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夏目貴志(夏目友人帳)
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5.好きなもの
いつもは夜になると敷かれる布団が、昼間であるにも関わらず部屋を占領している。
そこに横たわる少年は、いつもよりも赤い顔を布団に沈ませていた。
「…だから、ちゃんと食えと言っただろう」
「それと、これとは関係ない…っごほ…」
「こら、無理して話すんじゃない」
弱っているところも可愛いけれど。
という言葉は恐らく夏目を怒らせるだろう。
余計な事を口に出さず、黒は掌でやんわりと夏目の頭を撫でた。
「まあ確かに…今回の風邪は夏目の体格のせいではないが…」
「な、何だよ体格って…」
「ん?いや、俺は好きだけどね」
「…、変なことを言うな…」
結局むすと膨れてしまった夏目に、年相応の子供らしさを感じる。
黒は体を起き上がらせて夏目から手を離すと、先日の出来事を思い出していた。
その日、夏目はいつものように学校に向かった。
学校に行けば当然夕方まで帰宅しないはずだが、夏目は早々に帰ってきたのだ。
『大丈夫?何か危ないことに巻き込まれたりとか…』
『いえ、友人とふざけて歩いていたら足を滑らせてしまって…』
玄関から聞こえてきた会話に耳をそばだてる。
夏目と塔子の会話から分かったことは、夏目が川に落ちたということ。
塔子に対して気丈に振舞う夏目だが、実際の所は妖と関わったことが原因で間違いない。
無事で良かった。
そう安堵した翌日である今朝、夏目は風邪をこじらせて倒れてしまった。
「夏目、何か欲しいものはないか」
「ん…大丈夫」
「無理せず何でも言って良いからな。暇そうな奴がそこにいるから」
「…私のことではなかろうな」
「お前しかいないだろうが、ブサ猫」
鋭い目と、細い目が睨み合い、下で夏目がゴホンと咳き込む。
慌てて口を噤み見下ろした黒の目には、息苦しそうに眉を寄せる夏目の姿が映った。
「…っ、夏目…」
「全く、こんな事でうろたえるとは」
「当たり前だ、人間とは…あまりにも命の短い生き物だろう」
「それを承知でここにいるんだろ、貴様は。そもそも人間はこうしてウイルスに強い体をつくっていくのだぞ」
そんなことも知らんのか!と自慢げの馬鹿げた人形面を睨んだはいいものの、黒は何も言えず視線を落とした。
人の脆さ、それを分かっているなら、意地でも彼を守らねばならなかったのだ。
「俺は、夏目を守りたい」
「なんだ急に」
「…けれど、夏目はそれを望むだろうか…?」
異質なものが見えることを、夏目は好ましく思っていない。
執拗に付き纏っては、夏目に嫌がられるだろう。
「…」
「おい、どこに行く?」
「少し。ブサ猫、ちゃんと夏目を看ていろよ」
ぱっと顔を上げたニャンコ先生の横を通り過ぎて窓枠を掴む。
そのまま窓から外に飛び出すと、黒は商店街の方へと歩いて行った。
夏目が欲しい物、何か、少しでも夏目の心を癒せたら。
そんな人間らしいことをしようとして、黒はむっと眉間にしわを寄せた。
「…知らない…」
足を止めて、天を仰ぐ。
夏目に嫌われたくない、迷惑をかけたくない。そう思って中途半端に距離を置いていたツケだ。
「俺は…夏目のことを、知らないじゃないか」
好きな事は、好きな物は。
嫌いな事、嫌いな物、苦手な事、それから大事にしている物。何もかも全部。
黒ははぁ、と小さく溜め息を吐いて頭をかいた。
それでもだ。自分の気持ち以上に夏目が大事だから、黒は一度止めた足を再び進めた。
そんな後ろ姿は窓の内側から見ていたニャンコ先生は、ぴょいと飛び降りて夏目の横へと寄り添った。
「…あれもなかなか鈍感らしい」
賢そうに見えて間抜けだし、見えているものも見えていない。
呆れついでに溜め息を吐き、それでなくとも糸のように細い目を細める。
「夏目、お前も悪いぞ」
「…」
布団から出したは良いものの、行く宛なく畳の上に落ちた夏目の手。
あからさまにじとっと見つめると、夏目はその視線から逃れるように寝返りをうった。
「あれは人の心を知っている…とは言ったが、どうにも“そういう事”には疎い」
「けほ…っ、知ってる、けど」
「ああ、夏目、お前も疎いんだったな、そういう事には」
「仕方ないだろ…」
初めてなんだ、こういうのは。
恥ずかしそうにそう布団の中で呟かれた言葉に、ニャンコ先生は何も返さず窓の外に視線を戻した。
「全く…仕方がないな」
たまには気を遣ってやるか。
ニャンコ先生は、のそりと重いお尻を浮かせた。
まだヤツは帰らないだろうが、この家には塔子がいるのだから問題はないだろう。
出ていく準備を始めるニャンコ先生に、夏目も何も言わずに目を閉じた。
・・・
日が暮れて、オレンジになった空を背景に、黒はがらがらと窓を開けた。
部屋の中に入り込み、ゆっくりと敷かれた布団に近付く。
どうやらあの煩い猫はいないようだ。静かな部屋には、夏目の細い息遣いだけが聞こえている。
「…」
結局夏目が何を欲しているのか、黒には想像もつかなかった。
だから、ありがちにもリンゴとバナナとスポーツドリンクと、それからのど飴とを入れた籠を枕元に置く。
「…夏目」
普段より赤い頬に手の甲を滑らせて、黒は小さく溜め息を吐いた。
頼まれたわけでもなく外に出た理由は、こんな気休め程度のものを買い集めるためだけじゃない。
夏目にとって邪魔な自分を排除したかったからだ。
そうして気付いたのは、余りにも遠い夏目の心。
「はぁ、全くあのブサ猫…本当に役に立たないな…」
看ていろと言ったのに。
いや、そもそも塔子がいるから、甲斐甲斐しく看ている必要はなかったのかもしれない。
ならば尚更自分は必要ない。
「大丈夫だ…大丈夫」
夏目はすぐに元気になる、そう自分に言い聞かせて目を閉じる。
それから静かに手を夏目から放すと、音を立てずに立ち上がった。
「…黒」
直後、予期せぬ掠れた声に呼ばれ、黒はぴたりと固まった。
見下ろすと、夏目の目が開いている。
「な、夏目…?起こしてしまったか…?」
我慢出来ずに触ってしまったのが悪かったのか。
黒は慌てて布団の脇に膝をついた。
「すまない夏目…まだ具合良くないのだろう?」
「…、」
「邪魔をしないから、眠ってくれ」
布団から覗く夏目の顔は、今朝見たまま、まだ赤い。
けれど、夏目の濡れた瞳を見るとどうにも我慢出来なくなりそうだ。妖としての自分が潤いを求めている。
黒は夏目の顔の前に掌をかざした。
「おれは…ずっと見えることが辛かった」
「…夏目?」
夏目の目を覆うはずだったその手は、夏目の手に掴まれていた。
「ど、どうした夏目?」
「頼む、黒。聞いてくれ」
「…、」
今なら、夏目の一言で存在が消えてしまってもおかしくない。
けれど、夏目に名を呼ばれてしまっては、黒は口を閉ざして耳を傾けることしか出来なかった。
「見えること…人と違うことは、分かってもらえなくて…」
「…そうだな」
「でも、今は…そういうの、全部忘れるくらい、良かったって思ってるんだ」
薄らと開いた目が黒を見つめる。
柄にもなくドキリとして息を呑んだ黒の頬に、夏目の熱い掌が触れた。
「黒、おまえに会えたから」
「……え」
「傍に、いていいよ。…というか、傍に、いて欲しい」
心拍数が高まって、熱など出ていないのに汗が滲む。
そんな黒の反応に気付いてか、夏目は少し恥ずかしそうに一度目を逸らして、それから柔らかく微笑んだ。
嬉しそうに、照れ臭そうに。
「夏目…俺、何も、出来ないけど」
「ん…そうじゃなくて…」
頬に重なって夏目の手が、黒の頭に回される。
少し強めに引き寄せられれば、それに従って黒の顔は夏目に近付いた。
「おれ、黒のこと、好きだから」
そう静かに告げられ、軽く唇が触れる。
「傍に…いてくれるだけで、嬉しいから…」
ほんの一瞬で離れた唇からは、勿論精気など吸えてはいない。
驚き目を丸くした黒の視線から逃れるように、夏目は少し深めに布団を被ってしまった。
その夏目に、言い返す言葉は何も出てこない。
「…」
それから間もなく聞こえてきた寝息に、黒は目を閉じて顔を天井に向けた。
込み上げるのは、夏目の唇と同じくらいの熱さ。
「……聞いたか、ブサ猫」
ぽつりと、視界に映さないネコに向けて言う。
丁度戻って来たのか、それとも実はずっと盗み見ていたのか。
窓のところでぼってりと座っているニャンコ先生は、きっと悔しそうに膨れているはずだ。
「夏目…。どうしたものか…愛しいな、本当に…」
自分の口を覆って、込み上げる愛しさを掌に吐き出す。
ここに置いてもらえるだけで十分だったのに、心まで欲しいなど、望まなくて良かったのに。
「なあ、ブサ猫」
「…」
「夏目が良いと言ったんだ。これからは傍に居る。絶対に傷つけたりはしない、ほんの少しもだ」
心も体も、全部綺麗な彼の全てを守ってあげたい。
黒は布団から覗く柔らかな髪を指で梳き、瞳を揺らして笑った。
「この子を愛して良かった」
「フン、しつこくし過ぎて嫌われれば良い」
「そうだな…そうならないように気を付けなくては」
「…、」
妙に素直で気持ち悪いぞ、と吐き捨てて、ニャンコ先生が窓枠に飛び乗る。
そのまま窓の隙間からぼてんっと外に出て行ったネコを横目に、黒は腰をかがめて細い髪に口付けた。
「今度、教えてくれ。夏目のことをたくさん」
好きなことも嫌いなことも。
何をして欲しいか、何をされたら嬉しいのか。
黒は早く夏目に目覚めて欲しくて、距離を置いて胡坐をかいた。
夏目の為にできることはない。けれど苦しさはなくなっていた。
(第五話・終)
追加日:2017/10/22
移動前:2015/05/16
いつもは夜になると敷かれる布団が、昼間であるにも関わらず部屋を占領している。
そこに横たわる少年は、いつもよりも赤い顔を布団に沈ませていた。
「…だから、ちゃんと食えと言っただろう」
「それと、これとは関係ない…っごほ…」
「こら、無理して話すんじゃない」
弱っているところも可愛いけれど。
という言葉は恐らく夏目を怒らせるだろう。
余計な事を口に出さず、黒は掌でやんわりと夏目の頭を撫でた。
「まあ確かに…今回の風邪は夏目の体格のせいではないが…」
「な、何だよ体格って…」
「ん?いや、俺は好きだけどね」
「…、変なことを言うな…」
結局むすと膨れてしまった夏目に、年相応の子供らしさを感じる。
黒は体を起き上がらせて夏目から手を離すと、先日の出来事を思い出していた。
その日、夏目はいつものように学校に向かった。
学校に行けば当然夕方まで帰宅しないはずだが、夏目は早々に帰ってきたのだ。
『大丈夫?何か危ないことに巻き込まれたりとか…』
『いえ、友人とふざけて歩いていたら足を滑らせてしまって…』
玄関から聞こえてきた会話に耳をそばだてる。
夏目と塔子の会話から分かったことは、夏目が川に落ちたということ。
塔子に対して気丈に振舞う夏目だが、実際の所は妖と関わったことが原因で間違いない。
無事で良かった。
そう安堵した翌日である今朝、夏目は風邪をこじらせて倒れてしまった。
「夏目、何か欲しいものはないか」
「ん…大丈夫」
「無理せず何でも言って良いからな。暇そうな奴がそこにいるから」
「…私のことではなかろうな」
「お前しかいないだろうが、ブサ猫」
鋭い目と、細い目が睨み合い、下で夏目がゴホンと咳き込む。
慌てて口を噤み見下ろした黒の目には、息苦しそうに眉を寄せる夏目の姿が映った。
「…っ、夏目…」
「全く、こんな事でうろたえるとは」
「当たり前だ、人間とは…あまりにも命の短い生き物だろう」
「それを承知でここにいるんだろ、貴様は。そもそも人間はこうしてウイルスに強い体をつくっていくのだぞ」
そんなことも知らんのか!と自慢げの馬鹿げた人形面を睨んだはいいものの、黒は何も言えず視線を落とした。
人の脆さ、それを分かっているなら、意地でも彼を守らねばならなかったのだ。
「俺は、夏目を守りたい」
「なんだ急に」
「…けれど、夏目はそれを望むだろうか…?」
異質なものが見えることを、夏目は好ましく思っていない。
執拗に付き纏っては、夏目に嫌がられるだろう。
「…」
「おい、どこに行く?」
「少し。ブサ猫、ちゃんと夏目を看ていろよ」
ぱっと顔を上げたニャンコ先生の横を通り過ぎて窓枠を掴む。
そのまま窓から外に飛び出すと、黒は商店街の方へと歩いて行った。
夏目が欲しい物、何か、少しでも夏目の心を癒せたら。
そんな人間らしいことをしようとして、黒はむっと眉間にしわを寄せた。
「…知らない…」
足を止めて、天を仰ぐ。
夏目に嫌われたくない、迷惑をかけたくない。そう思って中途半端に距離を置いていたツケだ。
「俺は…夏目のことを、知らないじゃないか」
好きな事は、好きな物は。
嫌いな事、嫌いな物、苦手な事、それから大事にしている物。何もかも全部。
黒ははぁ、と小さく溜め息を吐いて頭をかいた。
それでもだ。自分の気持ち以上に夏目が大事だから、黒は一度止めた足を再び進めた。
そんな後ろ姿は窓の内側から見ていたニャンコ先生は、ぴょいと飛び降りて夏目の横へと寄り添った。
「…あれもなかなか鈍感らしい」
賢そうに見えて間抜けだし、見えているものも見えていない。
呆れついでに溜め息を吐き、それでなくとも糸のように細い目を細める。
「夏目、お前も悪いぞ」
「…」
布団から出したは良いものの、行く宛なく畳の上に落ちた夏目の手。
あからさまにじとっと見つめると、夏目はその視線から逃れるように寝返りをうった。
「あれは人の心を知っている…とは言ったが、どうにも“そういう事”には疎い」
「けほ…っ、知ってる、けど」
「ああ、夏目、お前も疎いんだったな、そういう事には」
「仕方ないだろ…」
初めてなんだ、こういうのは。
恥ずかしそうにそう布団の中で呟かれた言葉に、ニャンコ先生は何も返さず窓の外に視線を戻した。
「全く…仕方がないな」
たまには気を遣ってやるか。
ニャンコ先生は、のそりと重いお尻を浮かせた。
まだヤツは帰らないだろうが、この家には塔子がいるのだから問題はないだろう。
出ていく準備を始めるニャンコ先生に、夏目も何も言わずに目を閉じた。
・・・
日が暮れて、オレンジになった空を背景に、黒はがらがらと窓を開けた。
部屋の中に入り込み、ゆっくりと敷かれた布団に近付く。
どうやらあの煩い猫はいないようだ。静かな部屋には、夏目の細い息遣いだけが聞こえている。
「…」
結局夏目が何を欲しているのか、黒には想像もつかなかった。
だから、ありがちにもリンゴとバナナとスポーツドリンクと、それからのど飴とを入れた籠を枕元に置く。
「…夏目」
普段より赤い頬に手の甲を滑らせて、黒は小さく溜め息を吐いた。
頼まれたわけでもなく外に出た理由は、こんな気休め程度のものを買い集めるためだけじゃない。
夏目にとって邪魔な自分を排除したかったからだ。
そうして気付いたのは、余りにも遠い夏目の心。
「はぁ、全くあのブサ猫…本当に役に立たないな…」
看ていろと言ったのに。
いや、そもそも塔子がいるから、甲斐甲斐しく看ている必要はなかったのかもしれない。
ならば尚更自分は必要ない。
「大丈夫だ…大丈夫」
夏目はすぐに元気になる、そう自分に言い聞かせて目を閉じる。
それから静かに手を夏目から放すと、音を立てずに立ち上がった。
「…黒」
直後、予期せぬ掠れた声に呼ばれ、黒はぴたりと固まった。
見下ろすと、夏目の目が開いている。
「な、夏目…?起こしてしまったか…?」
我慢出来ずに触ってしまったのが悪かったのか。
黒は慌てて布団の脇に膝をついた。
「すまない夏目…まだ具合良くないのだろう?」
「…、」
「邪魔をしないから、眠ってくれ」
布団から覗く夏目の顔は、今朝見たまま、まだ赤い。
けれど、夏目の濡れた瞳を見るとどうにも我慢出来なくなりそうだ。妖としての自分が潤いを求めている。
黒は夏目の顔の前に掌をかざした。
「おれは…ずっと見えることが辛かった」
「…夏目?」
夏目の目を覆うはずだったその手は、夏目の手に掴まれていた。
「ど、どうした夏目?」
「頼む、黒。聞いてくれ」
「…、」
今なら、夏目の一言で存在が消えてしまってもおかしくない。
けれど、夏目に名を呼ばれてしまっては、黒は口を閉ざして耳を傾けることしか出来なかった。
「見えること…人と違うことは、分かってもらえなくて…」
「…そうだな」
「でも、今は…そういうの、全部忘れるくらい、良かったって思ってるんだ」
薄らと開いた目が黒を見つめる。
柄にもなくドキリとして息を呑んだ黒の頬に、夏目の熱い掌が触れた。
「黒、おまえに会えたから」
「……え」
「傍に、いていいよ。…というか、傍に、いて欲しい」
心拍数が高まって、熱など出ていないのに汗が滲む。
そんな黒の反応に気付いてか、夏目は少し恥ずかしそうに一度目を逸らして、それから柔らかく微笑んだ。
嬉しそうに、照れ臭そうに。
「夏目…俺、何も、出来ないけど」
「ん…そうじゃなくて…」
頬に重なって夏目の手が、黒の頭に回される。
少し強めに引き寄せられれば、それに従って黒の顔は夏目に近付いた。
「おれ、黒のこと、好きだから」
そう静かに告げられ、軽く唇が触れる。
「傍に…いてくれるだけで、嬉しいから…」
ほんの一瞬で離れた唇からは、勿論精気など吸えてはいない。
驚き目を丸くした黒の視線から逃れるように、夏目は少し深めに布団を被ってしまった。
その夏目に、言い返す言葉は何も出てこない。
「…」
それから間もなく聞こえてきた寝息に、黒は目を閉じて顔を天井に向けた。
込み上げるのは、夏目の唇と同じくらいの熱さ。
「……聞いたか、ブサ猫」
ぽつりと、視界に映さないネコに向けて言う。
丁度戻って来たのか、それとも実はずっと盗み見ていたのか。
窓のところでぼってりと座っているニャンコ先生は、きっと悔しそうに膨れているはずだ。
「夏目…。どうしたものか…愛しいな、本当に…」
自分の口を覆って、込み上げる愛しさを掌に吐き出す。
ここに置いてもらえるだけで十分だったのに、心まで欲しいなど、望まなくて良かったのに。
「なあ、ブサ猫」
「…」
「夏目が良いと言ったんだ。これからは傍に居る。絶対に傷つけたりはしない、ほんの少しもだ」
心も体も、全部綺麗な彼の全てを守ってあげたい。
黒は布団から覗く柔らかな髪を指で梳き、瞳を揺らして笑った。
「この子を愛して良かった」
「フン、しつこくし過ぎて嫌われれば良い」
「そうだな…そうならないように気を付けなくては」
「…、」
妙に素直で気持ち悪いぞ、と吐き捨てて、ニャンコ先生が窓枠に飛び乗る。
そのまま窓の隙間からぼてんっと外に出て行ったネコを横目に、黒は腰をかがめて細い髪に口付けた。
「今度、教えてくれ。夏目のことをたくさん」
好きなことも嫌いなことも。
何をして欲しいか、何をされたら嬉しいのか。
黒は早く夏目に目覚めて欲しくて、距離を置いて胡坐をかいた。
夏目の為にできることはない。けれど苦しさはなくなっていた。
(第五話・終)
追加日:2017/10/22
移動前:2015/05/16