不覚
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どこの会社にも1人はいるであろう……
モテ男くん。そう、私と同じ課にもそんなモテ男がいる。
なぜモテるのかというと……顔がいいからだ。
いや、ごめんなさい。それだけではないです。
顔がいいのを自覚していてそれを隠そうとしない、むしろ自慢げ。
「オレかっけーし」
なんてよく言っている。いい大人のくせして。
なぜそんな奴がモテるのかって?
はぁ…。そりゃため息も出ますよ。
全然完璧な人間じゃないんだもん。そこがウケにウケまくっている。
短気だし、いい大人なのに割とすぐに感情が顔に出るし、お酒は弱いし。
面倒見はいいし、実は優しいし、フランクだし、背は高いし、笑った顔はかわいいし、すごく照れ屋で、意外に真面目だし………………カッコイイんだなぁ、コレが。
そんな男の名は三井寿。
私より4つ上の先輩で、2年前に私が今の課に配属されて初めて同じ課になった。
三井さんとはそれまで同じ会社とはいえ、別の課だし、フロアの階数すら違ったのでそんなに話をしたことはなかった。
けれど、三井さんは元々目立つし女子職員の間で必ず話題になっていたので、内示が出た時は少しドキドキしたもんだ。
そしていざ同じ課で働いてみると、すぐ怒るし、バカにしてくるし、ホントに年上?!と思う事が多々あった……はずなのに。
いつの間にか他の女子職員同様に、三井さんに夢中になっていたんだ。
ーーー不覚。
「ねぇねぇ、今年の内示っていつ出ると思う?」
同期の女子職員と社内食堂でランチを食べている時にこんな話になった。
今は3月に入ったばかり、そろそろ人事異動が気になる時期になってきている。
「たぶん今週末…明日あたりに内内示が出て、来週頭に内示じゃない?」
内内示というのは、「あなた異動しますよ。どこの課はまだ教えないけどね」というものだ。
毎年の事だが、内内示のあとに休みを挟むのは本当に嫌がらせだと思う。
「まなみはまだ動かないと思うけど…愛しの三井さんは動いちゃうかもね」
同期のそんな言葉に思わず私は食べていたうどんをベタに喉の奥につまらせ、ゴホゴホと咳き込んだ。
「ちょっと…ここどこだと思ってんの!」
私は水をごくごくと飲み干したあと身を乗り出し、同期へコソコソと話す。
すると彼女はテーブルに肘をつき、先程までのニヤニヤと笑っていた顔とはうって変わり、真面目な表情をして言った。
「異動する前に言った方がいいんじゃないの?」
言うーーーというのはもちろん『好き』ということ。つまり告白だ。
「がっ、学生じゃあるまいし…告白とかーー」
私が同期から目を逸らすと、その先には私の想い人、少し先のテーブルでお昼ご飯を食べている三井さんの姿が目に入ってきた。
その姿に私の心臓はドクンと鈍い嫌な音をたてる。
三井さんと一緒にいるのは後輩の女の子だったから。
「あの子さ、狙ってんでしょ?三井さんのこと」
私の視線の先に気付いた同期は少し低めの声で話す。
「……らしいね」
大人になってまでこんな学生みたいに恋に対して、モヤモヤしたり、ドキドキしたり…こんな風になるなんて思ってもみなかった。
高校を卒業してからは割と彼氏ができる時はすんなりできたし、もちろんしばらくできない時もあったが、そんな時は好きな人すらいなかった。
だから、こんな風に長い期間誰かに片想いなんてするのは高校生ぶりだったのだ。
「思春期かよ」
私はそんな事を呟いて昼休憩を終えた。
「なぁ、今いいか?」
昼休憩が終わり、お昼後の独特の眠気さと戦いながら仕事をしていると三井さんに声をかけられる。先程の社員食堂での光景が頭にチラついた。
「……いやです」
私はパソコンのキーボードから手を離さず、プイッと三井さんから顔を背けた。
……だから思春期かよって。
「んだよ、可愛くねぇな」
「…………仕事の邪魔しないでくれます?」
ホントに可愛くないなぁ、私。
「忙しいのか?」
ずるい。
そうやって可愛くない私に優しくしないでくださいよ。三井さんは心配そうに私のパソコンを覗き込む。
「大丈夫です。どうしたんですか?」
キーボードから手を離し、大人気ない自分に反省しつつ私は三井さんを見た。
「……あの、よ」
少しだけ照れくさそうに話す三井さんに私はドキッとして、姿勢を正す。
2人の視線はぶつかり合い、少しの沈黙のあと三井さんは言った。
「輪転機の使い方オシエテクダサイ」
輪転機とは大量印刷用の印刷機で、印刷室に置いてあるものだ。
仕事中に私は何を期待したんだよと、冷静になった私は一気に恥ずかしくなる。
その恥ずかしさから私は三井さんより早くズンズンと印刷室へと歩き出す。
「おい、ちょっと待てっ…」
「あ、三井さーん!!」
猫なで声が聞こえてきて私は後ろを振り向く。するとそこには社員食堂で三井さんと一緒にお昼をしていた女子職員が三井さんへと走りよっていた。
「いつご飯連れてってくれるんですかー?」
「あ?飯ならさっき食ったじゃねーか」
「やだぁ、違いますよぉ」
キャッキャッと女子職員は楽しそうに三井さんの肩を叩いている。
「三井さん、先に印刷室行ってますね」
「あっ、おいっ」
1人で誰もいない印刷室へとやって来た私は、はぁ…とやるせないため息を吐き出して輪転機に手をついた。
すると思いのほか早くに三井さんが印刷室へとやって来た。
「……デートの約束はちゃんとできましたか?」
「なんだヤキモチか?」
「は?!誰がっ……」
私は言葉を発する事ができなくなった。
理由は1つ。輪転機の上で重なり合う私と三井さんの手。それが理由だ。
「……お前以外のやつとなんてするかよ」
「え、三井さん…それって……」
「あれ?!輪転機使ってる?!」
そんな声に私たちはもちろん勢いよく離れる。
こんなベタな展開ってある?!
いや…こんなドアもない印刷室で何か起こるなんて考える方がバカだ。
声をかけてきた男性職員に「これから使う」と告げるとその職員は「オレも使い方が知りたい」と言うので私は三井さんとその職員に輪転機の使い方を説明する。平静を装いながら、丁寧に。
それでも内心バクバクだし、さっきの続きは?!なんて思っている自分がいる。
「なんだ簡単じゃねーか、あんがとよ。先戻ってていーぜ」
三井さんはそう言って印刷を始めた。
……え?!なに?!さっきの続きは?!
てゆーか、後から来た職員と楽しそうにNBAの話なんてしてるし。
私は気が抜け、1人印刷室から出て自分のデスクへと戻った。
「お先に失礼します」
それからあっという間に就業時間も過ぎ、少しだけ残業をした私はまだ残っている数人の職員に声をかけフロアから去った。
ーーー三井さんもまだ残っているフロアを。
もしかしたら追いかけて……来るわけないよね!
チラッと後ろを見た私はガックリと肩を落とし、そのまま自宅へと帰った。
なんだか今日は無駄に疲れた。
そんな事を思った私はコンビニでサラダと好きなお酒を買って一人暮らしの部屋でそれを食す。
一体どういうつもりであんな事言ったの?あんな事したの?私の事好きなの?
じゃあ、なんで何も言ってこないの?
電話も、LINEもどうしてしてこないの?
頭の中はハテナでいっぱいだ。
大人の恋愛ってこんなにもどかしいものだっけ?
ー次の日ー
「うちの課からは三井くん、以上です」
予想通り課長から内内示が発表された。
もう今日はこれからみんな仕事どころではない。どこの課の誰が異動か偵察部隊が出動される。
そしてみんなの予想大会が始まるのだ。「〇〇が異動だからここには△△がくる」みたいなね。
三井さんは異動か…。
なんとなく覚悟はできていたけれど、やっぱり寂しいものは寂しい。別に他の土地に行く訳でもないし、もしかしたら隣のフロアになるかもしれない。……けど、それでも私の心は少なからず沈んでしまっていた。
が、今は正直それどころではなかった。
私のデスクの上に山積みになった書類たち。これを明日の朝イチまでに入力作業をしなくてはいけない。沈んでいる場合ではないのだ。
このままでは私が書類の海に沈んでしまう。
残業決定ーーー。
ひとり、またひとりと「お先」と言って仕事を終えた職員がフロアから消えていく。
その結果このフロアにいるのは、私ともう1人内内示を言い渡された三井さんだった。
私のデスクに山積みになっていた書類たちは徐々に減り、あと少しだと自分の手を天井へ向け伸ばしたその時、カタン、とデスクに紙コップが置かれた。中にはコーヒーが入っている。
「まだ終わんねーのか?」
コーヒーを置いてくれたのは三井さんだった。三井さんは片方の手はポケットに突っ込み、もう片方の手で持っているコーヒーを飲みながら私に問いかけた。
「ありがとうございます…もう少しですよ」
「そっか。あ~、引き継ぎ書作んのめんどくせぇなぁ」
「ちゃんと引き継いでくださいよ?」
「あぁ…ちゃんと次のヤツに言っとく。まなみに手ぇ出すなよって」
私はコーヒーを飲む手を止め、三井さんを見た。
三井さんはそっぽを向き、顔を赤くしていた。そんな三井さんを私はじっと見る。
すると気まずさに耐えかねたのか三井さんがチラリと私を見て先に言葉を発した。
「…んだよ、なんか言えよ」
「三井さん……次にここ来るの女の子かもしれませんよ?」
「?!うっせーな!!」
「それに先輩とかだったらどうす」
私の言葉はかき消された。
三井さんの突然の口付けによって。
「ちょっと黙れ」
三井さんはそう言って再び私にキスをしようとする。私は慌てて近づいてきた三井さんの口を両手で覆った。
「ここどこだと思ってんですか?!まだ仕事中ですよ?!」
「もう誰もいねーよ」
辺りを見渡すと、確かにフロアには誰もいない。
……いや、その前に。
「私まだなんにも言ってないじゃないですか!」
「……イヤなら拒めよ」
「……ずっるいですね」
誰もいない職場で私たちはキスをした。
拒めるはずもない、だって私はあなたに夢中だから。
ーーーホントに不覚。
こんなに好きになっちゃうなんて不覚。
でも…そんな思いすら悪い気はしないのだった。
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