探鉱者
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もたれかかった岩肌は初夏だと言うのに妙に冷たく湿っぽくて、雨なんて降ったっけとぼんやり記憶を辿ってみた。
「レノ、レノ!!」
駆けつけたノートンの呼び声は酷く切迫している。
過酷なチェイスこなしても大怪我を負っても落ち着き払っている彼でも、こんなに取り乱すことがあるのか。
「ふっ、ふ」
(おかしいな……痛いのに、ちょっと嬉しい)
彼が自分を心配してくれていると思えば、痛みが和らぐ気がするから現金なものだ。
「と、にかく…早く手当てを」
「聞い、てノートン」
傷口ばかりを追っていたノートンの目が、オルガレーノの瞳を捉える。
チェイス中、間違えて磁石拾ってごめん。
寝る前、時々中庭で一緒に過ごす時間が楽しみだった。
最初の1戦で助けられて以来、あなたの背中を見てきた。
いつか外に出た後も一緒に生きたい。
……ずっと前から好きだった。
言えないたくさんの思いを、全部込めて。
「行って」
目を見開いたノートンは何か言いかけたがそれは形にならず、結局口を噤んだ。
そのまま何かを堪えるように固く目を瞑り、長く深く息を吐き出す。
渇いた血液で板のように固まった手袋を外した。
無骨で温かい手がオルガレーノの頬に触れる。
「オルガレーノ、ーーーよ」
穏やかで、少し震えた声で紡がれる言葉。
優しい温もりが、そっと唇に触れた気がした。
***
「オルガレーノ、好きだよ」
それが彼女に届いたのかは分からない。
目を閉じさせたオルガレーノは、ただ眠っているようだ。
その穏やかな表情を見守るノートンの脳裏に、彼女と初めて参加した試合の記憶が蘇る。
オルガレーノと初めてまともに話した時、彼女は傷を負い、廃工場の隅に蹲って震えていた。
初参戦で暗号機4台分チェイスをやるような人間だ、どれだけタガの外れた奴だろうと思っていただけに、予想外のまともな反応に拍子抜けしたのが懐かしい。
その後慣れるにつれ、持ち前の俊敏さを活かしてチェイスや救助を引き受けていたから、彼女のそんな姿を知る者は他にいないだろう。
見違えるくらい頼もしくなっていくオルガレーノから目が離せなくなるのに、そう時間はかからなかった。
「……くっ、と」
肩にオルガレーノの腕をかけておぶり、座った状態からゆっくりと立ち上がった。
脱力した四肢がだらりと下がり、油断すれば直ぐにずり落ちてしまいそうだ。
ノートン自身、負傷したまま時間が経っている。
脱出の為に万全を期すなら、賢明な判断でないことは百も承知している。
それでも、だ。
(置いていけない、絶対に)
もう話しかけてくれることも、笑いかけてくれることもない。
それでも、どんな形であれ一緒に外の世界に出たかった。
「ぐっ…は、ぁ」
躓いて転びかけるのを何とかこらえ、もう一度体制を整える。
腹部や腿から生暖かい感触がジワジワと伝い流れる度、身体から力が抜けていくような感覚がしていた。
気の遠くなるような思いで歩いた末に、見つけた外界へのゲート。
「はっ、あと、少し…」
傷が浅い左半身でオルガレーノを支え、右腕でキーを打ち込む。
そこには自分のでは無い誰かの渇いた血がこびりついている。
ガタン……ゴ……ゴゴゴ……
鈍い音を立てながら徐々に開く門。
外は霧がかっていてよく見えないが、荘園とは異なるどこかの気配がする。
外の世界が見えて無意識に力が抜けたのか、足が縺れて受身も取れずにノートンは倒れこんだ。
背中から投げ出された彼女の元へ行きたいのに足に力が入らなくて、腕で身体を支えて這いずった。
乱れたオルガレーノの前髪をそっとかき分ける。
初めて間近でみた、穏やかな顔が愛おしい。
「レノ、オルガレーノ……君と、一緒に……」
何故かわからないが、やけに視界が滲む。
目の前にいるはずのオルガレーノを確かに感じたくて、強く抱きしめた。
***
「見つけた」
美智子が地面に続く血の跡を辿って最後のサバイバーを見つけたのは、外界へ続くゲートの数歩手前だった。
うつ伏せに倒れたオルガレーノと、彼女を抱きしめたまま隣で倒れるノートン。
彼の手元の土に、地面を掴んで身体を引きずろうとしたような跡が残っている。
先に事切れたのはオルガレーノの方だったのだろう。
その後彼女を背負って逃げたノートンも、ここで力尽きた。
ゲートまで残り数m。彼は何を思ったか。
(一緒に、出たかったのね)
ノートンに負わせた傷が深かったことは、負わせた美智子自身がよく分かっている。
そんな傷を負っても尚、オルガレーノの遺体を置いていけなかったのか。
彼らは許されぬ罪を抱えた者たちだ。
それでも、共に最後を迎えた二人を見ると過去の自分が思い出され、胸の奥が痛む。
ハンターとしての役割と、一人の人間としての意識が葛藤の末、美智子は二人の身体を抱えあげた。
それでもノートンの腕はオルガレーノを離そうとしない。
生きていた頃は人を持ち上げるなどとんでもない話だったが、異形と化して久しい美智子には容易なことだった。
(…次目覚めた時も、一緒だといいわね)
彼らの死生観は自分のいた国のものとは異なると聞いた。
確か死後も魂は残り、来る日に再び肉体に宿るのだったか。
朧気にしか覚えていないが、せめて彼らの望む形で添い遂げられればいい。
ゲートの外、自分が近付けるギリギリまで歩み寄り、ノートンとオルガレーノの身体をそっと下ろす。
美智子が数歩後ずさると、ゆっくりと立ち込めた霧が二人の身体を覆う。
霧が晴れた頃には、二人の姿はなく、ただ外の世界だけが見えていた。
「レノ、レノ!!」
駆けつけたノートンの呼び声は酷く切迫している。
過酷なチェイスこなしても大怪我を負っても落ち着き払っている彼でも、こんなに取り乱すことがあるのか。
「ふっ、ふ」
(おかしいな……痛いのに、ちょっと嬉しい)
彼が自分を心配してくれていると思えば、痛みが和らぐ気がするから現金なものだ。
「と、にかく…早く手当てを」
「聞い、てノートン」
傷口ばかりを追っていたノートンの目が、オルガレーノの瞳を捉える。
チェイス中、間違えて磁石拾ってごめん。
寝る前、時々中庭で一緒に過ごす時間が楽しみだった。
最初の1戦で助けられて以来、あなたの背中を見てきた。
いつか外に出た後も一緒に生きたい。
……ずっと前から好きだった。
言えないたくさんの思いを、全部込めて。
「行って」
目を見開いたノートンは何か言いかけたがそれは形にならず、結局口を噤んだ。
そのまま何かを堪えるように固く目を瞑り、長く深く息を吐き出す。
渇いた血液で板のように固まった手袋を外した。
無骨で温かい手がオルガレーノの頬に触れる。
「オルガレーノ、ーーーよ」
穏やかで、少し震えた声で紡がれる言葉。
優しい温もりが、そっと唇に触れた気がした。
***
「オルガレーノ、好きだよ」
それが彼女に届いたのかは分からない。
目を閉じさせたオルガレーノは、ただ眠っているようだ。
その穏やかな表情を見守るノートンの脳裏に、彼女と初めて参加した試合の記憶が蘇る。
オルガレーノと初めてまともに話した時、彼女は傷を負い、廃工場の隅に蹲って震えていた。
初参戦で暗号機4台分チェイスをやるような人間だ、どれだけタガの外れた奴だろうと思っていただけに、予想外のまともな反応に拍子抜けしたのが懐かしい。
その後慣れるにつれ、持ち前の俊敏さを活かしてチェイスや救助を引き受けていたから、彼女のそんな姿を知る者は他にいないだろう。
見違えるくらい頼もしくなっていくオルガレーノから目が離せなくなるのに、そう時間はかからなかった。
「……くっ、と」
肩にオルガレーノの腕をかけておぶり、座った状態からゆっくりと立ち上がった。
脱力した四肢がだらりと下がり、油断すれば直ぐにずり落ちてしまいそうだ。
ノートン自身、負傷したまま時間が経っている。
脱出の為に万全を期すなら、賢明な判断でないことは百も承知している。
それでも、だ。
(置いていけない、絶対に)
もう話しかけてくれることも、笑いかけてくれることもない。
それでも、どんな形であれ一緒に外の世界に出たかった。
「ぐっ…は、ぁ」
躓いて転びかけるのを何とかこらえ、もう一度体制を整える。
腹部や腿から生暖かい感触がジワジワと伝い流れる度、身体から力が抜けていくような感覚がしていた。
気の遠くなるような思いで歩いた末に、見つけた外界へのゲート。
「はっ、あと、少し…」
傷が浅い左半身でオルガレーノを支え、右腕でキーを打ち込む。
そこには自分のでは無い誰かの渇いた血がこびりついている。
ガタン……ゴ……ゴゴゴ……
鈍い音を立てながら徐々に開く門。
外は霧がかっていてよく見えないが、荘園とは異なるどこかの気配がする。
外の世界が見えて無意識に力が抜けたのか、足が縺れて受身も取れずにノートンは倒れこんだ。
背中から投げ出された彼女の元へ行きたいのに足に力が入らなくて、腕で身体を支えて這いずった。
乱れたオルガレーノの前髪をそっとかき分ける。
初めて間近でみた、穏やかな顔が愛おしい。
「レノ、オルガレーノ……君と、一緒に……」
何故かわからないが、やけに視界が滲む。
目の前にいるはずのオルガレーノを確かに感じたくて、強く抱きしめた。
***
「見つけた」
美智子が地面に続く血の跡を辿って最後のサバイバーを見つけたのは、外界へ続くゲートの数歩手前だった。
うつ伏せに倒れたオルガレーノと、彼女を抱きしめたまま隣で倒れるノートン。
彼の手元の土に、地面を掴んで身体を引きずろうとしたような跡が残っている。
先に事切れたのはオルガレーノの方だったのだろう。
その後彼女を背負って逃げたノートンも、ここで力尽きた。
ゲートまで残り数m。彼は何を思ったか。
(一緒に、出たかったのね)
ノートンに負わせた傷が深かったことは、負わせた美智子自身がよく分かっている。
そんな傷を負っても尚、オルガレーノの遺体を置いていけなかったのか。
彼らは許されぬ罪を抱えた者たちだ。
それでも、共に最後を迎えた二人を見ると過去の自分が思い出され、胸の奥が痛む。
ハンターとしての役割と、一人の人間としての意識が葛藤の末、美智子は二人の身体を抱えあげた。
それでもノートンの腕はオルガレーノを離そうとしない。
生きていた頃は人を持ち上げるなどとんでもない話だったが、異形と化して久しい美智子には容易なことだった。
(…次目覚めた時も、一緒だといいわね)
彼らの死生観は自分のいた国のものとは異なると聞いた。
確か死後も魂は残り、来る日に再び肉体に宿るのだったか。
朧気にしか覚えていないが、せめて彼らの望む形で添い遂げられればいい。
ゲートの外、自分が近付けるギリギリまで歩み寄り、ノートンとオルガレーノの身体をそっと下ろす。
美智子が数歩後ずさると、ゆっくりと立ち込めた霧が二人の身体を覆う。
霧が晴れた頃には、二人の姿はなく、ただ外の世界だけが見えていた。
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