三回目の答え
修学旅行から帰ってきたお姉ちゃんは私に小さな紙袋を手渡した。中にはきれいな鈴のついたヘアゴム。
「これなんのお土産?」
「別に特産物とかじゃないんだけどね。あんたに似合いそうだと思ったから」
どこにでも売っていそうな物ではあるけれど、誇らしげに渡してくるお姉ちゃんにそんなこと言えない。絶対何か企んでいるだろうけど素直に受け取ってしまった。なかなか可愛い。早速パッケージから取り出して髪の毛をしばってみた。耳より上でくくられたツインテールはゆらゆらと揺れている。鈴もチリンチリン、と澄んだ音をたてる。耳元で鳴るのですごくうるさい。普通の人なら気にならない大きさの音でも、耳のいい私にとっては結構つらいのに。眉をひそめた私を、お姉ちゃんはにやにやと眺めている。こうなるのが分かっていて買ってきたのだろう。
すぐに外してはお姉ちゃんの狙い通りだろうから、まだ外せない。そんな私を眺めるお姉ちゃんのにやにやは止まらない。ムカつく。
ムカムカしたまま外に飛び出した。スケッチブック片手に階段をのぼる。寂れた神社にずかずかと入り込めば、私の足音だけが境内に響いた。
「可愛いけど、可愛いけどさあ」
私が歩くたびにチリンと鳴り、お姉ちゃんのにやけ面がよみがえる。振り払うように頭をふれば、かわいらしいそれはひときわうるさく音を立てた。
建物の陰に座り込んでスケッチブックを広げた。鉛筆を握りしめて何を描こうか迷っていると、私の横にに人が座り込んだ。音も無くそばに寄ってきたその子はまだ白紙のスケッチブックを何も言わずに覗きこむ。男の子か女の子かも分からない、ぼろぼろの服を着ているその子は私をパッと振り返って口を開いた。満面の笑みで私を見ている。
「ねえ、一緒にあそぼ?」
耳を通り抜けていくのに頭に残る声。けれど私は知らない子と遊ぶ気にもなれずすぐに断った。
「今絵描いてるから無理」
そっけない私の返事にその子の表情が少し暗くなる。傷つけてしまったかな、と思い慌てて言い訳をした。
「一緒に遊ぶのが嫌とかじゃなくて、今イライラしてて遊ぶ気になれないの。ごめんね」
「イライラしててもいいよ。遊ぼう?」
「いや……だから無理……」
話が通じているようで通じていない。困惑しながら後退りすると、その子は前のめりになった。先ほどとはうってかわって表情がほとんど無い。ぐい、と腕を捕まれ、こてん、と首をかしげてその子はまた私を誘う。
「あそんでくれる?」
目が合った。そうしているうちに、なんだか申し訳なくなってきた。こんなに誘ってくれるのだから、ちょっとくらいいいんじゃないかな。うん、と言おうとした瞬間。
ざあっと風が勢いよく吹いた。髪の毛がばさはざと舞い上がり、鈴は警報のように甲高く鳴った。はっと気がつけば、もう日が暮れている。夕焼けを背負ったその子は能面のような顔で私を覗きこんでいた。
「もう誰も来ないの。寂しいの」
誘うような声は、今では背筋を凍らせるものになっていた。これ以上後ろに下がれないことを悟った私は、荷物を慌ててかき集めて立ち上がった。手を振り払おうとすれば、同い年とは思えない力で腕を握りしめられる。それでも必死に振り払って、叫ぶように告げる。
「もう帰る時間だからっ! さよなら!」
もつれる足を動かして階段を転がるように駆け降りていく。その間も背中には視線が突き刺さっていた。
*
息も絶え絶えに私は走り続けた。十字路を曲がろうとして誰かとぶつかり、地面に倒れこむ。膝をすりむいた私に手を差しのべたのは、心配そうな顔をしたお姉ちゃんだった。
「大丈夫?」
「……うん」
気まずくなりながらも手を握って歩きだした私達。お姉ちゃんは私の頭に目をやって、驚いた顔をした。
「あんた、頭ぶつけたの?」
「え?」
「鈴……」
外して見てみると、真新しかったはずの鈴はひしゃげていた。通りで音が聞こえなくなった訳だ。
「いくら嫌でもわざと壊したりしないでしょう。さっき転んだときにでもやっちゃったんだね」
「…………ごめんなさい」
「別にいいよ。私こそごめんね。あんたが嫌がるって分かってるのにこんなことしちゃって。でも似合うって思ったのは本当だよ」
ちゃんと別のお土産も用意したから許してくれる? と申し訳なさそうに私の顔を覗きこむお姉ちゃん。違うんだよ。私、うるさかったけどこの鈴貰えて嬉しかったんだよ。ううん、そうだけど、そうじゃなくて。
私が神社から逃げてから、ずっとあとをついてくる足音が聞こえるの。私達が歩きだしたと同時に足音もゆっくりになった。このままじゃ家までついてきちゃう。私一度も振り向かずに走ってきたけど、いるんだよ。ずっと。私のこと見てるんだよ。
手を握る力を強めると、お姉ちゃんはふにゃりと笑って握り返してくれた。ごめんなさい。私達の後ろに足音が続いている。私達の帰る家が見えてきた。お姉ちゃんは今日の夕飯の話をしている。ペタペタと音が聞こえる。ごめんなさい。ごめんなさい。私、何を間違えちゃったんだろう。
家にたどり着いたとき、ようやく足音が止まった。
見つかっちゃった。
「これなんのお土産?」
「別に特産物とかじゃないんだけどね。あんたに似合いそうだと思ったから」
どこにでも売っていそうな物ではあるけれど、誇らしげに渡してくるお姉ちゃんにそんなこと言えない。絶対何か企んでいるだろうけど素直に受け取ってしまった。なかなか可愛い。早速パッケージから取り出して髪の毛をしばってみた。耳より上でくくられたツインテールはゆらゆらと揺れている。鈴もチリンチリン、と澄んだ音をたてる。耳元で鳴るのですごくうるさい。普通の人なら気にならない大きさの音でも、耳のいい私にとっては結構つらいのに。眉をひそめた私を、お姉ちゃんはにやにやと眺めている。こうなるのが分かっていて買ってきたのだろう。
すぐに外してはお姉ちゃんの狙い通りだろうから、まだ外せない。そんな私を眺めるお姉ちゃんのにやにやは止まらない。ムカつく。
ムカムカしたまま外に飛び出した。スケッチブック片手に階段をのぼる。寂れた神社にずかずかと入り込めば、私の足音だけが境内に響いた。
「可愛いけど、可愛いけどさあ」
私が歩くたびにチリンと鳴り、お姉ちゃんのにやけ面がよみがえる。振り払うように頭をふれば、かわいらしいそれはひときわうるさく音を立てた。
建物の陰に座り込んでスケッチブックを広げた。鉛筆を握りしめて何を描こうか迷っていると、私の横にに人が座り込んだ。音も無くそばに寄ってきたその子はまだ白紙のスケッチブックを何も言わずに覗きこむ。男の子か女の子かも分からない、ぼろぼろの服を着ているその子は私をパッと振り返って口を開いた。満面の笑みで私を見ている。
「ねえ、一緒にあそぼ?」
耳を通り抜けていくのに頭に残る声。けれど私は知らない子と遊ぶ気にもなれずすぐに断った。
「今絵描いてるから無理」
そっけない私の返事にその子の表情が少し暗くなる。傷つけてしまったかな、と思い慌てて言い訳をした。
「一緒に遊ぶのが嫌とかじゃなくて、今イライラしてて遊ぶ気になれないの。ごめんね」
「イライラしててもいいよ。遊ぼう?」
「いや……だから無理……」
話が通じているようで通じていない。困惑しながら後退りすると、その子は前のめりになった。先ほどとはうってかわって表情がほとんど無い。ぐい、と腕を捕まれ、こてん、と首をかしげてその子はまた私を誘う。
「あそんでくれる?」
目が合った。そうしているうちに、なんだか申し訳なくなってきた。こんなに誘ってくれるのだから、ちょっとくらいいいんじゃないかな。うん、と言おうとした瞬間。
ざあっと風が勢いよく吹いた。髪の毛がばさはざと舞い上がり、鈴は警報のように甲高く鳴った。はっと気がつけば、もう日が暮れている。夕焼けを背負ったその子は能面のような顔で私を覗きこんでいた。
「もう誰も来ないの。寂しいの」
誘うような声は、今では背筋を凍らせるものになっていた。これ以上後ろに下がれないことを悟った私は、荷物を慌ててかき集めて立ち上がった。手を振り払おうとすれば、同い年とは思えない力で腕を握りしめられる。それでも必死に振り払って、叫ぶように告げる。
「もう帰る時間だからっ! さよなら!」
もつれる足を動かして階段を転がるように駆け降りていく。その間も背中には視線が突き刺さっていた。
*
息も絶え絶えに私は走り続けた。十字路を曲がろうとして誰かとぶつかり、地面に倒れこむ。膝をすりむいた私に手を差しのべたのは、心配そうな顔をしたお姉ちゃんだった。
「大丈夫?」
「……うん」
気まずくなりながらも手を握って歩きだした私達。お姉ちゃんは私の頭に目をやって、驚いた顔をした。
「あんた、頭ぶつけたの?」
「え?」
「鈴……」
外して見てみると、真新しかったはずの鈴はひしゃげていた。通りで音が聞こえなくなった訳だ。
「いくら嫌でもわざと壊したりしないでしょう。さっき転んだときにでもやっちゃったんだね」
「…………ごめんなさい」
「別にいいよ。私こそごめんね。あんたが嫌がるって分かってるのにこんなことしちゃって。でも似合うって思ったのは本当だよ」
ちゃんと別のお土産も用意したから許してくれる? と申し訳なさそうに私の顔を覗きこむお姉ちゃん。違うんだよ。私、うるさかったけどこの鈴貰えて嬉しかったんだよ。ううん、そうだけど、そうじゃなくて。
私が神社から逃げてから、ずっとあとをついてくる足音が聞こえるの。私達が歩きだしたと同時に足音もゆっくりになった。このままじゃ家までついてきちゃう。私一度も振り向かずに走ってきたけど、いるんだよ。ずっと。私のこと見てるんだよ。
手を握る力を強めると、お姉ちゃんはふにゃりと笑って握り返してくれた。ごめんなさい。私達の後ろに足音が続いている。私達の帰る家が見えてきた。お姉ちゃんは今日の夕飯の話をしている。ペタペタと音が聞こえる。ごめんなさい。ごめんなさい。私、何を間違えちゃったんだろう。
家にたどり着いたとき、ようやく足音が止まった。
見つかっちゃった。