黄瀬と美術室の先輩(黒バス)
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3.楽しい時間の過ごし方
それは射抜くようで、表面を舐めるようでもある。
黄瀬は上裸で椅子に腰掛けたまま、じいとその男を見つめていた。
初めて美術室でモデルを了承してから三日目。
毎日1時間、彼との時間を過ごしている。
その間、眼鏡の奥の瞳は黄瀬を見ているのに、視線は全然交わらない。
カメラの前に立つことには慣れている黄瀬だが、その普段と違う妙な感覚にぶると体を震わせた。
やっぱダメだ、じいっとしていられない。
「…アンタってさぁ…あ、最中って話しかけたらまずいんスか?」
「いや…、何?」
念のためにと確認を取れば、咲哉は目線を変えることなく返答する。
割と何でもありらしい。
多少動いても文句は言わないし、寝てもいい、しゃべってもオッケーと。
「アンタ、いつもこんな感じなんスか?」
「咲哉先輩、だろ」
「そーいうとこは気にするんスね!?」
咲哉の怪訝に歪められた視線が黄瀬の目とようやく交わる。
何故か睨み合うように数秒絡んだ後、咲哉はぱっと目を画板に戻した。
「…で、何?」
「いやだから、いつもこう、そうやって見てるんスか?見てるっつーか、観察してるっつか…」
視線が交わるようで絡まない。それなのに、深く強く見られている。
黄瀬は慣れない状況への緊張感から、すりと足先を擦り合わせた。
「なんかなぁ…不気味っつか…んーなんなんだろ」
「なんだよ、別に普通だろ」
「や、普通じゃないっスよ!?」
黄瀬は違和感の原因を探るべく、やり返すかのように咲哉をじっと見つめた。
例えばそう、彼の外見だ。
深い瞳の色。それから視線の鋭さ、肌の白さ。
別に男の肌になんて興味はないが、普段よく見る男達と違って薄っぺらいのだ。
「文化部って感じー…」
「感じも何もそうだろ」
黒子っちが、こんなだったかなぁ。
何気なく思いを巡らせていた黄瀬は、「あ」と唐突にその違和感に気が付いた。
「それ!それっスよ!なんで服ちゃんと着ないんスか?そんなだから誤解されんじゃん」
改めて確認するまでもなく、咲哉の恰好は明らかにおかしかった。
ワイシャツのボタンを全部外して素肌を見せるなんて、どこぞの芸人がテレビでする異様なスタイルだ。
「…嫌だろ?お前はともかく、体ジロジロ見られんの」
「へ?いやそりゃそうでも、脱ぐのと関係なくね?」
咲哉の視線が再び黄瀬をとらえる。
何を考えているの分からない目だ。黄瀬はそれが、咲哉という男のデフォルトだと既に認識している。
「前にいたんだよ、自分だけ脱ぐのは恥ずかしいって言う人が」
「そ、それで、自分も脱いだんスか?」
「なんだよ」
なら着るけど、と咲哉は何食わぬ顔でシャツのボタンに手をかけた。
上から順番にボタンが止められていく。しゃんと着れば割と普通の先輩だ。
「この方がいいか?」
「そ、そりゃそうっしょ…」
咲哉は「分かった」と呟き、少し胸元をくいと指で引っ張った。
それでもやっぱり何食わぬ顔。
恥ずかしいとか思わないんだろうか。
「やっぱ変っスよ。誤解っつか…誤解の反対ってなんだっけ」
「正解だろ」
「そう!もうアンタの誤解はある意味正解っスよ。だってやっぱ変だし」
うんうんと一人納得したように頷く黄瀬に、咲哉はハァッと溜め込んだ息を吐き出した。
「どう思われようと構わないよ。金欲しさに寄ってこられたらたまったもんじゃない」
「…へ?」
「変な噂が出回ってれば、近付いて来る馬鹿が減るだろ」
変な噂。例えば男を狙う変態がいるとか。近付くと脱がせて来るとか。
実際に黄瀬が美術室を嫌煙した原因だ。
それが、咲哉には牽制として丁度良いのだろう。
「…って、なんかオレも馬鹿にされた気分なんスけど。なんスか、オレは噂を間に受けて近寄らない馬鹿?」
「別に何も言ってないだろ」
真面目そうな印象とは裏腹に、態度や姿勢は割と砕けている。
でもやっぱり根はクソ真面目で、少し常識離れしている。
その他に、彼について知っている事は無い。
「…そーだ。はい!いい事考えた!」
そう言うと同時に、黄瀬はばっと手を高々挙げた。
「一日一個、お互いのこと質問し合うのどっスか!?オレ等って互いのこと全然知らないじゃないスか。それがやっぱ良くないんスよ」
咲哉がゆっくりと顔を上げる。
心なしか驚いたように見開いた目が黄瀬をとらえた。
「……はあ」
「じゃあまずオレから一個目っスね。あ、一日一個ってのは、楽しみを次回にとっておくって意味で重要なんスよ」
「解説どうも」
ノリの悪い友人には慣れている。
黄瀬は興味の無さそうな先輩には気を止めず、
自然と前のめりになっていた体を正してから天井に視線を向けた。
「咲哉センパイのー…」
んーどうしようかな。
黄瀬は一度口を閉じて、ありがちな質問を頭に巡らせた。
誕生日なんて興味ないし、血液型もどうでもいい。
得意教科?家族構成?視力?どれもあまりしっくりこない。
「…、実際のとこ、恋愛対象ってどっち…?とか…」
そうして口をついた疑問は、割と一番興味のあるものだった。
質問の意図を察した咲哉が画材を少し下ろす。
ごくり。喉を鳴らして回答を待つ黄瀬の前で、咲哉の口が薄く開かれた。
「さあ」
その答えは、たった一言で終わったらしい。
「……は?いやいや、曖昧なのはナシっスよ」
「曖昧も何も、人に対してそういう感情を抱いたことがないから分からない」
「…ない?ってじゃあ、初恋とかまだな感じ!?」
馬鹿にしたような黄瀬の反応に、咲哉の眉が少し中心に寄る。
しかしそれ以上の反応は引き出せず、咲哉はくると鉛筆を回して作業に戻った。
当然、一つ質問を無駄にした黄瀬には面白くない展開だ。
「もー、オレの質問一個無駄になっちゃうじゃないスか」
「悪かったな」
「でも男の身体が好きだから描きたいんじゃねーの?」
「俺は綺麗なものを描きたいだけだ」
黄瀬の落ち着かず揺れていた足が止まった。
視線の先にいる咲哉は、相変わらず黙々と黄瀬を描いている。
綺麗なもの。
女じゃなくて男の体を「綺麗」などと思っている時点で答えは一つなんじゃないか、と。
「…一応言っておくけど、女を描かないのは、それはやばいって分かってるからだからな」
「へ?あー、はは。何考えてるか分かったんスか?」
「お前は分かりやすいんだよ」
咲哉の鉛筆の先が黄瀬を指す。
その眼鏡の下の目元が、どことなく優しく緩んだ。なんか、センパイって感じの顔。
そんな些細な変化が少し嬉しくて、黄瀬はにんまりと口を吊り上げた。
「アンタからの質問は?今ならなーんでも受けるっスよ?」
「…、ああ…なら、どうして引き受けた?」
「うわ。つまんねー質問。アンタが変だから。以上」
興味なさげに、ふうんと漏らした咲哉が黄瀬の体を見つめる。
綺麗だと、そう思いながら見ているのだろうか。
黄瀬はやっぱり落ち着かないむず痒さを覚えて、視線を窓の外に移した。
「変過ぎて面白いっスよ」
こんなに変なのに堂々としてるとことか。
誰かさんに似てる表情筋のなさとか。
一人浮かべる含み笑いにも、咲哉は表情を崩さなかった。
・・・
きっかり一時間、役目を終えた黄瀬は部活動へ合流していた。
バスケ部の先輩達は黄瀬の事情を分かっている。
だからこそだろう。部室から出てきた黄瀬に気付いた森山は、訝しげに眉を寄せた。
「…お前、なんか楽しそうだな?」
「へ?」
森山からの問いかけに、黄瀬は自分の頬を掌で覆う。
口角が上がっている。美術室からここまで、ずっとこのままだ。
「いや、案外楽しいんスよ!ていうか、あの人面白くって」
「お前も毒されたのか…」
「な、なんスか毒されたって…まぁ確かにノーマルとは言えない人っスけど…」
黄瀬の余計な一言に、一層森山の顔が険しくなる。
森山の中にある咲哉の像は、どこまでも変態ホモ野郎であるらしい。
「絵はすげぇ上手いし、芸術家脳?がちょっと変態ぽいだけで」
「随分庇うじゃないか」
「いやだって誤解は良くないじゃないっスか…」
ホントはやな奴じゃないのに。
そう言いかけて、黄瀬ははっと口を噤んだ。
咲哉的にはそれでいいんだっけか、と。
「まぁ…オレもまだよく知らないっスけど…」
「だろ?そんな得体の知れないのと1時間二人きりなんて…よく耐えられるもんだよ」
「はは、」
黄瀬は乾いた笑いで誤魔化しながら、腕を伸ばして一息ついた。
確かに得体はまだ知れたもんじゃないし、会話だって弾むわけでもない。
「…でもあの人、ただ自分に正直なだけなんスよ…」
「ん?何か言ったか?」
「何でもないっス!ていうかそこにいるんならストレッチ付き合ってくださいよ!」
「…」
「めんどくさがってる!」
恐らく黄瀬を心配して声をかけただったのだろう森山は、いそいそと練習へ戻って行く。
体育館の端で一人体を伸ばす黄瀬は、美術室のある方角へ目を向けた。
そう、あの人には裏表がない。
黄瀬が好ましく思う人達と同じ、真っ直ぐ自分のやりたい事を見つめている人だ。
「そっか…だからなんか居心地良いんだ」
だから、誰も知らないあの人に近付けるのが嬉しいんだ。
納得したのと同時に、胸に残る悔しさ。
やっぱ何も知らない人達にあることないこと言われんのって癪だ。
何とかできたらなぁ。
ぼんやり考えていた黄瀬は、顔面でボールをキャッチした。
(第三話 終)
追加日:2018/02/04
それは射抜くようで、表面を舐めるようでもある。
黄瀬は上裸で椅子に腰掛けたまま、じいとその男を見つめていた。
初めて美術室でモデルを了承してから三日目。
毎日1時間、彼との時間を過ごしている。
その間、眼鏡の奥の瞳は黄瀬を見ているのに、視線は全然交わらない。
カメラの前に立つことには慣れている黄瀬だが、その普段と違う妙な感覚にぶると体を震わせた。
やっぱダメだ、じいっとしていられない。
「…アンタってさぁ…あ、最中って話しかけたらまずいんスか?」
「いや…、何?」
念のためにと確認を取れば、咲哉は目線を変えることなく返答する。
割と何でもありらしい。
多少動いても文句は言わないし、寝てもいい、しゃべってもオッケーと。
「アンタ、いつもこんな感じなんスか?」
「咲哉先輩、だろ」
「そーいうとこは気にするんスね!?」
咲哉の怪訝に歪められた視線が黄瀬の目とようやく交わる。
何故か睨み合うように数秒絡んだ後、咲哉はぱっと目を画板に戻した。
「…で、何?」
「いやだから、いつもこう、そうやって見てるんスか?見てるっつーか、観察してるっつか…」
視線が交わるようで絡まない。それなのに、深く強く見られている。
黄瀬は慣れない状況への緊張感から、すりと足先を擦り合わせた。
「なんかなぁ…不気味っつか…んーなんなんだろ」
「なんだよ、別に普通だろ」
「や、普通じゃないっスよ!?」
黄瀬は違和感の原因を探るべく、やり返すかのように咲哉をじっと見つめた。
例えばそう、彼の外見だ。
深い瞳の色。それから視線の鋭さ、肌の白さ。
別に男の肌になんて興味はないが、普段よく見る男達と違って薄っぺらいのだ。
「文化部って感じー…」
「感じも何もそうだろ」
黒子っちが、こんなだったかなぁ。
何気なく思いを巡らせていた黄瀬は、「あ」と唐突にその違和感に気が付いた。
「それ!それっスよ!なんで服ちゃんと着ないんスか?そんなだから誤解されんじゃん」
改めて確認するまでもなく、咲哉の恰好は明らかにおかしかった。
ワイシャツのボタンを全部外して素肌を見せるなんて、どこぞの芸人がテレビでする異様なスタイルだ。
「…嫌だろ?お前はともかく、体ジロジロ見られんの」
「へ?いやそりゃそうでも、脱ぐのと関係なくね?」
咲哉の視線が再び黄瀬をとらえる。
何を考えているの分からない目だ。黄瀬はそれが、咲哉という男のデフォルトだと既に認識している。
「前にいたんだよ、自分だけ脱ぐのは恥ずかしいって言う人が」
「そ、それで、自分も脱いだんスか?」
「なんだよ」
なら着るけど、と咲哉は何食わぬ顔でシャツのボタンに手をかけた。
上から順番にボタンが止められていく。しゃんと着れば割と普通の先輩だ。
「この方がいいか?」
「そ、そりゃそうっしょ…」
咲哉は「分かった」と呟き、少し胸元をくいと指で引っ張った。
それでもやっぱり何食わぬ顔。
恥ずかしいとか思わないんだろうか。
「やっぱ変っスよ。誤解っつか…誤解の反対ってなんだっけ」
「正解だろ」
「そう!もうアンタの誤解はある意味正解っスよ。だってやっぱ変だし」
うんうんと一人納得したように頷く黄瀬に、咲哉はハァッと溜め込んだ息を吐き出した。
「どう思われようと構わないよ。金欲しさに寄ってこられたらたまったもんじゃない」
「…へ?」
「変な噂が出回ってれば、近付いて来る馬鹿が減るだろ」
変な噂。例えば男を狙う変態がいるとか。近付くと脱がせて来るとか。
実際に黄瀬が美術室を嫌煙した原因だ。
それが、咲哉には牽制として丁度良いのだろう。
「…って、なんかオレも馬鹿にされた気分なんスけど。なんスか、オレは噂を間に受けて近寄らない馬鹿?」
「別に何も言ってないだろ」
真面目そうな印象とは裏腹に、態度や姿勢は割と砕けている。
でもやっぱり根はクソ真面目で、少し常識離れしている。
その他に、彼について知っている事は無い。
「…そーだ。はい!いい事考えた!」
そう言うと同時に、黄瀬はばっと手を高々挙げた。
「一日一個、お互いのこと質問し合うのどっスか!?オレ等って互いのこと全然知らないじゃないスか。それがやっぱ良くないんスよ」
咲哉がゆっくりと顔を上げる。
心なしか驚いたように見開いた目が黄瀬をとらえた。
「……はあ」
「じゃあまずオレから一個目っスね。あ、一日一個ってのは、楽しみを次回にとっておくって意味で重要なんスよ」
「解説どうも」
ノリの悪い友人には慣れている。
黄瀬は興味の無さそうな先輩には気を止めず、
自然と前のめりになっていた体を正してから天井に視線を向けた。
「咲哉センパイのー…」
んーどうしようかな。
黄瀬は一度口を閉じて、ありがちな質問を頭に巡らせた。
誕生日なんて興味ないし、血液型もどうでもいい。
得意教科?家族構成?視力?どれもあまりしっくりこない。
「…、実際のとこ、恋愛対象ってどっち…?とか…」
そうして口をついた疑問は、割と一番興味のあるものだった。
質問の意図を察した咲哉が画材を少し下ろす。
ごくり。喉を鳴らして回答を待つ黄瀬の前で、咲哉の口が薄く開かれた。
「さあ」
その答えは、たった一言で終わったらしい。
「……は?いやいや、曖昧なのはナシっスよ」
「曖昧も何も、人に対してそういう感情を抱いたことがないから分からない」
「…ない?ってじゃあ、初恋とかまだな感じ!?」
馬鹿にしたような黄瀬の反応に、咲哉の眉が少し中心に寄る。
しかしそれ以上の反応は引き出せず、咲哉はくると鉛筆を回して作業に戻った。
当然、一つ質問を無駄にした黄瀬には面白くない展開だ。
「もー、オレの質問一個無駄になっちゃうじゃないスか」
「悪かったな」
「でも男の身体が好きだから描きたいんじゃねーの?」
「俺は綺麗なものを描きたいだけだ」
黄瀬の落ち着かず揺れていた足が止まった。
視線の先にいる咲哉は、相変わらず黙々と黄瀬を描いている。
綺麗なもの。
女じゃなくて男の体を「綺麗」などと思っている時点で答えは一つなんじゃないか、と。
「…一応言っておくけど、女を描かないのは、それはやばいって分かってるからだからな」
「へ?あー、はは。何考えてるか分かったんスか?」
「お前は分かりやすいんだよ」
咲哉の鉛筆の先が黄瀬を指す。
その眼鏡の下の目元が、どことなく優しく緩んだ。なんか、センパイって感じの顔。
そんな些細な変化が少し嬉しくて、黄瀬はにんまりと口を吊り上げた。
「アンタからの質問は?今ならなーんでも受けるっスよ?」
「…、ああ…なら、どうして引き受けた?」
「うわ。つまんねー質問。アンタが変だから。以上」
興味なさげに、ふうんと漏らした咲哉が黄瀬の体を見つめる。
綺麗だと、そう思いながら見ているのだろうか。
黄瀬はやっぱり落ち着かないむず痒さを覚えて、視線を窓の外に移した。
「変過ぎて面白いっスよ」
こんなに変なのに堂々としてるとことか。
誰かさんに似てる表情筋のなさとか。
一人浮かべる含み笑いにも、咲哉は表情を崩さなかった。
・・・
きっかり一時間、役目を終えた黄瀬は部活動へ合流していた。
バスケ部の先輩達は黄瀬の事情を分かっている。
だからこそだろう。部室から出てきた黄瀬に気付いた森山は、訝しげに眉を寄せた。
「…お前、なんか楽しそうだな?」
「へ?」
森山からの問いかけに、黄瀬は自分の頬を掌で覆う。
口角が上がっている。美術室からここまで、ずっとこのままだ。
「いや、案外楽しいんスよ!ていうか、あの人面白くって」
「お前も毒されたのか…」
「な、なんスか毒されたって…まぁ確かにノーマルとは言えない人っスけど…」
黄瀬の余計な一言に、一層森山の顔が険しくなる。
森山の中にある咲哉の像は、どこまでも変態ホモ野郎であるらしい。
「絵はすげぇ上手いし、芸術家脳?がちょっと変態ぽいだけで」
「随分庇うじゃないか」
「いやだって誤解は良くないじゃないっスか…」
ホントはやな奴じゃないのに。
そう言いかけて、黄瀬ははっと口を噤んだ。
咲哉的にはそれでいいんだっけか、と。
「まぁ…オレもまだよく知らないっスけど…」
「だろ?そんな得体の知れないのと1時間二人きりなんて…よく耐えられるもんだよ」
「はは、」
黄瀬は乾いた笑いで誤魔化しながら、腕を伸ばして一息ついた。
確かに得体はまだ知れたもんじゃないし、会話だって弾むわけでもない。
「…でもあの人、ただ自分に正直なだけなんスよ…」
「ん?何か言ったか?」
「何でもないっス!ていうかそこにいるんならストレッチ付き合ってくださいよ!」
「…」
「めんどくさがってる!」
恐らく黄瀬を心配して声をかけただったのだろう森山は、いそいそと練習へ戻って行く。
体育館の端で一人体を伸ばす黄瀬は、美術室のある方角へ目を向けた。
そう、あの人には裏表がない。
黄瀬が好ましく思う人達と同じ、真っ直ぐ自分のやりたい事を見つめている人だ。
「そっか…だからなんか居心地良いんだ」
だから、誰も知らないあの人に近付けるのが嬉しいんだ。
納得したのと同時に、胸に残る悔しさ。
やっぱ何も知らない人達にあることないこと言われんのって癪だ。
何とかできたらなぁ。
ぼんやり考えていた黄瀬は、顔面でボールをキャッチした。
(第三話 終)
追加日:2018/02/04