嘘つき姫【半蔵落ち】
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カナカナカナ、と鳴くひぐらしの声を聞きながら目的地へと半蔵は駆ける。服部家は基本は徳川家の家臣であるが、必要に応じて……要は金子(きんす)次第で他家の雑務を引き受けたりすることもある。勿論、主家の任務に害が及ばぬ範囲の事であり、こうして誼を得ることで諜報活動にとって必要な情報が持たらされることもあった。だが、普通こういった雑務の任務は伊賀の中でも末端の忍が請け負うことが多く、半蔵が直接任命されることは珍しい。
今回の目的地が名無しさんの父が治める領国であることから、十中八九依頼人はあの姫だろう。
木々を蹴り、紅く染まる新緑に身を紛れさせる。目的地まで、さほど距離もない。このまま普通に駆けてもよいのだが、万が一の敵襲に備え目的地までは枝枝を渡り進んで行く。
数刻も経ず待ち合わせの場所に着いたが、そこに居たのは女ではなく線の細い男だった。
いや、あれは……
「何故、そのような格好をしている」
時刻は夏の夕暮れ。この時期はどこも祭の行事が多く、華やいだ声や音が聞こえてくる。
「ふふふ。今はこの市松柄の着物がとても流行しているのよ。他にも鱗模様とか麻の葉模様とかも人気で」
「何故、男の格好をしている」
長い髪は頭上高くで1つにまとめ、市松模様の着流しに下駄を履いている。まさに優男の風体だった。
「だって今夜はうちの国のお祭りなのよ」
「会話になっておらぬ」
「別にいいじゃない。男女じゃなくったって。男同士でそうゆう関係……普通にアリでしょ?」
「拙者に衆道の趣味はない」
「はぁ~。もう、冗談が通じないわね。姫の格好じゃ城を抜け出せなかったから、変装してきたのよ」
名無しさんは大きな溜め息を1つ吐く。
「待て、依頼主はお主の父ではないのか?」
「父上ではないわ。私が直接依頼したんだもの」
「名無しさんが?」
予想だにしない返答だ。
「伊賀に直接、使いをやってね。それにしても、忍への依頼がこんな高額だなんて知らなかったわ」
腕を組み、不満を口づさむ名無しさんに対し頭を抱える。
「……どうして拙者なのだ?」
自分の様なつまらぬ男に固執する名無しさんの心情が理解出来ない。
「えっ?それって、どうゆう……」
それだけ言うと名無しさんは、はっとした表情を作り、しばしの間言葉を詰まらせた。
カナカナカナカナ
「最初は純粋に……貴方の見せる忍の技が格好よかった。遠くに転がった鞠を一瞬で取ってきたり、水の上に浮いた草履を着物を濡らすことなく持ってきたりと、一つ一つの所作が輝いて見えた」
「そうか」
遠くで鼓や太鼓の軽やかな音が響き始める。軽快なそれらの音と裏腹に、この場の時の流れは非常に穏やかだ。
「きっと半蔵は伊賀の頭領の息子だから、忍の血筋だからあんな凄い事が簡単に出来るんだろう、って思っていたの。でも、それは違った。貴方に目白を捕るように命じたあの日、私に捕らえた目白を差し出す半蔵の手を見て気付いたの。傷だらけの手が……腕が……。血筋なんかじゃない。貴方のその力は、日々の努力によってもたらされたものなんだって」
「名無しさん」
「半蔵の見せる格好いい技の数々が好き。傷だらけの腕が好き。当主の息子という立場に甘えることなく鍛練を欠かさぬ半蔵が好き。私達は生まれてから、たくさんの鎖で縛られているけど、その役目から逃げず、先に進もうとする姿に……私はひどく、憧れる。私はね、本当は逃げ出したくて堪らないのよ」
ぐすっと、名無しさんが鼻をすする。
「それこそ半蔵くらいの実力があれば、すべてを捨てて逃げることだって出来るわけでしょ。それを、しないんですもの。だから、私も決めたの。私も家のため『姫』という立場を受け入れるって。だから、半蔵とは一緒にならない」
ツゥと涙が途切れずに滴り落ちる。
「だから……だから……今だけは私の傍に」
ガクッと崩れそうになる身体を強く抱きしめて受け止める。
「すまぬ」
思わず謝ってしまったが、これは泣かせたことに対する謝罪か。一緒になれぬことへの懺悔か。
人殺し、乱波、裏切り者……
任務中に浴びせられた多種多様の罵詈雑言も影の心に響くことはなかった。なのに何故名無しさんの言葉はこんなにも己の感情を波立たせるのだろうか。このまま名無しさんを拐かして、二人で消えてしまおうか。今、彼女にねだられたら何でもしてしまいそうな胸懐に初めて恐怖を感じた。
今回の目的地が名無しさんの父が治める領国であることから、十中八九依頼人はあの姫だろう。
木々を蹴り、紅く染まる新緑に身を紛れさせる。目的地まで、さほど距離もない。このまま普通に駆けてもよいのだが、万が一の敵襲に備え目的地までは枝枝を渡り進んで行く。
数刻も経ず待ち合わせの場所に着いたが、そこに居たのは女ではなく線の細い男だった。
いや、あれは……
「何故、そのような格好をしている」
時刻は夏の夕暮れ。この時期はどこも祭の行事が多く、華やいだ声や音が聞こえてくる。
「ふふふ。今はこの市松柄の着物がとても流行しているのよ。他にも鱗模様とか麻の葉模様とかも人気で」
「何故、男の格好をしている」
長い髪は頭上高くで1つにまとめ、市松模様の着流しに下駄を履いている。まさに優男の風体だった。
「だって今夜はうちの国のお祭りなのよ」
「会話になっておらぬ」
「別にいいじゃない。男女じゃなくったって。男同士でそうゆう関係……普通にアリでしょ?」
「拙者に衆道の趣味はない」
「はぁ~。もう、冗談が通じないわね。姫の格好じゃ城を抜け出せなかったから、変装してきたのよ」
名無しさんは大きな溜め息を1つ吐く。
「待て、依頼主はお主の父ではないのか?」
「父上ではないわ。私が直接依頼したんだもの」
「名無しさんが?」
予想だにしない返答だ。
「伊賀に直接、使いをやってね。それにしても、忍への依頼がこんな高額だなんて知らなかったわ」
腕を組み、不満を口づさむ名無しさんに対し頭を抱える。
「……どうして拙者なのだ?」
自分の様なつまらぬ男に固執する名無しさんの心情が理解出来ない。
「えっ?それって、どうゆう……」
それだけ言うと名無しさんは、はっとした表情を作り、しばしの間言葉を詰まらせた。
カナカナカナカナ
「最初は純粋に……貴方の見せる忍の技が格好よかった。遠くに転がった鞠を一瞬で取ってきたり、水の上に浮いた草履を着物を濡らすことなく持ってきたりと、一つ一つの所作が輝いて見えた」
「そうか」
遠くで鼓や太鼓の軽やかな音が響き始める。軽快なそれらの音と裏腹に、この場の時の流れは非常に穏やかだ。
「きっと半蔵は伊賀の頭領の息子だから、忍の血筋だからあんな凄い事が簡単に出来るんだろう、って思っていたの。でも、それは違った。貴方に目白を捕るように命じたあの日、私に捕らえた目白を差し出す半蔵の手を見て気付いたの。傷だらけの手が……腕が……。血筋なんかじゃない。貴方のその力は、日々の努力によってもたらされたものなんだって」
「名無しさん」
「半蔵の見せる格好いい技の数々が好き。傷だらけの腕が好き。当主の息子という立場に甘えることなく鍛練を欠かさぬ半蔵が好き。私達は生まれてから、たくさんの鎖で縛られているけど、その役目から逃げず、先に進もうとする姿に……私はひどく、憧れる。私はね、本当は逃げ出したくて堪らないのよ」
ぐすっと、名無しさんが鼻をすする。
「それこそ半蔵くらいの実力があれば、すべてを捨てて逃げることだって出来るわけでしょ。それを、しないんですもの。だから、私も決めたの。私も家のため『姫』という立場を受け入れるって。だから、半蔵とは一緒にならない」
ツゥと涙が途切れずに滴り落ちる。
「だから……だから……今だけは私の傍に」
ガクッと崩れそうになる身体を強く抱きしめて受け止める。
「すまぬ」
思わず謝ってしまったが、これは泣かせたことに対する謝罪か。一緒になれぬことへの懺悔か。
人殺し、乱波、裏切り者……
任務中に浴びせられた多種多様の罵詈雑言も影の心に響くことはなかった。なのに何故名無しさんの言葉はこんなにも己の感情を波立たせるのだろうか。このまま名無しさんを拐かして、二人で消えてしまおうか。今、彼女にねだられたら何でもしてしまいそうな胸懐に初めて恐怖を感じた。