マジシャン
名前
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荘園の夜は穏やかで静かだ。
日頃夕食後は誰かと過ごすか自分の用事を済ませているのだが、今日はそのどちらの予定もない。
こんな静かな夜は気持ちが落ち着かなくて、かと言って誰かに声をかけに行く気分でもない。
なんだか無性に煙草が吸いたくなった。
外出禁止時間まであと1時間ほどある。
昨日から降り続いた雨が夕方頃から止み、澄んだ空気と遮るもののない月明かりが気持ちのいい夜だ。
オルガレーノは空をぼんやり眺めながら紫煙を燻らしていた。
サバイバー用居住区角の突き当たりを抜けた中庭の、更に奥の一角。
建物の影になって常に薄暗く、夜は勿論日中でも人があまり寄らない場所だ。
ここで煙草を吸っているのは人が滅多に来ないから、そして既に煙草葉の灰殻入りの缶があったからだ。
サバイバーかハンターか、誰か喫煙者がいるのだろうか。
「意外だね、君が煙草をやるとは」
声の方を向けば、ハットにロングジャケットで身なりの整えた中年の男がこんばんは、と挨拶してきた。
「こんばんは、ロイさん。…滅多にやらないですが、なんとなく吸いたくなって」
セルヴェ・ル・ロイ。蜃気楼の如く姿をくらますのを得意とするマジシャンだ。
オルガレーノの向かい側に積まれた、彼女が使っているのと似たような木箱に腰掛け、愛用の杖を脇に立てかけた。
「どうだい、荘園の生活は?」
深く息を吸い込み、ゆっくり紫煙を吐き出しながらセルヴェが問う。
「なんとか慣れてきましたよ。ゲーム中の立ち回りとか、荘園内のルールとか、まだ不慣れなところもありますけど…早くもっと役立てるようになりたいです」
ここ最近、オルガレーノの勝率は打ち止まっている。
客観的に見て決して悪い成績ではないが、荘園の生活に慣れるにつれて、もっとなにか自分に出来ることは無いかと焦りを感じ始めていた。
「慣れてきたのなら何より。…ところで
オルガレーノ、手を借りても?」
「えっ?ええ、どうぞ」
なんだろう、と思いながら右手を差し出してみる。
セルヴェはその手に指を添えるとゆっくり指を折り込み、握り拳のような形をつくる。
「いいか、オルガレーノ。君はとても仲間思いで、強くて、真面目な人だ。
だからこそ、この手のように自分の中に閉ざして1人で抱えてしまう」
握らせたオルガレーノの手を、セルヴェの大きな両手が柔らかく包み込む。
「…俺もそうだし、他のサバイバーもいる。もっと頼っていい。
勇気がいるかもしれないが、心を開くからこそ見えるものもある。
こうやって、ね」
大きな手で包み込まれていたオルガレーノの掌を、セルヴェがゆっくりと解いていく。
すると掌の中心には指先ほどの大きさの、菫色の蝶が止まっていた。
「えっ!?いつの間に…」
たった今まで握りこんでいたのに。
驚いている間に、蝶は月明かりを浴びて夜空へ羽ばたいて行った。
「これがマジック…凄い、初めて見ました!」
噂には聞いていたものの、目の当たりにした光景がいまだに信じられない。
驚きと賞賛を込めてセルヴェを見つめた。
「困ったな、ほんの少しのつもりだったのに…そんな顔されると、もっと見せたくなるよ」
少し照れくさそう微笑むと、よしっと意気込むセルヴェ。
そこから彼とオルガレーノだけの、小さなマジックショーが始まった。
* * *
「さて、そろそろ外出禁止時間だ。部屋に戻ろう」
あまりにもあっという間で、言われるまで全く気付かなかった。
そうですね、と呟いてオルガレーノが立ち上がろうとすると、セルヴェがオルガレーノの咥える煙草にそっと手を伸ばした。
「タバコの吸いすぎは良くないからね。眠れないなら…」
煙草を、下から手を添えてすっと取り上げる。
オルガレーノは不満も言わず、むしろ次は何が起こるか楽しみで、セルヴェの手つきをじっと見守る。
火のついた煙草を逆の手で包み、両手でぐしゃぐしゃと握り潰してしまった。
一瞬ぐっと力を込めた後、開いた彼の手から現れたのは一輪の花。月光で淡く輝く白い花弁が鮮やかでとても美しい。
「ガーデニア…クチナシとも言う、香りに安眠効果のある花だ。君がゆっくり眠れるように」
そう言ってオルガレーノの手に持たせ、反対側の手の甲に軽く口付ける。
「わぁ…ありがとうございます。貴方は、本当に凄いマジシャンです、ロイさん」
「セルヴェでいいさ、オルガレーノ。敬語も外してもらって構わない。これだけ喜んでもらえたならマジシャン冥利につきるよ。私も楽しかった」
「それなら…分かったよ、セルヴェ。改めてありがとう」
今度こそ立ち上がり、セルヴェに着いて居住区角に向かう。
「今夜はありがとう。良かったら…またマジックを見せてくれないかな?」
「勿論、お安いご用さ。…それじゃおやすみ
オルガレーノ」
「うん、おやすみ」
挨拶を交わすと、別れてそれぞれの部屋に向かっていく。
セルヴェのマジックと最後に受け取った花。
落ち着かなかった気持ちを忘れるくらい、今は楽しさと穏やかさで心が満たされている。
部屋に花瓶代わりになるものはあっただろうか、と思案しながらオルガレーノは自室のドアノブに手をかけた。
日頃夕食後は誰かと過ごすか自分の用事を済ませているのだが、今日はそのどちらの予定もない。
こんな静かな夜は気持ちが落ち着かなくて、かと言って誰かに声をかけに行く気分でもない。
なんだか無性に煙草が吸いたくなった。
外出禁止時間まであと1時間ほどある。
昨日から降り続いた雨が夕方頃から止み、澄んだ空気と遮るもののない月明かりが気持ちのいい夜だ。
オルガレーノは空をぼんやり眺めながら紫煙を燻らしていた。
サバイバー用居住区角の突き当たりを抜けた中庭の、更に奥の一角。
建物の影になって常に薄暗く、夜は勿論日中でも人があまり寄らない場所だ。
ここで煙草を吸っているのは人が滅多に来ないから、そして既に煙草葉の灰殻入りの缶があったからだ。
サバイバーかハンターか、誰か喫煙者がいるのだろうか。
「意外だね、君が煙草をやるとは」
声の方を向けば、ハットにロングジャケットで身なりの整えた中年の男がこんばんは、と挨拶してきた。
「こんばんは、ロイさん。…滅多にやらないですが、なんとなく吸いたくなって」
セルヴェ・ル・ロイ。蜃気楼の如く姿をくらますのを得意とするマジシャンだ。
オルガレーノの向かい側に積まれた、彼女が使っているのと似たような木箱に腰掛け、愛用の杖を脇に立てかけた。
「どうだい、荘園の生活は?」
深く息を吸い込み、ゆっくり紫煙を吐き出しながらセルヴェが問う。
「なんとか慣れてきましたよ。ゲーム中の立ち回りとか、荘園内のルールとか、まだ不慣れなところもありますけど…早くもっと役立てるようになりたいです」
ここ最近、オルガレーノの勝率は打ち止まっている。
客観的に見て決して悪い成績ではないが、荘園の生活に慣れるにつれて、もっとなにか自分に出来ることは無いかと焦りを感じ始めていた。
「慣れてきたのなら何より。…ところで
オルガレーノ、手を借りても?」
「えっ?ええ、どうぞ」
なんだろう、と思いながら右手を差し出してみる。
セルヴェはその手に指を添えるとゆっくり指を折り込み、握り拳のような形をつくる。
「いいか、オルガレーノ。君はとても仲間思いで、強くて、真面目な人だ。
だからこそ、この手のように自分の中に閉ざして1人で抱えてしまう」
握らせたオルガレーノの手を、セルヴェの大きな両手が柔らかく包み込む。
「…俺もそうだし、他のサバイバーもいる。もっと頼っていい。
勇気がいるかもしれないが、心を開くからこそ見えるものもある。
こうやって、ね」
大きな手で包み込まれていたオルガレーノの掌を、セルヴェがゆっくりと解いていく。
すると掌の中心には指先ほどの大きさの、菫色の蝶が止まっていた。
「えっ!?いつの間に…」
たった今まで握りこんでいたのに。
驚いている間に、蝶は月明かりを浴びて夜空へ羽ばたいて行った。
「これがマジック…凄い、初めて見ました!」
噂には聞いていたものの、目の当たりにした光景がいまだに信じられない。
驚きと賞賛を込めてセルヴェを見つめた。
「困ったな、ほんの少しのつもりだったのに…そんな顔されると、もっと見せたくなるよ」
少し照れくさそう微笑むと、よしっと意気込むセルヴェ。
そこから彼とオルガレーノだけの、小さなマジックショーが始まった。
* * *
「さて、そろそろ外出禁止時間だ。部屋に戻ろう」
あまりにもあっという間で、言われるまで全く気付かなかった。
そうですね、と呟いてオルガレーノが立ち上がろうとすると、セルヴェがオルガレーノの咥える煙草にそっと手を伸ばした。
「タバコの吸いすぎは良くないからね。眠れないなら…」
煙草を、下から手を添えてすっと取り上げる。
オルガレーノは不満も言わず、むしろ次は何が起こるか楽しみで、セルヴェの手つきをじっと見守る。
火のついた煙草を逆の手で包み、両手でぐしゃぐしゃと握り潰してしまった。
一瞬ぐっと力を込めた後、開いた彼の手から現れたのは一輪の花。月光で淡く輝く白い花弁が鮮やかでとても美しい。
「ガーデニア…クチナシとも言う、香りに安眠効果のある花だ。君がゆっくり眠れるように」
そう言ってオルガレーノの手に持たせ、反対側の手の甲に軽く口付ける。
「わぁ…ありがとうございます。貴方は、本当に凄いマジシャンです、ロイさん」
「セルヴェでいいさ、オルガレーノ。敬語も外してもらって構わない。これだけ喜んでもらえたならマジシャン冥利につきるよ。私も楽しかった」
「それなら…分かったよ、セルヴェ。改めてありがとう」
今度こそ立ち上がり、セルヴェに着いて居住区角に向かう。
「今夜はありがとう。良かったら…またマジックを見せてくれないかな?」
「勿論、お安いご用さ。…それじゃおやすみ
オルガレーノ」
「うん、おやすみ」
挨拶を交わすと、別れてそれぞれの部屋に向かっていく。
セルヴェのマジックと最後に受け取った花。
落ち着かなかった気持ちを忘れるくらい、今は楽しさと穏やかさで心が満たされている。
部屋に花瓶代わりになるものはあっただろうか、と思案しながらオルガレーノは自室のドアノブに手をかけた。
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