黄瀬と美術室の先輩(黒バス)
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5.意外な過去
放課後の30分。部活の時間が短くなることは、それほど苦ではなかった。
怪しい噂に包まれていた例の男は、話してみると所謂芸術家だなって程度の変人。
今日はどんな話を聴けるだろうかと、黄瀬は楽しさすら見出し始めていた。
「今日は質問考えてきたっスよ!」
「楽しそうだな、お前」
眉を寄せた先輩が心底呆れていることは知っている。
放課後の美術室へ、質問を考えてやって来るのは決まって黄瀬だけだ。
とはいえ、今までの質問はあまりに単純だった。
絵を描く以外の趣味は人間観察。好きな異性のタイプは強いて言えば清楚な人。視力は0.03、一人っ子で生野菜が好き。
少しずつ埋まっていく咲哉のプロフィールは、面白みのないものばかり。
「絵を始めたきっかけが知りたいっス!」
「…なんでだよ」
「だって絵がアンタの生活のほぼ全部じゃん。そのスタートはかなり重大なターニングポイント?っスよね!」
そもそも今までの質問は一問一答、一言で済むようなものだったからつまらなかったのだ。
それに気付いた黄瀬の渾身の質問に、咲哉の態度はあまり変わらなかった。
「貧乏だったからだよ」
短い返答も変わらない。
しかし黄瀬は整合性のなさに首を傾けた。
「ビンボー?なんでそれが理由になるんスか?ていうかそもそも絵だとか芸術的なことって金持ちの嗜みってヤツなんじゃ?」
「それは音楽とか金かかるもんの話だろ。絵はペンと紙があれば誰でも出来る」
咲哉はとんとんと鉛筆の柄で画板を叩いて見せる。
なるほど確かにそうかも。
ちょっとイメージが違うのは、咲哉の描くものがイラストとかお絵かきとは違う本格的なものだからだろう。
「カメラなんて無かったから、紙にして残したってのがきっかけだろうな」
「へぇ!すげードラマ感じる話っスね」
咲哉が「そうか?」と眉を寄せる。
だってビデオカメラがある時代に、わざわざ絵なんて。
黄瀬はそう現代っ子思考を抱いた後、ふと覗き見た咲哉のキャンパスを思い出した。
「あれ?でも人しか描いてないっスよね」
咲哉が描くのは人だけ、しかも顔より下だけだ。
写真の代わりという話には合致しない。そう訝しむ黄瀬に、咲哉は鉛筆の柄で頬をかいた。
「身体測定して毎年身長が変わったら自分の体のどこが変わったのか、気になるだろ」
「あーなるほど…いや、なんないっスけど、それで描き始めたんスか」
「でも毎日変わらないから飽きて、自分以外を描きたくなった。至極真っ当な理由だろ?」
黄瀬は「へぇ…」とあまり納得していない相槌を打った。
何となく経緯としては納得しないでもないが、黄瀬には起こり得ない展開だ。
そして高校で合法的に他人の体が描けるもんだから、こうして美術室を占領する、と。
「つーかオレはともかく笠松先輩にも目ェ付けるんスから、なかなかいい趣味してるっスよね」
「いや、それは違う」
感心するように言った黄瀬に対し、咲哉は小さく首を横に振った。
割と曖昧な態度が多い咲哉にしては、珍しくはっきりとした否定だ。
「お前を描かせて欲しいと交渉していたんだ。初めて見た時から、黄瀬涼太は絶対に描くと決めていたから」
「へ?でも」
黄瀬は予想外の返答にきょとんと目を丸くした。
記憶にあるのは、美術室で脱いだ笠松に触る咲哉の姿。
交渉というには何とも無茶のある光景だ。
「ただの交渉であんなになるとは思えないんスけど…」
「…バスケ部1年のエースの時間を取られたくないと断られた、その代わりに笠松さんが名乗り出てくれたんだよ」
「まさかの立候補!」
そう言われて記憶を遡れば、怪しげな二人の会話にも繋がる部分がある。
「笠松先輩が自分に惚れている」その誤解は、二人が黄瀬涼太を取り合っていたせいで生まれたのだ。
「…ってちょっと待って、初めて見た時からって何スか…?」
珍しく人の話を真剣に聞いていた黄瀬は、椅子から腰を上げて体を突き出した。
うっかり聞き逃しかけたが、何だか凄い恥ずかしい事を言われた気がする。
「なんだよ、聞きたいか?」
「え、聞きたい!聞きたいっス!!」
黄瀬が咲哉と初めて会ったのは、携帯を置き忘れたあの日。
確かに脱いで見せたが、まさかそんな熱烈な心境があったなんて。
「入学式でお前見てから、すごいモデルが現れたと思って目を付けてたんだよ」
「…へ?入学式?」
「なんだよ」
黄瀬は目と口とを大きく開き、ぽすんと椅子へ座り直した。
入学式からあの初対面までは数ヶ月経っている。
黄瀬は暫く呆然と咲哉を見つめ、へらと口を緩ませた。
「うは、なんかすげードキドキしてきた。アンタ、オレのことそんな目で見てたんスね」
「どんな目だと思ってんだよ」
「それであの日の強行なわけだ!」
「急になんだ、変な奴だな」
咲哉の表情は変わらないが、黄瀬はこの状況の貴重さにも気付いていた。
あの咲哉の口数が今日はやけに多い。
絵を描くきっかけ。黄瀬涼太を描くことへの熱意。つまりこのトークテーマは咲哉にとって語りがいのある事なのだ。
「アンタみたいに目の肥えた人に評価されんのは、やっぱいい気するっスよ」
咲哉は「ふうん」と息を漏らすと、いつものように素っ気なく黄瀬から目を逸らした。
「そんで?今どう感じてんスか、オレ描いてて」
「…質問は一つだろ」
「ん~?それ今更言うんスかぁ?」
話過ぎた事に自分でも気付いた咲哉が、気恥ずかしそうに口を結ぶ。
心なしか色付いた顔も初めて見る。
黄瀬はニィッと誇らしげに笑いながら、椅子に背を預けた。
「へへ、アンタ、人間らしいとこあんじゃん」
「…俺をなんだと思ってるんだ」
ぶっちゃけ、宇宙人だと思ってました。本音を飲み込んだ黄瀬の顔は綻んだまま。
そんな黄瀬の視線から逃れるように、咲哉は画板を顔の前まで持ち上げた。
(第五話 終)
追加日:2018/04/01
放課後の30分。部活の時間が短くなることは、それほど苦ではなかった。
怪しい噂に包まれていた例の男は、話してみると所謂芸術家だなって程度の変人。
今日はどんな話を聴けるだろうかと、黄瀬は楽しさすら見出し始めていた。
「今日は質問考えてきたっスよ!」
「楽しそうだな、お前」
眉を寄せた先輩が心底呆れていることは知っている。
放課後の美術室へ、質問を考えてやって来るのは決まって黄瀬だけだ。
とはいえ、今までの質問はあまりに単純だった。
絵を描く以外の趣味は人間観察。好きな異性のタイプは強いて言えば清楚な人。視力は0.03、一人っ子で生野菜が好き。
少しずつ埋まっていく咲哉のプロフィールは、面白みのないものばかり。
「絵を始めたきっかけが知りたいっス!」
「…なんでだよ」
「だって絵がアンタの生活のほぼ全部じゃん。そのスタートはかなり重大なターニングポイント?っスよね!」
そもそも今までの質問は一問一答、一言で済むようなものだったからつまらなかったのだ。
それに気付いた黄瀬の渾身の質問に、咲哉の態度はあまり変わらなかった。
「貧乏だったからだよ」
短い返答も変わらない。
しかし黄瀬は整合性のなさに首を傾けた。
「ビンボー?なんでそれが理由になるんスか?ていうかそもそも絵だとか芸術的なことって金持ちの嗜みってヤツなんじゃ?」
「それは音楽とか金かかるもんの話だろ。絵はペンと紙があれば誰でも出来る」
咲哉はとんとんと鉛筆の柄で画板を叩いて見せる。
なるほど確かにそうかも。
ちょっとイメージが違うのは、咲哉の描くものがイラストとかお絵かきとは違う本格的なものだからだろう。
「カメラなんて無かったから、紙にして残したってのがきっかけだろうな」
「へぇ!すげードラマ感じる話っスね」
咲哉が「そうか?」と眉を寄せる。
だってビデオカメラがある時代に、わざわざ絵なんて。
黄瀬はそう現代っ子思考を抱いた後、ふと覗き見た咲哉のキャンパスを思い出した。
「あれ?でも人しか描いてないっスよね」
咲哉が描くのは人だけ、しかも顔より下だけだ。
写真の代わりという話には合致しない。そう訝しむ黄瀬に、咲哉は鉛筆の柄で頬をかいた。
「身体測定して毎年身長が変わったら自分の体のどこが変わったのか、気になるだろ」
「あーなるほど…いや、なんないっスけど、それで描き始めたんスか」
「でも毎日変わらないから飽きて、自分以外を描きたくなった。至極真っ当な理由だろ?」
黄瀬は「へぇ…」とあまり納得していない相槌を打った。
何となく経緯としては納得しないでもないが、黄瀬には起こり得ない展開だ。
そして高校で合法的に他人の体が描けるもんだから、こうして美術室を占領する、と。
「つーかオレはともかく笠松先輩にも目ェ付けるんスから、なかなかいい趣味してるっスよね」
「いや、それは違う」
感心するように言った黄瀬に対し、咲哉は小さく首を横に振った。
割と曖昧な態度が多い咲哉にしては、珍しくはっきりとした否定だ。
「お前を描かせて欲しいと交渉していたんだ。初めて見た時から、黄瀬涼太は絶対に描くと決めていたから」
「へ?でも」
黄瀬は予想外の返答にきょとんと目を丸くした。
記憶にあるのは、美術室で脱いだ笠松に触る咲哉の姿。
交渉というには何とも無茶のある光景だ。
「ただの交渉であんなになるとは思えないんスけど…」
「…バスケ部1年のエースの時間を取られたくないと断られた、その代わりに笠松さんが名乗り出てくれたんだよ」
「まさかの立候補!」
そう言われて記憶を遡れば、怪しげな二人の会話にも繋がる部分がある。
「笠松先輩が自分に惚れている」その誤解は、二人が黄瀬涼太を取り合っていたせいで生まれたのだ。
「…ってちょっと待って、初めて見た時からって何スか…?」
珍しく人の話を真剣に聞いていた黄瀬は、椅子から腰を上げて体を突き出した。
うっかり聞き逃しかけたが、何だか凄い恥ずかしい事を言われた気がする。
「なんだよ、聞きたいか?」
「え、聞きたい!聞きたいっス!!」
黄瀬が咲哉と初めて会ったのは、携帯を置き忘れたあの日。
確かに脱いで見せたが、まさかそんな熱烈な心境があったなんて。
「入学式でお前見てから、すごいモデルが現れたと思って目を付けてたんだよ」
「…へ?入学式?」
「なんだよ」
黄瀬は目と口とを大きく開き、ぽすんと椅子へ座り直した。
入学式からあの初対面までは数ヶ月経っている。
黄瀬は暫く呆然と咲哉を見つめ、へらと口を緩ませた。
「うは、なんかすげードキドキしてきた。アンタ、オレのことそんな目で見てたんスね」
「どんな目だと思ってんだよ」
「それであの日の強行なわけだ!」
「急になんだ、変な奴だな」
咲哉の表情は変わらないが、黄瀬はこの状況の貴重さにも気付いていた。
あの咲哉の口数が今日はやけに多い。
絵を描くきっかけ。黄瀬涼太を描くことへの熱意。つまりこのトークテーマは咲哉にとって語りがいのある事なのだ。
「アンタみたいに目の肥えた人に評価されんのは、やっぱいい気するっスよ」
咲哉は「ふうん」と息を漏らすと、いつものように素っ気なく黄瀬から目を逸らした。
「そんで?今どう感じてんスか、オレ描いてて」
「…質問は一つだろ」
「ん~?それ今更言うんスかぁ?」
話過ぎた事に自分でも気付いた咲哉が、気恥ずかしそうに口を結ぶ。
心なしか色付いた顔も初めて見る。
黄瀬はニィッと誇らしげに笑いながら、椅子に背を預けた。
「へへ、アンタ、人間らしいとこあんじゃん」
「…俺をなんだと思ってるんだ」
ぶっちゃけ、宇宙人だと思ってました。本音を飲み込んだ黄瀬の顔は綻んだまま。
そんな黄瀬の視線から逃れるように、咲哉は画板を顔の前まで持ち上げた。
(第五話 終)
追加日:2018/04/01