心安
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「あっれー?南やん!帰ってきたん?!」
私の家の近所にある南龍生堂、昔からある少し古びた薬局だ。
いい言い方をすると『老舗』ってやつやな。
そんな薬局へと仕事帰りにやって来るとカウンターにいるのはいつもの見慣れたおじ様ではなかった。
それは私の中学生の頃よくつるんでた同級生、南烈だった。
「なんやお前か」
ぶっきらぼうに答えるその口調は昔と変わってなく、「相変わらずやな」と私は呆れたが、なんだか昔を思い出し少しだけ顔がゆるんだ。
話を聞けば地元から離れた大学を出たあと、数年間別の調剤薬局で働いていて今年から実家である南龍生堂で働いているらしい。
「……胃薬?」
南は私がレジへと持ってきた薬を見て訝しげに言った。
「あ、はは。最近胃痛くてさぁ」
「食いすぎか」
「アホ!ご飯なんて最近食べれてな……」
私は途中で口をつぐんだが…ここまで言えばわかってしまうだろう。
しかも南は昔から察しがいい。周りが気付かないような事でもすぐに気付きフォローをしてくれたりしていた。
「……飯、行くぞ」
「は?」
「もう店は終わりや、このまま行くで」
ーーーは?!
「……ご飯行くって、は?!誰の家?!」
やってきた先は居酒屋等ではなく一軒のアパートの前だった。
私は思わず立ち止まってしまう。
「オレんち」
「え?!実家じゃないの?!南って」
「今更実家に住めるか。ほら、はよ来い」
先に進む南は振り返り私に声をかける。
そしてニヤリと笑い、こう言った。
「なんや、緊張してんのか?」
「今更あんたに緊張なんてするか!!」
私はズンズンと南を追い越し歩いて行く。
そしてオートロックであるため、いくら目の前に立ってもあかない自動ドアの前で立ち止まった。
「……はよ開けてや」
「んとに、お前のアホは昔から変わらんな」
……あ。
これ。
滅多に見せない南の笑顔。
呆れたように笑う南の笑顔。
なんだか懐かしさと、不思議と寂しさが込み上げてきて私はキュッと胸が苦しくなった。
「んっ?!美味しい」
まさかの南の手料理を食べる日がくるなんて…。
しかも、、、めっちゃ美味しい。
「……仕事大変なんか?」
「え?」
南は私の目は見ずに、料理を食べながら話しかけてくる。もくもくと自分の料理を食べながら。
「あぁ…うん、まぁ、ね。日本人はみんなストレス抱えてるやろ!」
「……抱えてるやろ量も、質もみんなちゃうやろ」
南はそう言って食べ終えた自分の食器を持ち、立ち上がった。
そして座っている私の頭の上に軽くポンと手を乗せ「一丁前に無理する必要なんてあらへん」と言ってキッチンへと歩いて行った。
……私の涙腺は崩壊寸前だ。
というか、もう崩壊している。ボロボロとテーブルに大粒の涙が落ち始めた。
「茶碗洗いは頼むで?」
リビングに戻ってきた南は 意地悪な顔で笑いながら言った。
昔と変わらない、見慣れたその顔で。
それから私は仕事帰りによく南の薬局に寄るようになった。
毎回薬を買うわけではないけれど、飲み物を買ったり、飴を買ったりしていた。
薬局にしては遅くまでやっている事を尋ねると「オレが働くようになってから営業時間を伸ばした」との事やった。
そうでもしないと近所のドラッグストアに全部お客を取られてしまうらしい。
……世知辛い世の中やなぁ。
「お前まだ胃薬飲んどるんか?」
ある日、南は私にそう聞いてきた。
「たまに、やな。前ほどは飲んどらんよ」
私が胃薬を飲む回数は減っていたのだ。
今でも仕事でストレスを抱えているのは確かだったが、こうして南と話をすることで心が安らぐことを感じていたし、仕事帰りに南とくだらない話をすることが楽しみになっていた。
「でも南にとっては私が胃薬買った方がええんちゃう?売上的に」
私はふざけてニシシ、と笑いながらカウンターに肘をついて南に笑った。
すると南は「アホ」と言って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『お前がやったんやろ?』
頭の中でぐるぐると巡るこの言葉。
先程会社で直属の上司に言われた言葉だ。
今の職場に務めて3年、いつもいつも私のせいだった。した覚えがない事なのに。腹が立つ。
何も言えない自分にーーー。
いつも周りが円滑に進めばよかった。私が多少我慢すればいいだけ。そう思っていた。
「アホやなぁ…」
キリキリと痛む胃を抑えながら、私はとある公園で夏の星空を見上げた。
決して満開とは言えない星空を。
「お前何してんねんこんなとこで」
声がする。
何度も私を救ってくれた声が。
言い回しは冷たいけれど、とても暖かく優しい声。
南烈の声。
「ずいぶん懐かしいとこにおるな」
南はストン、と私が座っているベンチの隣に腰を下ろした。
ーと、思うと何かを思い出したかのようにすぐに立ち上がり「待っとれ」と言い、私の前から去っていった。
「なんやの……」
しばらくするとコンビニの袋をガサガサと手に持ち、南は戻ってきた。
そして袋の中からある物を取り出し、ニヤリとする。
「よくやったやろ、ここで」
南が袋から取り出したのは花火だった。
きっと近くのコンビニで買ってきたのだろう。
ここの公園は私たちが中学生の頃、よくみんなで集まって花火をした場所だ。
「ひゃー!すごいなぁ!めっちゃ綺麗やん!」
私は中学生に戻ったかのように花火にテンションがあがり、はしゃいだ。
「ほら、危ないから離れろ」
小さいけれど、「パンッ」と音を立て打ち上げ花火があがる。
パラパラと消える花火に切ない気持ちになりながら私は空を見上げた。
「シメはやっぱりこれやな」
そう言って南が取り出したのは線香花火。
私たちはしゃがんで火をつけた。
パチパチと小さな音をたて、線香花火は火球をつくり小さく火花が飛び出る。
「あの頃に思ってたような大人にはなれてへんなぁ…私」
南はそう言う私を1度は見たが、すぐに手に持っている線香花火へと視線を戻した。
「こんなんやったっけ?大人って…」
「……さぁな。けど、まなみは昔からそうやな」
「……え?」
「自分より周りを優先。で、しんどくなる」
その時線香花火は消えて、南はグッと腰を伸ばし立ち上がった。
「たまには自分の事だけ考えてもバチは当たらへんと思うで?」
南はそう言いながら私に手を差し伸べる。
私はその手をつかみ、立ち上がった瞬間…
南に抱き寄せられ、南の温もりに包まれた。
「しんどくなったらいつでもオレんとこ逃げてこいや」
「……っ、な、んやのっ……それ」
「ガキじゃないんやからそれぐらいわかるやろ」
ボロボロと泣き出す私を南はキツく、優しく抱きしめる。
私は南の腕をギュッと握り声を上げて泣いた。
そのあいだ、南は時折私の背中をポンポンと軽く叩き、黙って私を抱きしめてくれた。
「あーあ、私もう辞めてもええかな、仕事」
ひとしきり泣き終え、私たちはベンチへと座っている。
「……別にええんやないの?」
「んな無責任に言ってぇ…私をお嫁にでももらってくれるんですかぁ??」
私は冗談交じりでグリグリと肘で南の腕をつつく。
「……まぁ、考えてやってもええけど?」
そう言ってあなたは私にキスをした。
どんな薬よりも効力があるキスをーーー。
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