黄瀬と美術室の先輩(黒バス)
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6.亀裂
美術室でのモデルは金にならない。
洒落た服を着込むことも、格好良いポーズを決めることもない。
シナリオもないし、カメラの向こうの誰かなんてのもいない。
酷く地味なその時間、黄瀬はモデルとしてそこにはいなかった。
カメラの代わりに在る、深く鋭い視線。他愛ない話に付き合う気すらない、素っ気ない態度。
それが楽しみで、ただ楽しいだけ。
「楽しいんスよねー。あの、人馴れしてない感じっつか、そこに自分が踏み込んでいける感じっての?」
ぱたんとロッカーを閉じて振り返る。
黄瀬と視線を通わせた森山は、何か得体の知れないものを見るように顔をひきつらせた。
「なんなんだ、この変化は。毒されたのか?」
「ムッ、ぜーんぜん信じてくんないじゃないスか」
「いや…そりゃあな…」
黄瀬に美術室の噂を最初に教えた森山は、相変わらず咲哉を危険人物として捉えているらしい。
何とか理解を得たい黄瀬は腕を組み、ロッカーにとんっと背を預けた。
「確かに変なことには変わりないっスけど…友達もいなそーだし、表情かたいし…」
「ほら、十分おかしな奴じゃないか」
「…友人がいないって事はないんじゃないか?」
唐突に割り込んだ声に、黄瀬と森山が同じ方向へ顔を向ける。
着替えを終えた笠松は、ロッカーの前で神妙な顔をしていた。
「笠松先輩、何か知ってるんスか?」
「い、いや…偶然昇降口で、同級生と話していたのを見たっていうか」
「なーんだ、そんなことっスか!笠松先輩、昇降口は友人だろうがなかろうが一言交わす場所っスよ」
手を振り一言「おはよう」と。
おどけた様子でジェスチャーした黄瀬に対し、笠松は変わらず眉を寄せた。
「…」
「え、な、なんスか?ていうか笠松先輩、どうして朝…部活の後に昇降口行ったんスか?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
明らかに何か言いたそうな顔のまま、笠松は部屋を出ていく。
実直な性格の笠松は基本的に嘘をつく事が得意では無い。
怪しげな態度、動揺しどもった声…それはつまり。
「何か秘密を知ってると見たっス!」
「うん、誰でも出来る推理だな。お前も早く着替えて来いよ」
まるで探偵にでもなった気分で人差し指を立てる。
そんな黄瀬へ向けられる先輩からの視線は、あまりに冷ややかだ。
しかしそれを気にする様子のない黄瀬は、よっしゃと拳を突き上げた。
・・・
キョロキョロと辺りを見渡しつつ、そろりと足を踏み出す。
朝練習の後、黄瀬は再び昇降口を訪れていた。
覗き込むのは普段利用しない2年生のロッカーが並ぶ通路だ。
「っと、あった。ここっスね」
多少人目が気になるものの、ロッカーの名前を辿り歩き、目的地で足を止める。
黄瀬の指の先にあるのは、「鈴木咲哉」というよく知る先輩の名前。
それを指で辿った黄瀬は、登校したての人達からの視線を感じ、体を屈めてから頷いた。
「笠松先輩が何を見たのか、絶対暴いて見せるっスよ」
咲哉の人間関係について話していた時、笠松は明らかに妙な反応を示していた。
何か秘密があるに違いない、そう推理というには稚拙な考えを持った黄瀬は咲哉を監視する気満々だ。
「…あれ?なんだこれ…何かはみ出て…」
黄瀬の鋭い観察眼は、ちらとロッカーからはみ出る紙のようなものに気が付いた。
思わず引っ張ると、ただのメモ帳だったらしいそれはするりと抜け落ちる。
「うわっと、やべ…、なんか書いてある…?」
咄嗟に拾い上げたそこには、つらつらと文字が書かれていた。
丸文字、独特な癖字。まさかラブレター!?という予想は一瞬でかき消された。
何か、妙に不穏なことが書いてあるような。
「…何してるんだ、黄瀬涼太」
「うわぁ!?」
背後からの声に、黄瀬は一瞬飛び上がった。
慌てて振り返ったそこには、怪訝そうに黄瀬を見上げる咲哉がいる。
隠れて覗くはずが出鼻から大失態だ。いやもはや、それどころではない。
「俺に用か?1年のロッカーはあっちだぞ」
「んなん分かってるっスよ!そ、そーじゃなくて…」
咲哉の表情は普段と何ら変わらない。
それこそ、ロッカーに差し込まれていたものなんて知らないみたいに。
「…や、何でもないっス…。アンタの顔見たかっただけ、的な」
「はぁ。おかしな奴だな」
黄瀬は咄嗟に自身の背に隠した紙を、くしゃとグーの中にしまい込んだ。
知らないなら、知らないままで良い。
この人が、自分のせいで傷付くところなんて見たくない。
そう思っていた黄瀬の目の前で咲哉がロッカーを開く。
途端に複数のノートの切れ端やメモ帳がヒラヒラと落ちた。
「うわっ!?」
再度驚き声を上げた黄瀬に対し、咲哉は予期していたかのように一歩下がった。
ぱさと咲哉の足元に落ちたそれを、やはり何食わぬ顔で拾い上げる。
「…アンタ、それ…それって」
「ん?あぁ、嫌がらせだろ」
「そ…っ、これ、オレのせいじゃないっスか…!オレが、最初アンタの事、うざったがってたから…」
黄瀬は咄嗟に掌のそれを咲哉へと突きつけた。
…変態のくせに…やらしい目で…近付くな…触るな…
それは根拠のない感情的な悪口の数々。しかも黄瀬涼太を理由にしたものばかりだ。
「別にお前のせいじゃない。もっと前からあった事だ」
「で、でも、これ、書いてあんの全部…」
「今はな。ほら、捨てるから返せ」
咲哉は奪うようにメモを黄瀬の手から取った。
慣れた手つきで数回破き、乱暴に握りしめてポケットへと押し込む。
開いたロッカーには、靴を隠すようにまだメモが入っている。
「そんなの…なんで、話してくんなかったんスか…!」
「…どうしてお前に話す必要がある?」
「だってオレのせいだし、そんなの、相談してくれれば力になったのに!」
黄瀬の訴えにも、咲哉は不思議そうに首を傾けた。
邪魔な紙を避けて靴を取り、一度ひっくり返してから足を入れる。
「そんな風に、靴履く時に気ィ遣わなきゃいけない状態になってんのに、なんで言ってくんないんスか…っ」
「お前には関係ないことだろ?」
「か、関係なくねーじゃん!ていうか、そういう事じゃなくって、あ、アンタにとってオレって…ただのモデルでしかないんスか…!?」
淡々とロッカーの中身を回収する咲哉に、黄瀬は自身の胸をどんと拳で叩いた。
今まで共に過ごした時間は、そういう義務的なものではなかったはずだ。
それこそ、悩みの一つや二つ聞いてあげられる友人として。
「お前は、俺のモデルだろう?」
咲哉は怪訝そうに眉を寄せ、黄瀬の目の前を通り過ぎた。
紙の束を掌で押し付けるように丸め、そのままゴミ箱へと投げ捨てる。
「も、モデル、だけど…今はそうだけど、でもそれだけじゃないっスよね…!?もう、そんな関係じゃ」
「何を言ってるんだ。悪い、良く分からない」
ゴミ箱を目の前に振り返った咲哉には、怒りも悲しみもなかった。
自身の事はおろか、黄瀬のことも何とも思っていない。
それが分かり、黄瀬は胸に当てていた手をゆっくりと下ろした。
「…そんな簡単に捨てられるんスか」
「捨てないでどうするんだ?残す意味なんてないだろ」
まるでナイフを突き立てられたかのような衝撃に、黄瀬は数歩後ずさった。
過ごした時間も話した事も何もかも、咲哉の中には残らない。
「ッ!アンタって、やっぱ最低っスね!もう知らねぇ!」
「…黄瀬涼太?」
「その呼び方も!結局壁作ってるだけじゃねーか!」
荒々しい怒りの声に、咲哉の肩がびくりと揺れる。
それでも収まらない苛立ちに、黄瀬は咲哉の背中をどんと掌で押し退けた。
「っ、」
「もうちょっと人の気持ち考えろよ!」
よろけた咲哉が廊下に膝と手をつく。
その様を少しの罪悪感で見下ろしながらも、黄瀬は手を伸ばすことなく大股で通り過ぎた。
「クソ…すげぇ腹立つ…!なんなんだよ馬鹿野郎…」
もう知らない、謝りに来るまで絶対こっちから声かけてやんねぇから。
正体の分からない苛立ちに、黄瀬は一度どかと壁を叩いた。
「…、きせ、」
戸惑うか細い声は、黄瀬の背中に届かない。
咲哉は床についた自身の手を見下ろし、きつく歯を食いしばって項垂れた。
(第六話 終)
追加日:2018/07/16
美術室でのモデルは金にならない。
洒落た服を着込むことも、格好良いポーズを決めることもない。
シナリオもないし、カメラの向こうの誰かなんてのもいない。
酷く地味なその時間、黄瀬はモデルとしてそこにはいなかった。
カメラの代わりに在る、深く鋭い視線。他愛ない話に付き合う気すらない、素っ気ない態度。
それが楽しみで、ただ楽しいだけ。
「楽しいんスよねー。あの、人馴れしてない感じっつか、そこに自分が踏み込んでいける感じっての?」
ぱたんとロッカーを閉じて振り返る。
黄瀬と視線を通わせた森山は、何か得体の知れないものを見るように顔をひきつらせた。
「なんなんだ、この変化は。毒されたのか?」
「ムッ、ぜーんぜん信じてくんないじゃないスか」
「いや…そりゃあな…」
黄瀬に美術室の噂を最初に教えた森山は、相変わらず咲哉を危険人物として捉えているらしい。
何とか理解を得たい黄瀬は腕を組み、ロッカーにとんっと背を預けた。
「確かに変なことには変わりないっスけど…友達もいなそーだし、表情かたいし…」
「ほら、十分おかしな奴じゃないか」
「…友人がいないって事はないんじゃないか?」
唐突に割り込んだ声に、黄瀬と森山が同じ方向へ顔を向ける。
着替えを終えた笠松は、ロッカーの前で神妙な顔をしていた。
「笠松先輩、何か知ってるんスか?」
「い、いや…偶然昇降口で、同級生と話していたのを見たっていうか」
「なーんだ、そんなことっスか!笠松先輩、昇降口は友人だろうがなかろうが一言交わす場所っスよ」
手を振り一言「おはよう」と。
おどけた様子でジェスチャーした黄瀬に対し、笠松は変わらず眉を寄せた。
「…」
「え、な、なんスか?ていうか笠松先輩、どうして朝…部活の後に昇降口行ったんスか?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
明らかに何か言いたそうな顔のまま、笠松は部屋を出ていく。
実直な性格の笠松は基本的に嘘をつく事が得意では無い。
怪しげな態度、動揺しどもった声…それはつまり。
「何か秘密を知ってると見たっス!」
「うん、誰でも出来る推理だな。お前も早く着替えて来いよ」
まるで探偵にでもなった気分で人差し指を立てる。
そんな黄瀬へ向けられる先輩からの視線は、あまりに冷ややかだ。
しかしそれを気にする様子のない黄瀬は、よっしゃと拳を突き上げた。
・・・
キョロキョロと辺りを見渡しつつ、そろりと足を踏み出す。
朝練習の後、黄瀬は再び昇降口を訪れていた。
覗き込むのは普段利用しない2年生のロッカーが並ぶ通路だ。
「っと、あった。ここっスね」
多少人目が気になるものの、ロッカーの名前を辿り歩き、目的地で足を止める。
黄瀬の指の先にあるのは、「鈴木咲哉」というよく知る先輩の名前。
それを指で辿った黄瀬は、登校したての人達からの視線を感じ、体を屈めてから頷いた。
「笠松先輩が何を見たのか、絶対暴いて見せるっスよ」
咲哉の人間関係について話していた時、笠松は明らかに妙な反応を示していた。
何か秘密があるに違いない、そう推理というには稚拙な考えを持った黄瀬は咲哉を監視する気満々だ。
「…あれ?なんだこれ…何かはみ出て…」
黄瀬の鋭い観察眼は、ちらとロッカーからはみ出る紙のようなものに気が付いた。
思わず引っ張ると、ただのメモ帳だったらしいそれはするりと抜け落ちる。
「うわっと、やべ…、なんか書いてある…?」
咄嗟に拾い上げたそこには、つらつらと文字が書かれていた。
丸文字、独特な癖字。まさかラブレター!?という予想は一瞬でかき消された。
何か、妙に不穏なことが書いてあるような。
「…何してるんだ、黄瀬涼太」
「うわぁ!?」
背後からの声に、黄瀬は一瞬飛び上がった。
慌てて振り返ったそこには、怪訝そうに黄瀬を見上げる咲哉がいる。
隠れて覗くはずが出鼻から大失態だ。いやもはや、それどころではない。
「俺に用か?1年のロッカーはあっちだぞ」
「んなん分かってるっスよ!そ、そーじゃなくて…」
咲哉の表情は普段と何ら変わらない。
それこそ、ロッカーに差し込まれていたものなんて知らないみたいに。
「…や、何でもないっス…。アンタの顔見たかっただけ、的な」
「はぁ。おかしな奴だな」
黄瀬は咄嗟に自身の背に隠した紙を、くしゃとグーの中にしまい込んだ。
知らないなら、知らないままで良い。
この人が、自分のせいで傷付くところなんて見たくない。
そう思っていた黄瀬の目の前で咲哉がロッカーを開く。
途端に複数のノートの切れ端やメモ帳がヒラヒラと落ちた。
「うわっ!?」
再度驚き声を上げた黄瀬に対し、咲哉は予期していたかのように一歩下がった。
ぱさと咲哉の足元に落ちたそれを、やはり何食わぬ顔で拾い上げる。
「…アンタ、それ…それって」
「ん?あぁ、嫌がらせだろ」
「そ…っ、これ、オレのせいじゃないっスか…!オレが、最初アンタの事、うざったがってたから…」
黄瀬は咄嗟に掌のそれを咲哉へと突きつけた。
…変態のくせに…やらしい目で…近付くな…触るな…
それは根拠のない感情的な悪口の数々。しかも黄瀬涼太を理由にしたものばかりだ。
「別にお前のせいじゃない。もっと前からあった事だ」
「で、でも、これ、書いてあんの全部…」
「今はな。ほら、捨てるから返せ」
咲哉は奪うようにメモを黄瀬の手から取った。
慣れた手つきで数回破き、乱暴に握りしめてポケットへと押し込む。
開いたロッカーには、靴を隠すようにまだメモが入っている。
「そんなの…なんで、話してくんなかったんスか…!」
「…どうしてお前に話す必要がある?」
「だってオレのせいだし、そんなの、相談してくれれば力になったのに!」
黄瀬の訴えにも、咲哉は不思議そうに首を傾けた。
邪魔な紙を避けて靴を取り、一度ひっくり返してから足を入れる。
「そんな風に、靴履く時に気ィ遣わなきゃいけない状態になってんのに、なんで言ってくんないんスか…っ」
「お前には関係ないことだろ?」
「か、関係なくねーじゃん!ていうか、そういう事じゃなくって、あ、アンタにとってオレって…ただのモデルでしかないんスか…!?」
淡々とロッカーの中身を回収する咲哉に、黄瀬は自身の胸をどんと拳で叩いた。
今まで共に過ごした時間は、そういう義務的なものではなかったはずだ。
それこそ、悩みの一つや二つ聞いてあげられる友人として。
「お前は、俺のモデルだろう?」
咲哉は怪訝そうに眉を寄せ、黄瀬の目の前を通り過ぎた。
紙の束を掌で押し付けるように丸め、そのままゴミ箱へと投げ捨てる。
「も、モデル、だけど…今はそうだけど、でもそれだけじゃないっスよね…!?もう、そんな関係じゃ」
「何を言ってるんだ。悪い、良く分からない」
ゴミ箱を目の前に振り返った咲哉には、怒りも悲しみもなかった。
自身の事はおろか、黄瀬のことも何とも思っていない。
それが分かり、黄瀬は胸に当てていた手をゆっくりと下ろした。
「…そんな簡単に捨てられるんスか」
「捨てないでどうするんだ?残す意味なんてないだろ」
まるでナイフを突き立てられたかのような衝撃に、黄瀬は数歩後ずさった。
過ごした時間も話した事も何もかも、咲哉の中には残らない。
「ッ!アンタって、やっぱ最低っスね!もう知らねぇ!」
「…黄瀬涼太?」
「その呼び方も!結局壁作ってるだけじゃねーか!」
荒々しい怒りの声に、咲哉の肩がびくりと揺れる。
それでも収まらない苛立ちに、黄瀬は咲哉の背中をどんと掌で押し退けた。
「っ、」
「もうちょっと人の気持ち考えろよ!」
よろけた咲哉が廊下に膝と手をつく。
その様を少しの罪悪感で見下ろしながらも、黄瀬は手を伸ばすことなく大股で通り過ぎた。
「クソ…すげぇ腹立つ…!なんなんだよ馬鹿野郎…」
もう知らない、謝りに来るまで絶対こっちから声かけてやんねぇから。
正体の分からない苛立ちに、黄瀬は一度どかと壁を叩いた。
「…、きせ、」
戸惑うか細い声は、黄瀬の背中に届かない。
咲哉は床についた自身の手を見下ろし、きつく歯を食いしばって項垂れた。
(第六話 終)
追加日:2018/07/16