成人式
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一年前から選んだ振袖。
何冊も雑誌やインターネットを見て決めた髪型。
今日は一生に一度の大切な日。
成人式ーーー。
「まなみ!久しぶりー!!」
式が行われる会場の外で友人たちとのそんな会話を何個も交わしながら、私は1人の人物を見つけた。
水戸洋平。
中学の時の同級生。
三年間同じクラスで、ヤンキーだった男の子。
そして私の好きだった人。
そしてそして……私のファーストキスの相手。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
中学2年生、冬ーー。
「あれ、佐藤さんじゃん」
いつも行くCDショップで声をかけてきたのは、同じクラスの水戸洋平くんだった。
同じクラスとはいえど話をした事はほとんどなく、私は身構えてしまう。
なぜなら彼は「ど」がつくほどのヤンキーだから。
「み、水戸くん…」
「佐藤さんも好きなの?」
水戸くんは私が手にしているCDを指さし、問いかけてきた。
「佐藤さんも、って…水戸くんも好きなの?!」
思わず私は身を乗り出して水戸くんに声を上げてしまった。
なぜなら、私が今手に持っているCDのバンドを好きだという人に出会ったことがなかったからだ。
「あ…ごめ」
そんな私を水戸くんはクックックと笑いながら「うん、オレも好き」と言った。
その笑顔に少しだけドキッと心臓が鳴ったのは気のせいだと思うことにした。
それから私たちの距離はみるみるうちに縮まっていった。
好きなバンドの情報交換や、他のアーティストのCDの貸し借りなんかもした。
絶対に関わることのないと思っていた人ーー。
怖くて、同じクラスでもこのまま話すことなく卒業するんだろうな…なんて思ってた。
けど、水戸くんはよく笑ってくれるし、優しいし……。好きになるのに時間はかからなかった。
2年生も終わりに近づいた3月。
私は平日の午前中にいつものCDショップにいた。初めて学校をサボったのだ。
理由は1つ。
「やっぱりいた」
後ろから声をかけられ慌てて振り返ると握ったこぶしを口元へ持っていき、くつくつと肩で笑う水戸くんだった。
「水戸くんかぁ~あせったぁ…」
「佐藤さんがサボるなんて…お目当てはやっぱり、コレ?」
水戸くんはニヤリと笑いながら1枚のCDを私に見せてきた。
「もちろん!」
私も1枚のCDを水戸くんに見せながら、同じくニヤリと笑った。
今日は楽しみにしていた例のバンドのアルバムが発売される日。
何ヶ月も前から楽しみにしていて、学校が終わるまで待てなかったのだ。
「……でも、どうしよう」
CDショップから水戸くんと一緒に外へ出たのだが、私のそんな言葉に水戸くんは不思議そうに「どうした?」と
聞く。
「買ったはいいけど、今家に帰ったらお母さんいるや…学校サボったなんてバレたら怒られる…。ウォークマン持ってきてないし…」
私は何も考えていなかった自分に呆れて、はぁぁぁと
大きく長いため息をついた。
すると水戸くんは一言こう言った。
「うちで聴く?」
ききききき来ちゃった。
どうしよう。いや、もうどうしようもなにもないんだけど。
好きな人の家に来るなんて、しかもご両親は仕事でいないらしく2人っきりなのだ。
緊張しないわけがない。
「適当に座ってて」そう言われ、私はベッドに背をつけ床に座っている。そして、ぐるりと部屋を見渡した。
水戸くんの部屋は物が少なく、シンプルで綺麗だった。
……私の部屋より綺麗かも。
「ほい、どーぞ」
「あ、ありがとう……」
水戸くんは私にマグカップを渡す。
中にはホワホワと湯気をたたせたココアが入っていて、私はそれを冷ましながらゆっくりと飲む。
「なにこれ美味しい!!え?!なんのココア?!」
あまりの美味しさに私は驚く。
いつも家で飲むものとは別物のようで、感動すら覚えた。
「え?なにってフツーのココアだけど?まぁ、ミルクと粉の割合にコツがあんだよ」
水戸くんは笑って立ったままココアを飲んでいる。
というか、そんなナリでココアを作るのが上手とか…
ギャップがありすぎるんだけど。
思わず私はクスクスと笑ってしまった。
「なーに笑ってんですか」
水戸くんはそう言って私の隣に座り、優しく私の頭を
クシャクシャと撫でた。
2人の距離はこれでもかというぐらいに近い。
壁にかかっている時計の秒針の音とともに、お互いの
心臓の音が聞こえてくるようだ。
その時、水戸くんの顔がゆっくりと近づいてくる。
そしてそのまま2人の唇は重なり合った。
唇に触れている感触がなくなり、私はそっと目をあけた。
目の前には水戸くんの顔。私の好きな人の顔。
「ふぁ、ファーストキス…」
私はドキドキと心臓が破裂しそうで、マグカップを持っている手にギュッと力を込める。
すると水戸くんは「はは、オレも」と照れくさそうに優しく笑った。
その日家に帰ると「あんた学校サボったでしょ?!」とお母さんに叱られた。
どうやら学校から電話がいったらしい。その考えはなかった……。
お母さんの説教はしばらく続いたが、そんな事どうでもよくなるぐらい私はフワフワした幸せな気持ちでいっぱいだった。
けれど、そんな幸せな気持ちは長くは続かなかった。
それも私から手放してしまったんだ、その幸せを。
水戸くんと付き合い初めて数週間後、委員会が長引いた私は1人で学校からの帰り道を歩いていた。
それが運命の分かれ道。毎日歩いている道、いつも通る人気の少ない空き地、、、のはずだったのに。
「…佐藤さん」
私の目の前に映ったのはいつもの空き地の風景ではなく、何人もの人が殴りあっている風景。
その中の1人に私は名前を呼ばれ、ドクンと心臓が嫌な音をたてはじめる。
「水戸…くん」
声をかけてきたのは私の大好きな人。
いつも私に優しく笑ってくれる大好きな彼氏。
気まずそうな顔で、ゆっくりと私に近づいてくる水戸くん。
わかっていたはずだった。彼が元々どんな人なのか。
顔中傷だらけで学校に来たこともあった、隣の学校の人とやりあったと噂話を聞いたこともあった。
学校をサボって来ない日があることもあった。
ーー自分とは関わることのない人だと思っていた。
「……来ない…で」
私は後ずさりをしてその場から走り去った。
怖い、怖い、怖い。
ただひたすらそう思った。
胸ぐらをつかみ、人を殴る水戸くんは別人のようで…。でも、それは紛れもなく水戸くん本人。
「佐藤さん!!」
グッと腕をつかまれ、振り返ると息を切らして走ってきた水戸くん。
「やだ!離してっ…!!」
私は思わずその手を振り払う。
その時は気付かなかったんだ、そのまま水戸くんとの幸せも振り払ってしまうことに。
「……オレの事怖い?」
それが水戸くんと交わした最後の会話だった。
自然消滅。
それが正しい言葉なのかはわからないけど、私たちは次の日から1度も話すことなく1年後に中学校を卒業した。
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「大人おめでとーー!!!」
式が終わった夜、そんな変な乾杯の声で同窓会が始まった。
この同窓会は中学の集まりで居酒屋の一部屋を貸し切って、クラス関係なく大勢が参加していた。
私は自然と水戸くんを探していた。
けれど、キョロキョロ遠くを見渡しても彼の姿は確認できなかった。
謝りたい。
あの時ただ「怖い」という気持ちがいっぱいで、何も言えなかったこと。きちんと話もせず、離れていってしまったこと。
そして、伝えたい。
ーーホントに大好きだったこと。
けど、今さら伝えたとしてもどうしようもない事はわかっている。だから、このまま遠い思い出にしておいた方がいいのかもしれない。
そう思い、目の前のグラスに入っているお酒をグビっと飲み干した。
「なに飲んでんの?」
頭の上から声が聞こえ、私は顔をあげて声の主を確認すると同時にゲホゲホとむせてしまった。
「ははっ、大丈夫?」
そりゃむせるよ…。
私が探していた張本人が声をかけてきたんだもの。
あの頃より大人びた顔で笑う水戸くんが今、目の前にいる。そして「隣、いい?」と私に問いかけてくる。
「あ、どぞどぞ!!」
水戸くんは持ってきたグラスをテーブルに置き、私の隣に座った。
「久しぶりだな、元気?」
「う、うん。水戸くんは元気にしてた?」
「まぁ、どーにか元気にしてるかな」
……大人になったなぁ、私たち。
会話が少しよそよそしいのも、当たり障りがないのも大人になった証拠なんだと思う。いい意味でも、悪い意味でも。
「あの…さ」
私はこのチャンスを逃すまいと思い、先程考えていたことを実行しようと小さく話し出す。
が、どうしても目を見て話すことはできず、私は軽く下を向いた。
「「あの時はごめん」」
私の声にハモる水戸くんの声に私は思わず顔を上げ、水戸くんを見た。
水戸くんは片眉をさげ、少し寂しそうに笑っている。
そんな顔に私は切なくなる。
キュッと心臓をつままれたように、心が痛くなる。
「なんで水戸くんが謝るの…?」
「いや、フツーに考えて嫌でしょ。人殴ってる男なんて」
「……そうなんだけど」
「ははっ、オレも若かった、つーか子供だったよなぁ」
子供だったーー。
言われればそうかもしれない、けど……。
「違うの、あの時……」
私は握りこぶしを作り、それにギュッと力をこめる。
水戸くんはそんな私の話に耳を傾けてくれているようだった。
「何も言えなくてごめん…もっとちゃんと話せばよかったって……ずっと後悔してたの」
「それはお互い様だよ」
水戸くんはそう言ってポン、と私の頭の上に手を乗せて笑った。その顔はあの時の笑顔となんら変わらない水戸洋平の笑顔だった。
そんな水戸くんに20歳の私の心はまんまと持ってかれたのは言うまでもない。
「そんなに意外?」
「うん!水戸くんは絶対に袴だと思った!」
それから私たちはお酒が進んだこともあり、いつの間にかわだかまりも解け中学生の時のように2人で盛り上がっていた。
話題は今日見た水戸くんのスーツ姿について。
「アイツらがさ」
そう言って水戸くんは、向こうのテーブルでやんや盛り上がっている水戸くんの仲良しの友達たち、桜木軍団を親指で指しながら話す。
「『袴はモテねぇ!絶対スーツだ!!』なんて言ってスーツになったんだよ」
水戸くんは呆れながら言ったけれど、その顔はなんだかとても楽しそうで、嬉しそうだった。
今でもみんなと仲良くやっているのが手に取るようにわかったよ。
なんだか私まで嬉しくなり、顔の筋肉が緩んだ。
「でもちょっと見たかったかも、水戸くんの袴姿」
「……つかさ」
「ん?」
「なんで声かけてくんなかったの?会場で」
水戸くんは真っ直ぐな目で私を見つめながら聞いてきた。
ドキリとしないわけが無い。
なんでーーー?
時間がなかったから?友達といたから?
ううん、そんなのは言い訳だ。
「ーーなんてな。オレも同じなんだけど」
「え?!」
水戸くんは申し訳なさそうに笑って言った。
「オレも佐藤さん見かけてたよ、式の会場で」
「そうなの?!」
「うん、でも声かけらんなかった」
「どうして?」
私の心臓はドキドキと鼓動を早め、音も大きくなる。
今のこの自分の感情に名前を付けることはできない。不安なのか期待なのか、はたまた入り交じった複雑な感情なのか。
「勇気がなかっただけ」
「え…」
「かっこ悪ぃな、オレ」
「……私もだよ。話したかったのに、勇気がなかった」
私たちは2人で顔を見合わせクスクスと笑った。
同じだったんだね。
「でもよくここで話しかけてくれたね」
「あー、それはさ…」
「おい!洋平!!!」
水戸くんが言いかけた時、私と水戸くんの間に1人の男の人が無理やり座り込んできた。
えっと…高宮くん、だっけ?
あんまり話したことはないけど、桜木軍団の一員の人だ。
すると、後ろからもワラワラと軍団達が群がってきた。
「なに抜け駆けしてんだよ!!!」
「いっつも洋平ばっかりいい思いしやがって!!!」
ブーブーと文句をたれ、水戸くんは軽くもみくちゃにされている。
「ほら!あっちにお前らが可愛いって騒いでた子が来てんぞ!!」
水戸くんのそんな発言に軍団たちは勢いよく向きをかえ、獣のような目で反対側のテーブルを見る。
「うわ!まじだ!!」
「行くぞ!!!急げ!!!」
バタバタと去っていく桜木軍団を見送った水戸くんは「ふぅ」と一息ついた。
「……」
「……」
なんとなく私たちは無言になる。
嵐が去った後のように。
「み、水戸くんはいいの?」
「ん?」
「かわい子ちゃんのとこ行かなくて」
「…さっきの話の続き聞いてくれる?オレがここで佐藤さんに声かけた理由」
試すような私の言葉に真剣そのものな表情の水戸くん。
大人になってこんなずる賢い事も覚えた。
もう中学2年生の2人ではない。
「後悔すると思ったんだ。ここで話しかけないと…一生な」
私たちは瞳をそらさず、お互いの目を見ながら話をする。が、表情を先に崩したのは水戸くんだった。
「ーー単純な事だよ、また心を持ってかれちまったってやつ」
困ったように笑う水戸くん。
そんな言い回しは昔と変わらない。
「……オレの事怖い?」
「怖いよ、超怖い」
「そうだよなぁ……」
「……また夢中になっちゃいそうで、すごく怖い」
水戸くんは目を丸くして私を見る。
ーーこれはあんまり見た事ない顔かな。
そして私達はお互いの顔を見て「ぷっ」と笑い出した。
「何に夢中になんの?」
水戸くんはそう言ってテーブルの下で私の手を握りながら聞いてくる。
意地悪そうにニヤリとしながら。
ずるい。悔しいから絶対言わないんだ。
「教えません」
「ははっ、そうきたか」
私たちは笑い合いながら握っている手に力を込める。
ーと、その時後ろから視線を感じた。それも殺気めいた視線だ。それを感じ取ったのは私だけではなかったようで、私と水戸くんはゆっくりと後ろを振り向く。
すると案の定ジト目で私たちを睨みつける人物たち。もちろん桜木軍団だ。
慌てて私たちは握っていた手を離す。
「結局かよ!結局おいしいとこ持ってくんだよ!お前は!!」
頭を抱えながら言うヒゲの野間くん。
「佐藤さん、今ならまだ間に合うよ?!オレにしとこ?!」
私にそう言う、今でも金髪頭の大楠くん。
「これもらうからな」
私たちの目の前のテーブルに乗っている料理にかぶりつく高宮くん。
「佐藤さん、洋平を頼みます!」
なんと1番まともな事を言ってきたのは赤い髪の桜木くんだった。学生の頃は1番やばくて危険人物だった人が…。大人になったなぁ。
結局2人の甘い雰囲気は一瞬で終わり、一気に賑やかになる。
ま、いっか…。
「そーいや佐藤さん、アルバム聴いた?」
「あ、もしかして昨日発売したやつ?!」
水戸くんが言ってるのは、私たちが中学生の時に好きだったバンドの事だろう。私たちが親しくなるきっかけになったあのバンドだ。
私は今でも大好きでずっと聴き続けている。
「そうそう。てか、まだ好きだったんだね佐藤さんも」
「うん!もちろん!水戸くんもなんだね」
なんだか私はとても嬉しくなった。
離れている間でも同じモノを聴いていたなんて。
「私も早くアルバム聴きたい」
そう言った私に近付き耳もとで水戸くんは一言こう言った。
「うちで聴く?」
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