短編
長かった髪を切った。正確に言えば、切ってもらった。ゲーム中、髪をつかまれて転んでしまったことがきっかけと言えばきっかけだったけれど、もともと願掛けのような気持ちが少しあったくらいで、未練はなかった。髪をつかんでしまったことは白黒無常さんに謝られたけれど、いい機会だからと笑って流した。
髪を切るといっても、別段したい髪型などにこだわりもなくて、ただ短くなればいいと思った。それならきっとできるだろうと、ナワーブくんにお願いした。下心は、あった。
「髪? 俺が? あんたの?」
「うん、そう」
「……リッパーあたりに頼んだ方がいいんじゃないか?」
ものすごい形相でわたしの髪を手に取りながら、綺麗なのに、とか、もったいない、とか、なんで俺なんだ、とか言っているナワーブくんに、振り返らないまま、きみがいいの、とだけ告げると、少し間をおいて、そうか、と言われた。
「後悔しないな?」
「うん」
「わかった」
そう言って鋏を取ってこようとするナワーブくんを引き留めて、わたしは言う。
「鋏じゃなくて」
そのナイフで切って。ナワーブくんの人生とか、そういうものが詰まってるそのナイフに、わたしも混ぜて。
「……あんた、変わってるって言われないか?」
「わからない。けど、ナワーブくんがそう感じるなら、そうなのかも」
「どうなっても知らないぜ」
「ナワーブくんにならなにされてもいいよ」
彼は深いため息をついて、ククリナイフを手にまた椅子に座る私の背後に立った。
***
少しくたびれたように見えたナイフは、きちんと手入れされているようで、鋏よりも断然切れ味がいいようだった。髪に触れると、面白いようにさらさらと切れる。手鏡で様子を見ながら、わたしはぼんやりと、それを他人事のように見ていた。時折首筋や耳元に触れる彼の指先が熱を持っているのが、それだけが、これが現実なのだとわからせてくれた。
「なあ」
ナワーブくんは、髪を切ることに集中しながらも、声をかけてくる。なあに、と答えれば、少し戸惑ったような声色で、あんたはさ、と話しかけられた。
「なんだって、急に髪を切ろうと思ったんだよ。綺麗じゃないか、こんなに。伸ばしてたんじゃないのかよ」
「この髪」
私は迷わず応える。
「ナワーブくんに切ってほしくて、伸ばしてたの」
彼の手が止まる。する、と一束、髪の毛が落ちていく。鏡を見ると、とてもナイフで切ったとは思えないくらいにきちんとしたショートヘアになっていた。
「すごい、ナワーブくん。器用だね」
「変なことさせるなよ」
「ナワーブくん?」
後ろから突然抱きすくめられて、ナイフ危ないんじゃないかなと見当違いなことを思ったけれど、それはもう彼の手から離れていた。切ったばかりの短い髪に、額を、頬を押し付けるみたいにして、ぽつぽつと呟く。
「俺てっきり、あんたに、なんか、つらいこととかあったんじゃないかって」
「ないよ、なんにも」
「本当か?」
「うん」
「俺に切ってほしくて髪伸ばしてたっていうのは?」
「好きだから。ナワーブくんのこと。追い付きたかったの。強くなりたかった。ナワーブくんの隣に立っても大丈夫なように」
それを聞くと、ナワーブくんはわたしのつむじにひとつ口づけをおとして、複雑そうな表情で、それでも確かに笑った。
「そんなことしなくても、俺もあんたが好きだよ」
「髪が短いわたしは?」
「長くても短くても、好きだ」
「じゃあ、髪が長かったわたしと、短くなったわたし、どっちも楽しめるね」
「また伸ばすか?」
「それもいいかも」
それから、ナワーブくんは、椅子に座るわたしの前に傅くと、頬を指でなぞって照れ臭そうに、けれどしっかりわたしの目を見て言った。
「あんたの全部を、俺がもらうよ。いいだろ?」
くふ、と笑ったわたしの答えは、ずっと前から決まっているのだ。
髪を切るといっても、別段したい髪型などにこだわりもなくて、ただ短くなればいいと思った。それならきっとできるだろうと、ナワーブくんにお願いした。下心は、あった。
「髪? 俺が? あんたの?」
「うん、そう」
「……リッパーあたりに頼んだ方がいいんじゃないか?」
ものすごい形相でわたしの髪を手に取りながら、綺麗なのに、とか、もったいない、とか、なんで俺なんだ、とか言っているナワーブくんに、振り返らないまま、きみがいいの、とだけ告げると、少し間をおいて、そうか、と言われた。
「後悔しないな?」
「うん」
「わかった」
そう言って鋏を取ってこようとするナワーブくんを引き留めて、わたしは言う。
「鋏じゃなくて」
そのナイフで切って。ナワーブくんの人生とか、そういうものが詰まってるそのナイフに、わたしも混ぜて。
「……あんた、変わってるって言われないか?」
「わからない。けど、ナワーブくんがそう感じるなら、そうなのかも」
「どうなっても知らないぜ」
「ナワーブくんにならなにされてもいいよ」
彼は深いため息をついて、ククリナイフを手にまた椅子に座る私の背後に立った。
***
少しくたびれたように見えたナイフは、きちんと手入れされているようで、鋏よりも断然切れ味がいいようだった。髪に触れると、面白いようにさらさらと切れる。手鏡で様子を見ながら、わたしはぼんやりと、それを他人事のように見ていた。時折首筋や耳元に触れる彼の指先が熱を持っているのが、それだけが、これが現実なのだとわからせてくれた。
「なあ」
ナワーブくんは、髪を切ることに集中しながらも、声をかけてくる。なあに、と答えれば、少し戸惑ったような声色で、あんたはさ、と話しかけられた。
「なんだって、急に髪を切ろうと思ったんだよ。綺麗じゃないか、こんなに。伸ばしてたんじゃないのかよ」
「この髪」
私は迷わず応える。
「ナワーブくんに切ってほしくて、伸ばしてたの」
彼の手が止まる。する、と一束、髪の毛が落ちていく。鏡を見ると、とてもナイフで切ったとは思えないくらいにきちんとしたショートヘアになっていた。
「すごい、ナワーブくん。器用だね」
「変なことさせるなよ」
「ナワーブくん?」
後ろから突然抱きすくめられて、ナイフ危ないんじゃないかなと見当違いなことを思ったけれど、それはもう彼の手から離れていた。切ったばかりの短い髪に、額を、頬を押し付けるみたいにして、ぽつぽつと呟く。
「俺てっきり、あんたに、なんか、つらいこととかあったんじゃないかって」
「ないよ、なんにも」
「本当か?」
「うん」
「俺に切ってほしくて髪伸ばしてたっていうのは?」
「好きだから。ナワーブくんのこと。追い付きたかったの。強くなりたかった。ナワーブくんの隣に立っても大丈夫なように」
それを聞くと、ナワーブくんはわたしのつむじにひとつ口づけをおとして、複雑そうな表情で、それでも確かに笑った。
「そんなことしなくても、俺もあんたが好きだよ」
「髪が短いわたしは?」
「長くても短くても、好きだ」
「じゃあ、髪が長かったわたしと、短くなったわたし、どっちも楽しめるね」
「また伸ばすか?」
「それもいいかも」
それから、ナワーブくんは、椅子に座るわたしの前に傅くと、頬を指でなぞって照れ臭そうに、けれどしっかりわたしの目を見て言った。
「あんたの全部を、俺がもらうよ。いいだろ?」
くふ、と笑ったわたしの答えは、ずっと前から決まっているのだ。
5/6ページ