短編
あんたも座ってもいいんだよ、と何度も説き伏せてようやく普通に座ってくれるようになったソファに二人で腰かけ、テレビを眺める。それまでは、私は床で、と言って聞かなかった彼は今、かわいい動物の赤ちゃん特集という番組に釘付けだ。彼ら妖怪にとって動物という生き物がどういう位置にあるのかはわからないけれど、やはり俺たちがかわいいと思うものは同じくかわいいと思えるらしい。
「ごーるでんれとりばー、という犬は、とても大きいのに、子犬のころはこんなに小さいものなんですね」
目元は面のような布に隠れて見えないにも関わらず、はしゃいだ表情に感じられるのはどうしてだろうか。
「成長したら大きくなるとは言え、子犬は子犬だからなあ。まあ、すぐにでかくなるとは思うけど」
画面の中では子犬が飼い主の後ろをついて回り、尻尾をぶんぶんと振り回してころりころりと転がりまわっていた。
とってもかわいいです、とへにゃへにゃ笑うので、俺はそれに頷きながらそのやわく弧を描く唇に釘付けになってしまい、ごまかすために煙草を口にくわえる。
「ちょっとベランダ出てくる」
「あ、はい。寒いので、あたたかくしてくださいね」
「うん」
たぶん俺たちは恋仲だ、と思う。たまたま人ではないものが見える俺と、その俺のところにふらふらとやってきたフクロウと名乗った彼との間に、まあまあの感情はあるはずだ。少なくとも俺はそう思っている。好きだ、と伝えはしたし、照れてしまって何も言えない彼の頬に触れるくらいは許してもらえた。
部屋に煙が入らないように締め切ったガラス戸の向こうでは、おそらく彼の耳なのだろうか、ふわふわとした羽のようなものが楽し気に揺らぐのが見える。
正直に言えば、俺は彼に触れたい。唇を奪いたいし、あの羽を遠慮なくまさぐりたいし、出来るならば体も重ねたい。
ただ、彼はとても奥ゆかしく、先にも述べた通り今現在ある触れ合いは頬に触れるくらいだし、手を繋いだこともあったけれどとたんにこわばって固まってしまったフクロウが哀れですぐに放すしかなかった。
冬の夜空にため息交じりの煙が揺れて、星空を曇らせていく。いつの間にかフィルターまでちりちりと焦がしていた火を携帯灰皿に押し付けて殺し、もう一本吸うかと咥えた煙草にライターを近づけたところでからからと音を立てて背後のガラス戸が開いた。フクロウが内側から開けたらしい。俺は咥えていた煙草を箱に戻し、彼に向き直る。
「あのう……」
「ごめん。煙行ってた? ちゃんと閉めたつもりだったんだけど」
「い、いえ。そうではなくて……」
少しもごもごと口ごもったフクロウは、ためらった後、意を決した様子で俺のライターを持った手をまるごと握りしめてきた。俺からしたら弱い力だけれど、彼にとってはそうではないのかもしれない。
「どうしたの、フクロウ」
へたり、と元気をなくしたような顔の横にあるふわふわの羽を撫でてやる。これくらいは許されるだろうと思ってのことだった。
「ん……あ、あの。あんまり、寒いところにおりますと、その……体に、よくないかと、思いまして。それにその、たばこ、も……」
「ああ……心配してくれたの?」
羽から手を移して、自分より低いところにあるフクロウの頭をぐりぐり撫でると、その手に頭を押し付けるように圧を感じた。かわいい、と思うより先に、フクロウの声がまた続く。
「そ、それに、あの……てれびは一人で見ていても、楽しくありませんので……」
一瞬、なんのことだ、と思って、それからすぐに、ああ彼はさみしかったのか、と気が付き、寒さのせいだけではなく染まったフクロウの頬に唇を寄せる。手で触れるよりも、彼の香りが、やわさが、すぐそこにある息遣いがより強く感じられるようで、自分の耳に熱が集まるのがわかった。
「っ、あ、えと、」
「ごめん、嫌だった?」
「い、いえっ、ただその……少し、恥ずかしくてですね」
「そ。嫌じゃないならよかった」
俺は、格好をつけたくて、自分も恥ずかしくて赤くなっていることを知られたくなくて、もう一本吸ってから戻るよ、とフクロウの頭をぽんぽんと撫でてまた外を向いた。一生懸命深呼吸をしても、さっき箱に戻した煙草は指が震えて全然取り出せないし、ライターをとり落としそうになるし、早くフクロウには部屋に戻ってほしかった。
すぐにまた、ガラス戸を開ける音がして、俺はほっと溜息をつく。格好悪いところを見られずに済んだ、と安堵したのだ。けれど、その安堵もすぐに打ち砕かれることになる。
ぐいと強い力で腕を引かれ、たたらを踏み半歩後ろを向いた瞬間、唇の端に柔らかいものが触れた。ちう、とかわいらしい音を立てて離れていくそれからは、確かに先ほど感じたフクロウの香りとやわさと息遣いが感じられた。
「あ、え?」
「わ、私は先に戻りますから! 貴方もはやく戻ってくださいね!」
彼らしくない乱暴な音を立ててガラス戸は閉じられた。カーテンを引かれてしまい、中の様子は見えない。俺は、無様に落っことした煙草の箱とライターを拾うこともできず、ただ冬の夜空の下にぼんやりとたたずんでいるしかできなかった。
「ごーるでんれとりばー、という犬は、とても大きいのに、子犬のころはこんなに小さいものなんですね」
目元は面のような布に隠れて見えないにも関わらず、はしゃいだ表情に感じられるのはどうしてだろうか。
「成長したら大きくなるとは言え、子犬は子犬だからなあ。まあ、すぐにでかくなるとは思うけど」
画面の中では子犬が飼い主の後ろをついて回り、尻尾をぶんぶんと振り回してころりころりと転がりまわっていた。
とってもかわいいです、とへにゃへにゃ笑うので、俺はそれに頷きながらそのやわく弧を描く唇に釘付けになってしまい、ごまかすために煙草を口にくわえる。
「ちょっとベランダ出てくる」
「あ、はい。寒いので、あたたかくしてくださいね」
「うん」
たぶん俺たちは恋仲だ、と思う。たまたま人ではないものが見える俺と、その俺のところにふらふらとやってきたフクロウと名乗った彼との間に、まあまあの感情はあるはずだ。少なくとも俺はそう思っている。好きだ、と伝えはしたし、照れてしまって何も言えない彼の頬に触れるくらいは許してもらえた。
部屋に煙が入らないように締め切ったガラス戸の向こうでは、おそらく彼の耳なのだろうか、ふわふわとした羽のようなものが楽し気に揺らぐのが見える。
正直に言えば、俺は彼に触れたい。唇を奪いたいし、あの羽を遠慮なくまさぐりたいし、出来るならば体も重ねたい。
ただ、彼はとても奥ゆかしく、先にも述べた通り今現在ある触れ合いは頬に触れるくらいだし、手を繋いだこともあったけれどとたんにこわばって固まってしまったフクロウが哀れですぐに放すしかなかった。
冬の夜空にため息交じりの煙が揺れて、星空を曇らせていく。いつの間にかフィルターまでちりちりと焦がしていた火を携帯灰皿に押し付けて殺し、もう一本吸うかと咥えた煙草にライターを近づけたところでからからと音を立てて背後のガラス戸が開いた。フクロウが内側から開けたらしい。俺は咥えていた煙草を箱に戻し、彼に向き直る。
「あのう……」
「ごめん。煙行ってた? ちゃんと閉めたつもりだったんだけど」
「い、いえ。そうではなくて……」
少しもごもごと口ごもったフクロウは、ためらった後、意を決した様子で俺のライターを持った手をまるごと握りしめてきた。俺からしたら弱い力だけれど、彼にとってはそうではないのかもしれない。
「どうしたの、フクロウ」
へたり、と元気をなくしたような顔の横にあるふわふわの羽を撫でてやる。これくらいは許されるだろうと思ってのことだった。
「ん……あ、あの。あんまり、寒いところにおりますと、その……体に、よくないかと、思いまして。それにその、たばこ、も……」
「ああ……心配してくれたの?」
羽から手を移して、自分より低いところにあるフクロウの頭をぐりぐり撫でると、その手に頭を押し付けるように圧を感じた。かわいい、と思うより先に、フクロウの声がまた続く。
「そ、それに、あの……てれびは一人で見ていても、楽しくありませんので……」
一瞬、なんのことだ、と思って、それからすぐに、ああ彼はさみしかったのか、と気が付き、寒さのせいだけではなく染まったフクロウの頬に唇を寄せる。手で触れるよりも、彼の香りが、やわさが、すぐそこにある息遣いがより強く感じられるようで、自分の耳に熱が集まるのがわかった。
「っ、あ、えと、」
「ごめん、嫌だった?」
「い、いえっ、ただその……少し、恥ずかしくてですね」
「そ。嫌じゃないならよかった」
俺は、格好をつけたくて、自分も恥ずかしくて赤くなっていることを知られたくなくて、もう一本吸ってから戻るよ、とフクロウの頭をぽんぽんと撫でてまた外を向いた。一生懸命深呼吸をしても、さっき箱に戻した煙草は指が震えて全然取り出せないし、ライターをとり落としそうになるし、早くフクロウには部屋に戻ってほしかった。
すぐにまた、ガラス戸を開ける音がして、俺はほっと溜息をつく。格好悪いところを見られずに済んだ、と安堵したのだ。けれど、その安堵もすぐに打ち砕かれることになる。
ぐいと強い力で腕を引かれ、たたらを踏み半歩後ろを向いた瞬間、唇の端に柔らかいものが触れた。ちう、とかわいらしい音を立てて離れていくそれからは、確かに先ほど感じたフクロウの香りとやわさと息遣いが感じられた。
「あ、え?」
「わ、私は先に戻りますから! 貴方もはやく戻ってくださいね!」
彼らしくない乱暴な音を立ててガラス戸は閉じられた。カーテンを引かれてしまい、中の様子は見えない。俺は、無様に落っことした煙草の箱とライターを拾うこともできず、ただ冬の夜空の下にぼんやりとたたずんでいるしかできなかった。
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