黄瀬と美術室の先輩(黒バス)
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7.伝染
眠そうなクラスメイト達が、前からプリントを回していく。
朝のHR、そのプリントの文字を目で追った黄瀬涼太は、人知れず息を呑んだ。
用紙に書かれたタイトルは『イジメの現状について』。主に目撃されているイジメの内容は、特定の生徒のロッカーへの悪戯。
「今配ったプリントだが、実際にイジメが目撃されている例もあるからな。皆も何か見たらすぐに報告するように」
担任の先生は、割と深刻そうに眉を寄せている。
黄瀬はプリントをぎゅうと握りしめたまま、ごくりと唾を呑んだ。
あの日、昇降口のロッカー前。
黄瀬は咲哉が受けた軽度と思われるイジメの現状を目撃している。それどころか、カッと頭に血が上り、酷く当たってしまったことも記憶に新しい。
あれから一度も会っていない、というより黄瀬は自ら彼を避けていた。美術室にもずっと行っていない。
「これってさ、絶対あの人のことだよね?あの美術室の…」
「最近涼太に付き纏って益々酷いことになってたもんね。涼太、大丈夫?」
「へっ、お、オレ?」
この学校で、露骨なイジメは見たことがない。
いや、咲哉のこと以外では、だ。
「…、や、オレは…迷惑なんて…」
「え?でも私、涼太があの人の事突き飛ばしたの見たよ?いつだっけ、朝…」
じわと頬に汗がにじむ。
自分が責められることを恐れているのか、それともあの先輩のことが気掛かりなのか。
恐らく、そのどちらもだった。
黄瀬は集まる視線から逃れるように机に突っ伏し、何も知らない振りをして目を閉じた。
そんなことをしても、渦巻く憂苦が消えるはずがない。
午前の記憶はほとんどないまま、黄瀬は昼休みになるなり食事も忘れて教室を飛び出した。
教師に目を付けられない程度に廊下を走り、女子生徒の声を無視して駆け抜ける。
目的の教室で足を止めると、出来る限りそっと教室のドアを開いた。
「す、すません、鈴木咲哉さんいますか…!?」
一瞬にして教室中の視線が集まった。恐らく錯覚ではなく、言葉通り、見事に全て。
怖気づきかけた黄瀬の目には、教室の後ろの方、やけに汚れた机が映った。
あのロッカーと同じ、机の上に悪口のメモ帳が無数に散らばっている。
「ッ!これ、アンタらっスか!?」
黄瀬はそこに駆け寄り、ばんっと机を叩いていた。
掌がじいんと痛む。それと同時に頭が冷え、黄瀬はハッと大きく息を吸い込んだ。
「す…すませんでした…」
「そりゃいいけど、黄瀬君ってアンチ咲哉じゃなかったのか?」
咲哉の机の目の前の男子生徒が振り返る。
怪訝そうな目で見上げられ、思わず怯んだ黄瀬の喉がきゅっと締まった。
「ていうかそれ、そのままにしとけよ。証拠なんだから」
「アイツにちょっかい出すの、大体違うクラスの奴等だよ。俺等はアイツが面白いの知ってるし」
彼等はまるで友人の事を話すように、口元を緩ませている。
この教室の中で、一番の無知は自分だ。それを唐突に思い知る。
「…えっと…あの人は…咲哉さんは、どこに…?」
「さあな、最近は見てないよ。家に引きこもってるか、学校のどこかで身を隠してるか」
「び、美術室は!?」
「そりゃないんじゃないか?イジメが本格化してんだったら、あそこは一番危ないし」
まるで友人、という表現は恐らく間違いだ。彼の身を案じる姿は、紛うことなく友人のそれといえる。
モヤッと胸の奥が濁ったのは、彼の一番の理解者は自分だというのが”思い込み”でしかなかったと実感したからだ。
「…いや、そんなはずない」
ぽつりと零れた独り言に、周りの上級生が訝し気に黄瀬を見上げる。
黄瀬は自身の手の下にあるメモ帳をじいと見つめていた。
間違いなく、引き金を引いたのは自分だ。でも一番あの人を思っているのも自分だ。
「あの、オレ、咲哉さんのこと連れて来ます。ちゃんと、謝って、先輩の居場所、取り戻します…っ」
フンッと鼻息荒く吐き出した黄瀬は、机の間を縫って教室を飛び出した。
長い廊下を行く足は、無意識に美術室へ向く。先輩達の話はしっかり聞いていたが、それでも黄瀬のビジョンにはそれしか浮かばなかった。
美術室の奥、窓際。白い壁と白い肌。薄汚れたワイシャツ。
「あ…っ、開かねぇ…、鍵なんて、いっつもかかってなかったろ…」
美術室のドアを掴み、がたがたと数回揺らす。
いつも鍵が開いていたのは、黄瀬がここに来る時には必ず先客がいたからだ。
「誰かいんのか!?いんなら開けてくれ!」
黄瀬はそれでも諦めきれず、握り拳でどんどんと叩いた。
「咲哉さん…!」
ここにいてくれ。ここにいて欲しい。
結局許しを請いたいだけの願望をドアに叩きつける。
直後、ドアは唐突に解錠され、黄瀬は勢いのままドアを開け放った。
「…何してるんだ、黄瀬涼太」
「は…、そ、それは…アンタの方っスよ…」
眼鏡もいつも通り、少しクセのある髪の毛も変わらない。モデルを前にしないワイシャツは、しっかりと前を止めている。
黄瀬は心がすうっと軽くなったのを感じながら、一歩彼に近付いた。
「ずっと、ここにいたんスか?授業は…?」
「休んでることにしてる。だから教室には顔を出していないし、授業には出てない」
「や、ならなんで…ここに、学校に来なくたって…」
家にいりゃいいのに。そう当然の突っ込みをしかけた黄瀬へ、咲哉は訝しげに眉を寄せた。
「お前がいつ来てくれるか分からないだろ」
「へ…?」
咲哉は黄瀬に背を向けると、美術室の奥へと歩き出す。
黄瀬は慌ててその後ろを続き、彼が手に取ったスケッチブックを覗き込んだ。
書かれているのは、絵ではなく文字だった。
「俺が怒らせたんだろ。でも、黄瀬涼太がどうして怒ったのか分からなかったんだ。だから謝りたいけど、どうしたらいいかも分かんなくて」
「それは…」
「来てくれて良かった。少しは許してくれたってことだよな」
ほんの少し、彼の口角が上がる。ほんの少しだけ、彼の声に覇気が戻る。
書き殴られた彼の心の叫び。無意識に書いたのだろうか、ミミズのような文字が体裁なく散りばめられている。
「俺が悪い」「何が」「しつこかった」「めざわりだった」「うざかった」辛うじて読み取れる文字は、あまりに的を外している。
「ち…ッ、違うんスよ、マジでアンタは悪くなくって、オレが…ただ、アンタに認められてないのが悔しくって…」
「…?許してくれたって話か?」
「だから!初めっからアンタは何も悪くないんスよ!オレがただやつあたりしただけで…っ、ごめんなさい!」
黄瀬は固い体の可動範囲ギリギリまで腰を折り曲げた。
それでも咲哉はまだ理解出来ないという顔で黄瀬を見つめる。
「…やつあたり?それは、俺のせいじゃないってことか?」
「だから、そう言ってるじゃないっスか!アンタは、オレの個人的な問題に巻き込まれただけなんスよ」
「…そうか」
その顔が、ようやく解れて安堵に緩んだ。
ふにゃと下がった目尻、持ち上がった口角。見たことのない表情に、黄瀬は衝動のまま彼に詰め寄っていた。
「アンタ、意味わかんないっスよ…!なんでそんな、オレに優しいんスか…!?」
「優しい?どこがだ」
「そういう顔するとこっスよ…!オレが全部悪いのにそうやって…」
声を荒げる黄瀬に対し、咲哉の表情は次第に曇って行く。
やっぱり怒っているのか?謝った方が良いのか?そんな声が聞こえてきそうな咲哉の顔色に、黄瀬は毒気を抜かれて脱力していた。
「もう、もう、いいっス。とにかく、これからはめっちゃ仲良いアピールして、全力で誤解解くんで」
「仲良いアピール…?無理だろ」
「えぇ!なんでっスか!?だって今、オレとアンタ、いじめっ子といじめられっ子認識されてんスよ?」
どことなく自分本位を隠し切れない黄瀬の訴えだったが、咲哉はそれを気に留めず「でも」と呟いた。
でも…も何もない。黄瀬にとっては、今の中途半端な関係でい続けるメリットはない。
「一応言っとくけど、オレは結構最初っからアンタと仲良くなる気満々だったんスよ。つか!もう仲良いつもりだったし」
「…俺とお前が?」
「そうっスよ!そこに疑問もたれっと虚しいんでやめて!?」
とはいえ、やはり咲哉にとってはそうではないらしい。
黄瀬は思わず咲哉の両肩をがしっと掴み、縋るように咲哉を見下ろした。
近い距離でぶつかった視線。瞬間、咲哉が目を逸らす。
「やめろ。俺にそんなの、求めないでくれ」
「うぅ…なんでっスかぁ…?」
「…俺が耐えられない。そんなには…望んでない」
黄瀬から逸らされた目は、そのまま足元へと落ちた。
眼鏡の奥の瞳が揺らいでいる。俯いた顔の、髪の隙間から覗く耳に微かに火照る。
「…へ?」
黄瀬の目にも、確かにその咲哉の反応がとらえられていた。
まるで自分に告白してきた純粋そうな女子生徒のよう。恥ずかしそうに俯き、吐息を震わせ涙を滲ませた彼女達のような。
黄瀬は慌てて咲哉から手を放し、淡く色づいた顔を凝視した。
「は…?いやいや、なんでそんな反応してんスか…?そんな反応されたら、変な誤解するじゃないっスか!」
取り繕うように、矢継ぎ早にそう言う。
しかし、状況は変わらず、目の前で俯く咲哉は黄瀬の言わんとする誤解を解こうとすらしない。
熱が、視界が伝染する。黄瀬はやけに火照った顔を、咲哉から逸らして俯いていた。
(第七話 終)
追加日:2018/09/30
眠そうなクラスメイト達が、前からプリントを回していく。
朝のHR、そのプリントの文字を目で追った黄瀬涼太は、人知れず息を呑んだ。
用紙に書かれたタイトルは『イジメの現状について』。主に目撃されているイジメの内容は、特定の生徒のロッカーへの悪戯。
「今配ったプリントだが、実際にイジメが目撃されている例もあるからな。皆も何か見たらすぐに報告するように」
担任の先生は、割と深刻そうに眉を寄せている。
黄瀬はプリントをぎゅうと握りしめたまま、ごくりと唾を呑んだ。
あの日、昇降口のロッカー前。
黄瀬は咲哉が受けた軽度と思われるイジメの現状を目撃している。それどころか、カッと頭に血が上り、酷く当たってしまったことも記憶に新しい。
あれから一度も会っていない、というより黄瀬は自ら彼を避けていた。美術室にもずっと行っていない。
「これってさ、絶対あの人のことだよね?あの美術室の…」
「最近涼太に付き纏って益々酷いことになってたもんね。涼太、大丈夫?」
「へっ、お、オレ?」
この学校で、露骨なイジメは見たことがない。
いや、咲哉のこと以外では、だ。
「…、や、オレは…迷惑なんて…」
「え?でも私、涼太があの人の事突き飛ばしたの見たよ?いつだっけ、朝…」
じわと頬に汗がにじむ。
自分が責められることを恐れているのか、それともあの先輩のことが気掛かりなのか。
恐らく、そのどちらもだった。
黄瀬は集まる視線から逃れるように机に突っ伏し、何も知らない振りをして目を閉じた。
そんなことをしても、渦巻く憂苦が消えるはずがない。
午前の記憶はほとんどないまま、黄瀬は昼休みになるなり食事も忘れて教室を飛び出した。
教師に目を付けられない程度に廊下を走り、女子生徒の声を無視して駆け抜ける。
目的の教室で足を止めると、出来る限りそっと教室のドアを開いた。
「す、すません、鈴木咲哉さんいますか…!?」
一瞬にして教室中の視線が集まった。恐らく錯覚ではなく、言葉通り、見事に全て。
怖気づきかけた黄瀬の目には、教室の後ろの方、やけに汚れた机が映った。
あのロッカーと同じ、机の上に悪口のメモ帳が無数に散らばっている。
「ッ!これ、アンタらっスか!?」
黄瀬はそこに駆け寄り、ばんっと机を叩いていた。
掌がじいんと痛む。それと同時に頭が冷え、黄瀬はハッと大きく息を吸い込んだ。
「す…すませんでした…」
「そりゃいいけど、黄瀬君ってアンチ咲哉じゃなかったのか?」
咲哉の机の目の前の男子生徒が振り返る。
怪訝そうな目で見上げられ、思わず怯んだ黄瀬の喉がきゅっと締まった。
「ていうかそれ、そのままにしとけよ。証拠なんだから」
「アイツにちょっかい出すの、大体違うクラスの奴等だよ。俺等はアイツが面白いの知ってるし」
彼等はまるで友人の事を話すように、口元を緩ませている。
この教室の中で、一番の無知は自分だ。それを唐突に思い知る。
「…えっと…あの人は…咲哉さんは、どこに…?」
「さあな、最近は見てないよ。家に引きこもってるか、学校のどこかで身を隠してるか」
「び、美術室は!?」
「そりゃないんじゃないか?イジメが本格化してんだったら、あそこは一番危ないし」
まるで友人、という表現は恐らく間違いだ。彼の身を案じる姿は、紛うことなく友人のそれといえる。
モヤッと胸の奥が濁ったのは、彼の一番の理解者は自分だというのが”思い込み”でしかなかったと実感したからだ。
「…いや、そんなはずない」
ぽつりと零れた独り言に、周りの上級生が訝し気に黄瀬を見上げる。
黄瀬は自身の手の下にあるメモ帳をじいと見つめていた。
間違いなく、引き金を引いたのは自分だ。でも一番あの人を思っているのも自分だ。
「あの、オレ、咲哉さんのこと連れて来ます。ちゃんと、謝って、先輩の居場所、取り戻します…っ」
フンッと鼻息荒く吐き出した黄瀬は、机の間を縫って教室を飛び出した。
長い廊下を行く足は、無意識に美術室へ向く。先輩達の話はしっかり聞いていたが、それでも黄瀬のビジョンにはそれしか浮かばなかった。
美術室の奥、窓際。白い壁と白い肌。薄汚れたワイシャツ。
「あ…っ、開かねぇ…、鍵なんて、いっつもかかってなかったろ…」
美術室のドアを掴み、がたがたと数回揺らす。
いつも鍵が開いていたのは、黄瀬がここに来る時には必ず先客がいたからだ。
「誰かいんのか!?いんなら開けてくれ!」
黄瀬はそれでも諦めきれず、握り拳でどんどんと叩いた。
「咲哉さん…!」
ここにいてくれ。ここにいて欲しい。
結局許しを請いたいだけの願望をドアに叩きつける。
直後、ドアは唐突に解錠され、黄瀬は勢いのままドアを開け放った。
「…何してるんだ、黄瀬涼太」
「は…、そ、それは…アンタの方っスよ…」
眼鏡もいつも通り、少しクセのある髪の毛も変わらない。モデルを前にしないワイシャツは、しっかりと前を止めている。
黄瀬は心がすうっと軽くなったのを感じながら、一歩彼に近付いた。
「ずっと、ここにいたんスか?授業は…?」
「休んでることにしてる。だから教室には顔を出していないし、授業には出てない」
「や、ならなんで…ここに、学校に来なくたって…」
家にいりゃいいのに。そう当然の突っ込みをしかけた黄瀬へ、咲哉は訝しげに眉を寄せた。
「お前がいつ来てくれるか分からないだろ」
「へ…?」
咲哉は黄瀬に背を向けると、美術室の奥へと歩き出す。
黄瀬は慌ててその後ろを続き、彼が手に取ったスケッチブックを覗き込んだ。
書かれているのは、絵ではなく文字だった。
「俺が怒らせたんだろ。でも、黄瀬涼太がどうして怒ったのか分からなかったんだ。だから謝りたいけど、どうしたらいいかも分かんなくて」
「それは…」
「来てくれて良かった。少しは許してくれたってことだよな」
ほんの少し、彼の口角が上がる。ほんの少しだけ、彼の声に覇気が戻る。
書き殴られた彼の心の叫び。無意識に書いたのだろうか、ミミズのような文字が体裁なく散りばめられている。
「俺が悪い」「何が」「しつこかった」「めざわりだった」「うざかった」辛うじて読み取れる文字は、あまりに的を外している。
「ち…ッ、違うんスよ、マジでアンタは悪くなくって、オレが…ただ、アンタに認められてないのが悔しくって…」
「…?許してくれたって話か?」
「だから!初めっからアンタは何も悪くないんスよ!オレがただやつあたりしただけで…っ、ごめんなさい!」
黄瀬は固い体の可動範囲ギリギリまで腰を折り曲げた。
それでも咲哉はまだ理解出来ないという顔で黄瀬を見つめる。
「…やつあたり?それは、俺のせいじゃないってことか?」
「だから、そう言ってるじゃないっスか!アンタは、オレの個人的な問題に巻き込まれただけなんスよ」
「…そうか」
その顔が、ようやく解れて安堵に緩んだ。
ふにゃと下がった目尻、持ち上がった口角。見たことのない表情に、黄瀬は衝動のまま彼に詰め寄っていた。
「アンタ、意味わかんないっスよ…!なんでそんな、オレに優しいんスか…!?」
「優しい?どこがだ」
「そういう顔するとこっスよ…!オレが全部悪いのにそうやって…」
声を荒げる黄瀬に対し、咲哉の表情は次第に曇って行く。
やっぱり怒っているのか?謝った方が良いのか?そんな声が聞こえてきそうな咲哉の顔色に、黄瀬は毒気を抜かれて脱力していた。
「もう、もう、いいっス。とにかく、これからはめっちゃ仲良いアピールして、全力で誤解解くんで」
「仲良いアピール…?無理だろ」
「えぇ!なんでっスか!?だって今、オレとアンタ、いじめっ子といじめられっ子認識されてんスよ?」
どことなく自分本位を隠し切れない黄瀬の訴えだったが、咲哉はそれを気に留めず「でも」と呟いた。
でも…も何もない。黄瀬にとっては、今の中途半端な関係でい続けるメリットはない。
「一応言っとくけど、オレは結構最初っからアンタと仲良くなる気満々だったんスよ。つか!もう仲良いつもりだったし」
「…俺とお前が?」
「そうっスよ!そこに疑問もたれっと虚しいんでやめて!?」
とはいえ、やはり咲哉にとってはそうではないらしい。
黄瀬は思わず咲哉の両肩をがしっと掴み、縋るように咲哉を見下ろした。
近い距離でぶつかった視線。瞬間、咲哉が目を逸らす。
「やめろ。俺にそんなの、求めないでくれ」
「うぅ…なんでっスかぁ…?」
「…俺が耐えられない。そんなには…望んでない」
黄瀬から逸らされた目は、そのまま足元へと落ちた。
眼鏡の奥の瞳が揺らいでいる。俯いた顔の、髪の隙間から覗く耳に微かに火照る。
「…へ?」
黄瀬の目にも、確かにその咲哉の反応がとらえられていた。
まるで自分に告白してきた純粋そうな女子生徒のよう。恥ずかしそうに俯き、吐息を震わせ涙を滲ませた彼女達のような。
黄瀬は慌てて咲哉から手を放し、淡く色づいた顔を凝視した。
「は…?いやいや、なんでそんな反応してんスか…?そんな反応されたら、変な誤解するじゃないっスか!」
取り繕うように、矢継ぎ早にそう言う。
しかし、状況は変わらず、目の前で俯く咲哉は黄瀬の言わんとする誤解を解こうとすらしない。
熱が、視界が伝染する。黄瀬はやけに火照った顔を、咲哉から逸らして俯いていた。
(第七話 終)
追加日:2018/09/30