白黒無常
名前
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「もう少しでゲートだよ、エマ!」
「もっ、走れない、のっ…!!」
よろめきながらも必死に走る1人と、その後ろを守りながら走るもう1人。庭師のエマと護衛のオルガレーノだ。
2人の数メートル後から追い上げるのは、長身過ぎる点を除けばサバイバーと変わらないような涼しげな容貌の男。
だが綺麗に編み込まれた長髪を揺らし、瞳を真紅に光らせて迫る様は恐怖心を煽るには十分過ぎた。
その男、白黒無常の必安が2人に向けて傘を振りかぶる。
「レノ危な「いいから走って!!」
振り返ろうとするエマを遮り一息で叫ぶ。少しでも足を止めれば確実にやられる。
だが結局、無慈悲な凶器はオルガレーノを強かに打ち据え、彼女をダウンされた。
「庭師には逃げられましたね…さっさとあなたを吊って引き分けましょうか」
慣れた手つきでオルガレーノを吊り上げ、抵抗する間を与えずロケットチェアのそばへ連れていく。
すると椅子には括らず、その手前で彼女を落とした。
「以前から気になっていることがありました」
痛む傷を抑えるオルガレーノなど気にかけず、謝必安は穏やかな口調で言った。
「貴女、警棒で直接ハンターを攻撃しないのは何故です?その方がより確実に動きを止められるでしょう。
武器を投げる時もそうだ…必ず急所を避けている」
「っそれは……」
確かに彼女が警棒で狙うのは、ハンターの飛ばした攻撃や振るった武器、投げる時は手足、腹部など致命傷にならない部位。
意識的にしていることではあったが、こんなに早く、それもハンターから指摘されるとは思いもしなかった。
「……護衛の目的は、あくまで味方を守ることです。…人を傷つけることじゃない」
「おかしなことを…我々ハンターは貴女達を狩る者なのに」
「それでも…出来ない」
清々しく晴れた空。
逃げ惑う聴衆。
真っ赤に染まった演壇。
呆然と立ち尽くす自分……オルガレーノの脳裏に、嫌という程鮮明に蘇る光景。
それが彼女に歯止めをかけていた。
そんな#護衛#の心を知ってか知らずか、じっと黙って見つめる必安。
「……レノは、優しいですね。しかし残念ながら私はハンターですから…貴女を見逃せません」
オルガレーノを担ぎ、今度こそロケットチェアに括りつけた。
最後のサバイバーだったので、即座に椅子が音を立てて回転し始める。
「…では、さようなら」
「っわぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!!」
廃工場の空に、オルガレーノの叫び声が木霊した…
* * *
「痛ったたた…」
あの後怪我をして帰ったオルガレーノが、泣きながら謝るエマをあの手この手で宥め賺して落ち着かせ、エミリーのお説教まじりの処置を受けて夕食を済ませて…気がつけばとっくに夜が更けていた。
目まぐるしい1日の終わりに一息つくべく、庭に来て噴水の水音をBGMにベンチで寛いでいた。
ギィッ…っと庭の扉が開く音がする。
誰が来たのかと視線を寄越す前に、来訪者の方からオルガレーノに声をかけてきた。
「おい」
「無咎さん…」
目の前にいるのは、今日のゲームのハンターだった無咎。
ゲーム外でサバイバーとハンターが交流すること自体はよくあるが、白黒無常の、特に無咎が訪ねてくるのはかなり珍しい。
心做しか元気のないような、落ち込んだような表情をしている。
断りもせず隣にドカッと腰掛けてから言った。
「必安…白い方が、お前と話したいと言っている」
「必安が?」
一体私に何の用だろう?そして用があるなら何故初めから彼が来ないのだろう?
頭の中は疑問符だらけだが、断る理由もないので了承した。
とぷんっと黒い沼のような地面に沈み、続けて現れた必安。
彼は無咎よりわかりやすく、眉間に皺を寄せ、苦しげな表情をしていた。
「こんばんは。怪我は…如何ですか」
「こんばんは…エミリーに手当してもらいましたから、問題ないですよ」
「そうですか…」
それきりなかなか口を開かない必安。
「ゲームの後に貴女のことが気になって情報を見ました。レノさんは……」
意を決したかのように口を開く必安。
ずっと伏せていた目をゆっくりと上げ、オルガレーノと視線を合わせる。
「…弟さんを、殺してしまったのですね」
「っ!?」
ドクンッ、と心臓を締め付けられる感覚と息の仕方すら分からなくなるほどの圧迫感。
何故それを、と問う余裕もないオルガレーノに、更に顔を歪めながら続ける謝必安。
「私達ハンターは、貴女達がそうであるようにサバイバーの情報を与えられます。
名前と容貌、能力、使用する道具、そして…ゲームで脱落させたことのあるサバイバーに限り、荘園に来た経緯も。
サバイバーに他サバイバーの情報を流すのは厳禁、という条件付きですが」
背の高い彼とは座ってもまだ差はあるものの、目線は大分近づいて表情がよく見える。
「私はかつて、無咎とは実の兄弟のような仲でした。でも私は…私の言葉のせいで、彼を死なせてしまいました…」
「っ!?」
衝撃の告白に言葉が出ず、目を見張るオルガレーノ。
必安の手がゆっくりレノの頬を包み込む。
「私の無咎を守りたかった気持ちと、貴女の弟さんを守りたかった気持ち…今ここで他の方達を守ろうとする気持ちを重ねてしまった…ハンター失格ですね」
彼の瞳は潤んで、ランタンの灯火で目の縁が煌めいていた。
オルガレーノの後頭部と背中に手を添わせて、抱き寄せる。
「サバイバーとハンターとしてではなく、もっと別の形で…貴女と、出会いたかった…っ!」
オルガレーノの肩に顔を埋めて、弱々しく震える声で吐き出された言葉は、耳元でなければ空気に溶けて聞き取れなかっただろう。
生きた人間にしては低すぎる、回された腕や密着する胸板の体温。
血が通わないと言うには温かすぎる、肩にじんわりと広がる熱。
「必安…っ」
嗚咽混じりの彼の言葉に耐えきれなくなり、オルガレーノの瞳からも涙が溢れ止まらなくなった。
政治家の演説にはもってこいの清々しく晴れた空。
壇上に躍り出た暴漢に逃げ惑う聴衆。
攻防の末に、頭に致命傷を受けて倒れた暴漢の血で真っ赤に染まった演壇。
暴漢の目出し帽を剥ぎ取り、その正体が弟と知り呆然と立ち尽くす自分……オルガレーノの脳裏に、嫌という程鮮明に蘇る光景。
犯してしまった取り返しのつかない過ちが焼き付いて離れず、彼女の心を責め苛んでいた。
今まで誰にも明かせずにいた苦しみを、成り行きとはいえ分かちあえたことに、数多の感情が氾濫している。
「荘園にいる限り私と貴女は永遠にハンターとサバイバーで、戦う仲です。ですが…今だけでもいい、分かり合えると思いたい。
もしお嫌でなければ…もう少し、こうしててもいいですか?」
この感情をどんな言葉にしていいか分からなかった。
ただこの温もりに安堵を覚えているのは確かで。
オルガレーノが無言でこくりと頷けば僅かに表情が緩んだ必安。
抱きしめ合いながら、時間をかけて少しずつ気持ちが落ち着くにつれ、ゲームと激しい感情の起伏による疲労が出てきた2人は、互いの体温に身を委ねながら穏やかな眠りに落ちていった。
「もっ、走れない、のっ…!!」
よろめきながらも必死に走る1人と、その後ろを守りながら走るもう1人。庭師のエマと護衛のオルガレーノだ。
2人の数メートル後から追い上げるのは、長身過ぎる点を除けばサバイバーと変わらないような涼しげな容貌の男。
だが綺麗に編み込まれた長髪を揺らし、瞳を真紅に光らせて迫る様は恐怖心を煽るには十分過ぎた。
その男、白黒無常の必安が2人に向けて傘を振りかぶる。
「レノ危な「いいから走って!!」
振り返ろうとするエマを遮り一息で叫ぶ。少しでも足を止めれば確実にやられる。
だが結局、無慈悲な凶器はオルガレーノを強かに打ち据え、彼女をダウンされた。
「庭師には逃げられましたね…さっさとあなたを吊って引き分けましょうか」
慣れた手つきでオルガレーノを吊り上げ、抵抗する間を与えずロケットチェアのそばへ連れていく。
すると椅子には括らず、その手前で彼女を落とした。
「以前から気になっていることがありました」
痛む傷を抑えるオルガレーノなど気にかけず、謝必安は穏やかな口調で言った。
「貴女、警棒で直接ハンターを攻撃しないのは何故です?その方がより確実に動きを止められるでしょう。
武器を投げる時もそうだ…必ず急所を避けている」
「っそれは……」
確かに彼女が警棒で狙うのは、ハンターの飛ばした攻撃や振るった武器、投げる時は手足、腹部など致命傷にならない部位。
意識的にしていることではあったが、こんなに早く、それもハンターから指摘されるとは思いもしなかった。
「……護衛の目的は、あくまで味方を守ることです。…人を傷つけることじゃない」
「おかしなことを…我々ハンターは貴女達を狩る者なのに」
「それでも…出来ない」
清々しく晴れた空。
逃げ惑う聴衆。
真っ赤に染まった演壇。
呆然と立ち尽くす自分……オルガレーノの脳裏に、嫌という程鮮明に蘇る光景。
それが彼女に歯止めをかけていた。
そんな#護衛#の心を知ってか知らずか、じっと黙って見つめる必安。
「……レノは、優しいですね。しかし残念ながら私はハンターですから…貴女を見逃せません」
オルガレーノを担ぎ、今度こそロケットチェアに括りつけた。
最後のサバイバーだったので、即座に椅子が音を立てて回転し始める。
「…では、さようなら」
「っわぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!!」
廃工場の空に、オルガレーノの叫び声が木霊した…
* * *
「痛ったたた…」
あの後怪我をして帰ったオルガレーノが、泣きながら謝るエマをあの手この手で宥め賺して落ち着かせ、エミリーのお説教まじりの処置を受けて夕食を済ませて…気がつけばとっくに夜が更けていた。
目まぐるしい1日の終わりに一息つくべく、庭に来て噴水の水音をBGMにベンチで寛いでいた。
ギィッ…っと庭の扉が開く音がする。
誰が来たのかと視線を寄越す前に、来訪者の方からオルガレーノに声をかけてきた。
「おい」
「無咎さん…」
目の前にいるのは、今日のゲームのハンターだった無咎。
ゲーム外でサバイバーとハンターが交流すること自体はよくあるが、白黒無常の、特に無咎が訪ねてくるのはかなり珍しい。
心做しか元気のないような、落ち込んだような表情をしている。
断りもせず隣にドカッと腰掛けてから言った。
「必安…白い方が、お前と話したいと言っている」
「必安が?」
一体私に何の用だろう?そして用があるなら何故初めから彼が来ないのだろう?
頭の中は疑問符だらけだが、断る理由もないので了承した。
とぷんっと黒い沼のような地面に沈み、続けて現れた必安。
彼は無咎よりわかりやすく、眉間に皺を寄せ、苦しげな表情をしていた。
「こんばんは。怪我は…如何ですか」
「こんばんは…エミリーに手当してもらいましたから、問題ないですよ」
「そうですか…」
それきりなかなか口を開かない必安。
「ゲームの後に貴女のことが気になって情報を見ました。レノさんは……」
意を決したかのように口を開く必安。
ずっと伏せていた目をゆっくりと上げ、オルガレーノと視線を合わせる。
「…弟さんを、殺してしまったのですね」
「っ!?」
ドクンッ、と心臓を締め付けられる感覚と息の仕方すら分からなくなるほどの圧迫感。
何故それを、と問う余裕もないオルガレーノに、更に顔を歪めながら続ける謝必安。
「私達ハンターは、貴女達がそうであるようにサバイバーの情報を与えられます。
名前と容貌、能力、使用する道具、そして…ゲームで脱落させたことのあるサバイバーに限り、荘園に来た経緯も。
サバイバーに他サバイバーの情報を流すのは厳禁、という条件付きですが」
背の高い彼とは座ってもまだ差はあるものの、目線は大分近づいて表情がよく見える。
「私はかつて、無咎とは実の兄弟のような仲でした。でも私は…私の言葉のせいで、彼を死なせてしまいました…」
「っ!?」
衝撃の告白に言葉が出ず、目を見張るオルガレーノ。
必安の手がゆっくりレノの頬を包み込む。
「私の無咎を守りたかった気持ちと、貴女の弟さんを守りたかった気持ち…今ここで他の方達を守ろうとする気持ちを重ねてしまった…ハンター失格ですね」
彼の瞳は潤んで、ランタンの灯火で目の縁が煌めいていた。
オルガレーノの後頭部と背中に手を添わせて、抱き寄せる。
「サバイバーとハンターとしてではなく、もっと別の形で…貴女と、出会いたかった…っ!」
オルガレーノの肩に顔を埋めて、弱々しく震える声で吐き出された言葉は、耳元でなければ空気に溶けて聞き取れなかっただろう。
生きた人間にしては低すぎる、回された腕や密着する胸板の体温。
血が通わないと言うには温かすぎる、肩にじんわりと広がる熱。
「必安…っ」
嗚咽混じりの彼の言葉に耐えきれなくなり、オルガレーノの瞳からも涙が溢れ止まらなくなった。
政治家の演説にはもってこいの清々しく晴れた空。
壇上に躍り出た暴漢に逃げ惑う聴衆。
攻防の末に、頭に致命傷を受けて倒れた暴漢の血で真っ赤に染まった演壇。
暴漢の目出し帽を剥ぎ取り、その正体が弟と知り呆然と立ち尽くす自分……オルガレーノの脳裏に、嫌という程鮮明に蘇る光景。
犯してしまった取り返しのつかない過ちが焼き付いて離れず、彼女の心を責め苛んでいた。
今まで誰にも明かせずにいた苦しみを、成り行きとはいえ分かちあえたことに、数多の感情が氾濫している。
「荘園にいる限り私と貴女は永遠にハンターとサバイバーで、戦う仲です。ですが…今だけでもいい、分かり合えると思いたい。
もしお嫌でなければ…もう少し、こうしててもいいですか?」
この感情をどんな言葉にしていいか分からなかった。
ただこの温もりに安堵を覚えているのは確かで。
オルガレーノが無言でこくりと頷けば僅かに表情が緩んだ必安。
抱きしめ合いながら、時間をかけて少しずつ気持ちが落ち着くにつれ、ゲームと激しい感情の起伏による疲労が出てきた2人は、互いの体温に身を委ねながら穏やかな眠りに落ちていった。
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