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結婚しません、子供作りません、それでもいいってマジですか【後編】
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「気強いつもりやったけど、他人も蹴落とせぇへんのやな、気ィしっかり持て、お前はこの禪院直哉の妻や」
直哉さんは私の肩にポン、と手を置いた。
「まあ、お前が蹴落とす側に回らんくてよかったかもしれへんけどな!
俺は性格ええ奴嫁にしたいもん」
直哉さんの意図に自然と笑みが溢れてきた。なんだそれ、最低!
「ぶっ、ははははっ最低!」
嬉しかった。放っておいても何もできなかった私のことを助けてくれて。
直哉もこちらを見て「なぁに笑っとるんや」とニヤニヤする。
帰りの車を手配すると現地に来たのは奇しくも行きと同じ補助監督だった。行きはあんなに怒っていたのに帰り際には直哉さんと私が仲良く喋っているのでよけいビビり散らした事だろう。
直哉さんは補助監督に、ゆっくりでええよと言って車に乗り込んだ。適当にラジオを鳴らしながら県境を越えると横の窓に雫が付いてくる。雨だ。雨はポツポツ降り始めやがて大雨になった。
別荘に着くころに止まなそうね、天気予報では快晴っていってたのに当たってなかったなぁ。なぁ補助監督さん、そこのビニール傘使ってええ?
俺は濡れてもいいんやけど、名前には貸してやりたいねん。バックミラーを見ると直哉さんもこちらに目線をやったので何か言わないとと思い話しかけた。
「優しいわね、わたし相手に惚気るすがた初めて見た、"俺の名前を傷つけるな"ってね」
「はっすまんかったな、勝手に俺の女認定してもうて」
会話したはいいものの、続かなくなり、双方に沈黙が訪れる。車のワイパーが左右に動く音と、交差点の向こうの車が水飛沫を飛ばしながら走っている音だけが響いている。天板に容赦なく雨が打ち付け、フロントガラスから滝のように流れていく。私はゆっくりと口を開けた。
「今日ので分かったのアンタが私のこと守ると言った意味..... その...何?そんな目で見てなかったからアンタに本気になるまで下手したら何十年も掛かるかもよ」
「ええよ時間が掛かっても」
告白したつもりだったのに軽くかわされてしまったのでいっそう声を大きくして続けた。
「子供なんて一生出来ないかもよ、私子供嫌いだもの」
「ええやん、俺は名前と生きれるんだったら子供なんか要らへんわ、何を投げ出してもいい」
禪院直哉は最初、名前が何を抱えているのか気になって、本性を暴いてやろうとしていた。面白そうだったし、見つけてからかいたい気持ちだってあった。
が、話してみると名前は繊細で、悩みも下手に触ってはいけないことだった。そんな名前のことを謝らせたいと思っていた直哉は自分の考えを強く恥じ、こう思った。俺は名前の力になりたいと。
「何を投げ出しても、ね、後悔しても知らないからね、サンドバッグにされても文句言わない?」
「サンドバッグにしてくれてええで、それであんたの気が済むのなら」
なんでも肯定するので私は質問を変えてなんで私の味方をすることにしたの、と聞いた。
「そう言わないと名前が俺に捨てられたあとどこに行くかわからなくて、嫌な予感がした」
名前は目を丸くした。
そこまで追い詰められていないのに。もう一度直哉さんと目を合わせると彼はなぜか恥ずかしそうに視線を遮ってそっぽを向いた。だけど残念、バックミラー越しに目があっちゃう。私は吹き出した。
「心配しすぎだよ直哉さん!
でも、私ね、確かに思ったのよ、味方になってくれて嬉しかった」
「二人分の悩みくらい背負えるっちゅうねん!俺を誰だと思っているんや?禪院直哉やで」
「私の全てを任せていいのかな?」
「ええって何度も行動で示したやろ?」
名前は首を振る。
「ああやっぱ私がダメ、二人三脚で生きる自信ない、私...そんな強く...ないんだから」
お金もない、特に目立ったいい所も何もないから豪華なもので自分自身を着飾り、心の隙間を埋めることで自信をつけていた。ありのままの自分はみせず、別の何かになっていないと怖かった。
ありのままの自分を愛してくれる、そんな存在などいないのだとずっと諦めて生きてきた。
しかし実際はどうだろう、直哉さんはどんな私でも見捨てずにいてくれる。
「わかっとる、強くなくていいで」
息を呑む音が喉から聞こえた気がした。いつか誰かに言ってもらいたかった。そのままの自分を、受け入れてほしかった。
「バカ、強くないとダメだもの!」
私は直哉さんから目を逸らした。
一呼吸おいてそっぽを向き、ふぅとため息つく。動揺するだけ無駄だ、私より直哉さんの方がよほど強いのだから。
あのどちらが上になるかという最悪なマッチポンプが始まった日、彼は私に「それどうせ私は何もできないからとっと捨てなさいって意味やろ、やったら教えこんだるわ、俺の愛を」と言った。そしてその通りになった。どんなときでも直哉さんは私に尽くしてくれて、信じてくれていた。
「...ほんとはもっといい場所に行くつもりだった、ご飯もいっぱい食べられて、いっぱい男遊びもできて、服だって自由に選べるところ
だけどアンタは私に束の間の自由をくれた」
直哉さんが買ってきてくれたものを思い出す。高級なお寿司、直哉さんおすすめのしゃぶしゃぶ屋さん、高い香水、ピアス、ネックレス、ヘアアイロン、一度使ってみたかった化粧水、あの人に破かれたコート。
渡すとき直哉さんはそっぽを向いて口をへの字に曲げていて、「何で俺が女なんかに貢がなあかんのや」という顔をしていたけれど、わずかに頬を赤らめたり、渡した後にずっと私の顔を眺めてるとこがあった。あまり注意して見ていなかったけど、これが私に惚れているという証明だったんだと思う。どれも私の喜ぶ顔が見たくて買ってきてくれたものたちなんだ。
「ブランドモノの服、二人で買い直しましょうよ、今度は誰も家に来ないようにアナタに四六時中護衛してもらうから、終身雇用です
死ぬまでわたしのそばで働きなさい?」
直哉さんの目が輝いた。
「それってどういうことや」
「はぁーこの鈍感男が、今度はちゃんと守ってよって言ってんだけど?言わなきゃわからない?」
「じゃあそれらしいこと言ってや」
彼には似合わないほど優しい声だった。
私はそこで素直じゃなくなって、嫌な言い方をしてしまう。
「愛してる、とでも言ったら満足かしら」
「そういう事なら答えへんわけには行かへんよな」
直哉さんが微笑んで背もたれから身体を上げる。安堵の表情を見て私も深く息を吐いた。
こうして戦いの結果は直哉さんの大勝利で終わったのだった。今日も別荘に二人の言い合いの声が響いている。
「呪霊討伐で一週間開ける?!アナタ私を守るって言ったでしょうが!!この鳥頭!死ね!置いて死ぬとか聞いてないわ」
「どどんだけ雑魚や思われてんねん!!三級呪霊くらいワンパンやわ!?
一週間くらい静かに待っとれ!」
「ハァ?!アンタに会いたいわけないでしょ気色悪い!勘違いも甚だしいわ!!門番がいないとこの私が心配なの!!私が行く!!」
「やったら着替え用意せぇ!ええ服着てきぃ!!」
「言われなくてもきていきますー!アナタこそ私の隣をいつものダッセェ服で歩かないでよね貧乏臭いから!絶対和服にしなさい、3歩は離れなさい」
「おま...ッ!俺は彼女とべったりくっついて歩くのが夢なんやぞ?!」
「じゃあ諦めて3歩離れて歩くに変えるのね!!」
事情を知らない人から見たら凸凹コンビかケンカップルくらいに思われるかもしれない。でも私は知ってる、彼は問答の最後に「ああ、いつまでも頼りにしてや」と言ったこと。なら直哉さんが嫌がるほど頼って甘えてコキ使ってやろうと決めたんだ。
直哉さん。私のパートナー。
わたしの、とっても大切な人。
アンタは私の帰る場所だ。
用意を済ませると、ため息をつきながら私を停める宿を探すためにスマホを見つめている彼の顔が見える。
少し背伸びして画面を覗き込むと大好物のお寿司たちが船の形をした皿に盛り付けられている写真が目に留まった。
ここだ!この宿にしましょう!
「直哉さん!直哉さん!ココ!この宿にして!海鮮食べたい!しかも砂風呂?!砂風呂がある!珍し!」
「あぁ?!この旅館、車で行きにくい場所やねんけど?!そないな喜んでくれるならしゃあないなぁ」
どんだけこき使われても直哉さんは私のことを否定しないで考えてくれる。そんなところに愛情を感じるのだ。
「さぁ羽を伸ばすわよー!直哉さん!帰りはアンタの好きな物を食べさせてあげるわ」
名前が一瞬見せた微笑みに直哉の胸が高鳴った。車を回しながら、直哉さんはバックミラー越しに話しかける。
「ほんで?結婚式は形だけにするってマジなんか」
「ええ、ご両親や家内にも婚約したから独立すると伝えておいた方がいいでしょう」
「なーんか仮面夫婦みたいで気にくわへんなぁ...前やってたこと続行せぇへん?
新しい服買うたび俺に頬に路チューとかして、禪院の人間らに仲の良さを見せつけたらええやん
...いや流石に路チューは公共マナーなってないって思われるか?アカンか?」
自分から惚気ておいて、恥ずかしくなったのか直哉さんは顔を真っ赤に染めながら「な、なんか突っ込めや」と私に助けを求める。
少し目を下にやるとお笑い芸人がよくやるノリツッコミみたいに綺麗な手刀が私に向けられていた。
「ふふ、私と路チューしたい?ふふふ」
キスするのも結婚も今は仮初めかもしれない。わかってる、愛を育むまで時間がかかるかもしれないこと。先の事は分からない。
今変えなきゃ未来なんか変わらないんだから今を大事に生きていきたい。少なくとも私は今直哉さんがそばにいてくれるだけでまあまあ幸せ。なら、焦らなくても良いと思ってるの。私の方がいいと言ってくれた直哉さんのことを信じてあげたい。
「な?!笑ってんちゃうぞ!!もー旅館着くで!準備して!」
「はーい!」
禪院直哉の嫁は私。
彼だって完全に守れるとは言い切れないかもしれない。今日みたいに直哉さんに当たる日だってあるかもしれない。決してうまく行くわけではない。
だけどあんな女に彼を取られてしまうくらいなら、