名前が変更できます。
夏目貴志(夏目友人帳)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
7.愛
夏目貴志の日常は、基本的に穏やかでは済まない。
夏目レイコという祖母が残した友人帳を狙われ、そうでなくとも妖が見える。
とにかく日々妖がらみの問題が起こるものだから、何も起こらない静かな日常は割と貴重だった。
「…今日、なんか静かだったな…」
平和なのを良い事に、学校の課題を始めて暫く。
珍しく集中して机に向かっていた夏目は、ふと顔を上げて時計を見るまで、日が暮れ始めていることにも気が付かなかった。
「もうこんな時間か…」
ずいぶん時間がかかってしまったが、これで一週間分の学生としてのノルマは達成出来たろう。
欠伸と同時に腕を伸ばして一息つく。
そして振り返った夏目は、この日がやけに静かだった正体にようやく気が付いた。
「なあ、ニャンコ先生」
「ん?終わったのか夏目。ずいぶん集中しておったな」
「そう、なんだけど…。今日一日、黒を見てなくないか?」
どこに行ったか知らないか?と聞くつもりだったが、ニャンコ先生は体を起こすなりキョロキョロと辺りを見渡した。
その姿はまさにさっきの夏目に動作とそっくりだ。
「知らないのか…」
「なんだその、がっかりしたような顔は」
出会ってすぐの頃なら何とも思わなかったろう。
しかし、最近のすっかり丸くなった黒は、何も言わずにいなくなるだとかいう勝手な行動はとらなかった。
「…ちょっと、心配だな」
「心配?奴はあれでも妖だぞ。何を心配するというのだ夏目」
「アイツは…だって、少し違うだろ…。体なんか、ほとんどおれと変わらないし…」
とはいえ、心配だったからと外に出れば、黒は逆に迷惑だと怒るかもしれない。
しかしこのまま待っているのもなんだか落ち着かない。
部屋の中、行ったり来たりを繰り返す。
そんな夏目を見上げていたニャンコ先生は、やれやれと重そうな体を起き上がらせた。
「…全く仕方ないな。少し様子を見てくるから、夏目はここで待っておれ」
かららと器用に窓を開け、ぴょんと外へ飛び出す。
と思いきや、すぐさま転がり戻ってきたニャンコ先生に、夏目は「えっ」と小さく声を上げていた。
「先生…って、あれ、黒!?」
窓枠にひょいとかけられた足は黒のものだった。
行き違わなくて良かった、と安堵したのは一瞬だけ。
「黒、どうしたんだ!?」
思わず伸ばした夏目の腕に、黒の体がぽすんと倒れ込む。
顔色が悪く、息が細い。着物はところどころ破け、その隙間から見える肌には無数の傷が見えた。
「おい、黒…っ」
「なんだ?一体何があった?」
「すまない夏目…ヘマを、…」
夏目の肩に乗せられた手が、するりと服を辿って畳へと落ちる。
そのあまりの弱弱しさに、夏目は自分よりも大きな体をぎゅっと抱きしめた。
「黒!」
「悪い…少し、休ませてくれ……」
口を開くのも辛いのか、そのまま脱力した体がずしりと重くなる。
夏目は小さく「うわ」と声を漏らしながらも、壁に寄りかかり黒を支えた。
「夏目、とりあえずそこの布団に寝かせるといい」
「あ、ああ…」
ニャンコ先生に言われるがまま、出しっぱなしだった布団に黒を引っ張る。
そこに横たわせて見下ろすと、途端に痛々しさが目に付いた。
「…黒…どうして」
「そういえば最近この周りをうろついている妖がいたな。そいつの退治でもしに行っていたのか?」
「退治って…一人でそんな無茶を…」
人と変わらない肌に残る赤、顔色もいつもより悪く見える。
夏目はきゅっと唇を噛み、息を震わせながら膝をついた。
「おい、黒…っ」
「無茶ではないはずだった…油断した、すまん夏目…」
「な、なんで謝るんだよ。おれの為にしてくれたんだろ…?」
夏目の声に、返ってくる反応はない。
意識を失ったのか、か細い呼吸だけが薄く開かれた口から零れている。
「…黒」
気が強く、どちらかといえば横暴で乱暴。
そんな黒がこれほどに弱った姿を見るのは初めてだった。
一度精気を吸うのを拒んだ時期にも似たような姿があったが、それとは違う。
「せ、先生…黒は、し、死んだりしないよな…?」
「さてな。弱い妖ではないはずだが…あの程度の妖にやられて戻ってくるとは」
ニャンコ先生には黒を攻撃した相手の心当たりがあるのだろう。
しかし夏目には想像すらできなかった。あの程度、とはどの程度だ。
「なあ、先生から見て黒は…強い妖、なのか?」
「ん?」
「妖にも強いとか、弱いとか…あるんだろ?」
夏目の問いに、ニャンコ先生が「当然だろう!」と胸を張る。
ニャンコ先生が自信満々なのは、自分の強さを誇っているからだ。
「じゃあ、黒は?」
「これの場合は特殊だからな、なんとも言えんが…。少なくとも、初めて見た時より存在が霞んでいるな」
「それってどういう…」
「夏目と共にいることで、妖である自分を失いかけている。というより、こやつが人間になりたがっておるのだろうな」
ニャンコ先生の言葉に、夏目はよく分からないながらも納得していた。
初めて会ったときよりも、黒の圧倒する程の存在感がなくなっているのは確かだ。
慣れたからとか、そんなレベルではない。
「……おれのせい、か」
「何、こうなることを望んだ上だ。今回のことでこやつも学んだろう」
夏目が気にすることではないぞと、ニャンコ先生が笑いながら言う。
それでも、夏目は黒から目を逸らさなかった。
「…黒…」
黒はいつも、さり気なく気遣ってくれた。
必要以上に夏目の視界に入ろうとしない。視界に入り込む時には、たいてい人間の姿をしている。
それも全部、妖が見えることで苦労してきた夏目を思ってのことに違いない。
「おれも…何か…」
何か返したい。
傷の出来た肌を指でなぞり、頭のすみで手当てをしなきゃとぼんやり考える。
手当。夏目ははっとしてニャンコ先生を振り返った。
「……、ニャンコ先生、少し…外の見回り、お願い出来ないか?」
「何だ急に、怪しい気配はない。こやつが退治したというのは恐らく間違いないぞ」
「先生…」
声が震えたかもしれない。頬が、赤かったかもしれない。
それを極力抑え込んでニャンコ先生を見つめる。
ニャンコ先生はむうと一度唸ってから重そうなお尻を持ち上げた。
「仕方ない、久しぶりに旧友と酒盛りでもしてくるかの」
戻るのは朝になるかもしれん。
そう言いながら再び窓に手をかけたニャンコ先生は、一度ちらと夏目を振り返った。
「塔子に気付かれないようにな」
その全て分かりきったかのような言葉に、赤らんだ頬を手で隠す。
既に夕暮れのオレンジが差し込む窓に、カーテンが微かに揺れるだけ。
くそ、ニャンコ先生の癖に。
夏目は立ち上がり窓をぴしゃと閉めると、自分の頬を両手で叩き、改めて黒に近付いた。
苦しい。胸が焼けそうだし顔からは火が出そうだ。
「黒…おれ、おれも、黒のために、何でもしてあげたいよ」
そう言いながら膝をつき、黒に顔を近付ける。
そのまま唇を唇へと重ね、いつも黒がするように舌を口の隙間から入り込ませた。
「ん…」
夏目が自らこのような行動に出るのは初めてだ。
たとえこれが“そういうつもり”の行為でないにしても、体は勝手に熱くなる。
いつものように、頬に触れて、腕を回して求めて欲しい。
「黒…」
名前を呼んで、もう一度口付ける。
自分の気力を与えるように、息を吹き込むように、求めてくれない舌に舌を当てた。
「っ、…頼む、黒…」
「ん…夏目」
ふと、鼻を冷たい息が掠め、夏目はぱっと顔を離した。
黒の目が薄らと開いている。
その揺らぐ瞳には夏目がしっかりと捕えられていた。
「黒、良かった。体は大丈夫か?」
「ああ、少し…楽になった。けど、今は駄目だ、夏目」
「え?」
「今…こういうことをするのは駄目だ」
まだ力ない腕が、必死に夏目の胸を押し返す。
哀しいほどに弱弱しい。
夏目はその手を掴み握り締めると、身を乗り出して黒を覗き込んだ。
「…どうして駄目なんだ?」
「今の俺は…お前を貪り食ってしまう」
「いいよ。黒は妖なんだから…弱ってるならおれを食わないと」
「馬鹿言うな…」
呆れたように目を細め、夏目にも分かるように顔を逸らす。
いつもこうだ。理性を打ち砕く前に、妖としての能力が邪魔をする。
夏目はごくりと唾を呑み、黒の頬へ掌を重ねた。
ぐいと力を入れて、黒の顔を自分の方へと向かせる。
「おれが…黒に食べられたい、んだって言ったら…?」
「は?」
「黒に求められたいんだ。妖としてでもいいから…」
恐る恐る、けれどはっきりと夏目はそう告げた。
その言葉に目を見開いた黒は、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。
「夏目…」
「あ、無茶するなって…うわ!?」
色気の無い声を上げた夏目は、ぽすんと布団に倒されていた。
柔らかな夏目の髪は布団の上で無造作に乱れ、覆いかぶさるように手を布団についた黒が夏目の頭を撫でている。
「黒…?」
「夏目を抱いてしまいたい…。でも今は…喰らいすぎてしまいそうで怖いんだよ」
真っ直ぐな黒の言葉に、夏目の顔は一気に赤く染まった。
いくらそういう経験のない夏目でも、黒が何を求めているか分かる。
「自分で自分を制御できる自信が無い…特に今は…弱っているから、余計にだ」
「いいよ」
「だから…っ、どうして夏目は俺をそこまで信用出来る…。好きだとか言っても俺は」
俺は妖だから、そう続けるつもりだった口に、夏目の指が重なった。
こんなにも愛されている。そしてそのせいで黒ばかりが辛い思いをする。
「おれだって黒が好きだ。だから…黒を、おれのせいで苦しめるのは嫌だ」
「そんなの、」
「それに…黒に食われるなら、いいよ。全然おれ、大丈夫だから」
大丈夫だから、抱いて、いいから。
そう声にならないくらい小さく口を動かす。
それが聞こえたのか、それとも何か感じただけなのか、黒は夏目の首筋に唇を寄せた。
「夏目…本当に…いいのか?後悔しないか?」
「いいよ。最初みたいに、好きなように…。おれ男だし、そんな柔じゃないって」
「ふ…男だし、か。男なんだから、嫌がるのが普通だろう」
ようやく笑みをこぼした黒の息が、夏目の肌に触れる。
そのまま舌で首を舐められ驚いたのも束の間、夏目は直後襲い掛かった痛みに歯を食いしばった。
「いっ…!」
「悪い夏目…少し、乱暴にしてしまいそうだ…」
「い…、いいって言っただろ」
首に滲む血を、黒の舌がすくいあげる。
それと同時に黒の手が服の下に入り込み、夏目は無意識に体を固くして黒の腕を掴んだ。
けれど、もう黒は止まらない。
こうなることを望んだのは夏目だ。
「っ…黒…」
触られたことの無い場所を貪る手に、甘い声が零れる。
知らない感覚に、声を押さえる術も分からない。
「ごめん、おれ…変な、声が」
「変なわけないだろ。可愛いな、夏目…」
可愛い、なんて、嬉しいはずがない言葉に、胸の奥がじわと熱くなる。
夏目は目に涙を浮かべながらも、黒の背中にぎゅっと手を回した。
知らないことをいっぱい教え込まれる。
恥ずかしいことをさせられる。
全部分かっても黒を思う気持ちは変わらなかった。
「黒、…おれの前からいなくならないでくれ」
「夏目…」
「そ、その…ほら、あ、…愛してるから」
「馬鹿、もう煽るな…」
全身が密着して、全て黒に吸い取られる間隔に体が震える。
恐怖じゃない。緊張でもない。
求められる快感に興奮して、夏目は口から熱い吐息を零した。
(第七話・終)
追加日:2017/11/10
移動前:2016/05/22
夏目貴志の日常は、基本的に穏やかでは済まない。
夏目レイコという祖母が残した友人帳を狙われ、そうでなくとも妖が見える。
とにかく日々妖がらみの問題が起こるものだから、何も起こらない静かな日常は割と貴重だった。
「…今日、なんか静かだったな…」
平和なのを良い事に、学校の課題を始めて暫く。
珍しく集中して机に向かっていた夏目は、ふと顔を上げて時計を見るまで、日が暮れ始めていることにも気が付かなかった。
「もうこんな時間か…」
ずいぶん時間がかかってしまったが、これで一週間分の学生としてのノルマは達成出来たろう。
欠伸と同時に腕を伸ばして一息つく。
そして振り返った夏目は、この日がやけに静かだった正体にようやく気が付いた。
「なあ、ニャンコ先生」
「ん?終わったのか夏目。ずいぶん集中しておったな」
「そう、なんだけど…。今日一日、黒を見てなくないか?」
どこに行ったか知らないか?と聞くつもりだったが、ニャンコ先生は体を起こすなりキョロキョロと辺りを見渡した。
その姿はまさにさっきの夏目に動作とそっくりだ。
「知らないのか…」
「なんだその、がっかりしたような顔は」
出会ってすぐの頃なら何とも思わなかったろう。
しかし、最近のすっかり丸くなった黒は、何も言わずにいなくなるだとかいう勝手な行動はとらなかった。
「…ちょっと、心配だな」
「心配?奴はあれでも妖だぞ。何を心配するというのだ夏目」
「アイツは…だって、少し違うだろ…。体なんか、ほとんどおれと変わらないし…」
とはいえ、心配だったからと外に出れば、黒は逆に迷惑だと怒るかもしれない。
しかしこのまま待っているのもなんだか落ち着かない。
部屋の中、行ったり来たりを繰り返す。
そんな夏目を見上げていたニャンコ先生は、やれやれと重そうな体を起き上がらせた。
「…全く仕方ないな。少し様子を見てくるから、夏目はここで待っておれ」
かららと器用に窓を開け、ぴょんと外へ飛び出す。
と思いきや、すぐさま転がり戻ってきたニャンコ先生に、夏目は「えっ」と小さく声を上げていた。
「先生…って、あれ、黒!?」
窓枠にひょいとかけられた足は黒のものだった。
行き違わなくて良かった、と安堵したのは一瞬だけ。
「黒、どうしたんだ!?」
思わず伸ばした夏目の腕に、黒の体がぽすんと倒れ込む。
顔色が悪く、息が細い。着物はところどころ破け、その隙間から見える肌には無数の傷が見えた。
「おい、黒…っ」
「なんだ?一体何があった?」
「すまない夏目…ヘマを、…」
夏目の肩に乗せられた手が、するりと服を辿って畳へと落ちる。
そのあまりの弱弱しさに、夏目は自分よりも大きな体をぎゅっと抱きしめた。
「黒!」
「悪い…少し、休ませてくれ……」
口を開くのも辛いのか、そのまま脱力した体がずしりと重くなる。
夏目は小さく「うわ」と声を漏らしながらも、壁に寄りかかり黒を支えた。
「夏目、とりあえずそこの布団に寝かせるといい」
「あ、ああ…」
ニャンコ先生に言われるがまま、出しっぱなしだった布団に黒を引っ張る。
そこに横たわせて見下ろすと、途端に痛々しさが目に付いた。
「…黒…どうして」
「そういえば最近この周りをうろついている妖がいたな。そいつの退治でもしに行っていたのか?」
「退治って…一人でそんな無茶を…」
人と変わらない肌に残る赤、顔色もいつもより悪く見える。
夏目はきゅっと唇を噛み、息を震わせながら膝をついた。
「おい、黒…っ」
「無茶ではないはずだった…油断した、すまん夏目…」
「な、なんで謝るんだよ。おれの為にしてくれたんだろ…?」
夏目の声に、返ってくる反応はない。
意識を失ったのか、か細い呼吸だけが薄く開かれた口から零れている。
「…黒」
気が強く、どちらかといえば横暴で乱暴。
そんな黒がこれほどに弱った姿を見るのは初めてだった。
一度精気を吸うのを拒んだ時期にも似たような姿があったが、それとは違う。
「せ、先生…黒は、し、死んだりしないよな…?」
「さてな。弱い妖ではないはずだが…あの程度の妖にやられて戻ってくるとは」
ニャンコ先生には黒を攻撃した相手の心当たりがあるのだろう。
しかし夏目には想像すらできなかった。あの程度、とはどの程度だ。
「なあ、先生から見て黒は…強い妖、なのか?」
「ん?」
「妖にも強いとか、弱いとか…あるんだろ?」
夏目の問いに、ニャンコ先生が「当然だろう!」と胸を張る。
ニャンコ先生が自信満々なのは、自分の強さを誇っているからだ。
「じゃあ、黒は?」
「これの場合は特殊だからな、なんとも言えんが…。少なくとも、初めて見た時より存在が霞んでいるな」
「それってどういう…」
「夏目と共にいることで、妖である自分を失いかけている。というより、こやつが人間になりたがっておるのだろうな」
ニャンコ先生の言葉に、夏目はよく分からないながらも納得していた。
初めて会ったときよりも、黒の圧倒する程の存在感がなくなっているのは確かだ。
慣れたからとか、そんなレベルではない。
「……おれのせい、か」
「何、こうなることを望んだ上だ。今回のことでこやつも学んだろう」
夏目が気にすることではないぞと、ニャンコ先生が笑いながら言う。
それでも、夏目は黒から目を逸らさなかった。
「…黒…」
黒はいつも、さり気なく気遣ってくれた。
必要以上に夏目の視界に入ろうとしない。視界に入り込む時には、たいてい人間の姿をしている。
それも全部、妖が見えることで苦労してきた夏目を思ってのことに違いない。
「おれも…何か…」
何か返したい。
傷の出来た肌を指でなぞり、頭のすみで手当てをしなきゃとぼんやり考える。
手当。夏目ははっとしてニャンコ先生を振り返った。
「……、ニャンコ先生、少し…外の見回り、お願い出来ないか?」
「何だ急に、怪しい気配はない。こやつが退治したというのは恐らく間違いないぞ」
「先生…」
声が震えたかもしれない。頬が、赤かったかもしれない。
それを極力抑え込んでニャンコ先生を見つめる。
ニャンコ先生はむうと一度唸ってから重そうなお尻を持ち上げた。
「仕方ない、久しぶりに旧友と酒盛りでもしてくるかの」
戻るのは朝になるかもしれん。
そう言いながら再び窓に手をかけたニャンコ先生は、一度ちらと夏目を振り返った。
「塔子に気付かれないようにな」
その全て分かりきったかのような言葉に、赤らんだ頬を手で隠す。
既に夕暮れのオレンジが差し込む窓に、カーテンが微かに揺れるだけ。
くそ、ニャンコ先生の癖に。
夏目は立ち上がり窓をぴしゃと閉めると、自分の頬を両手で叩き、改めて黒に近付いた。
苦しい。胸が焼けそうだし顔からは火が出そうだ。
「黒…おれ、おれも、黒のために、何でもしてあげたいよ」
そう言いながら膝をつき、黒に顔を近付ける。
そのまま唇を唇へと重ね、いつも黒がするように舌を口の隙間から入り込ませた。
「ん…」
夏目が自らこのような行動に出るのは初めてだ。
たとえこれが“そういうつもり”の行為でないにしても、体は勝手に熱くなる。
いつものように、頬に触れて、腕を回して求めて欲しい。
「黒…」
名前を呼んで、もう一度口付ける。
自分の気力を与えるように、息を吹き込むように、求めてくれない舌に舌を当てた。
「っ、…頼む、黒…」
「ん…夏目」
ふと、鼻を冷たい息が掠め、夏目はぱっと顔を離した。
黒の目が薄らと開いている。
その揺らぐ瞳には夏目がしっかりと捕えられていた。
「黒、良かった。体は大丈夫か?」
「ああ、少し…楽になった。けど、今は駄目だ、夏目」
「え?」
「今…こういうことをするのは駄目だ」
まだ力ない腕が、必死に夏目の胸を押し返す。
哀しいほどに弱弱しい。
夏目はその手を掴み握り締めると、身を乗り出して黒を覗き込んだ。
「…どうして駄目なんだ?」
「今の俺は…お前を貪り食ってしまう」
「いいよ。黒は妖なんだから…弱ってるならおれを食わないと」
「馬鹿言うな…」
呆れたように目を細め、夏目にも分かるように顔を逸らす。
いつもこうだ。理性を打ち砕く前に、妖としての能力が邪魔をする。
夏目はごくりと唾を呑み、黒の頬へ掌を重ねた。
ぐいと力を入れて、黒の顔を自分の方へと向かせる。
「おれが…黒に食べられたい、んだって言ったら…?」
「は?」
「黒に求められたいんだ。妖としてでもいいから…」
恐る恐る、けれどはっきりと夏目はそう告げた。
その言葉に目を見開いた黒は、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。
「夏目…」
「あ、無茶するなって…うわ!?」
色気の無い声を上げた夏目は、ぽすんと布団に倒されていた。
柔らかな夏目の髪は布団の上で無造作に乱れ、覆いかぶさるように手を布団についた黒が夏目の頭を撫でている。
「黒…?」
「夏目を抱いてしまいたい…。でも今は…喰らいすぎてしまいそうで怖いんだよ」
真っ直ぐな黒の言葉に、夏目の顔は一気に赤く染まった。
いくらそういう経験のない夏目でも、黒が何を求めているか分かる。
「自分で自分を制御できる自信が無い…特に今は…弱っているから、余計にだ」
「いいよ」
「だから…っ、どうして夏目は俺をそこまで信用出来る…。好きだとか言っても俺は」
俺は妖だから、そう続けるつもりだった口に、夏目の指が重なった。
こんなにも愛されている。そしてそのせいで黒ばかりが辛い思いをする。
「おれだって黒が好きだ。だから…黒を、おれのせいで苦しめるのは嫌だ」
「そんなの、」
「それに…黒に食われるなら、いいよ。全然おれ、大丈夫だから」
大丈夫だから、抱いて、いいから。
そう声にならないくらい小さく口を動かす。
それが聞こえたのか、それとも何か感じただけなのか、黒は夏目の首筋に唇を寄せた。
「夏目…本当に…いいのか?後悔しないか?」
「いいよ。最初みたいに、好きなように…。おれ男だし、そんな柔じゃないって」
「ふ…男だし、か。男なんだから、嫌がるのが普通だろう」
ようやく笑みをこぼした黒の息が、夏目の肌に触れる。
そのまま舌で首を舐められ驚いたのも束の間、夏目は直後襲い掛かった痛みに歯を食いしばった。
「いっ…!」
「悪い夏目…少し、乱暴にしてしまいそうだ…」
「い…、いいって言っただろ」
首に滲む血を、黒の舌がすくいあげる。
それと同時に黒の手が服の下に入り込み、夏目は無意識に体を固くして黒の腕を掴んだ。
けれど、もう黒は止まらない。
こうなることを望んだのは夏目だ。
「っ…黒…」
触られたことの無い場所を貪る手に、甘い声が零れる。
知らない感覚に、声を押さえる術も分からない。
「ごめん、おれ…変な、声が」
「変なわけないだろ。可愛いな、夏目…」
可愛い、なんて、嬉しいはずがない言葉に、胸の奥がじわと熱くなる。
夏目は目に涙を浮かべながらも、黒の背中にぎゅっと手を回した。
知らないことをいっぱい教え込まれる。
恥ずかしいことをさせられる。
全部分かっても黒を思う気持ちは変わらなかった。
「黒、…おれの前からいなくならないでくれ」
「夏目…」
「そ、その…ほら、あ、…愛してるから」
「馬鹿、もう煽るな…」
全身が密着して、全て黒に吸い取られる間隔に体が震える。
恐怖じゃない。緊張でもない。
求められる快感に興奮して、夏目は口から熱い吐息を零した。
(第七話・終)
追加日:2017/11/10
移動前:2016/05/22