初恋は純白であれ
【“
母さんがそう言ってた。
───誰かに染まるあの人なんて見たくなかったの。
───誰かに染まるくらいなら、いっそこの手であの人を綺麗なままにしておきたかったの。】
電車を待つまでの暇つぶしで、古本屋で見つけた小説を読んでいた。見覚えのある一節を見つけて、それが小学生の頃に読んだ小説だというのを思い出す。
話の中身はすっかり忘れてしまっていたが、その一節だけは覚えていた。
主人公の女が、惚れた男を殺してしまうという中々に重い話で、よくこれを子どもの頃に読んだなと思う。おそらく読書感想文を書く必要があって、今更別の本をもう一冊読む気が起こらなくて、なくなくこの小説の感想文を書いたのだろう。
もしあの時、もっと早くに思いを伝えていたら。
染められた彼を自分で塗り潰していたら。
女々しいことを考えてしまう。
その時そろそろ電車がやってくることを知らせる駅員の笛の音が鋭く鳴り響いた。鞄を抱えてベンチから立ち上がる。電車が停車すると、中からぞろぞろと人が降りてくる。
そこに見覚えのある姿があった。髪の毛が伸びていたのと染めていたのもあって、本人かどうか確証は無いが。
少なくともあの頃の彼ではなかった。
発車を告げる笛の音が聞こえた。
あの電車に乗らなくては新幹線に乗り損なってしまう。
手に持った小説をごみ箱に捨てて、その電車に乗り込んだ。