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つぶやき

先手必勝(越野夢)

2022/02/14 07:50
夢つぶやき
デカいあくびをオレは空に向けてぶん投げる。それはまるでヤケクソだと言わんばかりの意味を込めてだ。と言ってもこんな気持ちで登校しているのは絶対に自分だけじゃないハズだと思うと、ほんの少しだけ気持ちが楽になった気がする。……べ、別に言うほど悲しい思いとか、悔しい思いをしてるわけじゃねぇけど。どーせお菓子会社の商業目的だろ?バレンタインなんて。

「さみぃ…」

まだほとんどの生徒の上履きが残っている状態の靴箱で、自分のを手に取り床にそれを落とす。パン!と床に落ちた時の音が静かな校内に響いた。そして上履きへと履き替えたその時だったーー

「越野!」

後ろから声をかけられ、振り向くと自分の口元を手で隠す女子が立っていた。コイツはクラスメイトの女子だ。なんでまたこんな朝早くに?つーか、なんで口抑えてんだ?

「思った以上に自分の声が響いちゃってビックリした」

少しだけ照れくさそうにして目の前のコイツは笑いながら、オレが頭の中で思っていた疑問の答えを出してくれた。そんなことかよ、と思わずオレは「ははっ」と声に出して笑ってしまう。

「朝早い校舎ってこんなに静かなんだね…」

「まーな。つか、なんでお前こんな早ぇの?部活とかしてたっけ?」

「ううん、実はね…」

そう言うとコイツは学校の指定カバンとは別に、手に持っていたデカい紙袋の中をゴソゴソとあさり「あったあった」と言ってラッピングされている手のひらサイズの袋をオレに差し出してきた。

「ハッピーバレンタイン、なんちゃって」

1発で目が覚めるようだった。その笑顔にも、その言葉にも。何も言えず、ドキドキとうるさい心臓と戦っているオレに「越野?」と呼びかけるコイツの声でハッとした。

「さ、サンキュ」

オレはぎこちなくお礼を言う。まさか自分の身にこんな事が起こるなんて考えてもいなかった。しかもこんな朝一番に、女子からバレンタインチョコをもらえる日が来るなんて……ん?待てよ。ある事にオレは気付いてしまった。コイツが持っているデカい紙袋の中身の存在を。ちょっと考えればわかる事だ、いや、考えるまでもねぇ。そのデカい紙袋の中にはオレに渡した物と同じものがわんさか入っているんだ…。いつも男女関係なく大勢の友達に囲まれているコイツの事だ、バレンタインに配るチョコなんて山ほどあるに決まってんじゃねーか。……まぁ、義理でもいいか。バレンタインチョコには変わりはねぇんだし。

「みんなにそれ配るために早く来たのか?」

「うーん…半分正解で、半分不正解」

「なんだよそりゃ」

「先手必勝ってやつかな」

コイツはよくわかんねぇ事を言ったあと、さっきくれた袋をオレの手の中から奪い取った。そして袋に付いていた何かを剥がす。どうやらそれはハートの形をしたシールのようで、再び「はい」と袋を手の上に乗せてきた。意味がわからねぇ行動にオレが眉をしかめていると、ズイッと目の前にコイツの顔が近づいてくる。

「このシールは目印。誰かさん専用のヤツってわかるよーに」

ぺたっ。

?!おいおい、シールをオレのデコに貼りやがったな。シールを剥がそうと手をデコに持っていくと、貼られたシールはいとも簡単に剥がすことができた。

「目印って、どういうことだよ」

「にっぶ!!!……誰よりも先に越野に渡したかったんだもん。だから先手必勝」

誰よりも先に?オレ専用?
それってまさか……

「じゃ、朝練頑張ってね」

赤くなった顔を隠すかのようにヒラヒラと手を振り、アイツはバタバタと階段を駆け上がっていった。オレはというと、もう誰の姿もない階段をただ眺めている。きっとその顔は真っ赤に違いないーーー。






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