つぶやき
内線電話(三井夢)
2021/08/18 10:57夢つぶやき
今日も一日頑張るか、と家から持ってきた野菜ジュースをじゅぅぅっとストローで飲み、気合いを入れる。正直なところこの味はあんまり得意ではない。というか、こんなジュースなんかじゃなくて、きちんと本物の野菜を採らないとダメなんだよな…うん、分かってるよ。
そんな事を思いながら目の前のパソコンの画面に目をやり、マウスに手をかけたその時、自分のデスクの電話が鳴った。ナンバーディスプレイの番号を見て、私の心臓はドキッと跳ね上がる。ふう、と1つ息を吐き、私はそっと受話器を取った。
「はい、△△課、〇〇です」
『相変わらず声つくってんな』
……こんな第一声ってある?
ドキドキしていた私のトキメキを返してください。なぜドキドキしていのか?そんなの1つしかないじゃない。ナンバーディスプレイの番号が好きな人からの内線番号だったからだよ。去年まで同じ課で働いていた三井さんの。
「三井さんだってわかってたらつくりませんよ」
私の嘘つきめ。ホントは三井さんの内線番号覚えているくせに。覚えているから番号を見てドキドキしていたくせに。いつまでたっても素直になれないなんて子供みたい。
『覚えとけよ、オレの番号』
「な、なんでですか」
『なんでって…そりゃあ……』
「…………」
『…………』
社内電話でこんな沈黙ある?クレーム対応でもこんなに黙ることなんてないよ。むしろクレーム対応で黙ったら火に油を注ぐしね……って違う。こんな事考えている場合じゃないんだって。
「そ、それでどのようなご要件ですか?」
私はゴホンとわかりやすく咳払いをして、わざと丁寧に聞いた。
『お、おう。加藤いるか?』
「え?私に用じゃないの?!」
『別にいいじゃねぇか』
「三井さんこそ相変わらずじゃないですか、番号間違えるとか」
『間違えてねぇよ』
「え?」
間違えてないって……。加藤くんに用事なのにわざわざ私の番号に電話してきたって事?
それって、、、えぇ?!
『とりあえず加藤いるか?』
「あ、はいっ!ちょっとお待ちください」
ガチャ……と受話器を置いた私はデスクの隅の方に追いやられていた野菜ジュースを手に取り、それを一気に飲み干した。
「それそんなに美味しい?」
迎えのデスクにいる同僚にそんな言葉を投げかけられ、私は「え?!」と声を出す。なぜそんな事をいきなり言われたのか疑問しか浮かばない。
「めちゃくちゃ美味しそうな顔して飲んでるから」
そう言われ私は思わず両手で顔の下半分を隠した。きっとその顔はニヤけていたに違いない。三井さんのせいだよ。
さっき保留ボタンを押す瞬間、耳元から聞こえてきた三井さんの一言。その言葉のせいで私の今日の仕事は手につかない事が決まったのだから。
『……そのうちちゃんと言いに行くから』
その頃三井はーーーー
「なんか三井顔赤くね?熱あんじゃねーの?」
「あ?ね、ねぇよ!」
デスクに置いてある缶コーヒーを一気に飲み干したオレはそれを持って席を立った。いや、ある意味熱はあるかもしんねぇ。歩きながらオレはさっきの電話を思い出す。
なんだよ、ちゃんと言いに行くとか……とっとと言えばよかったんだ。
好きだーーーって。
もし振られたら気まずいとか、ガキみてぇな事で踏ん切りをつけられないままだった。けど、毎日は会えなくなったことで完全にブレーキが効かなくなっちまったみてぇだ。
「くそっ……早く言いてぇなぁ」
オレは思い切りコーヒーの空き缶をゴミ箱へ投げ捨てて、自分のデスクへと戻るのだった。