと言い聞かせるしかない。
「…紺野、隣歩いていい?」
「え、何だよ、どうした?歩けばいいじゃないか」
「いやその、もっと近くって意味で」
なのに一歩先を望んでしまう。
紺野はサクヤの言葉にきょとと目を開いたが、それでもすぐに仕方ないなと笑った。
「鈴木って、結構甘えん坊だよな。一人っ子だっけ」
「そーだよ、一人っ子。人肌恋しいんだー」
「それはいいけど…あまり誰にでもそういうこと、するなよ」
「え?何それ、嫉妬?」
「うん、嫉妬」
どこまで本気なのか、にこっと笑った紺野に恥ずかしくなって目を逸らす。
そんなサクヤに気付いてか、頭の上でふっと紺野が笑ったのが聞こえた。
悔しい、恋愛事なんて慣れちゃいない堅物男のくせに。
「じゃーくっついちゃおー」
「こら、近い近い」
隣に並んで腕を絡めると、さすがに寛容な紺野もサクヤの腕を振り払う。
夕日に晒された紺野の頬を薄っすらと赤く見え、サクヤは満足げに目を細めていた。
・・・
サクヤの声が聞こえた瞬間、紺野はふわっと体が浮き上がるような錯覚に陥った。
返答する間も与えられずに開いたドア。
こんな場所にも楽しそうに駆け込んで来るサクヤに、紺野は平静を装うのでやっとだった。
…今日も来てくれた。
クラスが変わってから、彼と会う機会はとんと減っている。紺野はサクヤを横目に緩む口元を隠した。
「暇なのか?部活でも入ればいいのに」
なんて嘘だ。部活になんて入られたくない、彼の時間が別のものの為に使われるなんて嫌だ。
紺野はそんな黒い感情に蓋をして、ひたすら文字の書かれた用紙に目を通した。
生徒会の役員でないサクヤは、ここに来てはじっと座っているだけだ。
それでも邪魔だなんて思ったことは一度もない。
そういう気を遣える人だ。
「ふう…今日はここまでかな」
ぽつりと一人つぶやいてから、トントンと紙の束を整える。
それから待たせてゴメンと彼の方を振り返ると、紺野は数回瞬きをしてから動きを止めた。
一定の間隔で上下する肩、瞳を覆ったままの瞼。
いつも元気でむしろ騒がしい印象を受けるサクヤの、初めて見る寝顔がそこにあった。
「寝ちゃったのか…」
何だか申し訳ないな。けど、でも、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。
紺野はなるべく音を立てないように椅子から腰をあげ、椅子に背中を預けて首を少し下げたままのサクヤに近付いた。
「鈴木…サクヤ、サクヤ…」
彼が起きている時じゃ恥ずかしくて言えない言葉を繰り返す。
恥ずかしいっていうのは、今更呼び方を変えること自体ではない。
「サクヤ、いつも…ありがとう」
一年前まで綺麗に輝いていた色の派手な髪は、いつの間にか黒くなっていた。問題があるとすれば、男性にしては少し長いかな、くらい。
彼は規則に正しい生徒に姿を変えていた。
制服はきちんと着ているし。見えないところにアクセサリーも着けていないし。
「僕のこと、気を遣ってくれたんだろうな」
生徒会長候補である自分と不良に見えるサクヤとでは、やはりどうにも良くない噂が立ってしまうから。
「君は気付いてくれる…そういうところに、助けられてるよ」
すうすうと繰り返される寝息。
虚しくも独り言になってしまった呟きに、紺野はふっと一人笑うと確認するようにサクヤへ顔を近付けた。
「でも、不安でもあるんだ…」
君が、近寄りがたい存在から変わってしまったから。
元々容姿は整っていて、性格も明るかったから、気付けば周りには人が集まるようになっていた。
「だから、…ごめん」
これから、良くないことをするよ。
今度は言葉に出さず、静かにサクヤへ顔を近付けた。
流れる前髪の隙間、愛しい彼の目元に唇が触れる。
「サクヤ…」
好きだ。
思わず漏れそうになった本音は喉の奥で止まった。
「ん、…?」
何も知らない瞳が薄らと開いてこちらに向く。
一瞬どくんと心臓が跳ねたけれど、寝ぼけた目はやはり何も分かっていないようだった。
「…あれ、俺どんくらい寝てた?」
「え?ああ、30分くらいかな。待たせちゃってごめんね」
だから、何も知らないふりをしていつも通りに笑いかける。
サクヤは紺野をじいと見上げ、人懐こい猫のように目を細めた。
「なんで謝んの?好きで待ってんだから…」
可愛いことを言って、眠気の名残に欠伸を一つ。
無邪気な彼を見ないふりして、歩き出す道程は甘くほろ苦かった。
追加日:2017/12/06
移動前:2014/09/21
はばたき学園、市内では割と有名な進学校。
とはいえ自由度の高さ故か、真面目そうなヤツばかりではなく、中にはガラの悪いヤツも多い。
恐らくサクヤもその後者の一人だった。
「バンビはっけーん」
「わ!鈴木先輩!?」
放課後、前を歩く見知った女子生徒を見かけ、サクヤは後ろから抱きついた。
そんなサクヤの行動に、驚きはしても怒ることは無い。
学園祭ミスコングランプリ候補にも上がる彼女は、心底お人好しの真面目ちゃんだ。
「どうかしたんですか?」
「いんや、可愛い背中が見えたからつい」
「もう!」
可愛い頬を少し膨らませて、でもすぐに呆れた風に笑う。
生徒会に所属している彼女は、真面目なだけじゃなく愛される要素も持ち合わせていた。
そんな愛らしい少女を前に、サクヤは窓の外に視線を移した。
「てか今日早くない?生徒会の方、もう終わったんだ?」
まだ空は明るく、陰り始める様子も無い。
学園祭を一か月後に控えた今、さぞ忙しいだろうに。
そんな疑問も込めて言うと、彼女は少し眉を下げて笑った。
「実は紺野先輩があと少しだからって終わりにしてくれたんです。クラスの活動もあるだろうって」
「へぇ…あ、じゃあ紺野はまだ生徒会室に?」
「はい。あとは一人で大丈夫だって言ってましたから」
「そっか!」
彼女の表情は、紺野への申し訳なさの表れだったらしい。
その紺野というのは生徒会長の名前だ。紺野玉緒、眼鏡をかけた真面目男のくせに、背が高くて格好良くて、爽やかで優しい奴。
「ふふっ」
「何だよ…別に俺は一人でかわいそーな生徒会長をだなぁ」
「まだ何も言ってませんよ?」
肩をすくめて笑う少女は、からかうみたいに語尾を上ずらせる。
サクヤはむっと唇を尖らせると、その小さな額をピンッと指で小突いた。
「何するんですかもう!」
「なんでもねーよ。じゃーな、バンビ」
「ふふっ、お疲れ様です」
ぺこりとそもそも低い位置にある頭をさらに低くして、バンビが歩き出す。
その後ろ姿を暫く見送ってから、サクヤも来た道を戻り始めた。
今、紺野は生徒会室に一人。一人なんだって!
サクヤは無意識に速くなる足を抑えることなく、高揚する胸もそのままに扉を叩いた。
「しっつれいしまーす」
ノックはほぼ意味なく、言うが早いか返事を待たずに足を踏み入れる。
聞いていた通り、堅苦しい空気の生徒会室にいるのは紺野玉緒ただ一人だった。
「鈴木、それじゃノックの意味がないぞ」
「へへ、でも追い返したりしないだろ?」
「そういう問題じゃないだろ、全く」
呆れたようにため息を吐きながら、一度こちらへ向いた顔をすぐに書類へ戻す。
それを横目に、サクヤは紺野の斜め前、邪魔にならないだろう場所へ腰かけ鞄を下ろした。
「…暇なのか?部活でも入ればいいのに」
「俺が何か始めて続くかよ」
「君はそういうけどー…僕は、君なら何でも出来ると思う」
もったいない。そう言って柔らかな笑みを浮かべる紺野に、サクヤの頬も自然と緩んだ。
低い声が心地良い。最初こそ慣れない環境に思えた生徒会室が、今や静かで落ち着ける場所だ。
「そういえば…鈴木は演劇やらないのか?」
紺野は視線を書類に向けたまま、唐突にそう問いかけた。
勿論サクヤと演劇とは無縁の存在だ。紺野が言うのは、学園祭で行われる出し物の一つのことだろう。
「演劇?俺そういうの向いてないっしょ。あぁ…そういや紺野は推薦されてんだっけ」
「はは、僕こそそういうの向いてないんだけどな」
「あれって演技どうこうじゃなくて美男美女が選ばれるヤツだろ?いいじゃん、推薦なんてスゲェよ」
「美男って…」
紺野はイケメンだ。そして統率力がある。やると決まればやる気も出してくれる。
そういう、誰からも信用される人間だからこそ推薦されるし、困ったように笑う紺野はたぶん断れない。
「…そっか…でも紺野がやるんなら、俺もちょっと興味あるかも」
「なら、今からでも立候補してみたらどうだ?僕も君がいるなら心強いし…たぶん君は何をしても似合うから」
見てみたいな、と紺野が呟く。
サクヤは思わずその紺野の顔を横目でうかがっていた。
穏やかな顔、口元は微かに緩んで笑みを作っている。
「紺野は…俺を買いかぶりすぎだよ」
「そんなことない。最近の君は本当に…先生達も驚いてる」
「…、うん、それはそうかもな」
今、紺野の脳裏にもサクヤの記憶にも、同じものが映っているはずだ。
調子にのった高校一年目、サクヤの髪は派手に染められ、耳には穴が数個開き、制服はだらだらと気崩していた。
その全てを取り去って勉強に専念するようになったのは、紺野に出会ってからだ。
「…紺野のおかげだよ」
「…そう、なら嬉しいな」
ぽつり、ぽつりと言葉を交わして黙り込む。
再び沈黙に紙の擦れる音と時折ペンの滑る音が聞こえて、サクヤは目を閉じた。
こういう事が心地よく感じるようになったのも紺野の影響だろう。
忙しいのに、自分を追いかけて散々注意してくれて。
この人の邪魔になりたくないと思い始めたのはいつからだったか。
人に弱みを見せまいとする姿勢に愛しさを覚えるようになったのは、いつからだったか。
「…」
静かな空間に紺野を感じる。
生徒会室は、紺野を一番感じられる場所。
居心地が良くて、気持ちが良くて、気が付くとサクヤはそのまま静かに眠りに落ちていた。
・・・
「…サクヤ」
くすぐったい声。
その慣れない呼び声に、サクヤは夢見心地のままゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとしたまま辺りを見渡すと、紺野が真横に立っていることに気付く。
「…あれ、俺どんくらい寝てた?」
「え?ああ、30分くらいかな。待たせちゃってごめん」
「なんで謝んの?好きで待ってんだから…」
紺野が座っていた場所が整っていることから、もう今日の作業は終えたのだと分かる。
もう帰るのかと見上げれば、そのサクヤの気持ちを察したのか紺野がこくりと頷いた。
「さ、もう帰ろう」
「おー」
眠ってしまったせいで、あまり紺野との時間を満喫出来なかった。
なんて妙な寂しさを覚えつつ鞄を肩にかけ、腕を天井へと伸ばして眠気を吹き飛ばす。
それでも先程の違和感はなくならず、サクヤは紺野をじっと見つめた。
「…なあ、紺野」
「ん?どうかした?」
「いやさっきさ…えっと…」
もしも、夢じゃなかったなら。
「…鈴木?」
紺野の反応は普段と変わらなかった。
ああ、うん、やっぱり夢だ。
サクヤは一瞬伸ばしかけた手をきゅっと握り締め、へらと笑って自分の気持ちを誤魔化した。
「お腹すいたからさ、どっか寄ってかね?」
「…そうだな、たまにはいいか」
「やった!」
仲良くなりたての頃は、校則違反だからと断られ続けた誘いも、最近はかなりの確率で許されている。
そういう小さな変化が嬉しくてたまらない。
だから今は、望まない、望まなくていいんだと言い聞かせるしかない。
「…紺野、隣歩いていい?」
「え、何だよ、どうした?歩けばいいじゃないか」
「いやその、もっと近くって意味で」
なのに一歩先を望んでしまう。
紺野はサクヤの言葉にきょとと目を開いたが、それでもすぐに仕方ないなと笑った。
「鈴木って、結構甘えん坊だよな。一人っ子だっけ」
「そーだよ、一人っ子。人肌恋しいんだー」
「それはいいけど…あまり誰にでもそういうこと、するなよ」
「え?何それ、嫉妬?」
「うん、嫉妬」
どこまで本気なのか、にこっと笑った紺野に恥ずかしくなって目を逸らす。
そんなサクヤに気付いてか、頭の上でふっと紺野が笑ったのが聞こえた。
悔しい、恋愛事なんて慣れちゃいない堅物男のくせに。
「じゃーくっついちゃおー」
「こら、近い近い」
隣に並んで腕を絡めると、さすがに寛容な紺野もサクヤの腕を振り払う。
夕日に晒された紺野の頬を薄っすらと赤く見え、サクヤは満足げに目を細めていた。
・・・
サクヤの声が聞こえた瞬間、紺野はふわっと体が浮き上がるような錯覚に陥った。
返答する間も与えられずに開いたドア。
こんな場所にも楽しそうに駆け込んで来るサクヤに、紺野は平静を装うのでやっとだった。
…今日も来てくれた。
クラスが変わってから、彼と会う機会はとんと減っている。紺野はサクヤを横目に緩む口元を隠した。
「暇なのか?部活でも入ればいいのに」
なんて嘘だ。部活になんて入られたくない、彼の時間が別のものの為に使われるなんて嫌だ。
紺野はそんな黒い感情に蓋をして、ひたすら文字の書かれた用紙に目を通した。
生徒会の役員でないサクヤは、ここに来てはじっと座っているだけだ。
それでも邪魔だなんて思ったことは一度もない。
そういう気を遣える人だ。
「ふう…今日はここまでかな」
ぽつりと一人つぶやいてから、トントンと紙の束を整える。
それから待たせてゴメンと彼の方を振り返ると、紺野は数回瞬きをしてから動きを止めた。
一定の間隔で上下する肩、瞳を覆ったままの瞼。
いつも元気でむしろ騒がしい印象を受けるサクヤの、初めて見る寝顔がそこにあった。
「寝ちゃったのか…」
何だか申し訳ないな。けど、でも、ちょっとだけ嬉しいかもしれない。
紺野はなるべく音を立てないように椅子から腰をあげ、椅子に背中を預けて首を少し下げたままのサクヤに近付いた。
「鈴木…サクヤ、サクヤ…」
彼が起きている時じゃ恥ずかしくて言えない言葉を繰り返す。
恥ずかしいっていうのは、今更呼び方を変えること自体ではない。
「サクヤ、いつも…ありがとう」
一年前まで綺麗に輝いていた色の派手な髪は、いつの間にか黒くなっていた。問題があるとすれば、男性にしては少し長いかな、くらい。
彼は規則に正しい生徒に姿を変えていた。
制服はきちんと着ているし。見えないところにアクセサリーも着けていないし。
「僕のこと、気を遣ってくれたんだろうな」
生徒会長候補である自分と不良に見えるサクヤとでは、やはりどうにも良くない噂が立ってしまうから。
「君は気付いてくれる…そういうところに、助けられてるよ」
すうすうと繰り返される寝息。
虚しくも独り言になってしまった呟きに、紺野はふっと一人笑うと確認するようにサクヤへ顔を近付けた。
「でも、不安でもあるんだ…」
君が、近寄りがたい存在から変わってしまったから。
元々容姿は整っていて、性格も明るかったから、気付けば周りには人が集まるようになっていた。
「だから、…ごめん」
これから、良くないことをするよ。
今度は言葉に出さず、静かにサクヤへ顔を近付けた。
流れる前髪の隙間、愛しい彼の目元に唇が触れる。
「サクヤ…」
好きだ。
思わず漏れそうになった本音は喉の奥で止まった。
「ん、…?」
何も知らない瞳が薄らと開いてこちらに向く。
一瞬どくんと心臓が跳ねたけれど、寝ぼけた目はやはり何も分かっていないようだった。
「…あれ、俺どんくらい寝てた?」
「え?ああ、30分くらいかな。待たせちゃってごめんね」
だから、何も知らないふりをしていつも通りに笑いかける。
サクヤは紺野をじいと見上げ、人懐こい猫のように目を細めた。
「なんで謝んの?好きで待ってんだから…」
可愛いことを言って、眠気の名残に欠伸を一つ。
無邪気な彼を見ないふりして、歩き出す道程は甘くほろ苦かった。
追加日:2017/12/06
移動前:2014/09/21
1/5ページ