懸想
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知らなかった、雪がこんなに白いなんて。
知らなかった、こんなにも私の中で日に日に気持ちが大きくなっているなんて。
知らなかった、伝えられない想いがこんなにも苦しいものだなんて。
知らなかった……洋平がいない世界がこんなにも冷たく、寂しいものだったなんて。
「北海道?」
夏の日差しが厳しくなってきた高3のある日、いつものように屋上でサボっていた私の目の前には珍しく少しだけ驚いた顔の洋平がいた。
「うん、私北海道の大学に行きたいんだ」
「……そっか。がんばれよ」
洋平はそれ以上何も言わずに、私の頭の上にポンと、優しく手を置いた。
この彼、水戸洋平とは中学の頃からの付き合いで…付き合いと言っても今は友人関係だ。今、は。
男女のお付き合いをしていたのは約1年間。中学の卒業と同時に付き合いだした。
そして、高校2年生の進級と同時にお別れをした。
……なんか行事みたい。
洋平とのお付き合いは楽しかった。
家デートをしたり、お祭りに行ったり、授業をサボって海に行ったり、、、クリスマスだって一緒に過ごした。2人でいる時はもちろんだけど、私の友達と洋平の友達とみんなでワイワイ遊んだりした事もすごく楽しかった。
……けれど、別れはアッサリとしたもんだ。
私に好きな人ができたから。
洋平は「そっか…しゃーねぇな」と簡単に承諾した。
それでも別れたあと、私たちは友達関係を継続する。
もともと中学生の頃からの友達だったという事もあり、別れて少し経つといつの間にかまた友達に戻っていたのだ。
お互い他の彼氏彼女が出来ても、友達関係は続いた。
ーと言っても、たまにこうやって屋上でサボって話をしたり、廊下で会ったら話をしたり、友達である花道のバスケの試合を一緒に観に行ったり……『男友達』の内の1人だった。
「えーん!まなみ!なんで北海道なのよー!」
「今さら~?!」
泣きながら抱きついてきた友達の背中を「よしよし」とさすりながら私は笑ってしまった。
3月ーー高校の卒業式も終わり、大学の合格も決まったある日、カラオケボックスに集まったのはいつもの仲間たち。北海道の大学へ行く私の送別会を開催してくれていたのだ。
「大丈夫なのか?寒いの苦手だろ」
「あ、あんがと」
洋平が私の好きな飲み物を持ってきてくれた。
相変わらず気が利く男だ。本当に同い年なのか?と怪しむことも多々あったなぁ。
「雪とか今から楽しみだけどね!」
「ははっ、まなみのそーゆーとこ見習わねぇとな」
洋平はそう言って笑って私の頭をワシャワシャと撫でた。私は洋平のこの眉を下げて笑う表情が好きだった。
そしてそのまま洋平は地元に就職、私は北海道の大学へと進学をした。
初めての一人暮らし、ましてや北海道。
慣れない生活でバタバタして、ホームシックになったのは最初の3日間だけだった。毎日が大忙しなのだ。
大学での勉強は大変だけれど、楽しいし、新しい友達もたくさんでき、私は有意義な日々を過ごしている。
「え?!もうこんな時間?!」
スマホの時計を見ると、時刻は深夜0時を過ぎていた。
「やばい、絶対寝坊する」
私は誰に聞かせる訳でもない、いわゆる独り言を言いながら旅行バッグに荷物をむぎゅっと無理やり詰め込んだ。
大学が夏休みに入ったので、帰省をするのだ。
実家がある神奈川へーーー。
「久しぶりだねぇ!」
「ね!3ヶ月ぶりとかなのに超久々な気がするー!!」
毎日学校で会っていた友達と数ヶ月会わないだけで、感動の再会という感覚に陥る。
ここ数ヶ月の出来事を居酒屋で話していると、時間なんてあっという間に経ってしまった。
「そろそろ出ようか」
「そうだね、でも次行くでしょ?」
なんて話を友達としながら、会計をするためレジへ行くと見慣れた顔がいくつかあった。
「「あ」」
その中の1人とバチッと目が合い、声がそろった時…私の心臓が1度大きく音をたてた。
そしてバクバクと鼓動はおさまることがない。
さっきまで飲んでいたお酒のせいなんかじゃない、この早まる鼓動は目の前にいる人物のせいだ。
「まなみ」
「洋平…」
目の前には洋平とその他桜木軍団の姿。
な、なんで私こんなにドキドキしてんの?!
久しぶりに会ったから?!え?!でもなんで?!
洋平だよ?!数ヶ月前まではよく一緒にいたじゃん!
「なんだ帰ってきてたのか」
「う、うん……」
私は何故か目を合わす事も、うまく会話をする事ができない。まるで思春期の子供のようだ。
「ははっ、なんだよ北海道に行ってすっかりオレらの事忘れたのかよ」
そう言って笑う洋平のその顔は、学生の頃の私が知っている笑顔そのものだった。
この笑顔で少し緊張はほぐれたーーと思っていると
「いいね!私らも行こっか!ねっ、まなみ!」
友達がそう言いながら私の腕をつかんできた。
なんの事なのか私には理解ができず、戸惑ってしまう。
「洋平んち!洋平1人暮らししてんだよ!」
友達が私から離れ、ポンポンと洋平の肩を叩いている。
「オレらこれから行くからさ、まなみ達も来いよ」
続いて言ったのは丸々と大きなお腹を抱えている、桜木軍団の一員である高宮だった。彼のお腹は社会人になって、ますます成長したようだ。
洋平は困ったように笑い、観念したように「はいはい、みんなで来たらいいんじゃねーの?」とため息混じりに言った。
「おじゃましまーーす!」
バタバタと家主よりも先に客人が部屋に入る。
この慣れた感じはもう何度も部屋に出入りしている証拠なのだろう。
アレよアレよという間に1人、また1人と酔いつぶれていき気がついた時は全員床に雑魚寝状態だった。
……全員かどうかはわからないけど。それほど酔っ払っていたのだ。
ふと目が覚めた時カーテンの隙間から朝の光を感じ、私はまどろみの中、ゴロンと寝返りをうった。
するとふわり…自分のおでこ辺りに温もりを感じた。目の前、数センチ先には洋平の顔。
きっと私の寝返りで目を覚ましてしまったのだろう、うっすらとだけど目が開いている。
「ごめ」
起こしてごめんーーそう言おうとした時、私たちの唇は重なり合った。
私と洋平の距離がゼロからまた数センチ離れると、自然に私たちは目が合う。
少しだけ切なそうな顔をしたあと、洋平はフッと笑い小さな声で言った。
「おかえり」
そして再び私たちの距離はゼロになり、先程一瞬だけ触れ合った唇は何度も重なり合う。
いつかの恋人同士だった頃のようにーー。
「体痛てぇ!!!頭も痛てぇ!!」
「洋平、今度布団買えよ、5セットぐらい」
「バカヤロウ、どこに置くんだよ」
「あれ、まなみ顔赤くない?まだ酔ってんの?」
「……え?」
みんなが起き始めて友達に肩を揺さぶられ、私はハッとする。
まだ頭の中はぼんやりとしてたーー。理由は1つしかない。
「大丈夫か?」
そう、コイツだよ。
私の頭の上に手を乗せ、顔を覗き込んでくるこの男、洋平のせいだ。
さっきのキスの事を覚えているのか、覚えていないのか洋平の表情からは予想がつかない。
私だけなの?
こんなにドキドキして、意識しているのはーー。
「だっ、大丈夫!にしても、随分と散らかしちゃったね!」
私は洋平から目を逸らし、部屋の中を見渡しながら言った。部屋の中はまぁ、空き缶やら、お菓子のゴミやらで荒れ放題だった。
「いーんだって!どーせ片付けてくれんだろ?!彼女が!」
タバコに火をつけながら、桜木軍団の一員である野間が悔しそうに言った。
「……彼女?」
「あれ、まなみ知ってるよね?洋平まだ続いてんだよ、高校の時からの子と」
「はい、お前らそろそろ帰れ」
洋平は手をパンっ!と叩いて私たちを解散させた。
ーーーふぅん、そゆこと。
酔ったイキオイってやつね。よーくわかりましたよ。アレだよね、毎日カレーだと飽きるもんね?たまにはハヤシライスも食べたいよね。
ハイハイ、そゆことね。
…………バカみたい。
今更自分の気持ちに気付くなんて……ホントにバカみたい。
もういい大人なのに、なんで気付かなかったんだろ。近くに居すぎたから、そんな言い訳で済むことじゃない。
「人生最大のミスじゃん…」
高校の時に別れてしまったことーー?
さっきキスをしたことーー?
ううん、洋平への気持ちに気付けなかった事ーー。
それが私がおかした最大のミス。
その後もちろん洋平から連絡が来ることも、自分からすることもなく、私は北海道の自宅へと戻った。
それから季節は過ぎ去りーーー
「え?!雪?!」
バイト帰りに駅から外に出た私は思わず1人なのに声を出した。
確かに朝に見た天気予報で「初雪になるかもしれません」なんて言っていたけど、今は11月。さすが北海道…と私はブルブルと震えながら自宅への帰り道を急いだ。
部屋に着くとまずはストーブをつける。
そろそろタイマーかけないと…なんて思っているとふと、棚の上に置いてあるいくつかの写真立てが目に止まった。そしてその中の1つをパタン…と伏せた。
ーーもちろん写真が見えなくなるように。
「え?!クリスマス?!」
「まなみはどーすんの?」
……そうか、世間はもうクリスマスか。
もう12月入ったし、どうりで街中が浮き足立ってると思った。
「それ彼氏無しの私に聞く?」
むくれながら目を細め、私は聞いてきたバイト仲間を睨んだ。するとその子は「ごめんごめん」と笑いながら肩を叩いてきた。
「でもまなみモテるのにね、彼氏つくんないの?好きな人もいないんだっけ?」
「好きな人…」
「あ、お客さんきた」
好き。
言葉にはしなくても、もうわかっている。
軽々と言葉にできる程の想いじゃないのも、わかっている。離れて気付くとか…本当にこんなことあるんだな、なんて私は苦笑いをしながら真っ白な雪道を歩く。
しんしんと降り積もる雪と共に、私の洋平への想いも強く、、ううん、そんな可愛いものじゃない。
降り積もった雪みたいに真っ白な想いじゃない。
今すぐ会って私だけのものにしたいーー、そんなみっともない子供のような想い。
「…見たくないなら捨てちゃえばいいのに」
私はそう言ってずっと伏せていた写真たてを手に取った。
写真の中には歯を出して笑っている制服姿のみんな。私が大好きな写真。
1年前なのに遠い昔の思い出のようだ。
もちろんその中には洋平の姿もある。
今になって洋平に対してこんな想いを持つなんてーー。ポタポタと写真たてに落ちたのは紛れもない私の涙だった。
「店内でお召し上がりですか?」
今日は12月24日クリスマスイヴ。
私がバイトをしている札幌駅構内にあるドーナツ屋は中高生のカップルで溢れかえっていた。
彼女が彼氏に向かって「ありがとう」なんて言っている光景ばかり目に入る。
クリスマスプレゼントを嬉しそうに、大事そうに受け取っている姿だ。もちろん笑顔で。
ーー無だ。無になるのだ。
笑顔を作り、バイトに集中しろ、私。
それでも思い出してしまう、洋平と過ごしたクリスマスを。
高校生の頃恋人同士として1度だけクリスマスを過ごしたことがあった。
「ペアリングが欲しい!」なんて1ヶ月以上も前からオネダリをしていた私。当日に洋平がくれたのは本当にペアリングだった。
「オレは恥ずかしいから」なんて言ってネックレスにして付けていてくれてたっけ。
そんな事を思い出しながら、私はレジのお金を数え始めた。今日の残業は全然苦じゃなった、たくさんのカップルを見るのは酷だったけれど…1人で家にいるより全然マシだ。
「あの…」
お金を数えるのに夢中になっていた私は、目の前にお客さんがいる事に全く気が付かなかった。
慌てて「すみません!」と顔を前に向けたが、その人物の顔を見た瞬間に私はその後何も言えなくなった。
「今日は何時上がりですか?なんてな」
「よ…うへい……」
紛れもないその人は私が痛いほど愛している人。
今すぐにでも会いたかったその人。
「洋平、お待たせ」
「おう、お疲れ」
ベンチに座っていた洋平は立ち上がり、優しい笑みを浮かべる。数年ぶりに見たかのように私は懐かしさで涙が出そうだった。
「…ねえ洋平、なんで北海道に」
「外、行かね?」
洋平は私の言葉を遮って言う。
そして私たちは黙って駅から外へ出た。
チラチラと雪が降る中、ホワイトイルミネーションがこれでもかというぐらいキラキラと輝いている。
まさか洋平とイルミネーションを見る事が出来るなんて思ってもいないし、それ以前にどうしてここに洋平がいるのかがまったく理解できず、私は何も言えなかった。
「職場の人にさ」
2人並び、イルミネーションを見ながら洋平は話し出す。私はイルミネーションから洋平へと視線をうつす。洋平はまっすぐ前を見たまま話を続けた。
「クリスマスは誰と過ごすんだ?って言われて」
「…うん」
「気付いたら飛行機のチケット予約してた」
「気付いたらって…」
洋平と目が合う。
何度も合った事がある目だ。
子供ながらに愛を確かめ合いながらぶつけ合った視線。
馬鹿みたいに笑い合いながら、友達としてお互い目を合わせた事もある。
それでも、こんなに目を逸らしたくないと思ったのは初めてだと思った。
「まなみが好きなんだよ、オレ」
真っ直ぐに私を見つめる目。
私だけを見てくれるその目。
私だけを愛してくれるその目。
降り積もる雪の中、私たちは抱き合う。
こんな事を人前でしたって今日だけはいいよね、だってクリスマスだもん。
「洋平…」
「ん?」
「私、想い出をつくっていくのは…洋平とがいい」
「あぁ…そうしようぜ、今までもこれからも、な」
これから続く2人の道は長い。
だって永遠なのだから。
冬の寒さもこれからくる春の暖かさも2人で一緒にーー。
知らなかった、こんなにも私の中で日に日に気持ちが大きくなっているなんて。
知らなかった、伝えられない想いがこんなにも苦しいものだなんて。
知らなかった……洋平がいない世界がこんなにも冷たく、寂しいものだったなんて。
「北海道?」
夏の日差しが厳しくなってきた高3のある日、いつものように屋上でサボっていた私の目の前には珍しく少しだけ驚いた顔の洋平がいた。
「うん、私北海道の大学に行きたいんだ」
「……そっか。がんばれよ」
洋平はそれ以上何も言わずに、私の頭の上にポンと、優しく手を置いた。
この彼、水戸洋平とは中学の頃からの付き合いで…付き合いと言っても今は友人関係だ。今、は。
男女のお付き合いをしていたのは約1年間。中学の卒業と同時に付き合いだした。
そして、高校2年生の進級と同時にお別れをした。
……なんか行事みたい。
洋平とのお付き合いは楽しかった。
家デートをしたり、お祭りに行ったり、授業をサボって海に行ったり、、、クリスマスだって一緒に過ごした。2人でいる時はもちろんだけど、私の友達と洋平の友達とみんなでワイワイ遊んだりした事もすごく楽しかった。
……けれど、別れはアッサリとしたもんだ。
私に好きな人ができたから。
洋平は「そっか…しゃーねぇな」と簡単に承諾した。
それでも別れたあと、私たちは友達関係を継続する。
もともと中学生の頃からの友達だったという事もあり、別れて少し経つといつの間にかまた友達に戻っていたのだ。
お互い他の彼氏彼女が出来ても、友達関係は続いた。
ーと言っても、たまにこうやって屋上でサボって話をしたり、廊下で会ったら話をしたり、友達である花道のバスケの試合を一緒に観に行ったり……『男友達』の内の1人だった。
「えーん!まなみ!なんで北海道なのよー!」
「今さら~?!」
泣きながら抱きついてきた友達の背中を「よしよし」とさすりながら私は笑ってしまった。
3月ーー高校の卒業式も終わり、大学の合格も決まったある日、カラオケボックスに集まったのはいつもの仲間たち。北海道の大学へ行く私の送別会を開催してくれていたのだ。
「大丈夫なのか?寒いの苦手だろ」
「あ、あんがと」
洋平が私の好きな飲み物を持ってきてくれた。
相変わらず気が利く男だ。本当に同い年なのか?と怪しむことも多々あったなぁ。
「雪とか今から楽しみだけどね!」
「ははっ、まなみのそーゆーとこ見習わねぇとな」
洋平はそう言って笑って私の頭をワシャワシャと撫でた。私は洋平のこの眉を下げて笑う表情が好きだった。
そしてそのまま洋平は地元に就職、私は北海道の大学へと進学をした。
初めての一人暮らし、ましてや北海道。
慣れない生活でバタバタして、ホームシックになったのは最初の3日間だけだった。毎日が大忙しなのだ。
大学での勉強は大変だけれど、楽しいし、新しい友達もたくさんでき、私は有意義な日々を過ごしている。
「え?!もうこんな時間?!」
スマホの時計を見ると、時刻は深夜0時を過ぎていた。
「やばい、絶対寝坊する」
私は誰に聞かせる訳でもない、いわゆる独り言を言いながら旅行バッグに荷物をむぎゅっと無理やり詰め込んだ。
大学が夏休みに入ったので、帰省をするのだ。
実家がある神奈川へーーー。
「久しぶりだねぇ!」
「ね!3ヶ月ぶりとかなのに超久々な気がするー!!」
毎日学校で会っていた友達と数ヶ月会わないだけで、感動の再会という感覚に陥る。
ここ数ヶ月の出来事を居酒屋で話していると、時間なんてあっという間に経ってしまった。
「そろそろ出ようか」
「そうだね、でも次行くでしょ?」
なんて話を友達としながら、会計をするためレジへ行くと見慣れた顔がいくつかあった。
「「あ」」
その中の1人とバチッと目が合い、声がそろった時…私の心臓が1度大きく音をたてた。
そしてバクバクと鼓動はおさまることがない。
さっきまで飲んでいたお酒のせいなんかじゃない、この早まる鼓動は目の前にいる人物のせいだ。
「まなみ」
「洋平…」
目の前には洋平とその他桜木軍団の姿。
な、なんで私こんなにドキドキしてんの?!
久しぶりに会ったから?!え?!でもなんで?!
洋平だよ?!数ヶ月前まではよく一緒にいたじゃん!
「なんだ帰ってきてたのか」
「う、うん……」
私は何故か目を合わす事も、うまく会話をする事ができない。まるで思春期の子供のようだ。
「ははっ、なんだよ北海道に行ってすっかりオレらの事忘れたのかよ」
そう言って笑う洋平のその顔は、学生の頃の私が知っている笑顔そのものだった。
この笑顔で少し緊張はほぐれたーーと思っていると
「いいね!私らも行こっか!ねっ、まなみ!」
友達がそう言いながら私の腕をつかんできた。
なんの事なのか私には理解ができず、戸惑ってしまう。
「洋平んち!洋平1人暮らししてんだよ!」
友達が私から離れ、ポンポンと洋平の肩を叩いている。
「オレらこれから行くからさ、まなみ達も来いよ」
続いて言ったのは丸々と大きなお腹を抱えている、桜木軍団の一員である高宮だった。彼のお腹は社会人になって、ますます成長したようだ。
洋平は困ったように笑い、観念したように「はいはい、みんなで来たらいいんじゃねーの?」とため息混じりに言った。
「おじゃましまーーす!」
バタバタと家主よりも先に客人が部屋に入る。
この慣れた感じはもう何度も部屋に出入りしている証拠なのだろう。
アレよアレよという間に1人、また1人と酔いつぶれていき気がついた時は全員床に雑魚寝状態だった。
……全員かどうかはわからないけど。それほど酔っ払っていたのだ。
ふと目が覚めた時カーテンの隙間から朝の光を感じ、私はまどろみの中、ゴロンと寝返りをうった。
するとふわり…自分のおでこ辺りに温もりを感じた。目の前、数センチ先には洋平の顔。
きっと私の寝返りで目を覚ましてしまったのだろう、うっすらとだけど目が開いている。
「ごめ」
起こしてごめんーーそう言おうとした時、私たちの唇は重なり合った。
私と洋平の距離がゼロからまた数センチ離れると、自然に私たちは目が合う。
少しだけ切なそうな顔をしたあと、洋平はフッと笑い小さな声で言った。
「おかえり」
そして再び私たちの距離はゼロになり、先程一瞬だけ触れ合った唇は何度も重なり合う。
いつかの恋人同士だった頃のようにーー。
「体痛てぇ!!!頭も痛てぇ!!」
「洋平、今度布団買えよ、5セットぐらい」
「バカヤロウ、どこに置くんだよ」
「あれ、まなみ顔赤くない?まだ酔ってんの?」
「……え?」
みんなが起き始めて友達に肩を揺さぶられ、私はハッとする。
まだ頭の中はぼんやりとしてたーー。理由は1つしかない。
「大丈夫か?」
そう、コイツだよ。
私の頭の上に手を乗せ、顔を覗き込んでくるこの男、洋平のせいだ。
さっきのキスの事を覚えているのか、覚えていないのか洋平の表情からは予想がつかない。
私だけなの?
こんなにドキドキして、意識しているのはーー。
「だっ、大丈夫!にしても、随分と散らかしちゃったね!」
私は洋平から目を逸らし、部屋の中を見渡しながら言った。部屋の中はまぁ、空き缶やら、お菓子のゴミやらで荒れ放題だった。
「いーんだって!どーせ片付けてくれんだろ?!彼女が!」
タバコに火をつけながら、桜木軍団の一員である野間が悔しそうに言った。
「……彼女?」
「あれ、まなみ知ってるよね?洋平まだ続いてんだよ、高校の時からの子と」
「はい、お前らそろそろ帰れ」
洋平は手をパンっ!と叩いて私たちを解散させた。
ーーーふぅん、そゆこと。
酔ったイキオイってやつね。よーくわかりましたよ。アレだよね、毎日カレーだと飽きるもんね?たまにはハヤシライスも食べたいよね。
ハイハイ、そゆことね。
…………バカみたい。
今更自分の気持ちに気付くなんて……ホントにバカみたい。
もういい大人なのに、なんで気付かなかったんだろ。近くに居すぎたから、そんな言い訳で済むことじゃない。
「人生最大のミスじゃん…」
高校の時に別れてしまったことーー?
さっきキスをしたことーー?
ううん、洋平への気持ちに気付けなかった事ーー。
それが私がおかした最大のミス。
その後もちろん洋平から連絡が来ることも、自分からすることもなく、私は北海道の自宅へと戻った。
それから季節は過ぎ去りーーー
「え?!雪?!」
バイト帰りに駅から外に出た私は思わず1人なのに声を出した。
確かに朝に見た天気予報で「初雪になるかもしれません」なんて言っていたけど、今は11月。さすが北海道…と私はブルブルと震えながら自宅への帰り道を急いだ。
部屋に着くとまずはストーブをつける。
そろそろタイマーかけないと…なんて思っているとふと、棚の上に置いてあるいくつかの写真立てが目に止まった。そしてその中の1つをパタン…と伏せた。
ーーもちろん写真が見えなくなるように。
「え?!クリスマス?!」
「まなみはどーすんの?」
……そうか、世間はもうクリスマスか。
もう12月入ったし、どうりで街中が浮き足立ってると思った。
「それ彼氏無しの私に聞く?」
むくれながら目を細め、私は聞いてきたバイト仲間を睨んだ。するとその子は「ごめんごめん」と笑いながら肩を叩いてきた。
「でもまなみモテるのにね、彼氏つくんないの?好きな人もいないんだっけ?」
「好きな人…」
「あ、お客さんきた」
好き。
言葉にはしなくても、もうわかっている。
軽々と言葉にできる程の想いじゃないのも、わかっている。離れて気付くとか…本当にこんなことあるんだな、なんて私は苦笑いをしながら真っ白な雪道を歩く。
しんしんと降り積もる雪と共に、私の洋平への想いも強く、、ううん、そんな可愛いものじゃない。
降り積もった雪みたいに真っ白な想いじゃない。
今すぐ会って私だけのものにしたいーー、そんなみっともない子供のような想い。
「…見たくないなら捨てちゃえばいいのに」
私はそう言ってずっと伏せていた写真たてを手に取った。
写真の中には歯を出して笑っている制服姿のみんな。私が大好きな写真。
1年前なのに遠い昔の思い出のようだ。
もちろんその中には洋平の姿もある。
今になって洋平に対してこんな想いを持つなんてーー。ポタポタと写真たてに落ちたのは紛れもない私の涙だった。
「店内でお召し上がりですか?」
今日は12月24日クリスマスイヴ。
私がバイトをしている札幌駅構内にあるドーナツ屋は中高生のカップルで溢れかえっていた。
彼女が彼氏に向かって「ありがとう」なんて言っている光景ばかり目に入る。
クリスマスプレゼントを嬉しそうに、大事そうに受け取っている姿だ。もちろん笑顔で。
ーー無だ。無になるのだ。
笑顔を作り、バイトに集中しろ、私。
それでも思い出してしまう、洋平と過ごしたクリスマスを。
高校生の頃恋人同士として1度だけクリスマスを過ごしたことがあった。
「ペアリングが欲しい!」なんて1ヶ月以上も前からオネダリをしていた私。当日に洋平がくれたのは本当にペアリングだった。
「オレは恥ずかしいから」なんて言ってネックレスにして付けていてくれてたっけ。
そんな事を思い出しながら、私はレジのお金を数え始めた。今日の残業は全然苦じゃなった、たくさんのカップルを見るのは酷だったけれど…1人で家にいるより全然マシだ。
「あの…」
お金を数えるのに夢中になっていた私は、目の前にお客さんがいる事に全く気が付かなかった。
慌てて「すみません!」と顔を前に向けたが、その人物の顔を見た瞬間に私はその後何も言えなくなった。
「今日は何時上がりですか?なんてな」
「よ…うへい……」
紛れもないその人は私が痛いほど愛している人。
今すぐにでも会いたかったその人。
「洋平、お待たせ」
「おう、お疲れ」
ベンチに座っていた洋平は立ち上がり、優しい笑みを浮かべる。数年ぶりに見たかのように私は懐かしさで涙が出そうだった。
「…ねえ洋平、なんで北海道に」
「外、行かね?」
洋平は私の言葉を遮って言う。
そして私たちは黙って駅から外へ出た。
チラチラと雪が降る中、ホワイトイルミネーションがこれでもかというぐらいキラキラと輝いている。
まさか洋平とイルミネーションを見る事が出来るなんて思ってもいないし、それ以前にどうしてここに洋平がいるのかがまったく理解できず、私は何も言えなかった。
「職場の人にさ」
2人並び、イルミネーションを見ながら洋平は話し出す。私はイルミネーションから洋平へと視線をうつす。洋平はまっすぐ前を見たまま話を続けた。
「クリスマスは誰と過ごすんだ?って言われて」
「…うん」
「気付いたら飛行機のチケット予約してた」
「気付いたらって…」
洋平と目が合う。
何度も合った事がある目だ。
子供ながらに愛を確かめ合いながらぶつけ合った視線。
馬鹿みたいに笑い合いながら、友達としてお互い目を合わせた事もある。
それでも、こんなに目を逸らしたくないと思ったのは初めてだと思った。
「まなみが好きなんだよ、オレ」
真っ直ぐに私を見つめる目。
私だけを見てくれるその目。
私だけを愛してくれるその目。
降り積もる雪の中、私たちは抱き合う。
こんな事を人前でしたって今日だけはいいよね、だってクリスマスだもん。
「洋平…」
「ん?」
「私、想い出をつくっていくのは…洋平とがいい」
「あぁ…そうしようぜ、今までもこれからも、な」
これから続く2人の道は長い。
だって永遠なのだから。
冬の寒さもこれからくる春の暖かさも2人で一緒にーー。
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