成人式
空欄の場合は「まなみ」になります。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
一年前から選んだ振袖。
何冊も雑誌やインターネットを見て決めた髪型。
今日は一生に一度の大切な日。
成人式ーーー。
「まなみ!久しぶりだね!」
中学、高校の同級生たちといくつものそんな会話が飛び交う中、私は1人の人物に気付き目が離せなくなった。
「ねぇまなみ!写真撮ろ…ってだーれを見てんの?」
そんな私に気付いた友達が肩に手を乗せ、私の視線の先を辿る。
「あれって…海南の牧くんじゃん」
視線の先には高身長で、スーツ姿でもわかるほど筋肉質な体型をした男性。
それは海南高校出身の牧紳一だった。
「そーいやまなみさ、一時期好きじゃなかった?牧くんのこと」
「……うん」
「よし!ちょっとこっち来て」
友達は私の腕をつかみ、無理やり立ち位置を変えさせた。そして私に向かってスマホを構える。
「はい撮るよー」
「え?!えっ?!」
カシャッ!
慌てる私を他所にスマホからはカメラのシャッター音が聞こえる。
すると友達は「よしよし」と言いながらスマホ画面を私に見せてきた。
「?!」
スマホ画面に映し出されたのは私…ではなく、私の後ろにいる牧くんにピントが合った写メだった。
「送って!!!」
早く早く!と言わんばかりに私は友達にスマホを返した。
……別に今でも好きとか、そういうんじゃない。
けど、久々に見たスーツ姿の牧くんはやっぱりかっこよくて、ときめくぐらいいいじゃない?
「てゆーか、なんで牧くんの事知ってたんだっけ?」
友達の質問に私の記憶は一気に高校2年生まで遡る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いらっしゃいませー」
佐藤まなみ、湘北高校2年生、只今コンビニでアルバイト中です。
高校を入学してすぐ始めたこのバイトも気がつけば1年以上を過ぎていた。
ほかの店員さんも優しいし、たまに変なお客さんもいるけどそれなりに楽しくやっていたんだ。
そしてある時から私は更にバイトに来るのが楽しみになっていた。
理由はひとつーーー。
「ありがとうございました」
あー、かっこいい。
今日もかっこいい!話しかけたい!
家近所なのかなぁ…。あーーもーー!
色々知りたいよぉ!!!!
私が心の中でこんな事を叫んでいるのは目の前でペコりと軽く頭を下げている人物が原因だ。
色黒で、背が高くて、いつもだいたい同じ時間にこのコンビニにやってくる海南高校の制服を着た男の人。
名前は知らない。なんなら何年生なのかも知らない。
……きっと3年生だとは思うんだけど。
最初に見た時、海南高校の制服がサラリーマンのスーツに見えたぐらい彼は老け…大人っぽく見えたから。
いつの日からか彼が来るのを私は待ちわびていた。何かきっかけがあった訳じゃない。
一目見たその日から…という訳でもない。
じわりじわりと少しずつ侵食されていく感じがした。自分の心がこの彼に。
そんなある日ーーー
(今日は来なかったな…)
店にある時計を見ていつも彼が来る時間はとっくに過ぎている事に気付き、私はレジ前で「はぁ」と小さくため息をついた。
「お先に失礼しまぁす」
そう言って私は力なく従業員用の出入口のドアを開けた。そして自分の家へと歩き出す。
季節は12月に入ろうとしている、外の寒さも身に染みてくる頃だ。
ーと、その時後ろから「あ」と声が聞こえてきて、私は思わず振り向いた。
すっかり暗くなった夜道で口元に手をあて、少し困った顔をしているのは紛れもない…
私がいつも心待ちにしている彼だった。
「す、すまない…思わず声を出してしまった」
バツが悪そうに話す彼はいつもの制服姿ではなく、私服姿だった。
「なぜ私服?!」「なぜこの時間?!」「なぜ声を?!」たくさんの情報に私は半ばパニック状態だ。
「そんなに慌てないでくれ」
私の慌てる姿を見て、フッと可笑しそうに笑う彼の顔に私の目は釘付けになってしまった。
こんな顔で笑うんだーーー。なんてベタな事を思ってしまったから。
「……佐藤、さん?」
ーーーえ。
今…私の名前言った?言ったよね?
なんで?どうして?え?!
再び私はパニック状態になってしまった。
すると彼は少し考えて「……ストーカーじゃないからな」と真面目な顔で言ってきた。
そんな事を言う彼に私は思わず吹き出して笑ってしまう。
「あははは!ストーカーって!そんな真面目な顔で言わなくても大丈夫ですよ!」
「……誤解されたらたまったもんじゃないからな」
そこで私はひとつの事に気がついた。
「あ、ネームですか?もしかして」
「あたりだ」
バイトの制服についているネームを見たのだろう。
……ちょっと、いや、かなり嬉しいかも。
名前を覚えてくれているなんてーー。
いやいやいや、ただ単にいつも来ているから何度も見て覚えただけだよね?
「牧だ、海南高校2年。牧紳一だ」
彼は少し微笑みながら自己紹介をしてくれた。
牧さんって言うのか…って、え?!
「……は?!2年?!?!」
私は大きな声をあげ、思わず彼を指さしていた。
「…………そうだが?」
「た、タメ…」
「え?!2年なのか?」
今度は彼が私のことを指さす。
「すまん、1年だと思っていた」
「えぇ?!私そんなに子供っぽい?!」
「それを言うならそんなにオレは老けているか?」
…………。
少しの沈黙の後、私たちはお互いに顔を見合わせ笑い出した。
「ふふ…お互い様ってことで」
「あぁ、そうだな」
それから牧くんは「もう暗いから」と私を送ってくれる事になった。
いつもこの時間に帰るし、大丈夫と言っても「これも何かの縁だろう」なんて言って歩き始めてしまったのだ。
「へぇ!牧くんってバスケ部なんだ」
「あぁ、今はテスト期間中で部活がなくてな」
「そっか、海南はもうテスト期間なんだね」
「湘北はまだなのか?」
「うちは来週からテスト期間」
帰り道に私たちはお互いの高校の事、実は隣の中学の出身だった事、牧くんの部活の事、私のアルバイトの事などたくさんの事を話した。その為あっという間に私の家の近くへと来てしまった。
「私の家すぐそこだからここで大丈夫だよ」
「そうか…最後にひとつ聞いてもいいか?」
「……なに?」
ーーー最後。
牧くんのその言葉に私は不安を感じた。
もう会うつもりはないのか、私と話すことはないのかと。
ただの考えすぎかもしれないけれど、そう感じてしまったんだ。
「下の名前を教えてくれないか?」
「…え?」
思ってもいなかった牧くんの質問に私は肩透かしをくらい、呆気にとられた。
そして1つのヒラメキが頭の中に浮かんだ。
「…また、また今度うちの店に来てくれたら教えるね」
「はは、商売上手なやつだ」
私たちは笑いあってその場で別れた。
まさかこれが最後の会話になるなんて思っていなかった。この時にはーーー。
次の日ーー
「……というわけで、朝のホームルームを終わる。あ、佐藤、お前このまま職員室に来い」
「え?!」
朝のホームルーム後に私は担任の先生に呼び出しをくらった。
普段職員室になんてめったに来ない私は心臓をドキドキさせながら「失礼しまぁす…」と控えめにそう言って担任と一緒に職員室へと入る。
そしてそのまま私は隣の面談室へと連れていかれた。
面談室にはすでに1人、教師が座っている。
……生活指導の先生だ。
私は一気に嫌な予感がして、それは見事に的中する。
テーブルを挟み、先生2人と私は向き合って座った。
「お前バイトしてるんだってな?」
ほーら、的中した。
「別にうちがバイト禁止じゃないのはわかっているよな?」
「……はい」
「条件があるのはわかっているよな?」
「……はい」
「その条件をクリアしていない事もわかっているよな?」
「……はい」
私は「はい」しか言えず、どんどん自分自身が肩身が狭くなって小さくなっていくのがわかる。
まるで存在自体がそのままパチン!とつぶれて消えてしまいそうなぐらい。
授業が終わり、家に帰った私は重い足取りでバイト先のコンビニへと向かう。
従業員用の出入口のドアをあけたその時、奥からバタバタと私に向かって走ってやってくる男性が目に入った。店長だ。
「まなみちゃん?!学校から電話来たんだけど、バイト禁止だったのか?!」
店長は私の両肩をつかみ、ぶんぶんと振り回してくる。目が回りそうだ。
そして学校は仕事が早いなぁ。直接この店に電話をかけたらしい。
「……はい。とゆーかですね……あの…その…」
私はモジモジと下を向きながら話す。
「成績足りないんだって?」
「?!」
私は店長の言葉に驚き、顔をあげた。
学校め……そこまで言ってたのか……。
湘北高校はアルバイトをするにはある程度の成績が必要なのだが、私はそれに達していなかった。
「まなみちゃんそこまで勉強苦手だったのか。でも進学希望じゃなかった?」
「いや、違うんですよ。3年生から本気出そうと思ってて」
「遅いだろ!」
「……すいません」
店長は「はぁ」とため息をつく。
……本当にごめんなさい。
「まなみちゃんには本当に感謝してるよ、仕事はできるし、みんなとも仲良くやってくれてたし…」
「て、店長~~」
私は店長の優しい言葉に思わず涙ぐむ。
「本当はこれからも働いて欲しいけど…校則は校則だからね」
「う、……はい」
「無事進学してバイトしたくなったら戻っておいで」
「?!」
店長は呆れたように笑っている。
私は嬉しくなり思わずガバッと抱きつく。
「ホントはすぐにでも成績あげられればいいんだけど?」
じろりと意地の悪い顔で睨む店長に対し、私は苦笑いをする事しかできなかった。
結局学校からも今日1日は働いてもいいとの話だったらしく、私はそのまま店に出た。
店に出る前に少しだけメイクを直して。
ーーだが、そんな必要はなかった。
待ちわびていた人物がやって来ることはなかったのだ。
それから私は牧くんと会うことはなく、高校を卒業した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「へぇ~、そんなんだったっけ」
「全然覚えてなかったね」
「あはは、ごめんごめん」
成人式が終わり、同窓会の三次会も終わったあとに私は友達と2人で小さなダイニングバーに来ていた。
一緒に来ていた友達とは、式の時に牧くんの写メを撮ってくれた友達で牧くんとの話をたった今話し終えたところだった。
その当時、私は牧くんの話をこの子にしていたのに全くと言っていいほど覚えていなかったらしい。
でも…確かに何年も牧くんの事を想い続けていた訳では無いし、他に付き合った人もいた。
ただ20歳になった今でも、少しだけ心の中にひっかかっている。
淡い恋心はまだ心の中で燻っているのかもしれない。
そんな私に神様からの成人のお祝いプレゼントが舞い降りてくる。
「あれ?!武藤じゃん!!」
「おぉー!久しぶりだなぁ!」
店の中に数人の男性が入ってきて、友達がその中の1人に声をかけた。
どうやら知り合いらしい。
そして私はその中の1人に釘付けとなった。
「牧くん…」
思わず声が出てしまった私は慌てて手で口を抑えた。が、私の声は当の本人に聞こえてたらしく、私の顔をじっと見てくる。
「佐藤さん…か?」
ーーーうそ。
覚えてたの?!私のこと。
驚きのあまり私はきっとすごい顔をしていたのだろう…。
「なんて顔をしてるんだ」
牧くんはフッと笑いながら言った。
その懐かしい顔に私の心は一瞬で高校生の頃に戻される。
「元気だったか?」
「うん…牧くんは?」
「あぁ、元気だ」
結局私と牧くんはカウンターに隣同士で座ることになった。
……友達がわかりやすくグッ!と、親指を立てたのは見られていないことを祈ろう。
と言っても一体何を話せばいいのやら。
てゆーか、牧くんと話したのはあの日の1度きりで、フツーの同級生とはまた違う。
「……」
「……」
当たり前のように2人の間に沈黙が流れる。
チラッと友達に助けを求めようと視線をうつすと、武藤という男の子と楽しそうに話していてこちらには見向きもしない。
「席うつるか?」
口火を切ったのは牧くんだった。
「オレの隣りだと嫌だろ」
「え?!なんで?!嫌なわけ…ない」
「…オレが嫌でバイト辞めたんじゃなかったのか?」
思ってもいなかった牧くんの発言。
私が驚いたのは言うまでもない。
「何それ…」
「話をした後すぐに辞めたろ?バイト」
「うん。でも、それは学校にバレて辞めさせられたから…」
「なんだよそれ……」
牧くんは「はぁぁぁ」と大きなため息をつきながら、頭を抱えた。
そのため息は呆れたような、ホッとしたような変わったため息に感じられた。
「てっきりオレに会うのが嫌で辞めたんだと思っていた」
「なわけないじゃん!だって……」
牧くんに会うのが楽しみでバイト行ってたのに…なんて事はさすがに言えるわけが無く、私はそのまま黙ってしまった。
「あの日、オレと2人でいるのを彼氏に怒られたんだと思っていた」
「は?!彼氏??」
「いたろ?あの頃」
2人して頭に「?」を浮かべ顔を見合わせる私たち。
お互いに何を言っているんだという顔だ。
すると牧くんは堪忍したかのように話し始めた。
「あの後、湘北に行ったんだよ」
「え?!嘘でしょ?!」
「嘘を言ってなんになる」
牧くんは困ったように笑って話を続けた。
「どうしても、もう一度話がしたくてな」
「……」
私だってそうだった。
もう一度牧くんに会いたかった。会って話をしたかったよ。
けど、会いに行く勇気なんてなかったんだ。
「いつだったかはもう忘れたが、放課後湘北へ行った時見かけたんだよ」
「私を?」
「あぁ、校門の近くに停まっている車に乗るお前をな。運転席には男がいたから、彼氏だろ?」
「車って、それお兄ちゃんだよ」
「おに…」
牧くんは言葉を失ったかのように再度大きなため息をついて、目の前のグラスのお酒を飲み干した。
「ねぇ、牧くん?」
「なんだ」
「私自惚れてもいいのかな?私に会いに湘北まで来てくれて、それってさ……」
「あぁ、好きだった」
ーーなにやってんだろ私たち。
お互い好きだったなんてさ…。でも、それも高校生の淡い恋ってやつなのかもね。
じゃあ今は?
こうやって再会して「あの時好きだった」なんて会話して、ここから始めることもできるの?
「……私に彼氏なんてあの時いなかったよ。だって牧くんの事が好きだったから」
お互いに視線がぶつかり合う。
何かを期待しているような眼差しで。
もうあの時のような子供じゃない、かと言って何もかも見透かせるような大人でもない。
「……まずはここを出ないか?」
「それって誘ってるって事でいいの?」
「誘って…いないこともないな」
「牧くん彼女いないの?」
「いたらこんな事言う男に見えるか?」
「だって私、牧くんのことよく知らないもん」
「それはお互い様だろ?」
牧くんはそう言って私の顔を覗き込む。
その顔は意地悪そうにフッと微笑み、色気を纏っている。
アルコールなんかじゃなく、彼に酔いしれてもいいーー。そんな気持ちになってしまう。
「それに、今から知るのも遅くはないだろ?」
ずるいなぁ。
そんなの「そうだね」って言うしかないじゃない。
私たちは同時に席をたち、お互いのツレには何も言わずに店を出た。
「後から怒られるかもね私も牧くんも」
「まぁ、それも仕方ないだろ」
私たちは並んで歩き出す。
まるで高校生の時のあの日のように。
そして牧くんはあの時のようにこう言った。
「下の名前を教えてくれないか?」