つぶやき

借り物競争(深津夢 SS)

2022/01/25 10:17
夢つぶやき
こんなに堂々と指をさされた事なんて初めてだった。優しく、それでもするどく目の前にあるキレイな人差し指の爪先があと数ミリで私の鼻先にあたってしまいそうだ。そんな指先を見ている今の私は、きっと完全に寄り目になっている事だろう。

「わ、私?!」
「そうだピョン、早くするピョン」
「え、ちょ」

気付いた時には腕を掴まれ、歓声湧き上がるグラウンドを走っていた。というよりは深津に引っ張られている。私を引っ張っているこの男は深津と言ってクラスメイトの男子で、超強豪であるバスケ部のキャプテン、いつも無表情。そしていつも語尾に変な言葉をつける変わった男だ。そんな彼に引っ張られている私は必死についていこうと、息を切らしながら全力疾走。いつの間にか手を繋いでいた私たちは目の前のゴールテープを切った。なんて気持ちのいい瞬間なのだろう。

「…はぁッ、やっば!!1位じゃん!ねぇ!1位だよ!」

繋いでいた手を離し、私は隣でまったく息を切らしていない深津の肩をバシバシと叩く。ゼェゼェと息を切らしながら。な、なんでコイツは平然としてんのよ。短い距離とは言え、あれだけ全力疾走して、少しも息が乱れていないし、1位なのに顔の表情が1ミリも変わらないって…ホントに読めないわ、コイツは。てゆーか、なんでそんなに自分の手のひらを見てるの?深津はさっきまで私と繋いでいた手を穴が空くほど見つめている。

さて、ここでようやく説明をしましょう。なぜ、私と深津はグラウンドを爆走したのか。今日は私が通う山王工業の体育祭の日、そしてただ今行われている競技は『借り物競争』なのです。この競技に出ない私は応援席からクラスメイトと共に大きな声援をあげていたのだが、まさかの借りられる側として駆り出された…という訳です。

「てゆーか、お題なんだったの?」

お題の紙切れを審判である体育委員に渡した深津に私は問いかける。一応お題が合っているかどうかを確認しなければならないらしい…体育祭でそこまでするんだ。実はここの借り物競争はちょっと名物で、『好きな人』とか『素敵だと思う人』とか漫画にありがちなベタベタお題が多数含まれているんだよね。まさか……深津ってば私の事?

すると私の顔をじっと見たあと「ポニーテールだピョン」と言って彼は顔を背けた。
あぁ、ポニーテールね、確かに今日の私の髪型はポニーテールだわ。いつもは髪をおろしている私だけど、今日は体育祭なのでたくさん動き回るだろうと髪の毛を1本に縛り、【馬のシッポ】と呼ばれる髪型、ポニーテールにして来ていた。

「そっか、ポニーテールね」

なんだか少しだけ残念な気持ちになった。何かを期待していたかのような、ガッカリとした気持ち。私がこの気持ちの正体を知るのはもう少し先の話。深津がポケットにしまったその紙は、数ヶ月後「ラブレターだピョン」と言って私の手に渡される事となる。そしてその時にはじめて本当のお題を知ることになって私は赤面するんだけど、それもまたもう少し先の話。



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オレは一之倉。バスケ部3年で体育委員をやっている。今日はその体育委員が1年で1番大忙しな日、体育祭だ。オレの今の仕事は、借り物競走の走者がお題にきちんとそったものを連れてゴールしたかどうかを審判する事。ゴールテープの先で次の走者を待っていたその時、同じバスケ部の深津が1人の女子を引っ張ってゴールテープを切った。連れられて来た女子は1位だった事に飛び跳ねて喜び、とても無邪気な笑顔で深津の肩をバシバシと叩いている。そんな笑顔の彼女をよそに深津はいつも通りの無表情でオレに紙切れを差し出す、4つ折りになったその紙を開くと中にはこう書かれていた。

『笑顔が素敵な人』

それを見たオレは無言で親指と人差し指で輪を作り、『OK』のサインをして深津へその紙を戻す。そしてその後、楽しそうに笑う女子と歩く深津の後ろ姿に向かってグッと親指を立てた。その女子と手を繋いで街中を歩く深津を目撃するのはもう少し先の話ーー。


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