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夏目貴志(夏目友人帳)
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3.芽生え
朝起きて真っ先に視界に映るのは、ぼてっと白い大福のようなおしり。
それから、背に朝日を浴びて光る絹糸のような髪。
数回のまばたきの後、体を起こして体を伸ばす。
そんな何気ない日々の動作に、黒は心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「今日は学校が休みの日だろう?もう少し眠っていても罰は当たらないだろうに」
「んー…今日は、予定があるから」
「またか夏目。お前には危機感が足りないな」
夏目の友人は割と活発的な奴等だ。
この休日も友人たちに連れられ遊びに出かける夏目に、黒は不服そうに眉を寄せた。
「また妖に襲われたらどうする」
「そ、それは…でも、ニャンコ先生はついてきてくれると思うし」
「はー…またブサ猫か」
元々きつい顔した黒が、更に厳つい顔付きでニャンコ先生を見下ろす。
何故自分は連れて行ってくれないのか。
夏目の外出時には毎度と言う程そう苦言を呈する黒だが、夏目は頑なに首を横に振った。
「黒は目立つから駄目だ。その、おれが気にせずにはいられないから…」
「…遠くから見る、それでも駄目か」
「……駄目だ」
やはり首を縦に振らない夏目に、黒が唇を尖らせる。
そんな大人びた顔に似つかわしくない表情のまま、黒はそこに眠っていたニャンコ先生を軽く蹴飛ばした。
「んな!?」
「お、おい、黒…!」
「勝手にしろ。俺はもう知らないからな」
窓をがらと開け放ち、ひょいと乗り上げ外へと姿を消す。
その様子を呆然と見送り、夏目は仰向けになっているニャンコ先生に目を向けた。
「…大丈夫か?」
「な…なんなんだあいつは!無礼者め!」
ころんっと元の体勢に戻ったニャンコ先生が腰を持ち上げ怒りを露わにする。
心配するまでもなく元気そうだ。
夏目はやれやれと頭をかき、開いたままの窓に目を向けた。
・・・
夏目が家を出て行く姿を見送った黒は、ゆっくりと背中を倒した。
ごつと固いところが背にぶつかり、一瞬顔をしかめて足を組む。
夏目は黒が屋根の上にいることには気が付かなかった。
友に会うのがそんなに楽しみなのか。振り向かず駆け出した背中に、無性に苛立ちを覚える。
「…何故こんなに腹立たしいんだ」
誰に言うでもなく、誰に聞こえるものでもなかったはずの疑問。
しかし空気を読まない白い塊が、黒の腹の上に乗っかっていた。
「本当に、何をイライラしてるんだ、貴様は」
「は…?ブサ猫、お前なんで」
「ふん、来たくて来たんじゃないぞ。夏目がお前の様子を見てから来いというから」
まん丸の手が黒の腹をぺしぺしと叩く。
黒はゆっくりと上半身を起き上がらせると、その餅みたいな頬を摘まんで持ち上げた。
「馬鹿かお前!お前が夏目について行かないでどうする!」
「お、お前はいちいち乱暴だぞ!というかお前は夏目に過保護過ぎだ!」
「夏目はよく狙われるんだろう、何かあってからじゃ遅い!」
「お、おいこら、伸びる、顔がのーびーるー!」
じたばたと暴れられ、ぱっと手を離す。
ぽてんと数回転がったニャンコ先生は、自身の頬をさすりながら起き上がった。
「全く…夏目もなんでこんなヤツの気を遣うんだ…」
「ふん、夏目は誰にだってそうだろう。心優しい青年だからな」
「ほお。ずいぶん言うな。そんなに夏目を気に入ったか」
二足で立ち、腰に手を当てる。
そんな猫らしくない振舞いをするニャンコ先生を横目に、黒ははぁと溜め息を吐いた。
「…可愛いだろう、あの子は」
「か…?」
「人にも妖にも心優しい。見目も愛らしい上、心も清らかだぞ、可愛がらずにいられるか」
きっかけは妖どもの噂だったかもしれない。美味しそうだという興味だったのは間違いない。
しかし、夏目は可哀想な妖に手を貸さずにはいられない優しい子供だった。
「な、なんだその恋に夢中な女子、みたいな顔は…き、気色悪いぞ」
「…恋…?」
ぽつりと猫の戯言を復唱する。
恋とはなんだ。この愛しさがそうなのか。
暫くニャンコ先生を凝視したまま停止する。
その黒の顔が唐突にぶわと赤くなった。
「ま、まさか、き、貴様夏目に…」
「へ、変なこと言うな、そんなわけ、ないだろ…俺は妖だぞ」
はははと黒が笑うと、ニャンコ先生も「そりゃそうだ」とへらへらと笑い出す。
妖が人間に恋など、有り得ない。
有り得てはならない。
「い、一応言っておくが…妙なことを考えるなよ、黒。私は行くからな」
重そうな体で、ぽんと屋根の上から飛び降りる。
そんなデブ猫を見送った黒は、再び屋根に背を預けていた。
「…夏目」
名を呼ぶだけで、胸の奥が暖かくなる。
そんな錯覚を恋と呼ぶのだとしたら。
日差しを遮るように目元を手で覆う。
そうだとしたら、なんて自分は愚かなのだと。浅はかな自分に嫌気がした。
・・・
ぱたぱたと階段を駆け上がり、襖を開ける。
視界に飛び込んでくるのは、着物を纏い髪をなびかせる妖。
「ただいま、黒」
夕方、オレンジに染まった窓を背景に黒が立っている。
その光景に夏目がほっと胸をなで下ろしたのは、出かける直前のことが気がかりだったからだ。
「黒、その、置いていってごめん」
「…」
「おれ、黒が近くにいるとどうしても気になるっていうか」
部屋の襖を閉め、数歩部屋に入ったところ足を止める。
見上げた黒の顔はゆっくりと夏目に向き、逆光で表情が見えなくなった。
「俺が嫌いだからか」
「え…」
やけにピリと重い声色に、夏目の背筋が伸びる。
黒の問いの意図は分からない。しかし、夏目は返答に迷わなかった。
「そんなわけないだろ」
そりゃ最初は嫌だったけど。
夏目はゆっくりと黒の目の前まで歩み寄った。
顔を近づけて、ようやくその表情が分かる。
「…なんて顔してるんだよ、黒」
眉を八の字にして、きゅっと唇を結ぶ。
その様は今にも泣き出しそうな子供のようで、夏目は思わずその頬に手を伸ばした。
肌の感触、表情、どこをとっても人間そのものだ。
今までにだって人間と大差ない感情を抱く妖は見てきたが、どこかしら…例えば外見とか話し方とか態度とか、人間とは異なる部分があった。
「黒のことは、どうしても人間と同じように接してしまいそうだから…、だから、おれは困る」
「夏目…」
「でも、ちゃんと帰ってきただろ。おれは大丈夫だよ」
黒の不満を解消したくて笑いかける。
それでも黒の表情は晴れそうにない。
「困ったな…どうしたら…、もしかして、お腹空いてるのか…?」
自分勝手な理由で黒の気持ちを無視した手前、このまま黒を放ってはおけない。
夏目は黒の肩に手を乗せ、「いいよ」と一言目を閉じた。
1秒、2秒。緊張を誤魔化すために、頭の中で時間を数える。
5秒、6秒。黒の動く気配はない。
「…やめてくれ、夏目」
10秒を待たずして、ぽつりと黒が呟く。
その驚くべき言葉に目を開くと、黒は再び夏目から目を逸らしていた。
「え…ど、どうしたんだ」
「今はそういう気分じゃない。お前が無事帰ってきただけで十分だ」
「お、大げさだな。本当にどうしたんだよ、黒…」
夏目の手が、やんわりと黒の手によって引き剥がされる。
いつもなら喜んで食いついてくる黒は、夏目から距離をとって背を向けてしまった。
「夏目は危機感がない。俺に食われてもいいのか」
「…黒は優しいだろ。おれは黒のこと信じてるよ」
同じ屋根の下、幾日か過ごしてきた。
だからこそ黒が信じられる存在だと確信している。黒のことは怖くない。
その夏目の想いが通じたのか、ゆっくりと黒が振り返る。
夏目の目に映った黒は、目を見開き、瞳を揺らして、耳まで赤く染めていた。
「え…っ、な、なんだよその顔…!?」
「…、お、俺はどんな顔してる?」
「や、なんか…な、なんだろう?」
見つめ合う、その二人が困惑から言葉を失う。
この部屋でこんな空気が漂うのは初めてだ。
じとっと見守っていたニャンコ先生が居心地悪そうに体を丸くする。
そんなニャンコ先生の存在は完全に蚊帳の外だった。
(第三話・終)
追加日:2017/10/12
朝起きて真っ先に視界に映るのは、ぼてっと白い大福のようなおしり。
それから、背に朝日を浴びて光る絹糸のような髪。
数回のまばたきの後、体を起こして体を伸ばす。
そんな何気ない日々の動作に、黒は心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「今日は学校が休みの日だろう?もう少し眠っていても罰は当たらないだろうに」
「んー…今日は、予定があるから」
「またか夏目。お前には危機感が足りないな」
夏目の友人は割と活発的な奴等だ。
この休日も友人たちに連れられ遊びに出かける夏目に、黒は不服そうに眉を寄せた。
「また妖に襲われたらどうする」
「そ、それは…でも、ニャンコ先生はついてきてくれると思うし」
「はー…またブサ猫か」
元々きつい顔した黒が、更に厳つい顔付きでニャンコ先生を見下ろす。
何故自分は連れて行ってくれないのか。
夏目の外出時には毎度と言う程そう苦言を呈する黒だが、夏目は頑なに首を横に振った。
「黒は目立つから駄目だ。その、おれが気にせずにはいられないから…」
「…遠くから見る、それでも駄目か」
「……駄目だ」
やはり首を縦に振らない夏目に、黒が唇を尖らせる。
そんな大人びた顔に似つかわしくない表情のまま、黒はそこに眠っていたニャンコ先生を軽く蹴飛ばした。
「んな!?」
「お、おい、黒…!」
「勝手にしろ。俺はもう知らないからな」
窓をがらと開け放ち、ひょいと乗り上げ外へと姿を消す。
その様子を呆然と見送り、夏目は仰向けになっているニャンコ先生に目を向けた。
「…大丈夫か?」
「な…なんなんだあいつは!無礼者め!」
ころんっと元の体勢に戻ったニャンコ先生が腰を持ち上げ怒りを露わにする。
心配するまでもなく元気そうだ。
夏目はやれやれと頭をかき、開いたままの窓に目を向けた。
・・・
夏目が家を出て行く姿を見送った黒は、ゆっくりと背中を倒した。
ごつと固いところが背にぶつかり、一瞬顔をしかめて足を組む。
夏目は黒が屋根の上にいることには気が付かなかった。
友に会うのがそんなに楽しみなのか。振り向かず駆け出した背中に、無性に苛立ちを覚える。
「…何故こんなに腹立たしいんだ」
誰に言うでもなく、誰に聞こえるものでもなかったはずの疑問。
しかし空気を読まない白い塊が、黒の腹の上に乗っかっていた。
「本当に、何をイライラしてるんだ、貴様は」
「は…?ブサ猫、お前なんで」
「ふん、来たくて来たんじゃないぞ。夏目がお前の様子を見てから来いというから」
まん丸の手が黒の腹をぺしぺしと叩く。
黒はゆっくりと上半身を起き上がらせると、その餅みたいな頬を摘まんで持ち上げた。
「馬鹿かお前!お前が夏目について行かないでどうする!」
「お、お前はいちいち乱暴だぞ!というかお前は夏目に過保護過ぎだ!」
「夏目はよく狙われるんだろう、何かあってからじゃ遅い!」
「お、おいこら、伸びる、顔がのーびーるー!」
じたばたと暴れられ、ぱっと手を離す。
ぽてんと数回転がったニャンコ先生は、自身の頬をさすりながら起き上がった。
「全く…夏目もなんでこんなヤツの気を遣うんだ…」
「ふん、夏目は誰にだってそうだろう。心優しい青年だからな」
「ほお。ずいぶん言うな。そんなに夏目を気に入ったか」
二足で立ち、腰に手を当てる。
そんな猫らしくない振舞いをするニャンコ先生を横目に、黒ははぁと溜め息を吐いた。
「…可愛いだろう、あの子は」
「か…?」
「人にも妖にも心優しい。見目も愛らしい上、心も清らかだぞ、可愛がらずにいられるか」
きっかけは妖どもの噂だったかもしれない。美味しそうだという興味だったのは間違いない。
しかし、夏目は可哀想な妖に手を貸さずにはいられない優しい子供だった。
「な、なんだその恋に夢中な女子、みたいな顔は…き、気色悪いぞ」
「…恋…?」
ぽつりと猫の戯言を復唱する。
恋とはなんだ。この愛しさがそうなのか。
暫くニャンコ先生を凝視したまま停止する。
その黒の顔が唐突にぶわと赤くなった。
「ま、まさか、き、貴様夏目に…」
「へ、変なこと言うな、そんなわけ、ないだろ…俺は妖だぞ」
はははと黒が笑うと、ニャンコ先生も「そりゃそうだ」とへらへらと笑い出す。
妖が人間に恋など、有り得ない。
有り得てはならない。
「い、一応言っておくが…妙なことを考えるなよ、黒。私は行くからな」
重そうな体で、ぽんと屋根の上から飛び降りる。
そんなデブ猫を見送った黒は、再び屋根に背を預けていた。
「…夏目」
名を呼ぶだけで、胸の奥が暖かくなる。
そんな錯覚を恋と呼ぶのだとしたら。
日差しを遮るように目元を手で覆う。
そうだとしたら、なんて自分は愚かなのだと。浅はかな自分に嫌気がした。
・・・
ぱたぱたと階段を駆け上がり、襖を開ける。
視界に飛び込んでくるのは、着物を纏い髪をなびかせる妖。
「ただいま、黒」
夕方、オレンジに染まった窓を背景に黒が立っている。
その光景に夏目がほっと胸をなで下ろしたのは、出かける直前のことが気がかりだったからだ。
「黒、その、置いていってごめん」
「…」
「おれ、黒が近くにいるとどうしても気になるっていうか」
部屋の襖を閉め、数歩部屋に入ったところ足を止める。
見上げた黒の顔はゆっくりと夏目に向き、逆光で表情が見えなくなった。
「俺が嫌いだからか」
「え…」
やけにピリと重い声色に、夏目の背筋が伸びる。
黒の問いの意図は分からない。しかし、夏目は返答に迷わなかった。
「そんなわけないだろ」
そりゃ最初は嫌だったけど。
夏目はゆっくりと黒の目の前まで歩み寄った。
顔を近づけて、ようやくその表情が分かる。
「…なんて顔してるんだよ、黒」
眉を八の字にして、きゅっと唇を結ぶ。
その様は今にも泣き出しそうな子供のようで、夏目は思わずその頬に手を伸ばした。
肌の感触、表情、どこをとっても人間そのものだ。
今までにだって人間と大差ない感情を抱く妖は見てきたが、どこかしら…例えば外見とか話し方とか態度とか、人間とは異なる部分があった。
「黒のことは、どうしても人間と同じように接してしまいそうだから…、だから、おれは困る」
「夏目…」
「でも、ちゃんと帰ってきただろ。おれは大丈夫だよ」
黒の不満を解消したくて笑いかける。
それでも黒の表情は晴れそうにない。
「困ったな…どうしたら…、もしかして、お腹空いてるのか…?」
自分勝手な理由で黒の気持ちを無視した手前、このまま黒を放ってはおけない。
夏目は黒の肩に手を乗せ、「いいよ」と一言目を閉じた。
1秒、2秒。緊張を誤魔化すために、頭の中で時間を数える。
5秒、6秒。黒の動く気配はない。
「…やめてくれ、夏目」
10秒を待たずして、ぽつりと黒が呟く。
その驚くべき言葉に目を開くと、黒は再び夏目から目を逸らしていた。
「え…ど、どうしたんだ」
「今はそういう気分じゃない。お前が無事帰ってきただけで十分だ」
「お、大げさだな。本当にどうしたんだよ、黒…」
夏目の手が、やんわりと黒の手によって引き剥がされる。
いつもなら喜んで食いついてくる黒は、夏目から距離をとって背を向けてしまった。
「夏目は危機感がない。俺に食われてもいいのか」
「…黒は優しいだろ。おれは黒のこと信じてるよ」
同じ屋根の下、幾日か過ごしてきた。
だからこそ黒が信じられる存在だと確信している。黒のことは怖くない。
その夏目の想いが通じたのか、ゆっくりと黒が振り返る。
夏目の目に映った黒は、目を見開き、瞳を揺らして、耳まで赤く染めていた。
「え…っ、な、なんだよその顔…!?」
「…、お、俺はどんな顔してる?」
「や、なんか…な、なんだろう?」
見つめ合う、その二人が困惑から言葉を失う。
この部屋でこんな空気が漂うのは初めてだ。
じとっと見守っていたニャンコ先生が居心地悪そうに体を丸くする。
そんなニャンコ先生の存在は完全に蚊帳の外だった。
(第三話・終)
追加日:2017/10/12