つぶやき
漂うコーヒーの香り
2022/04/27 08:31夢つぶやき
終わらない…。
パチパチと文字を打ち込んでいた手を止め、マウスのすぐ横に置いてあるスマホの画面に軽く触れると、先週友達と見に行った桜の写真が映し出された。今年は見に行けてよかったなぁ…なんて楽しかった出来事に思いを馳せていると、コン…と紙コップがデスクに置かれる。ふわりと辺り一面にはコーヒーの香りが漂う。
「まだかかりそうか?」
そう言ってきたのは私が新しく配属された部署の先輩である牧さんだった。彼の存在は別部署にいる頃から知っている。どこの部署へ行っても、そつ無く仕事をこなし、誰からも信頼されている男性職員だ。体格も良く、当たり前のように女性職員からの人気も高い。かく言う私も今月から彼と同じ部署に配属になり、ちょっとだけ楽しみにしていたんだから。
「ありがとうございます。あとちょっとだけやったら帰ります」
「そうか。配属されたばかりなのに、申し訳ないな」
困ったように眉を下げる牧さん。この人は何も悪くないのになぁ。その気遣いに軽く胸が弾んだ。
「いえいえ、この部署は今時期が一番繁忙期なのは知ってましたし。それにちょっと楽しみでもありましたから」
「楽しみ?」
「はい、気になってましたから。ここ」
「そうか」
フッとやさしく微笑むその顔に先程とは比べ物にならないぐらい、私の鼓動は高鳴った。気になっていたのは…あなたなんですけど……なんて言葉を飲み込んだその時、少し向こうから声が聞こえてきた。
「よーー!頑張ってっか?!」
手に紙コップを持って歩いてきたのは、3月まで同じ部署で働いていた藤真さんだ。この人も牧さんと同様に、仕事はバリバリ、信頼もあつく、なんせその端正な顔立ちから女性職員からの人気がハンパない。私は彼と去年1年間同じ部署で働いていて、何かといつもからかわれたりしていたが、仕事面でかなり助けられたのは事実だ。
そんな藤真さんがどうしてここに?
「どうしてって顔すんなよ」
藤真さんはニカッと笑いながら座っている私の頭をわしゃわしゃと雑に撫でて、コン…とデスクの上に紙コップ置く。ん?デジャブ?数分前と同じような香りが鼻をつく。ほろ苦いコーヒーの香りだ。
「どうだ、しんどいだろ。4月のここは」
してやったりとした顔で私のデスクに手を付き、パソコンを覗き込むながら藤真さんは言う。ふわりと彼の髪の毛が触れてしまんじゃないかというぐらい私との距離は近い。否応なしに心臓の音は大きくうるさくなってしまった。
「どうしたんだ?藤真、何か用か?」
「お、牧じゃねぇか」
牧さんに声をかけられ、藤真さんはデスクから手を離した。……な、なんだこの状況は。向き合う2人の男性職員に私は目の前の現実が受け入れられない。この2人が揃っているだなんて、全女子職員がどれだけ羨ましがる事だろう。それでも今の私にはこの状況をゆっくり楽しむ余裕は無いのだ。向くべき所はパソコンの画面なのだ。パチパチと再びキーボードを叩きながらも、彼らの会話が耳に入ってくる。
「コイツさ思った以上に気にしいだし、無理をするやつだから、その辺頼むな」
藤真さんの言葉に私の手は止まってしまう。1年間、たった1年間一緒にいただけでもちゃんと私の事を見てくれていたんだ…。そう思うとなんだか泣きそうになってしまった。
「わかっているさ。オレは楽しみにしていたんだ、一緒に働くの」
続いた牧さんの言葉に思わず私は椅子に座ったまま勢いよく振り返り、2人の方へと身体を向けた。た、楽しみにしていた?私と働くのを?いや、そもそも私の存在を知っていたんですか?聞きたいことは色々と出てくるのに、2人の空気感から私は口をつぐんでしまう。……な、なんか険悪?
「ほぉ~、でもあんまり期待しすぎるとコイツにとってプレッシャーになんぞ?」
「大丈夫だ、オレがフォローをする」
「……ふぅん。ま、頑張れよ」
私の頭の上にポン、と手を乗せたあと藤真さんはこの場から去っていった。何も言えずに黙っていると、牧さんが口を開く。
「どうやら、あまりうかうかしてはいられないようだな」
「うかうか?」
「いや、こっちの話だ。よし、あと少し頑張るか」
「?はい」
この先、自分の身に信じられないようなことがたくさん起きることを、私はまだ知らないーーー。
パチパチと文字を打ち込んでいた手を止め、マウスのすぐ横に置いてあるスマホの画面に軽く触れると、先週友達と見に行った桜の写真が映し出された。今年は見に行けてよかったなぁ…なんて楽しかった出来事に思いを馳せていると、コン…と紙コップがデスクに置かれる。ふわりと辺り一面にはコーヒーの香りが漂う。
「まだかかりそうか?」
そう言ってきたのは私が新しく配属された部署の先輩である牧さんだった。彼の存在は別部署にいる頃から知っている。どこの部署へ行っても、そつ無く仕事をこなし、誰からも信頼されている男性職員だ。体格も良く、当たり前のように女性職員からの人気も高い。かく言う私も今月から彼と同じ部署に配属になり、ちょっとだけ楽しみにしていたんだから。
「ありがとうございます。あとちょっとだけやったら帰ります」
「そうか。配属されたばかりなのに、申し訳ないな」
困ったように眉を下げる牧さん。この人は何も悪くないのになぁ。その気遣いに軽く胸が弾んだ。
「いえいえ、この部署は今時期が一番繁忙期なのは知ってましたし。それにちょっと楽しみでもありましたから」
「楽しみ?」
「はい、気になってましたから。ここ」
「そうか」
フッとやさしく微笑むその顔に先程とは比べ物にならないぐらい、私の鼓動は高鳴った。気になっていたのは…あなたなんですけど……なんて言葉を飲み込んだその時、少し向こうから声が聞こえてきた。
「よーー!頑張ってっか?!」
手に紙コップを持って歩いてきたのは、3月まで同じ部署で働いていた藤真さんだ。この人も牧さんと同様に、仕事はバリバリ、信頼もあつく、なんせその端正な顔立ちから女性職員からの人気がハンパない。私は彼と去年1年間同じ部署で働いていて、何かといつもからかわれたりしていたが、仕事面でかなり助けられたのは事実だ。
そんな藤真さんがどうしてここに?
「どうしてって顔すんなよ」
藤真さんはニカッと笑いながら座っている私の頭をわしゃわしゃと雑に撫でて、コン…とデスクの上に紙コップ置く。ん?デジャブ?数分前と同じような香りが鼻をつく。ほろ苦いコーヒーの香りだ。
「どうだ、しんどいだろ。4月のここは」
してやったりとした顔で私のデスクに手を付き、パソコンを覗き込むながら藤真さんは言う。ふわりと彼の髪の毛が触れてしまんじゃないかというぐらい私との距離は近い。否応なしに心臓の音は大きくうるさくなってしまった。
「どうしたんだ?藤真、何か用か?」
「お、牧じゃねぇか」
牧さんに声をかけられ、藤真さんはデスクから手を離した。……な、なんだこの状況は。向き合う2人の男性職員に私は目の前の現実が受け入れられない。この2人が揃っているだなんて、全女子職員がどれだけ羨ましがる事だろう。それでも今の私にはこの状況をゆっくり楽しむ余裕は無いのだ。向くべき所はパソコンの画面なのだ。パチパチと再びキーボードを叩きながらも、彼らの会話が耳に入ってくる。
「コイツさ思った以上に気にしいだし、無理をするやつだから、その辺頼むな」
藤真さんの言葉に私の手は止まってしまう。1年間、たった1年間一緒にいただけでもちゃんと私の事を見てくれていたんだ…。そう思うとなんだか泣きそうになってしまった。
「わかっているさ。オレは楽しみにしていたんだ、一緒に働くの」
続いた牧さんの言葉に思わず私は椅子に座ったまま勢いよく振り返り、2人の方へと身体を向けた。た、楽しみにしていた?私と働くのを?いや、そもそも私の存在を知っていたんですか?聞きたいことは色々と出てくるのに、2人の空気感から私は口をつぐんでしまう。……な、なんか険悪?
「ほぉ~、でもあんまり期待しすぎるとコイツにとってプレッシャーになんぞ?」
「大丈夫だ、オレがフォローをする」
「……ふぅん。ま、頑張れよ」
私の頭の上にポン、と手を乗せたあと藤真さんはこの場から去っていった。何も言えずに黙っていると、牧さんが口を開く。
「どうやら、あまりうかうかしてはいられないようだな」
「うかうか?」
「いや、こっちの話だ。よし、あと少し頑張るか」
「?はい」
この先、自分の身に信じられないようなことがたくさん起きることを、私はまだ知らないーーー。