逃げる貴女の影となり
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伊賀に来てから数ヶ月がたった。
忍の修行は一向に初まる様子はなく、今の私の仕事は半蔵様のお世話が大半を占めていた。
「半蔵様。私の修行はいつになれば初まるのでしょうか?」
茶を煎れながら書面に目を走らせる半蔵に尋ねると、彼は少し人を小馬鹿にしたように「フッ」と笑う。
こうやって笑われるのはこれで何回目だろうか……。最初は数えていたが、10を越えた辺りから数えるのを止めた。
「まだ時に在らず。今は伊賀の暮らしに慣れよ」
「……はい。心得ていますよ。半蔵様」
はぁ~と溜め息を吐きながら部屋を退室しようと襖に手を掛ける。
すると私の背後に音もなく2人の忍が現れ、半蔵の前で片膝をついた。
この屋敷は……襖以外にも屋根裏に数多の忍の道があり、そこを通れば襖を開けることなく行き来できると半蔵から教わった。それを知っていても、やはり私の目には人が何もない所から突如として現れたかのようにしか見えず、彼らが人知を越えた存在なのではないのかと感じてしまうことが多々あった。
「頭領。家康様がお呼びです。ご準備を」
配下の忍の言葉に、半蔵は書面から顔を上げ、「応」と答えると3人の姿は一瞬にして消え去った。
「頭領、ねぇ……」
誰も居ない部屋。名無しさんは1人ポツリと呟く。
伊賀の忍達は大人も子供も半蔵のことを「頭領」と呼ぶ。だから自分も一度半蔵のことを頭領と呼んだことがあるのだが……
「頭領。今宵の夕食は私が用意したのですよ。料理は母に仕込まれたので自信があります。特に、この汁物なんて家族に好評で……」
「名無しさん……」
「はい、頭領。どうかしましたか?」
目線を半蔵に向ければ、真っ直ぐな視線が名無しさんを捉える。
「拙者を頭領と呼ぶは伊賀の忍のみ。そなたは只、我が名を呼べばよい」
「あっ……はい……。大変失礼致しました。半蔵様……」
一礼して謝ると、鼻の奥がつぅと痛くなるような感覚と同時に、目が熱く潤んでくるのが分かった。
伊賀の忍達は半蔵を含め、皆自分に親切にしてくれる。何も出来ない、子供以下の私を「名無しさん様」と慕い、自分を気遣ってくれているのが分かる。
だから、早く私も彼らの役に立ちたい。伊賀の仲間になりたい……。そう願い、頑張って与えられた仕事はこなしていた。それ故、半蔵の先程の言葉は名無しさんの心を激しく揺さぶる。まるで、仲間外れにされている気分だ。
このままじゃ泣いてしまいそう……。
泣き顔を見られたくなく、「失礼致しますね」と顔を伏せたまま部屋から逃げようとする。
「名無しさん」
掛けられた声にビクッとなって動きを止める。
半蔵は伊賀の頭領。逃げた所で、グズグズ泣いているのは丸分かりだろう。
「な、何でしょうか……ぐすっ…半蔵様ぁ…」
もう、体裁を保つことは出来なかった。肩を震わせて泣いてる自分がいる。
「名無しさん」
すぐ傍で掛けられた声に驚き、顔を上げれば目の前に半蔵の姿がある。
こんな近くで彼の目を見たことがなかった。いったい、この仮面の下はどうなっているのか……。まるで何かに呑まれるかのように、その力強い眼光を覗いていると、半蔵の細い指がスッと伸びてきて、私の涙をすくいとる。
「そなたに名を呼んで欲しいというのは拙者の手前勝手。気に病むな」
「でも、私……早く、伊賀の仲間になりたくて……何も出来ないのは嫌なのに……」
また、グズグズと泣きそうになっていると半蔵がポンと頭を撫でる。
「焦りは無用」
ポンポンと頭を撫でられてるせいか、少し感情の波が落ち着いていくのが分かる。
「はい……。分かりました。私、早く忍の修行が始められるように頑張りますから。半蔵様、急に泣き出して申し訳ありませんでした」
ペコリともう一礼し、今度こそ部屋を後にしようとする。すると、すっと腕を掴まれた。
「半蔵様?」
「その顔で皆の前に戻られては拙者が叱責を受ける。今宵は共に膳を囲まぬか?」
確かに、泣いた直後の自分は酷い顔をしているんだろうなぁとも思う。それに、半蔵様の部屋から泣きながら出てきたなんて勘のよい伊賀の忍達に見られたら何と思われるか……。
「はい。お言葉に甘えさせて頂きます」
その日から、名無しさんが所用で半蔵の部屋を訪ねると2人分の食事が用意されていることが多々あり、必然と半蔵と時間を共にすることが多くなった。
私が一方的に話している感じが多かったが、話題が尽き無言になっても不思議と居心地の悪さは感じなかった。
それくらい、半蔵と時間を共にしてきたのに一向に忍の修行は始まる気配はなかった。
忍の修行は一向に初まる様子はなく、今の私の仕事は半蔵様のお世話が大半を占めていた。
「半蔵様。私の修行はいつになれば初まるのでしょうか?」
茶を煎れながら書面に目を走らせる半蔵に尋ねると、彼は少し人を小馬鹿にしたように「フッ」と笑う。
こうやって笑われるのはこれで何回目だろうか……。最初は数えていたが、10を越えた辺りから数えるのを止めた。
「まだ時に在らず。今は伊賀の暮らしに慣れよ」
「……はい。心得ていますよ。半蔵様」
はぁ~と溜め息を吐きながら部屋を退室しようと襖に手を掛ける。
すると私の背後に音もなく2人の忍が現れ、半蔵の前で片膝をついた。
この屋敷は……襖以外にも屋根裏に数多の忍の道があり、そこを通れば襖を開けることなく行き来できると半蔵から教わった。それを知っていても、やはり私の目には人が何もない所から突如として現れたかのようにしか見えず、彼らが人知を越えた存在なのではないのかと感じてしまうことが多々あった。
「頭領。家康様がお呼びです。ご準備を」
配下の忍の言葉に、半蔵は書面から顔を上げ、「応」と答えると3人の姿は一瞬にして消え去った。
「頭領、ねぇ……」
誰も居ない部屋。名無しさんは1人ポツリと呟く。
伊賀の忍達は大人も子供も半蔵のことを「頭領」と呼ぶ。だから自分も一度半蔵のことを頭領と呼んだことがあるのだが……
「頭領。今宵の夕食は私が用意したのですよ。料理は母に仕込まれたので自信があります。特に、この汁物なんて家族に好評で……」
「名無しさん……」
「はい、頭領。どうかしましたか?」
目線を半蔵に向ければ、真っ直ぐな視線が名無しさんを捉える。
「拙者を頭領と呼ぶは伊賀の忍のみ。そなたは只、我が名を呼べばよい」
「あっ……はい……。大変失礼致しました。半蔵様……」
一礼して謝ると、鼻の奥がつぅと痛くなるような感覚と同時に、目が熱く潤んでくるのが分かった。
伊賀の忍達は半蔵を含め、皆自分に親切にしてくれる。何も出来ない、子供以下の私を「名無しさん様」と慕い、自分を気遣ってくれているのが分かる。
だから、早く私も彼らの役に立ちたい。伊賀の仲間になりたい……。そう願い、頑張って与えられた仕事はこなしていた。それ故、半蔵の先程の言葉は名無しさんの心を激しく揺さぶる。まるで、仲間外れにされている気分だ。
このままじゃ泣いてしまいそう……。
泣き顔を見られたくなく、「失礼致しますね」と顔を伏せたまま部屋から逃げようとする。
「名無しさん」
掛けられた声にビクッとなって動きを止める。
半蔵は伊賀の頭領。逃げた所で、グズグズ泣いているのは丸分かりだろう。
「な、何でしょうか……ぐすっ…半蔵様ぁ…」
もう、体裁を保つことは出来なかった。肩を震わせて泣いてる自分がいる。
「名無しさん」
すぐ傍で掛けられた声に驚き、顔を上げれば目の前に半蔵の姿がある。
こんな近くで彼の目を見たことがなかった。いったい、この仮面の下はどうなっているのか……。まるで何かに呑まれるかのように、その力強い眼光を覗いていると、半蔵の細い指がスッと伸びてきて、私の涙をすくいとる。
「そなたに名を呼んで欲しいというのは拙者の手前勝手。気に病むな」
「でも、私……早く、伊賀の仲間になりたくて……何も出来ないのは嫌なのに……」
また、グズグズと泣きそうになっていると半蔵がポンと頭を撫でる。
「焦りは無用」
ポンポンと頭を撫でられてるせいか、少し感情の波が落ち着いていくのが分かる。
「はい……。分かりました。私、早く忍の修行が始められるように頑張りますから。半蔵様、急に泣き出して申し訳ありませんでした」
ペコリともう一礼し、今度こそ部屋を後にしようとする。すると、すっと腕を掴まれた。
「半蔵様?」
「その顔で皆の前に戻られては拙者が叱責を受ける。今宵は共に膳を囲まぬか?」
確かに、泣いた直後の自分は酷い顔をしているんだろうなぁとも思う。それに、半蔵様の部屋から泣きながら出てきたなんて勘のよい伊賀の忍達に見られたら何と思われるか……。
「はい。お言葉に甘えさせて頂きます」
その日から、名無しさんが所用で半蔵の部屋を訪ねると2人分の食事が用意されていることが多々あり、必然と半蔵と時間を共にすることが多くなった。
私が一方的に話している感じが多かったが、話題が尽き無言になっても不思議と居心地の悪さは感じなかった。
それくらい、半蔵と時間を共にしてきたのに一向に忍の修行は始まる気配はなかった。