年度末
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「……私だって離れたくない」
自分のそんな言葉に驚き、慌てて口を塞ぐ。
が、そんな事をしたって時すでに遅し。
私の目の前のデスクに座っているリョータをパソコンのモニター越しに見ると、今まで見たことの無いような顔をしている。
驚いているような、困っているような、喜んでいるような……
遡ること10分前ーーーー
「この課で最後の仕事がまなみさんと2人で残業なんて最高だな~」
「私もう帰るよ」
「え?!マジすか?!ひでぇやまなみさん」
私の目の前のデスクに顔を突っ伏すのは2年前に入社してきた宮城リョータ。私より7歳も年下の後輩だ。
去年私がこの課に異動してきて1年間同じ課で働いている。
見た目は今どきの生意気そうな奴で、てゆーか実際生意気だけど…
それでも人懐っこくてみんなから可愛がられている奴だ。
「てか、入社して2年で異動て早くないすか~??!!」
デスクに突っ伏したままリョータは不貞腐れた声を出す。
数日前に内示が発表されリョータの異動が決まったのだ。
「若いうちは色んな課で試されるんだよ。それだけ期待されてるって事でしょ?」
「……まなみさんが優しい!?え、なになに最後だから、みたいなのやめてよ!」
ガタッとリョータは勢いよく座っていた椅子から立ち上がった。
リョータと同じ課になってからやたら私はリョータになつかれた。
毎日「可愛い」「綺麗」「飲みに行きましょうよ」の連呼だ。
もちろん私は相手にはしていない。
7つも年下の男の子に本気にされているなんて思えないし、振り回されたくもないからね。
……なんて思っていたのに、振り回されているのはどこの誰よ。
いつの頃からだろう、リョータの一言一言にドキドキしたりモヤモヤしたり。いくつになっても恋をするのに理由なんてない。ただ思うだけ。
ー君が好きー
って。
「別に課が変わっても職場自体は変わらないじゃない」
「そうですけど…」
リョータは不満そうに椅子に座った。
「フロア変わるじゃないすかぁ。離れたくねぇなぁ」
「……私だって離れたくない」
ーーーそして今に至る。
しまったと思ってももう遅い。
そしてリョータのこの表情は何を思っているのかもわからない。そんなリョータは私から目を背け、困ったような顔でポツリとこぼす。
「……マジすか。えぇ…」
え、困ってる?!
困るってなに!!??散々振り回しといて?!?
なんなのよ!!
…………なんなのよ…。
「ねぇ、まなみさん」
気が付くと目の前のデスクにリョータの姿はなかった。その変わり先程よりもリョータの声は近い。
いつの間にか私のデスクに手をついて、私の頭上から話しかけてくるリョータ。
見上げるとその顔は真っ赤で口元を手でおさえている。
「そんなに可愛い事言われたら…マジでオレ困るんすけど」
「……え」
「まなみさん可愛すぎデショ」
「……からかうのもいい加減に」
「抱きしめていい?」
私の言葉に被さるように言ったそんなリョータの言葉に私は何も言えずに、ただただ顔が熱くなっていくのを感じた。
そして椅子に座ったままの私はフワリとリョータの腕の中に包まれる。
「いいって言ってないし!誰かに見られたら…」
「もうオレら以外ここ誰もいないすよ」
バタバタと腕の中で子供のように暴れる私をリョータはギュッと強く抱きしめる。
「離れて真剣に考えてくださいって…言おうとしてたんです」
「真剣にって…」
「まなみさんさ、オレ本気じゃないと思ってたデショ」
……思ってたよ。
思ってたというより本気じゃないって言い聞かせてたんだもん。本気にしたらバカを見るって。
「だって…7歳も離れてるじゃん私たち」
「え?あぁ、年齢?」
私はコクリと頷き、そっとリョータの胸を押した。
私たちの身体は離れる。
膝の上で私は握りこぶしを作り、それにギュッと強く力をいれた。
「私なんかを本気で相手にするわけないって思ってたし……怖かったんだもん」
「怖い?」
「本気にされるわけないってわかってんのに…どんどんリョータの事好きになってくのが怖かった」
その時グイッと腕をつかまれ、一旦リョータから離れたはずの私の身体は再び彼の腕の中に包まれた。
今度は座ったままではなく立った状態で。
「だから困るんすよ。そんな可愛い事言われると」
リョータはぎゅぅぅっと私を抱きしめる力を強くする。
「だっ、誰が可愛いって…」
「まなみさんしかいないでしょ……って、え、ちょっと待って」
そう言うとリョータはスっと私から離れて、ズルズルとしゃがみこんだ。
「りょ、リョータ?」
「えぇ~、待って?まなみさんがオレの事好きって言った?」
リョータはしゃがみこんだまま頭を抱えている。
私はリョータと同じくその場にしゃがみこみ「ねぇ」とリョータに声をかけた。
顔をあげ、私と目が合うリョータの顔は真っ赤で茹でダコそのものだ。
「まなみさん…キスしていい?」
「いいって言わなくてもするでしょ」
「よくわかってんね、オレのこと」
そう言ってリョータは私にキスをした。
その時に囁いた言葉を私は一生忘れないだろう。
「オレは好きとかじゃなく愛してるんすよ、まなみさんの事」
そんな出来事があった年度末ーーー。
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