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結婚しません、子供作りません、それでもいいってマジですか【後編】
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「分かった、アンタの練り香水を壊した意地悪バアさんところに復讐しにいこう、とても大事なものやったんやろ、失ったものはもう二度と元には戻らへんのに壊して笑うなんてガキじみた行動、許せへんよなぁ」
私は思わず首を左右に振る。
いまさら蜂起したって無駄だよ、あの人はトカゲが尾を切り捨てて逃げるように、不祥事などが露見したとき、下の者に責任をかぶせて、追及から逃れるのが日常なの。証拠もしっかり消される。隠蔽に慣れてるの、そんな相手に自分から触れに行くなんて自殺行為よ...
「ウソや」
直哉さんは私の言葉を否定する。
すでに禪院家からあのおばさんの被害に遭った人の話を聞いている。それに名前の邪魔をした女がこのお局と顔見知りだということをすでに突き止めとる、と直哉さんは語り、こう推測する。
「少なからず相手は名前に興味を持ってるわ、それが野次馬根性かナメられているのか、自分を怒鳴って反撃してきた女への報復かは分からん、考える必要もない
ただこれだけは言える、名前はまた狙われている」
そして名前のちいさな体を俺は。
「俺は名前を守ってあげないといけへん、直接話つけてくるわ」
「なぜそこまで必死になれるの、あなたとは何も関係のない人物よ」
「名前の敵は俺の敵や、俺の全てを賭けてアイツに恥かかせたる」
ビキビキと青筋を立てて、拳に力を入れたまま直哉さんは禪院家の方角を睨みつけた。こうしちゃいられへん、すぐ行くで。車で移動するわと言うので二人して待つこと五分、補助監督さんが乗った車が到着した。
「早かったやないか」
血走った目で迎えられ補助監督の男性は小さく喉を鳴らした。褒めているつもりだろうけど顔怖いわよ直哉さん...落ち着いて...こんな時に呼ばれるなんて不運な補助監督さん...。
私は不遇な補助監督さんへ会釈をした。直哉さんが助手席に乗り込んだのを見届けてから私は後ろの席へ乗り込む。車内でも直哉さんは一言も発さないので補助監督さんが緊張しているのが後ろからでも伝わってくる。禪院へ着くまでは40分は掛かるみたい。
本当に禪院家へ行く気なんだ...緊張したおももちで待っていても仕方がない。私は背もたれに深く腰掛け、車窓から景色を眺めた。
いつから、油断している方も悪いという考え方になったんだっけ。ああそう、これもお局さんが原因なんだ。
私は練り香水を壊されたあの日、自分に絶望した。全ての人は善人ではないのにどうして自分は禪院に何もされないとたかを括ってしまったんだろう。自分の身は自分で守るしかできないのに、騙されることがないように、誰かを疑うことも何かを奪われることも想像してなかった。そんな弱かった頃の心の傷を抱えたまま成長して、気付けば油断してる奴はバカだ、が口癖になった。
嫌いだった女に似てしまった。自分の考えが矛盾していることは薄々気付いてた。
考え事をしているとすぐに時間が過ぎて禪院家が見えてきた。直哉さんの怒りは治ったかと思いきやずかずかと正面を歩き炊事場へ向かう。
炊事場にはかまどが二つあり、女性が四人いた。三人は炊事場内を行き来して食事の準備を、一人は流し台にいてときおり指示を出すが作業自体は休み休み。そのサボり中の女こそ例のお局だった。歳は30代後半。
脂ぎった指でボウルを撫でたあと、直哉さんの方へ目線をあげる。
「直哉さん?」
お局は直哉さんのすぐ後ろに私がいることに気づき、少し体を動かして私へ不気味に微笑んできた。何、あの舐めた態度。うっわ、いたんだ、とでも言いたげな。
私を追い詰めた元凶と、対峙してると思うと頭痛がしてきて、喉の奥辺りがモヤモヤし、呼吸がしづらくなった。身体が震え出して、直哉さんとの会話も聞き取れなくなってくる。
たまらず目線が交わらないように顔を伏せ、直哉さんの袖を弱めに引っ張る。
大丈夫よ私、落ち着いて。
こんどは直哉さんがそばにいてくれる。
直哉さんは、お局のつま先から頭のてっぺんまでを品定めするように睨みつけていた。女と直哉さんとの身長差は15cmくらい、直哉さんは一切体を動かして話を聞く姿勢を取らなかった。そして「チィ」と舌打ちをし、首を傾けて上から見下ろす。
首筋にも手首にも血管が浮いていて、拳を硬く握りしめている。見たことないくらい怒ってる。
「名前、下がっとき」
怒りを隠しきれていないがこちらを思い遣った声がして、私は3歩下がった。私を下がらせたのに何かいやな予感を感じたのかお局は「あの何か___」と言いかける。
その時だった。直哉さんがお局の顔めがけて強烈なパンチをくらわせたのは。お局は鼻をへし折られ、左右に不気味にゆらめきながら、台を支えに起き上がり、こう意気込んだ。
「ああぁああ!???直哉さん、何をするのです!」
「よくも、俺の名前に酷いことしてくれたな」
直哉さんも止まらない。
片足で思い切り脇腹を蹴り、バランスが崩れたうちに鳩尾へパンチを叩きこんだ。後ろで見ていた私はあまりの容赦のなさに目を覆った。
「直哉さんが殴った!!皆!落ち着きなさい、早くこの男から逃げなさい!」
お局は混乱した最中、まわりの女中たちを逃すよう促しだした。ああ、そういう手口を使う人だった。いつだって自分が仕切る側で、誰かの失敗を肩代わりした良い人のように見せかけるんだ。それで私は信じてしまった。この人が悪いことをするはずないと。今の今までだってまだ信じられないかもしれない。
お局さんの周りにいる女性たちは動こうとしなかった。それを見てお局は「私は良いから早く!」と声を荒げる。
直哉さんが口を開いた。
「滑稽やね、今更誰が君に従うと思ってんの?
今度はこの俺を加害者にするつもりやろうけど今のあんたに従うものなんかだーれも居らへんで
この炊事場におる全員が、アンタに酷いことされた人たちやもん、顔も忘れたか」
「そんなこといちいち殴ってくる貴方に__」
「顔忘れたかて聞いてんねん答えろや
俺の名前にさそがし執着してくれたモンやなぁ?」
直哉さんは肩を鳴らしてお局に近寄る。殴り足りないようだ。というか俺のって決まったわけじゃないのになぁ...。
「おい周り、逃げといた方がええで、名前は今台の上にあるお饅頭を移動させといて、運動し終わったら食べるわ」
「へ?」
間抜けな声をあげた瞬間、何と直哉さんは炊事場で投射呪法を使い、炊事場から禪院の壁3枚にわたって大きな穴を開けた。
「イジメとか恋愛の邪魔とかふざけた事しおって、ババアは若者の邪魔しかすることないんか......なァ!」
顔も身体もどれだけ局の体が傷ついても直哉は攻撃をやめない。お局はどうにもならずに叫び声を上げ、悪事がすでにバレているのに今度はくくる隊たちに私が被害者なんだと訴え続けていた。しかし事情を知らないくくる隊が情けをかけてくれるほど甘っちょろくはなく、無視されていた。私が孤立無援な状態に追い込まれたときの様子をお局さん自ら再現しているようで、笑ってはいけないのに自然と頬が緩んでしまう。
最悪よね人間って。立場が優位になってしまっただけですぐに得意気になってしまうのだから。お局さんの不幸を喜んでしまうことに自己嫌悪しながら直哉さんのほうを見つめるとあの人は一方的に殴っている最中も実に嬉しそうな顔をしていた。
釣り上がった目なんか見開いちゃって、瞳孔が開いてる。口は三日月の形をしており、時々綺麗に並んだ歯が見える。
誰よりも自由で、自信に満ちた勝ち気な表情。今の直哉さんに理性はあるのだろうか。頭や胸、脇腹など痛みを負いそうな箇所を重点的に狙っている。
ふと自分の胸の辺りがきゅう、と痛くなるのを感じた。止めるべきだろうか、それとも直哉さんが始めたのだから彼の好きにやらせた方がいい?
こんな時まで私は他人のことなんか心配しちゃうんだなぁ。もう一度楽しそうな直哉さんの顔を見つめる。髪の毛がボロボロになったところを片手で掴み上げて「お前のせいで名前がどんだけ辛い思いしたかわかるか」と怒鳴っていた。
あの人みたいに強い心の持ち主になれたらな...。
直哉さんの存在が私に明確な影響を及ぼしたのはこれがはじめてのことだった。
*
*
「お饅頭名前も食べる?
女中の皆さんにもお裾分けな」
帰ってきた直哉さんは髪の毛も衣服も泥だらけで乱れていて、戦闘の激しさを実感した。
タオルを取り出し、頬についた汚れを取ろうとすると、直哉さんは言った。
「そういうドキッとする事急にやらんといてや」
「汚れているから拭いてあげただけよ、ヘンに意識しないで」
「はよお饅頭取ってきて」
はいはい。直哉さんの言いつけ通り、炊事場から移動させたお饅頭を縁側に置く。お饅頭はお盆の上に三十個くらいあり、どれも一口サイズだ。
ひとりの女中が、ありがとう直哉さん、名前さんといい、お饅頭を口に運ぶ。
直哉さんに協力してくれた方たちだ。丁寧に会釈をすると続いて二人目、三人目の女中もお饅頭を口に運んだ。
休憩中に甘いものを食べたのはこれが初めてかもしれない、と女性たちは口々に言った。そう、甘いものを食べるの初めてだったんだ、そんなに苦労してたのね。私は角のを一つとって残りは皆さんに食べてもらうことにした。角のお饅頭に手を伸ばすとものすごい勢いで直哉さんが中央のお饅頭を二つひょいと持ち上げ、口の中に入れる。あぁ行儀悪い。全くせっかく綺麗に並んでたのに。
角からは諦め一番近くにあった端っこのお饅頭をとり、半分に割って片方を食べてみる。口に入れた瞬間、漉し餡のほんのりとした甘みがいっぱいに広がった。
布ずれの音がしたので隣を見ると直哉さんが私の隣に座ってきた。ちょうどいいところに。私は「直哉さん、あの人はどうしたの?」と聞いた。
「あのおばはんなら庭で伸びてんで、強めにシメてやったからよほどのバカじゃない限りまた反撃しよとはならへんと思う」
そっか、そうなんだ。
「まあ壊滅的に頭が悪かった場合さらに狙ってくるかもしれへんけどそん時はまた分からせたるわ」と付け加える。
いやまてまて。さらに狙われるなんて冗談じゃない。
「...やり過ぎ」
「かわいい自分の女イジメたんやもん、俺は殺しても構わんかったわ、やけど後々面倒になるから殴る蹴るだけで終わっといたわ、後に響く怪我させてないだけ良いと思わへんか?
ほら、名前は何も気にせずいっぱい食べてや、他のみんなも遠慮せず食べぃ」
中央から二つも取って、私のまえにお饅頭を差し出してくる。手元を見て、私がお饅頭を半分に割って食べてるのを知った直哉さんは、取った饅頭を半分に割り、私の口の中へ押し込んだ。
大きな手が口に割り込んできてえずきそう。私は「んん!嫌い!」と怒り手を退けた。
「嫌いでええわ、これでわかったやろ俺がどんな時でも味方になったるから頼ってって言った意味」
二人のやりとりを見ていた女中のうち一人が堪えきれなくなってうふふと笑う。直哉さんはそれを見て残りは皆さんにご馳走するわ、と良い顔する。
一人の女中さんが私と直哉さんのやりとりを見て「お似合いですよ」と言ったのがみょうに印象に残っていた。
良い顔している直哉にまったくとも思ったが感謝したのは事実だった。私のために動いてくれて、味方になってくれる人がいて、嬉しかったんだ。