卒業
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好きになったのは一瞬だった。
なんて簡単な女なんだろうって自分で思ったぐらい。
一瞬であなたを好きになりました。
「はい、水戸くんにも」
今日は卒業式。
私はクラスメイト全員に手紙を書いてきた。
手紙といっても、そんな大層なことは書いてはいない。クラスメイトといっても、あまり話をしたことのない人もいるし…。
正直に言うと同じような内容を書いている人も数人いる。
けれど、たった今渡した水戸くんへの手紙は誰よりも特別な内容だった。
昨日の夜、1番最後に書いた手紙。
『やっぱり水戸くんが好きです。
よかったら第二ボタンをください』
たったこれだけ。震える手でどうにか書き上げた手紙だった。
どうしてももう一度だけ伝えたかったから。
水戸洋平の事が好きで、好きで仕方がないことを。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
好きになったのは高校に入学したての1年生の時。
よくある話だけれど、他校の不良に絡まれているところを助けられたんだ。
まだ自分と同じクラスの人の名前すら全員覚えていない時期だったが、水戸くんたち『桜木軍団』の事は有名で、桜木花道・水戸洋平、この2人のことは違うクラスでも顔も名前も知っていた。
水戸くんの他にも何人かいたけれど……「ほら、あぶねーから帰んな」って声をかけてくれた水戸くんに私は一目惚れをして、一瞬で好きになった。
助けてくれた次の日、私は校門の前で待ち伏せをした。もちろん水戸くんを。
どうしてもお礼だけ言いたいと思っていた…この時までは。
「あれ…昨日の」
私が声をかける前に先に声をかけてきてくれた水戸くんに舞い上がった私は、いきなり恐ろしいことを言う。
「好きです!付き合ってください!」
あの時の水戸くんの顔は今でも覚えている。
鳩が豆鉄砲をくらう…だっけ?
目を丸くしてキョトンとしていた。
けど……その後申し訳なさそうに私に言ったよね。
「あー…悪いんだけどオレ今誰とも付き合う気ねぇんだわ」
さよなら。
私の高校生活最初の恋ーー。
てゆーか、そらそうだよね?!むしろ怖いよね?!お礼を言うつもりだったのにイキナリ告白とか。
それから水戸くんとは話をする事もなく、私に別の彼氏ができたりと……1年が過ぎてあっという間に高校2年生になった。
「……え?!」
2年生になりクラス替えの発表がされている場所に行き、校舎の窓に貼られているクラス名簿を見て私は思わず声を漏らした。
水戸洋平。
私が高校に入学して最初に好きになった人の名前がそこには書かれていた。私と同じクラスのところに。
3年生はクラス替えがない…という事は水戸くんとあと2年間同じクラス?!
……そろり。
私はゆっくりと廊下から教室のドアを軽く触り、顔だけで教室の中を覗く。
いない。
水戸くんの姿を探した私はその姿が見えないことを確認して教室へ入ろうとした。
ーと、その時。
「うわっ」
「むっ」
勢いよく誰かが私にぶつかってきた。きっとろくに前も見ないで歩いてきたのだろう。
軽く睨むように振り返ると真っ赤な髪の毛の男子生徒が立っている。桜木花道だ。
私は先程のクラス名簿を思い出した。
そうだ…この人も同じクラスだったんだ。
ーーて、事は…。
私が恐る恐る桜木くんの先を見ると、そこにはもちろん水戸くんの姿。
「ごめんね、大丈夫?……ってあれ」
桜木くんの代わりに謝ってきた水戸くんは私の顔を見て何かを思い出したような表情をした。
ーーやめて、思い出さないで。
そんな事を祈っている私にまさかの爆弾が落とされた。
真っ赤な髪の桜木くんによって。
「むむっ?!どっかで見たことが……あっ!!前に洋平に愛のこくは……むごっ?!」
大声で言う桜木くんの発言を水戸くんが彼の口を抑えて阻止をする。
「なーに言ってんだお前は。人違いだろ」
水戸くんはそう言って桜木くんの背中を押しながら私の横を通り過ぎていった。
絶対わかっているはずなのに。そういう事しちゃうんだ、水戸くんて。
「2年間よろしくな」
横を通り過ぎる時にポツリと言った水戸くんに少しだけ胸の高鳴りを感じた高校2年生の春だった。
「こぉら!水戸!!寝るな!!!」
最高学年の3年生になったある日の授業中、教室中に響き渡る数学教師の小池の声。
頭をかきながらまだまだ眠たそうにあくびをするのは、私の隣の席の水戸くん。
3年生になってすぐに行われたくじ引きの席替えで私は水戸くんの隣になった。
隣りになって朝の挨拶程度はするようになったけれど、特別今までと何も変わりはなかった。
けどーーーー
ポトッ
私の机の上に飛んできたのは小さな紙切れ。
中を見てみると
『話し相手してくんない? ミト』
私は慌てて隣を見る。
すると頬杖をついてニカッと笑う水戸くん。
そして何かをノートに書いている。隣から見る限りでは真っ白なノートに。
そしてビリッと破いて小さく折りたたみ、私の机にポンと投げる。
それを開くと
『また寝たら怒られんだろ?』
ーー怒られることなんてなんとも思ってないくせに。
そう思いながらも私は自分のノートにペンを走らせた。
そしてそのページを破り、半分に折りたたんで先生が板書をしている隙に水戸くんの机の上へサッと置いた。
『趣味はなんですか?』
すると水戸くんは少し考えた後にその紙に文字を書き、私がしたように半分に折りたたみ私へと渡す。
『バイクかな 佐藤さんは?』
『私は美味しいものを食べることかな』
『じゃあ好きな食べ物は?』
『甘いものならだいたい 水戸くんは?』
『納豆』
私は意外だなぁと思い、水戸くんへと顔を向けた。
すると水戸くんは片手で数字の3をジェスチャーしたあと、両手をパーにして開いた。
私は訳が分からなく首をかしげる。
み・と
水戸くんは口パクでそう言った。
水戸…え、もしかして水戸納豆って言いたいわけ?
「くっ、くっだらない!!あはは!」
あまりのくだらなさに私は声を出して笑っていた。それに気付いたのは目の前に小池の顔が近づいてきたからだった。
「はははは!まさか声出して笑うなんてな!」
授業が終わった後の休み時間に水戸くんは笑いながら私に話しかけてきた。
「だってくだらなさすぎて…てか水戸くんのせいじゃん!」
「ははは、わりぃわりぃ。ほらこれやるから」
そう言って水戸くんは私の手首を掴み、その手の中に何かを握らせた。
そして席をたち、教室を出て行った。
握らされたものを見るために手のひらをひらくと、そこにあったのは小さなチョコレート。
「……え?チョコとか…また意外な物を」
私はじんわりと心があったまり、自然に頬がゆるんだ。そしてあの時の一瞬で雷に打たれたように恋に落ちた感覚とは違うものを感じた。
じわじわと人を好きになる感覚を。
それでも私はもう一度水戸くんに告白をする勇気はなかった。あの時とは違う。
告白してふられて気まずくなるぐらいならこのままクラスメイトとして過ごしたい。
そんな意気地無しのような事を思っていたんだ。
けれど……
明日で卒業。私は県外の大学へと進学する。
水戸くんは地元で就職だと言っていた。
もう会えない。
そんな単純なことに気づかなかった訳では無い。気付かないふりをしていた。
というか、現実から目を背けていただけ。
そう思い書き上げた水戸くんへの手紙だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
卒業式が終わり、最後のホームルームも終わったあとの教室はまだ賑わいを見せていた。
写真を撮ったり、泣きながら抱き合ったり。
みんなそれぞれの卒業の姿を見せている。
その時私の視線の先に映りこんだのは、2年生の女の子が水戸くんに第二ボタンをねだる光景だった。
ドクンドクンと心臓が嫌な音を出す。
ーーあげちゃうの?
私はその光景を見ることができずに目をそらした。
「ごめん」
水戸くんの謝る声に思わず私は再び水戸くんの方へと視線を戻すと、女の子はパタパタと走って教室から出て行った。
するとバチッと目が合ってしまった。水戸くんと。
「なに見てんの?」
悪い顔で笑いながら私に話しかけてくる水戸くん。
「た、たまたまだ……」
「まなみー!そろそろ帰るよー!」
後ろから聞こえてくるのは私を呼ぶ友達の声。
「ちょっと待ってー!」
私は慌てて友達に返事をしてから、水戸くんへ声をかける。
「み、水戸くん!」
「ん?」
「この後のみんなでのカラオケ来る?」
「あ~…どうすっ」
「来て!」
「え?!」
「……水戸くんが来ないとつまんないよ」
私はそう言い逃げをしてその場を去った。
ーーーとは言ったものの。
水戸くんこーゆー打ち上げ的なやつ来ないんだよなぁ…。学祭や体育祭、いつも誘っても「バイト」とか「オレらがいない方が盛り上がるっしょ」とか。
私は「はぁ」と広いカラオケ部屋で大きなため息をついた。
「おぉー!桜木と水戸じゃん!」
え?!?!
そんな誰かの声に私は勢いよくドアへと顔を向けた。
そこには「天才登場!」と言いながらふんぞり返っている桜木くんと後ろには水戸くんの姿があった。
滅多に来ない彼らにいつの間にか人だかりができていた。レアキャラ扱いだ。
話しかける事もできずに私は遠目からソレを見ていた。
「佐藤さん、ちょっといい?」
人だかりがなくなった頃、水戸くんは私を呼び手招きをした。
私は慌てて席をたち、水戸くんと共に部屋を出て、そのまま店の外まで出てきた。
外の駐車場で私たちは店の壁に背を向け隣り合わせに立って並んだ。
「大丈夫?寒くね?」
「ううん、大丈夫」
少しだけ寒い気もしたけれど、それどころではなかった。
きっと水戸くんは私の手紙を読んだのだろう。だからわざわざこうして外へと連れ出したのだ。
そんな私の予感は的中する。
「手紙、読んだよ」
一言そう言った水戸くんは少しだけ困ったように笑った。
「バカだなー」
思ってもみなかった水戸くんの言葉。
バカ……とは?
私の頭の中はハテナでいっぱいだ。
きっとそれが顔に出ていたのだろう、水戸くんは笑いながら話を続けた。
「そんなにオレの事好き?」
「?!」
何も言えない私に水戸くんは「ごめんごめん、冗談」と笑って謝ってきた。
「さて…ここからは、冗談ぬきな」
水戸くんはポケットに入れていた手を出し、私を真っ直ぐに見つめながら話をする。
そんな水戸くんに私は緊張しないはずもなく、バクバクと心臓が大きな音を立てる。
「1年の時のアレ…本気だったってこと?」
アレ……って告白の事だよね?
やっぱり水戸くんは私だったってことに気づいていたんだ。
「本気だよ!冗談でなんか…言わないよ…あんな事……」
あの時の告白を思い出して恥ずかしくなり、私は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
外の少し冷たい風が丁度よく頬にあたる。
「そっかぁ…本気だったのかぁ」
水戸くんは再びポケットに手を入れ、空を見上げた。そしてゆっくりとこちらを向く。
「ありがとう」
水戸くんはいつもの笑顔でニカッと笑った。
……あぁ、2回目の失恋だ。
私はそう思いながらも、後悔はなかった。
『ごめんな』
その言葉を私は覚悟をして待った。
しかし水戸くんの口から出てきたのはまったくの予想外の言葉だった。
「オレさ車の免許とったんだよ」
「……え?」
「だから行っていいよな?佐藤さんが住む町に。案内してよ」
「え…えぇ?!」
「ははっ、なんだよその反応」
「だって…私ふられ…えぇ?!」
「ふってねーよ」
「それって…」
「でも、オッケーって訳でもないんだな」
「えっ?!」
「ここからさ初めてみない?」
水戸くんは今まで見たことのないような優しい顔で微笑んだ。
私はそんな水戸くんの表情に一気に肩の力がぬけ、ヘナヘナとしゃがみこんでしまった。
「ははっ、大丈夫かよ」
水戸くんはしゃがみこんだ私の頭をポンポンと手で軽く叩いた。
そして私はその手を掴んだ。
「期待…していいの?」
「……佐藤さん次第、かな?」
ニヤリと笑う水戸くんに私の心はますます彼に奪われた。
「そろそろ部屋戻んねーとな。花道暴れてるかもしんねーし」
「わ、私ちょっとドキドキ抑えるためにまだ外にいるよ……」
「ははっ、なんだよそれ」
……あなたのせいだよ!
私は両手でパタパタと顔を仰いで先に歩き出した水戸くんの背中を見送った。
が、その時「あ」と声を上げ水戸くんがふりかえる。そしてそのまま何かを私に投げつけた。
ソレを私はパシッ!と上手に受け取ることができずに投げたものは私の手にはじかれ水戸くんの足元へと転がってしまった。
水戸くんはそれを拾い、今度は私の元へと歩き出しソレを手に握らせた。
いつかのあの日のように。
そして私はゆっくりと手のひらをひろげる。
そこにあったのは制服のボタンだった。
「……これって」
「手紙に書いてたろ?くださいって」
「嘘…だってさっき教室で断ってた……」
「佐藤さんだから……って事にしとこーぜ?」
ニカッと笑い、水戸くんは再び歩き出した。
私はその場に立ち尽くし、もらったボタンをただただギュッと握りしめていた。
今までの片想いから卒業するんだという決意を胸に。
ーーー期待してもいいんだよね?
ここから初める2人の関係に。
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