名前が変更できます。
夏目貴志(夏目友人帳)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1.出会い
消えた灯りと静まり返った空間。
畳が香る部屋から聞こえてくるのは微かな寝息だけ。
風情ある香りなどどうだっていい。
それを上書きする甘ったるい香りに誘われた男は、不用心にも薄く開かれた窓から降り立った。
「…あぁ……」
思わず零れた溜め息にも似た感嘆の声。
布団をかぶって眠る青年は、ここ最近黒が目をつけていた人間だ。
絶好のチャンスに喉から手が出そうな焦燥を抑え込む。
青年の傍らで眠る妖は…彼が「ニャンコ先生」と呼びかける不細工なデブ猫。
コイツが妖であるということに、当然黒は気が付いている。
それでも。
黒は生唾を呑むと、ゆっくり青年の横に膝をついた。
長い空腹状態が続いていたせいか、理性が吹き飛びそうだ。いや、もう既に。
「…頂くぞ、夏目」
黒は物音一つ立てることなく、腰を屈めて青年の顔を覗き込んだ。
起きる気配はない。
「いい子だ…」
その甘い囁きは確かに空気を震わせたが、深い眠りの二人の耳には届かなかった。
腰をかがめた黒の唇は青年の唇へ。
軽く触れ、隙間を塞ぎこじ開ける。
「…っ、ん!?」
思いの外、彼はすぐに目を覚ました。
しかしそれも好都合で、うっすらと開いた口に舌を挿し込む。
「ーッ!!」
もがく青年の手を捕え、布団へと押し付ける。
舌から喉へ流れていく甘味。思っていた通り、いやそれ以上に極上の味だ。
妖達が噂していただけはある。
見える人間、夏目。黒は貪るように深く口付けた。
「、はぁ…っ、」
吐息が口の端から零れる。
同時に聞こえる艶っぽい声がまた魅惑的だ。
「や、めろ…!」
「おっと、危ないな」
大人しそうな外見とは裏腹に、握られた拳が思い切り顔面へ飛んできた。
それをひらりと避け、立ち上がって夏目を見下す。
真っ赤に染まった頬と、濡れた目元と唇。
綺麗だが幼さ残る顔だが、なるほど見目も愛らしいものだ。
「ワシの獲物に手をかけるとは、貴様ー!」
「あ?」
うっとりと夏目を見下ろしていた黒は、間抜けな声が聞こえるまで背後の気配に気付かなかった。
振り返ったそこには、先ほどまで丸まって眠っていた猫。
ずっしりと重そうな体型と見合った打撃に、黒はそこへ尻餅をついていた。
「っ痛、何すんだ不細工猫!」
「不細工とはなんだ!」
「は、見たままじゃないか。それともデブ猫か?」
「何をう!?貴様一体何者だ!?」
不細工な猫は夏目の前に出るとお尻を突き上げた。
恐らく猫特有の威嚇をしているようだが、全くふざけているようにしか見えない。
その様子はただただ滑稽で、思わず笑ってしまった黒に対し、夏目はようやく呼吸を整え口を開いた。
「あ、あの、…あなたは…妖、ですよね」
「あぁ、そうだよ。お前の精気を頂きに来た」
なんだと、と割り込む猫を制して夏目が続ける。
「何が目的で…」
「目的?だから今言ったろう。お前の精気を頂きにと」
「友人帳…じゃないのか?」
「友人帳…?」
興味のないことは記憶しない。
だが、”友人帳”という言葉に聞き覚えがあるような。
首を傾げて記憶を辿る。その黒の態度に、夏目はがさがさと枕元のかばんを漁り始めた。
「夏目レイコ…聞いたことありませんか」
その手には“友人帳”と書かれた古そうなノートのようなものがある。
「ここに、名前を書きませんでしたか?」
「…名前」
名前、そういえば名前を過去に一度だけ、自分で綴ったことがあった気がする。
顎に手を当て暫く考えて、黒は「あ」と声を上げた。
「そうだ。確か美味そうな女がいて…喰おうとしたら勝負を申し込まれたんだ」
「う、美味そうな…」
「いい女だった。だが、それ以上に強かった」
それで負けて、名前を書かされた。
「ずいぶん前のことだからな…そんなものをどうしてお前が」
「レイコさんはおれの祖母なんです」
「祖母…なるほど、もうそんなに時が流れたのか」
過去に一度惹かれた女の孫。
言われてみれば雰囲気が似ている。今更ながらそんなことに気が付いた黒の目の前で、ニャンコ先生が目をぱちくりと瞬かせた。
「お主、元は人間だった妖か」
「…何だ急に。どうして分かった」
「ふん、やはりな」
怪訝そうに黒が眉間にシワを寄せると、猫は満足そうに踏ん反り返る。
一方、夏目は更に驚いた表情で停止した。
「そんなことが有り得るのか!?」
「あるも何も、そこにいる奴が証明だろう。」
「え、で、でも、どうして分かったんだ?」
「奴の記憶力は人間並みだ。妖にとって100年、200年は数日前みたいなものだ。普通ならな」
夏目に説明するその話を聞き、なるほどと黒も納得していた。
確かに、夏目の祖母の話を“ずいぶん前”と言ってしまった。
生きる時間は人より長いが、記憶力は人間の頃のままなのだろう。
「でもじゃあ、貴方の名前もここにあるはずです」
「ああ…そうだろうな」
「返します」
黒は夏目の提案に良い顔をしなかった。
彼女は、一度も呼ばなかった。どうだっていい過去の話だ。
本当は呼んでくれるのを待っていた…人間とふれあい、人間の頃の感覚を思い出したかった…そんな思いなど疾うに。
しかし黒の手は、夏目の手を取っていた。
「な、なんですか」
「夏目。俺はお前に名前を預ける」
「え!?」
夏目の目が大きく開かれる。
暫く戸惑い猫と目を合わせ、それからずいと友人帳をこちらに向けてきた。
「でも、ここに名前があると危険なんです。無理にでも、貴方を使役できてしまう…」
「うるさい。どうだっていい。一度やったんだ、孫なら責任とれ」
開かれた友人帳、それを夏目の手ごと包んで閉じさせる。
重なった手の温度は全然違う。
だからこそ心地良くて、気づけば黒はその手をきつく握りしめていた。
指と指を絡め、親指で若く綺麗な肌をなぞる。
「俺は黒だ。俺を呼べ。まあ…ついでに精気をもらうかもしれんが」
「え!?いや、それはちょっと…」
「お前が拒否するなら、お前の周りの人間を喰らうぞ」
「…!、わ、分かったよ…」
黒の言葉に、夏目は渋々と頷いた。
ブサ猫が足元で夏目をべしべしと叩いているが、夏目は小声で「仕方ないだろ」と返している。
どうやら、夏目と関係を結ぶことに成功したらしい。
黒は妙に浮ついた胸に、夏目の腕を引き寄せた。
「うわっ」
「悪くない。夏目…お前は見目も匂いも味も俺好みだ」
ふっと笑って夏目の頭をなでると、嫌がりながらもようやく緊張を解いたらしく、夏目はぺたんと床に尻をつけた。
髪も色素は薄いが柔らかく、お前こそ本当に人間かと疑う程だ。
「夏目、もう一口頂きたいんだが」
「な、や、やめろ!」
「大丈夫だ。死ぬわけじゃなし、少し体がだるくなるだけだろうさ」
「なんだろうと駄目だ!」
笑みを作りながら言ったが、夏目はばっと黒から距離をとった。
嘘は一つもない。植物など弱い生物ならまだしも、人間を黒に殺すことは到底できないだろう。
「夏目?どうして嫌がる?」
「嫌に決まってるだろ…!ニャンコ先生、こいつ何とかしてくれ…!」
ちらと横目で夏目が猫に訴える。
ニャンコ先生はふっと息を吐くと黒と夏目の間に入った。
「夏目は友人帳のせいで多くの妖に狙われる。あまり吸い過ぎて夏目が妖に抵抗出来なくなったらどうなるか、わかるだろう?」
「…なるほど、その分、俺が夏目を守ればいいんだな」
「む、私一人でも十分だっ」
「は、なら問題ないじゃないか」
不細工な見た目に違わず、すんなりと言い負かされたニャンコ先生がうぐぐと唸る。
それを見ていた夏目が、その時初めて小さく笑った。
思わず息を呑む。
夏目という青年はあまりに綺麗で、儚く美しい。
「夏目…いいだろう?俺なら人間に紛れてずっと守ってやれるし」
「え…」
「俺を使えよ。使ってくれ、頼む。お前といれば、俺は人間を忘れない」
膝をつき、縋るように夏目の肩を掴む。
優しい夏目青年に、そんな自分勝手な黒の要求を断ることはできなかった。
小さく分かったと答える夏目に、黒の口元には満足気に笑みが作られる。
「有難う、夏目」
そのまま夏目に顔を寄せて、二度目の口付けを交わす。
軽く触れた唇は、やはり美味しくて、それでいて柔らかい。
「、っ!それは禁止だ!」
「はは、真っ赤だ、夏目」
恥ずかしそうに頬を赤らめた夏目の、振り上げた腕を避ける。
可愛くて美味しい人間。不思議な本と猫の妖を連れた少年。
妖になって何年経ったか知らない。
そんな黒の胸に宿ったのは、人として生きたような心地だった。
(第一話・終)
追加日:2017/09/18
消えた灯りと静まり返った空間。
畳が香る部屋から聞こえてくるのは微かな寝息だけ。
風情ある香りなどどうだっていい。
それを上書きする甘ったるい香りに誘われた男は、不用心にも薄く開かれた窓から降り立った。
「…あぁ……」
思わず零れた溜め息にも似た感嘆の声。
布団をかぶって眠る青年は、ここ最近黒が目をつけていた人間だ。
絶好のチャンスに喉から手が出そうな焦燥を抑え込む。
青年の傍らで眠る妖は…彼が「ニャンコ先生」と呼びかける不細工なデブ猫。
コイツが妖であるということに、当然黒は気が付いている。
それでも。
黒は生唾を呑むと、ゆっくり青年の横に膝をついた。
長い空腹状態が続いていたせいか、理性が吹き飛びそうだ。いや、もう既に。
「…頂くぞ、夏目」
黒は物音一つ立てることなく、腰を屈めて青年の顔を覗き込んだ。
起きる気配はない。
「いい子だ…」
その甘い囁きは確かに空気を震わせたが、深い眠りの二人の耳には届かなかった。
腰をかがめた黒の唇は青年の唇へ。
軽く触れ、隙間を塞ぎこじ開ける。
「…っ、ん!?」
思いの外、彼はすぐに目を覚ました。
しかしそれも好都合で、うっすらと開いた口に舌を挿し込む。
「ーッ!!」
もがく青年の手を捕え、布団へと押し付ける。
舌から喉へ流れていく甘味。思っていた通り、いやそれ以上に極上の味だ。
妖達が噂していただけはある。
見える人間、夏目。黒は貪るように深く口付けた。
「、はぁ…っ、」
吐息が口の端から零れる。
同時に聞こえる艶っぽい声がまた魅惑的だ。
「や、めろ…!」
「おっと、危ないな」
大人しそうな外見とは裏腹に、握られた拳が思い切り顔面へ飛んできた。
それをひらりと避け、立ち上がって夏目を見下す。
真っ赤に染まった頬と、濡れた目元と唇。
綺麗だが幼さ残る顔だが、なるほど見目も愛らしいものだ。
「ワシの獲物に手をかけるとは、貴様ー!」
「あ?」
うっとりと夏目を見下ろしていた黒は、間抜けな声が聞こえるまで背後の気配に気付かなかった。
振り返ったそこには、先ほどまで丸まって眠っていた猫。
ずっしりと重そうな体型と見合った打撃に、黒はそこへ尻餅をついていた。
「っ痛、何すんだ不細工猫!」
「不細工とはなんだ!」
「は、見たままじゃないか。それともデブ猫か?」
「何をう!?貴様一体何者だ!?」
不細工な猫は夏目の前に出るとお尻を突き上げた。
恐らく猫特有の威嚇をしているようだが、全くふざけているようにしか見えない。
その様子はただただ滑稽で、思わず笑ってしまった黒に対し、夏目はようやく呼吸を整え口を開いた。
「あ、あの、…あなたは…妖、ですよね」
「あぁ、そうだよ。お前の精気を頂きに来た」
なんだと、と割り込む猫を制して夏目が続ける。
「何が目的で…」
「目的?だから今言ったろう。お前の精気を頂きにと」
「友人帳…じゃないのか?」
「友人帳…?」
興味のないことは記憶しない。
だが、”友人帳”という言葉に聞き覚えがあるような。
首を傾げて記憶を辿る。その黒の態度に、夏目はがさがさと枕元のかばんを漁り始めた。
「夏目レイコ…聞いたことありませんか」
その手には“友人帳”と書かれた古そうなノートのようなものがある。
「ここに、名前を書きませんでしたか?」
「…名前」
名前、そういえば名前を過去に一度だけ、自分で綴ったことがあった気がする。
顎に手を当て暫く考えて、黒は「あ」と声を上げた。
「そうだ。確か美味そうな女がいて…喰おうとしたら勝負を申し込まれたんだ」
「う、美味そうな…」
「いい女だった。だが、それ以上に強かった」
それで負けて、名前を書かされた。
「ずいぶん前のことだからな…そんなものをどうしてお前が」
「レイコさんはおれの祖母なんです」
「祖母…なるほど、もうそんなに時が流れたのか」
過去に一度惹かれた女の孫。
言われてみれば雰囲気が似ている。今更ながらそんなことに気が付いた黒の目の前で、ニャンコ先生が目をぱちくりと瞬かせた。
「お主、元は人間だった妖か」
「…何だ急に。どうして分かった」
「ふん、やはりな」
怪訝そうに黒が眉間にシワを寄せると、猫は満足そうに踏ん反り返る。
一方、夏目は更に驚いた表情で停止した。
「そんなことが有り得るのか!?」
「あるも何も、そこにいる奴が証明だろう。」
「え、で、でも、どうして分かったんだ?」
「奴の記憶力は人間並みだ。妖にとって100年、200年は数日前みたいなものだ。普通ならな」
夏目に説明するその話を聞き、なるほどと黒も納得していた。
確かに、夏目の祖母の話を“ずいぶん前”と言ってしまった。
生きる時間は人より長いが、記憶力は人間の頃のままなのだろう。
「でもじゃあ、貴方の名前もここにあるはずです」
「ああ…そうだろうな」
「返します」
黒は夏目の提案に良い顔をしなかった。
彼女は、一度も呼ばなかった。どうだっていい過去の話だ。
本当は呼んでくれるのを待っていた…人間とふれあい、人間の頃の感覚を思い出したかった…そんな思いなど疾うに。
しかし黒の手は、夏目の手を取っていた。
「な、なんですか」
「夏目。俺はお前に名前を預ける」
「え!?」
夏目の目が大きく開かれる。
暫く戸惑い猫と目を合わせ、それからずいと友人帳をこちらに向けてきた。
「でも、ここに名前があると危険なんです。無理にでも、貴方を使役できてしまう…」
「うるさい。どうだっていい。一度やったんだ、孫なら責任とれ」
開かれた友人帳、それを夏目の手ごと包んで閉じさせる。
重なった手の温度は全然違う。
だからこそ心地良くて、気づけば黒はその手をきつく握りしめていた。
指と指を絡め、親指で若く綺麗な肌をなぞる。
「俺は黒だ。俺を呼べ。まあ…ついでに精気をもらうかもしれんが」
「え!?いや、それはちょっと…」
「お前が拒否するなら、お前の周りの人間を喰らうぞ」
「…!、わ、分かったよ…」
黒の言葉に、夏目は渋々と頷いた。
ブサ猫が足元で夏目をべしべしと叩いているが、夏目は小声で「仕方ないだろ」と返している。
どうやら、夏目と関係を結ぶことに成功したらしい。
黒は妙に浮ついた胸に、夏目の腕を引き寄せた。
「うわっ」
「悪くない。夏目…お前は見目も匂いも味も俺好みだ」
ふっと笑って夏目の頭をなでると、嫌がりながらもようやく緊張を解いたらしく、夏目はぺたんと床に尻をつけた。
髪も色素は薄いが柔らかく、お前こそ本当に人間かと疑う程だ。
「夏目、もう一口頂きたいんだが」
「な、や、やめろ!」
「大丈夫だ。死ぬわけじゃなし、少し体がだるくなるだけだろうさ」
「なんだろうと駄目だ!」
笑みを作りながら言ったが、夏目はばっと黒から距離をとった。
嘘は一つもない。植物など弱い生物ならまだしも、人間を黒に殺すことは到底できないだろう。
「夏目?どうして嫌がる?」
「嫌に決まってるだろ…!ニャンコ先生、こいつ何とかしてくれ…!」
ちらと横目で夏目が猫に訴える。
ニャンコ先生はふっと息を吐くと黒と夏目の間に入った。
「夏目は友人帳のせいで多くの妖に狙われる。あまり吸い過ぎて夏目が妖に抵抗出来なくなったらどうなるか、わかるだろう?」
「…なるほど、その分、俺が夏目を守ればいいんだな」
「む、私一人でも十分だっ」
「は、なら問題ないじゃないか」
不細工な見た目に違わず、すんなりと言い負かされたニャンコ先生がうぐぐと唸る。
それを見ていた夏目が、その時初めて小さく笑った。
思わず息を呑む。
夏目という青年はあまりに綺麗で、儚く美しい。
「夏目…いいだろう?俺なら人間に紛れてずっと守ってやれるし」
「え…」
「俺を使えよ。使ってくれ、頼む。お前といれば、俺は人間を忘れない」
膝をつき、縋るように夏目の肩を掴む。
優しい夏目青年に、そんな自分勝手な黒の要求を断ることはできなかった。
小さく分かったと答える夏目に、黒の口元には満足気に笑みが作られる。
「有難う、夏目」
そのまま夏目に顔を寄せて、二度目の口付けを交わす。
軽く触れた唇は、やはり美味しくて、それでいて柔らかい。
「、っ!それは禁止だ!」
「はは、真っ赤だ、夏目」
恥ずかしそうに頬を赤らめた夏目の、振り上げた腕を避ける。
可愛くて美味しい人間。不思議な本と猫の妖を連れた少年。
妖になって何年経ったか知らない。
そんな黒の胸に宿ったのは、人として生きたような心地だった。
(第一話・終)
追加日:2017/09/18
1/10ページ