恋仲
空欄の場合は「まなみ」になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ヤケクソだったんだと思う。
大好きな女の子に彼氏ができたから、ヤケになってたんだと思う。
だから、別に私じゃなくたってよかったんだよね。
そんな私こそ最後の悪あがきだったんだ。
「じゃあ、私と付き合う?」
2学期の始業式の日、未だギラギラ太陽が照りつける屋上で私はリョータに言った。
リョータとは1年生の頃同じクラスで、よく喋る部類にいたと思う。
2年になってクラスが変わっても、こうしてたま〜に屋上で偶然サボりが一緒になったりもしていた。
この日も始業式をサボっていた私はたまたま同じく式をサボっているリョータに会ったのだ。
そして私を見つけるなりリョータは私に泣きついてきた。
「まなみちゃん聞いてよ~!アヤちゃんに…アヤちゃんに彼氏ができちまった~!!!」
アヤちゃんと言うのはリョータが入学当初に一目惚れをした彩子ちゃんだ。
バスケ部のマネージャーでとてもキレイな子。
話を聞くと、夏休みが終わりに近づいたある日、お祭りで彩子ちゃんに会ったらしい。
男の人と手を繋いでいる彩子ちゃんに。
「まさかリョータその人に殴りかかったりしてないよね?」
「……さすがにできねぇよ。だって手ぇ繋いでるんだぜ?できねぇよぉぉ」
オイオイと泣いているリョータとは正反対に私の心は、いま目の前に広がっているこの雲ひとつない青空のように、晴れやかになっていた。
だって私はリョータがずっと好きだったから。
だから、このチャンスを逃す訳にはいかない。
ずるいとか、卑怯とか、そう思われたってかまわない。『今しかないよ』って神様が言ってる声が聞こえた…気がしたんだもん。
「じゃあ、私と付き合う?」
私の発言を完全に理解していないリョータの顔。
このままだとベタに「どこへ?」と、聞いてきそうな雰囲気なので、私は言葉を追加する。
「私と、彼氏彼女の関係になりませんか?」
「まなみちゃん、マジで言ってんの?」
「うん、マジ。大マジ」
「……てか、オレでいいわけ?」
「え?全然いーよ」
だってずっとキミが好きだったんだから。
そんな言葉は飲み込んだ。
今ここでソレを言うべきではない、そんな重い気持ちをぶつけてはいけない。
あくまでも…そう、ノリ。ノリで提案していると思わせるのが重要なのだ。
「私もちょーど彼氏欲しかったし」
ねっ、とリョータの肩を軽く叩きながら私は笑いながら言った。
するとリョータは私とは打って変わって真剣な表情で私に聞いてきた。
「……ホントにいいの?」
その表情に私はドキリとして、思わず息を飲んだが「……うん」と頷いた。
するとリョータは顔を赤くしながら「よ…よろしく」と小さく呟いた。
ホント見た目と反して純情なんだなぁ。
こうして私たちのお付き合いがはじまった。
「リョータ!!」
放課後、決まって私はリョータの教室へと顔を出す。文字通りにドアから顔を出すのだ。
「まなみちゃん」
「さぁさぁ部活へ行きましょ~」
私はリョータの背中を押して、体育館へと歩き出す。リョータと同じ教室にいたあの子の事は見ないようにして。
私とリョータが付き合い始めたことはすぐに噂になった。あのリョータが彩子ちゃん以外と?!ってゆー意味でね。
それぐらいリョータの彩子ちゃん好きは有名だったのだ。
それでも私たちはフツーにうまくいっていた。
私のバイトが休みの日はリョータの部活を見学して、一緒に帰る。
家に帰ってからLINEでやり取りもするし、電話だってする。リョータの部活と私のバイト、2人の休みが合う日には外でデートをしたり、お互いの家に遊びに行ったりもしていた。
でもそれは…友達の延長線上のようなものでもあった。
気の合う友達同士、そんな空気感は否めなかった。その証拠に触れ合ったり、キスをしたりーーそんな恋人同士がする当たり前のような事は今の今まで1度もない。
それでも私はリョータが自分の『彼氏』という事がとても嬉しくて幸せだった。
リョータと付き合い初めて3ヶ月。
クリスマスまではあと2週間と迫っていた。
リョータへのプレゼントは実はもう用意をしている。バイト頑張ったもんねぇ。
そんな私のフワフワと浮き足立った心は一気に地の底へと落とされる。
「え?!別れたの?!」
1週間の始まりの月曜日、昼休みの廊下で偶然すれ違い様に聞こえてきた女の子2人組の会話。
どうやら彼氏と別れたらしい。
高校生活の中では別にありふれた会話だ。
けれど……そんな会話に私は気が気じゃない。
なぜならば、その話をしていたのは彩子ちゃんだったから。
私は身体全部が心臓になったように、その鼓動がドクンドクンと嫌な音を立てて波打つ。
2年生になったばかりの頃に友達に言われたことがあった。
「リョータのこと好きなら告白しちゃえば?だってリョータ色んな人に告白してるじゃん」
私もそう考えたことがあった。
けれど、それは無駄だってわかってたの。
だって私がそうだったから。
リョータの事を諦めたくて他の人と付き合った事があった。けれど、リョータの代わりになるような人はいなくて、やっぱり忘れることは出来なかったんだもん。
だから、リョータがどうしても彩子ちゃんを諦めなきゃいけない時、それがチャンスだと思った。
彩子ちゃんに彼氏ができて、そのチャンスをモノにしたはずだったのにーー。
結局ダメなものはダメなんだ……。
「まなみちゃん今日バイト?」
「え?……あ、うん」
放課後になり、私はいつものようにリョータの教室へ行く気にはなれずにいた。
すると、まさかのリョータから私の教室へとやって来たのだ。
「あの、さ。バイト終わる頃迎えに行くから……時間、とれない?」
……そうか。私、フラれるんだ。
やっぱりそうなるよね。
私じゃダメだったって事だよね。
彩子ちゃんの代わりになんてなれる訳がなかったんだ。……もう少し、もう少しだけでも一緒にいたかったなぁ。
クリスマスプレゼント、無駄になっちゃうな…。
バイト中は必死に仕事をした。
動いていないと泣いてしまいそうだったから。
ただガムシャラにバイトに励んだ。このままバイトの時間が終わらなければいいのに、なんて今まで1度も思ったことないことを思ったりもした。
けれど、時間は無常にも過ぎていくのだ。
いつもの時間にバイトは終わり、リョータと待ち合わせをしている近くの公園へと向かう。
なんならこのまま家に帰ってしまおうか、なんて思ったりもした。
足に重りがついたかのように、私の足取りは一歩一歩がとてもゆっくりだ。
それでも歩いて行かなければならない。
私もリョータも前に進まなきゃいけないんだ。
公園につくと「よっ」と制服姿で足を組みながらベンチに座って、片手をあげているリョータがいた。
そしてリョータはポンポンとベンチを軽く叩き、時分の隣に座るよう私に促す。
いつもならしっぽを振ってそこに座る私だけど、今日はノロノロと座る。
そしてリョータは話し出した。
「ごめんね、バイト終わりに時間作ってもらっちゃって」
「だ、大丈夫だよ!全然……大丈夫」
私はいつものように笑って話す事ができているのだろうか……いや、できているハズがない。
「あのさ…まなみちゃん……ってえ?!泣いてる?!」
「ち、ちがっ、待って。5秒だけ待って!」
「どうしたの?バイトで嫌なことあった?」
リョータは心配そうに私に声をかける。
気づいたら私は泣いてしまっていたらしい。
あわてて下を向きながら隣に座るリョータの顔の前に手のひらをむけ、ふぅ…と深呼吸をした。そして「よし」と気合いで無理やり涙をひっこめ顔をあげた。
「もう大丈夫!言っていいよ」
「え?言う?言うっていうか……はい、これ」
リョータは自分のカバンの中から何かを取り出し、私にソレを差し出す。
見ると小さなリボンがついたハンドクリームだった。
「え?これ……」
「まなみちゃんこの間欲しいって言ってたじゃん?ハンドクリーム」
正直そんなこと言ったのかどうか自分で覚えていない。
「昨日さ、まなみちゃんバイトだったし1人で買い物来てたんだよ。んで、良さげなのみっけたからさ!あっ!でもコレはクリスマスプレゼントとかじゃねぇからね?!」
ニコニコ笑いながら言ったと思ったら、今度は焦って言葉を付け加えて表情がクルクルと変わるリョータ。
……なんの話をしているの?
「あの、リョータ…時間とれない?って聞いたのこの為?」
「そうだよ?だって早く渡してーじゃん」
私はヘナヘナと全身の力が抜けていくのを感じた。脱力ってきっとこういう事を言うんだ。
「てゆーか、さっきからまなみちゃん…なんかおかしくね?」
「……そりゃそうだよ。だって別れ話されると思ってたんだもん」
「はぁ?!なんでだよ!」
リョータは驚いて私に詰め寄る。
「だって…彩子ちゃんが彼氏と別れたって」
「アヤちゃん?あぁ、なんかそうらしいね」
リョータはケロッと言った。
……知ってたんだ。
「それでなんでオレがまなみちゃんに別れ話をするわけ?」
リョータはますます訳が分からないと首を傾げる。本当にわからないんだと思い、なんだか私は自分の見当違いが恥ずかしくなってきた。
「……やっぱり彩子ちゃんの事好きってなると思ったから…」
「なんだよそれ~」
リョータは呆れたように大きなため息をつく。
「そんなにオレ信用されてねぇの?」
「違うよ!信用してるとか、してないとかじゃない…ただ、私が自信なかっただけ」
私はリョータからもらったハンドクリームをぎゅっと力強く握りしめ、下を向きながら言った。
きっと声は震えていた事だろう。
「まなみちゃん、こっち見て」
リョータの優しい声で私はゆっくりと顔を上げ、リョータを見る。
「オレはちゃんと……いや、ちゃんとなんて言ったら失礼だな」
リョータは私から1度、目を背けたかと思うと、コホンとひとつ咳払いをして、またすぐに身体ごとこちらを向き、私の目を見て話を続けた。
思わず私も首だけではなく、身体をリョータの方へと向ける。
「オレはまなみちゃんが大好きだよ」
照れくさそうに笑いながら言うリョータ。
そして私の両肩に手を置いて、そっと私の唇にキスを落とした。
ーーリョータとする初めてのキス。
「……やべぇ。めちゃくちゃキンチョーした。ってか、してる」
リョータは私の肩に手を置いたままそっぽを向き、顔を真っ赤にしている。
私はそんなリョータの顔に、持っていたハンドクリームごと両手を添え、クイッとこちらを向かせてキスをした。
「私も……リョータが大好き」
するとリョータはタガがはずれたかのようにキスをしてきた。何度も角度をかえ、息が苦しくなるほどのキスを。
「まなみちゃん、ソレはずるいでしょ」
「お互い様でしょ」
私たちは顔を見合わせ笑った。
初めて、私はリョータに愛されている実感を持てた。てゆーか、今までちゃんとリョータを信じきれていなかった自分を恥じた。
「ハンドクリームありがとね」
「さっきも言ったけど、ソレはクリスマスプレゼントじゃねーからね?!」
リョータはまたまた必死になって、念を押して言う。
「わかってるよ、ちょっと塗ってみるね」
私はクスクスと笑いながらハンドクリームのフタを外し、少し手の甲にクリームをつける。
そしてそれを手の甲から、手のひらと両手に塗った。
「超いい匂いするね。リョータさすが!ナイスセンスだね」
「だろ?」
リョータは得意げにニカッと笑う。
私はその笑顔が本当に大好き。これから先もずっとずっと一緒に笑っていきたい。
「リョータ、ありがとう。大好き」
私はリョータの手の指をキュッと握りながら、気持ちを伝える。溢れ出るこの気持ちを。
「オレも大好きだよ。この手を握っていいのはオレだけだからね」
そう言ってリョータは私の手を握り、そっとその手に口付けを落とした。
フワッと香るハンドクリームの匂い、私たちはきっとこの香りを一生忘れることはない。
冬の澄んだ空気の匂いに混ざった、甘く優しい香りをーー。
1/1ページ