金狼 「全てのお題をクリアしないと出られない部屋」
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床、天井、扉、家具、全て見覚えがない殺風景な部屋。
気がついたらハクアはここにいた。
「駄目だな、開くことも破ることもできん。そっちはどうだ」
石神村の堅物門番、金狼も。
「これと言って変わったところはなし。普通の棚とベッドだよ」
訳も分からず知らない場所で目を覚ました二人は、まず現状把握のため部屋中を調べ回っていた。
部屋の家具・調度は石化前のものと同じだ。
金狼はベッドや棚そのものを見慣れていなかったため、ハクアが家具類を、金狼がその他を見回っていた。
「やはり、問題はあれだな」
金狼の目線は扉に注がれている。
この部屋最大の異様さは、扉にかけられた錠だ。
見るからに厳つい金属製の南京錠が全部で七つ連なっている。
先程金狼が調べたところ、鍵どころか鍵穴すら見つからない上に、壊そうにも微細な傷をつけるのがやっとの頑丈さとのこと。
「うーん、どうしたものかねぇ……」
この空間の内から外の状況に関して得られる情報が一切なく、通信手段も勿論ない。
どうしたものかと思案するハクアの思考を遮ったのは、驚きに声を上げた金狼だった。
「おい!あれは……」
指差しているのはこの部屋のだだっ広い壁だ。
先程まで無地だった壁にじわじわと染みが広がり、やがてそれが文字を象っていった。
「な、何これ……」
部屋の中からならどこからでも読めるであろう大きさのそれは、手書きのような書体でハクアは不気味さを覚える。
「『て』『の』『お』……見覚えのある文字もあるがほとんどわからん。なんと書いてあるんだ?」
「えーっと…」
『全てのお題に答えれば扉は開く』
「だって」
「なんだそれは……訳が分からんな」
「そう、だね」
お題とは何のことか。
どんな仕組みでこの部屋が出来ているのか。
そもそも誰が何の目的でこんな部屋に二人を閉じ込めたのか。
益々二人の頭が疑問符で埋まっていく。
「つまりこれから複数の要求をされて、それに俺たちが答えられれば出られる。それがこの部屋のルールということか」
訳の分からない部屋で、訳の分からない相手から出される要求だ。
何を言われるか気が気じゃない。
万が一怪我でもしたら、ここではまともな治療は望めないだろう。
「大丈夫だ」
「え?」
心の中で様々な最悪を想定して身構えたハクアとは対照的に、金狼は落ち着いた様子だ。
「この状況を仕掛けた奴が何を考えてるか知らんが、体力や腕力がいるものなら俺が引き受ける。頭を使うものなら貴様に任せる。それで大抵対応出来るはずだ」
「……ふふっ、そうだね」
特に気を遣っている様子もなく妙に自信ありげに言うので、その信頼感にハクアも少し安心して肩の力が抜けていく。
ハクアが再び壁に目をやると、先程のメッセージの下に新たな文字が連なっていた。
「『相手に伝えていないことを伝える』……伝えていないこと?」
「なっ、なんだそれはっ」
読み上げられたお題を聞いた金狼の声が僅かに上ずったのを、ハクアは聞き逃さない。
「ん?どうかしたの?」
「い、いや、なんでもない。しかしなんというか、思っていたのと少し違うな」
警戒していたような無理難題では無く、お互いに安堵の溜息が漏れた。
「確かに。『殺し合え』とかじゃなくて良かったね」
「まあその通りだが、発想が物騒すぎるぞ……」
石化前の世界で、閉鎖空間でやたらと殺し合う創作物に慣れたハクアの発言に、やや呆れ気味の金狼がつっこむ。
緊張が解れたので再びお題に頭を切り替えたものの、漠然としていて今ひとつピンと来ない。
物は試しとハクアは思ったことを口にしてみた。
「んー、例えば……実はどうして金狼が前髪を一部だけ伸ばしてるのか、結構気になってる、とか」
「それは……内緒だ」
「え、内緒なの!?そう言われると余計気になるんだけど」
素朴な疑問を投げてみれば思いの外金狼の反応がよく、つい聞いてしまう。
「い、今はそれよりここから出るのが先決だろう!扉に何か変化はないか?」
かなり無理矢理話を逸らされたが、彼の主張は最もではある。
ハクアは渋々話を切り上げ扉を確認したが、七つの錠は依然としてそこにあった。
「変化なし。じゃあ次、金狼はどう?」
「俺か?そうだな……」
一人でネタ出しするには限度があるし、金狼が自分に何を思っているかも気になる。
軽い気持ちでハクアは話題を振ってみた。
「泳げないのを隠したがっているようだが、恥じる必要はないのではないか」
「ぅえっ!?な、なんでそれを!?」
……そしてそれを全力で後悔した。
自分の秘密がバレていたと思わぬところで暴露されて、驚きのあまり今まで出したことの無いような声が出てしまった。
普段冷静なハクアの異様な驚き方に釣られたのか、金狼の肩がビクッと跳ねる。
「すまん、そこまで驚くとは思わなかった」
「いや、こっちこそ急にごめん。……まさか誰かに知られてたって思わなくて。でも、どうして分かったの?」
石化前から泳げないことをコンプレックスに思っていたが、当たり前に泳げる人々に囲まれた石化後の世界での生活がそれに拍車をかけた。
だからこそずっと黙っていたのだが、一体いつ気付いたのだろう。
「村の周りを歩いていた時、川の浅瀬で水に顔をつけたり離したりしているのを何度か見かけた。それを見ていたら、銀狼が泳ぎの練習をしていた頃を思い出してな、それでだ」
確かに、せめて水への苦手意識を少しでもなくそうと最近川で地道に慣れる練習をしていた。
見つからないように人のいない明け方を狙っていたのだが、金狼にはバレていたようだ。
「気づいた瞬間、驚かなかったといえば嘘になる」
「だ、だよねー……」
改めて口にされるとそれなりに心にクるものがあるが、事実なので力なく頷く。
「だがこれまで必要がなかったのなら分からんでもない。そして必要になったならこれから身につければいい。……俺でよければ、協力する」
「えっ、いいの?」
金狼の思わぬ申し出に、ハクアの表情がパッと明るくなった。
ちょうど自力での体得に限界を感じていたところだ、泳ぎ上手で基本に忠実な金狼が教えてくれるなら非常に心強い。
「ああ、俺も文字を教わっているしな。……その為にも、早くここから出るぞ」
「金狼……ありがとう。そうだね、そうと決まればさっさとお題をクリアしよう!」
扉の錠は相変わらず閉まったままで、閉じ込められた状況に変わりはない。
しかし脱出後の励みができて、ハクアの心は俄然前向きになり思わず笑みがこぼれる。
そんなハクアの笑顔をみて、金狼もフッと微笑んだ。
***
その後しばらくああだこうだと数十回はやり取りしたが変化は起きず、早い話が手詰まりになっていた。
「うーん、そろそろさすがに出し尽くしたかなー……金狼は?」
「俺は……」
「あれ、まだありそう?どんなことー?」
ハクアがもういい加減何も思いつかなくなり金狼に振れば、どうも彼はそうではないしい。
これだけ話してもまだあるのかと気になり催促したが、うんうん唸ったり、いやしかしと言い淀んだり、言いにくそうな金狼の様子に段々不安な気持ちになってきた。
「もしかして……不満とか?大丈夫だよ、こんな状況だし、そもそも不満があるってことは私にも非があるだろうし。金狼さえ良ければ教えてよ」
もし不満だったら割とショックだが、金狼だって言いづらいはずだ。
そう思い、少しでも切り出しやすくなるよう敢えて明るくハクアは切り出した。
「不満では断じてない!!ただその……タイミングが、悪い」
「タイミング?」
不満の類ではないことに安堵しつつ、更なる疑問は募るばかりだ。
「こんな時に言うべきではないという意味だ。……だがもうそれくらいしか思いつかん」
ここまで歯切れの悪い金狼を見るのが初めてで、このまま話をさせてしまっていいのか、止めるべきか迷ったハクアは、結局結論が出せず黙った。
むむむ、と眉間の皺を深めてギュッと目を瞑り、腹を括ったようにフゥーッと大きく息を吐いた。
そしてハクアに真っ直ぐ向き直りいいか、と前置きして金狼が続ける。
「これはこの状況下だから止むを得ず言うが、まだ伝える気はなかった。返事は不要だ、そのまま聞き流してくれ」
金狼の真剣さに釣られ、ハクアが固唾を呑む。
「……好きだ」
「………………はい?」
「ハクアが、好きだ」
「えっ……いや、あのっ」
予想外の告白にハクアの頭が真っ白になった。
聞き返したのは聞こえなかったからではないのだが、律儀に繰り返す金狼。
眉間の皺は先程より深まり酷く赤面しているが、目はきちんとハクアを見つめている。
そんな金狼をみてようやく現状を理解したハクアは、一気に顔が熱くなるのを自覚した。
自覚したところでどうにか出来る訳もなく、ただ無意識に口元を手で隠してしまう。
ガチャッ……カァンッ……
沈黙の中鳴り響いた金属音。
大きな音に振り返った二人の目に、床に落ちた一つ目の南京錠が映った。
気がついたらハクアはここにいた。
「駄目だな、開くことも破ることもできん。そっちはどうだ」
石神村の堅物門番、金狼も。
「これと言って変わったところはなし。普通の棚とベッドだよ」
訳も分からず知らない場所で目を覚ました二人は、まず現状把握のため部屋中を調べ回っていた。
部屋の家具・調度は石化前のものと同じだ。
金狼はベッドや棚そのものを見慣れていなかったため、ハクアが家具類を、金狼がその他を見回っていた。
「やはり、問題はあれだな」
金狼の目線は扉に注がれている。
この部屋最大の異様さは、扉にかけられた錠だ。
見るからに厳つい金属製の南京錠が全部で七つ連なっている。
先程金狼が調べたところ、鍵どころか鍵穴すら見つからない上に、壊そうにも微細な傷をつけるのがやっとの頑丈さとのこと。
「うーん、どうしたものかねぇ……」
この空間の内から外の状況に関して得られる情報が一切なく、通信手段も勿論ない。
どうしたものかと思案するハクアの思考を遮ったのは、驚きに声を上げた金狼だった。
「おい!あれは……」
指差しているのはこの部屋のだだっ広い壁だ。
先程まで無地だった壁にじわじわと染みが広がり、やがてそれが文字を象っていった。
「な、何これ……」
部屋の中からならどこからでも読めるであろう大きさのそれは、手書きのような書体でハクアは不気味さを覚える。
「『て』『の』『お』……見覚えのある文字もあるがほとんどわからん。なんと書いてあるんだ?」
「えーっと…」
『全てのお題に答えれば扉は開く』
「だって」
「なんだそれは……訳が分からんな」
「そう、だね」
お題とは何のことか。
どんな仕組みでこの部屋が出来ているのか。
そもそも誰が何の目的でこんな部屋に二人を閉じ込めたのか。
益々二人の頭が疑問符で埋まっていく。
「つまりこれから複数の要求をされて、それに俺たちが答えられれば出られる。それがこの部屋のルールということか」
訳の分からない部屋で、訳の分からない相手から出される要求だ。
何を言われるか気が気じゃない。
万が一怪我でもしたら、ここではまともな治療は望めないだろう。
「大丈夫だ」
「え?」
心の中で様々な最悪を想定して身構えたハクアとは対照的に、金狼は落ち着いた様子だ。
「この状況を仕掛けた奴が何を考えてるか知らんが、体力や腕力がいるものなら俺が引き受ける。頭を使うものなら貴様に任せる。それで大抵対応出来るはずだ」
「……ふふっ、そうだね」
特に気を遣っている様子もなく妙に自信ありげに言うので、その信頼感にハクアも少し安心して肩の力が抜けていく。
ハクアが再び壁に目をやると、先程のメッセージの下に新たな文字が連なっていた。
「『相手に伝えていないことを伝える』……伝えていないこと?」
「なっ、なんだそれはっ」
読み上げられたお題を聞いた金狼の声が僅かに上ずったのを、ハクアは聞き逃さない。
「ん?どうかしたの?」
「い、いや、なんでもない。しかしなんというか、思っていたのと少し違うな」
警戒していたような無理難題では無く、お互いに安堵の溜息が漏れた。
「確かに。『殺し合え』とかじゃなくて良かったね」
「まあその通りだが、発想が物騒すぎるぞ……」
石化前の世界で、閉鎖空間でやたらと殺し合う創作物に慣れたハクアの発言に、やや呆れ気味の金狼がつっこむ。
緊張が解れたので再びお題に頭を切り替えたものの、漠然としていて今ひとつピンと来ない。
物は試しとハクアは思ったことを口にしてみた。
「んー、例えば……実はどうして金狼が前髪を一部だけ伸ばしてるのか、結構気になってる、とか」
「それは……内緒だ」
「え、内緒なの!?そう言われると余計気になるんだけど」
素朴な疑問を投げてみれば思いの外金狼の反応がよく、つい聞いてしまう。
「い、今はそれよりここから出るのが先決だろう!扉に何か変化はないか?」
かなり無理矢理話を逸らされたが、彼の主張は最もではある。
ハクアは渋々話を切り上げ扉を確認したが、七つの錠は依然としてそこにあった。
「変化なし。じゃあ次、金狼はどう?」
「俺か?そうだな……」
一人でネタ出しするには限度があるし、金狼が自分に何を思っているかも気になる。
軽い気持ちでハクアは話題を振ってみた。
「泳げないのを隠したがっているようだが、恥じる必要はないのではないか」
「ぅえっ!?な、なんでそれを!?」
……そしてそれを全力で後悔した。
自分の秘密がバレていたと思わぬところで暴露されて、驚きのあまり今まで出したことの無いような声が出てしまった。
普段冷静なハクアの異様な驚き方に釣られたのか、金狼の肩がビクッと跳ねる。
「すまん、そこまで驚くとは思わなかった」
「いや、こっちこそ急にごめん。……まさか誰かに知られてたって思わなくて。でも、どうして分かったの?」
石化前から泳げないことをコンプレックスに思っていたが、当たり前に泳げる人々に囲まれた石化後の世界での生活がそれに拍車をかけた。
だからこそずっと黙っていたのだが、一体いつ気付いたのだろう。
「村の周りを歩いていた時、川の浅瀬で水に顔をつけたり離したりしているのを何度か見かけた。それを見ていたら、銀狼が泳ぎの練習をしていた頃を思い出してな、それでだ」
確かに、せめて水への苦手意識を少しでもなくそうと最近川で地道に慣れる練習をしていた。
見つからないように人のいない明け方を狙っていたのだが、金狼にはバレていたようだ。
「気づいた瞬間、驚かなかったといえば嘘になる」
「だ、だよねー……」
改めて口にされるとそれなりに心にクるものがあるが、事実なので力なく頷く。
「だがこれまで必要がなかったのなら分からんでもない。そして必要になったならこれから身につければいい。……俺でよければ、協力する」
「えっ、いいの?」
金狼の思わぬ申し出に、ハクアの表情がパッと明るくなった。
ちょうど自力での体得に限界を感じていたところだ、泳ぎ上手で基本に忠実な金狼が教えてくれるなら非常に心強い。
「ああ、俺も文字を教わっているしな。……その為にも、早くここから出るぞ」
「金狼……ありがとう。そうだね、そうと決まればさっさとお題をクリアしよう!」
扉の錠は相変わらず閉まったままで、閉じ込められた状況に変わりはない。
しかし脱出後の励みができて、ハクアの心は俄然前向きになり思わず笑みがこぼれる。
そんなハクアの笑顔をみて、金狼もフッと微笑んだ。
***
その後しばらくああだこうだと数十回はやり取りしたが変化は起きず、早い話が手詰まりになっていた。
「うーん、そろそろさすがに出し尽くしたかなー……金狼は?」
「俺は……」
「あれ、まだありそう?どんなことー?」
ハクアがもういい加減何も思いつかなくなり金狼に振れば、どうも彼はそうではないしい。
これだけ話してもまだあるのかと気になり催促したが、うんうん唸ったり、いやしかしと言い淀んだり、言いにくそうな金狼の様子に段々不安な気持ちになってきた。
「もしかして……不満とか?大丈夫だよ、こんな状況だし、そもそも不満があるってことは私にも非があるだろうし。金狼さえ良ければ教えてよ」
もし不満だったら割とショックだが、金狼だって言いづらいはずだ。
そう思い、少しでも切り出しやすくなるよう敢えて明るくハクアは切り出した。
「不満では断じてない!!ただその……タイミングが、悪い」
「タイミング?」
不満の類ではないことに安堵しつつ、更なる疑問は募るばかりだ。
「こんな時に言うべきではないという意味だ。……だがもうそれくらいしか思いつかん」
ここまで歯切れの悪い金狼を見るのが初めてで、このまま話をさせてしまっていいのか、止めるべきか迷ったハクアは、結局結論が出せず黙った。
むむむ、と眉間の皺を深めてギュッと目を瞑り、腹を括ったようにフゥーッと大きく息を吐いた。
そしてハクアに真っ直ぐ向き直りいいか、と前置きして金狼が続ける。
「これはこの状況下だから止むを得ず言うが、まだ伝える気はなかった。返事は不要だ、そのまま聞き流してくれ」
金狼の真剣さに釣られ、ハクアが固唾を呑む。
「……好きだ」
「………………はい?」
「ハクアが、好きだ」
「えっ……いや、あのっ」
予想外の告白にハクアの頭が真っ白になった。
聞き返したのは聞こえなかったからではないのだが、律儀に繰り返す金狼。
眉間の皺は先程より深まり酷く赤面しているが、目はきちんとハクアを見つめている。
そんな金狼をみてようやく現状を理解したハクアは、一気に顔が熱くなるのを自覚した。
自覚したところでどうにか出来る訳もなく、ただ無意識に口元を手で隠してしまう。
ガチャッ……カァンッ……
沈黙の中鳴り響いた金属音。
大きな音に振り返った二人の目に、床に落ちた一つ目の南京錠が映った。
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