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それはどちらも同じ重さ

 時計が六時を回っても妹が帰ってくる気配は無い。家族全員揃って待ち構えているというのに困った子だ。ご馳走を前に、お母さんは心配そうに呟く。
「あの子、遅いねえ」
「寄り道でもしてるんじゃないの」
 箱を眺めながら私は軽く返す。こっそり箱の隙間から見てみれば、たっぷりとクリームの乗った美味しそうなホールケーキ。自分のケーキじゃないのに待ちきれなくて冷蔵庫から持ってきた私を、お母さんは呆れた顔で見る。
「夕飯もまだなのに。ぬるくなっちゃうでしょ」
「ろうそくさしちゃおうよ!」
「こら」
 いそいそとケーキを出してろうそくを妹の年齢分さしていく。どうせ後でさすのだから問題無い。たぶん。
 お父さんに言われてしぶしぶ手を止めた時、家の電話が鳴った。一番近くにいた私が電話をとる。
「もしもし」
「――さんのお宅ですか?」
 警察署の者だと名乗る男の人が、妹の名を呼んだ。落ち着いて聞いてくださいと前置きしてから私に告げる。
「――さんが先ほど通り魔にあわれて……」


     *

 冷たくなった妹が、棺桶の中に横たわっている。葬式も一通り済み、両親は親戚の相手をしにいなくなった。私も行かなければならないのにここから離れることが出来ない。
 もう妹は動かないのだな、と思う。なんでもっと心配してあげなかったんだろう。彼女が違う道から帰っていたら、時間をずらして帰っていたら? 私が学校まで迎えに行っていれば妹は死ななくて済んだんじゃないのか。たらればが頭の中をぐるぐると回る。今さら後悔したって遅いのに。棺桶の傍で佇み続ける私に話しかけてくる人はいない、はずだった。
「やり直したい?」
 面白がるような声がする。気が付くと私の横に見知らぬ女の子が立っていた。親戚の中に妹より小さい子なんていない。じゃあ、この子は誰? けれど私は、言われた内容の方に気を取られていた。
「できるものなら……!!」
「やり直させてあげるよ」
 そんなこと出来るわけ無い。そう言って振り払うには私は疲れきっていた。まぶたが重くなり、ゆっくりと目を閉じる。意識が遠ざかる、女の子の声も薄れていく。
「終わるちょっと前に戻してあげる」

     *

 軽やかなチャイムが鳴ると同時に生徒達はわらわらと教室の外へ出ていく。針は四を指している。ここは――。
「何ぼーっとしてんの?皆帰っちゃったよ」
 友達が私の顔を覗きこんで不思議そうに言った。ハッとして、そうだね、と返す。何が起こったのか分からない。教室の黒板には妹の誕生日。あの時の二時間前。今ならまだ間に合う?
「ごめん、今日妹迎えに行くから別の道で帰るね」
「了解! 妹ちゃん誕生日だよね、盛大に祝ってあげなよー」
 笑って帰宅の道をたどる友達に手を振り、妹の通う学校まで走る。息をきらして迎えにきた姉を、何事かと驚くかもしれない。何でもないよと笑うために。笑顔でおめでとうを言うために。


 制服の少女が駆けていくのを見届けて、小さな女の子の形をしたそれは笑う。帰宅中の学生で溢れる通学路で一人佇んでいる。
「死ぬはずだった命を生かすためには、代わりが必要なんだよね」
 思い出したように呟いたその声は、がやがやとした通学路にかき消された。学生一人一人をじろりと眺めた後めんどくさそうに足下に視線を向ける。蟻が一匹。プチ、と踏み潰す。あっさりと蟻の命が消える。
「これでいいか」
 それはまた歩きだした。新しい暇潰しを探すそれの頭の中には、もう姉妹のことなど残っていない。騒がしい通学路から一人の女の子が消えたが誰も気が付くことはなかった。
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