雨
空欄の場合は「まなみ」になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今年の七夕はどうやら雨らしい。
雨だったら彦星と織姫は会うことができないらしいけれど……ごめんね、私は雨の日が嬉しいの。
雨の日は特別だから。
大好きなあの人と話せる最大級にハッピーになれる日だから。
7月7日雨ーー。
湿気で広がる髪の毛をどうにかワックスを駆使してキレイにまとめ、玄関にある傘立てから赤いチェックの私専用の傘を慌ただしく取り出し、急いで家を出る。
このままだとバスの時間に間に合わないと思い、走り出すと傘の意味がまったくなくなってしまった。
バス停に着く頃、せっかくまとめた髪の毛も制服も雨に濡れてしまっていた。
でも、そのおかげでどうやらバスが来る前に到着できたらしい。
バスが来るまであと2分。
私はスクールバッグの中から小さな鏡を取り出し、せめてもの思いで前髪をチョイチョイといじった。
今から会えるであろう、大好きな人に少しでもコンディションが整った自分を見て欲しいから。
「おはよ」
ガランと空いているバスの1番後ろの左側の席、いつも彼はそこに座って声をかけてくれる。……ううん、間違えた。いつも、ではない。
彼がそこに居るのは決まって雨の日だ。
「おはよう、神くん」
私はそう言って彼の隣に座る。
彼は神宗一郎くん。私と同じ海南高校2年生で、去年までは同じ教室で授業を受けていた。
けれど、教室内で話をした事はほとんどなかった。私たちが話すのは決まって朝のバスの中。
それも雨の日限定。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「佐藤さんってこのバスに乗ってるんだ?ずいぶん早い時間のに乗るんだね」
去年、初めてバスの中で神くんに会った時、彼が話しかけてきてくれた。
いつも私が座っている1番後ろの席に座っていた神くん。この時間のバスの中は乗客が少なく、クラスメイトなのに離れて座るのもおかしな感じになりそうだなと、私が戸惑っている時に彼から「おはよう」と話しかけてきてくれたのだ。
私は少し緊張しながらも神くんの隣に座った。
その日からここが私の指定席になった。
「うん、部活の朝練あるんだ」
「あ、そうなんだ。オレと一緒だね」
「神くんバスケ部だっけ?すごいよね、うちのバスケ部って強豪なんでしょ?」
「そうだね、思ってた以上に大変だけど…やっぱり海南でバスケできるってだけで嬉しいよ」
どうやら神くんは普段バスではなく、自転車で学校がまで行っているらしい。
……けっこうな距離なのに。
それを言うと「運動がてら」と、これまた真面目な回答が返ってきた。
なので、神くんがバスに乗るのは雨の日限定というわけ。
それから私はいつの日からか毎日天気予報を見るようになり、雨マークを見るとガッツポーズをして喜ぶようになった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「今日って七夕なんだよね」
私は窓ガラスをつたう雨粒を見ながら神くんに言った。
「そうだね、この雨だと天の川は見えなさそうだけど」
神くんも同じように窓を見ながら言う。
「でもオレは朝一番に佐藤の顔が見れたから、よしとするかな」
「……え?」
じっと私の顔を見つめる神くんに私は目をそらす事ができない。どういう意味で言ったのか、聞きたいのに言葉が出てこない。
せめて冗談なのか、本気なのか…
そう思っていると……
「神さん!佐藤さん!おはようございます!」
大きな声で挨拶をしてきたのは1年生の清田くんだった。まるでしっぽを振っているワンコのよう。
清田くんは神くんと同じくバスケ部員だ。
私はどうぞどうぞと、神くんの隣を清田くんに譲る。
これは初めて清田くんに会った時からしている事で、清田くんも神くんと同じく雨の日限定の乗車仲間だ。
「あーあ、うるさいのが来ちゃった」
「え?!オレの事っすか?!ひでぇっすよ、神さぁぁん!!」
そんな2人のやり取りに私はクスクスと笑みがこぼれた。
「しっかし最近は雨続きで嫌になりますね!」
清田くんはバスの天井を見て、うんざりしながら言った。
「そぉ?オレは好きだよ、雨の日」
私は神くんのそんな発言にドキリとする。
しかも、神くんは清田くんにではなく、明らかに私に向けて言っている。
「わ、私も!好きっ!……雨の日が、ね」
自分の足元を見ながら私は言った。
靴はまだ少し濡れている。
「うげぇ…2人とも物好きっすね」
清田くんは理解ができないと怪訝そうな顔で私たちを交互に見た。
「じゃあ、部活頑張ってね」
「うん!神くんもね!」
バスから降りて学校までの短い距離を歩いた後、そう言ってそれぞれの部室へと向かう。
部室へと向かっていると後ろから「おはよ!」と同じ部員の友達に肩をたたかれる。
「今日って七夕じゃん!まなみは短冊書くなら何をお願い事にする??」
「えっとねぇ…」
私の願いは決まっているーーー。
ー体育館ー
「そーいや、今日七夕じゃないすか!神さんなら願い事は何にするんですか?!」
ストレッチをしながら清田は神へと問いかけた。
「そうだなぁ…」
オレの願いは決まっているーー。
「「明日も雨が降りますように」」
2人の声がハモった事は誰も知らない。
1/1ページ