邪恋
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~エピローグ~
「珍しい色のマフラー買ったんだね」
12月下旬、オレの部屋のハンガーラックにかかっているマフラーを触りながら彼女は言った。
「あ~、失敗しちゃったな」
「何がだ?」
オレは言っている意味がわからなくて、「うぅーん」と腕を組み唸っている彼女に問いかける。
「仕方ないか……はいっ」
そう言ってオレはラッピングされた袋を渡された。
中を開けてみるとマフラーが入っている。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、クリスマスプレゼント!」
ニコッと照れくさそうに笑いかけてくる彼女はオレの妻だ。年末年始のオレの休みに合わせて、東京から札幌へと来てくれた。
「そーだよね、札幌なんて寒いから買うよねぇ。でも、透にしたら珍しい色味のもの買ったんだね」
「たまにはな」
簡単に嘘をつけるようになったもんだな、オレも。そんな事を思いながら、そのマフラーをくれた人物のことを思い浮かべた。
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出会ったのは4月ーーー。
「佐藤 まなみです」
今年度からオレはここ札幌支社で働くことになった。
上からも「そろそろだ」とは言われていたが、まさか北海道だとは思いもしなかった。
そこで同じ課にいたのが佐藤だ。
オレより年下だが、しっかりして気配りもできる。オレの歓迎会ではその気配りっぷりに感心したもんだ。
その歓迎会でお酒も入っていた事もあり、無邪気に笑う君にオレは柄にもなく学生時代の時のように胸が高鳴った。
それからオレ達の距離はみるみるうちに縮まっていく。お互い惹かれあっていくのが手に取るようにわかった。
それが運命かのようにーー。
「この後うちに来てください」
夏、ビアガーデン会場で君が言う。
オレはその場に立ちつくすことしかできなかった。オレが家に行くという事はどういう事か、そんなの2人ともわかっている。
踏み出してはいけない領域だったんだ。
……けど、そのあとオレたちはその領域を超えてしまった。
オレの意思で。
『このままではダメだ』
何度そう思ったことだろう。
けれど、そんな事はできなかった。
君から離れる事も、妻と別れることも、オレにはどちらもできなかったんだ。
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「明日の函館にはもちろん私があげたこのマフラーしていってくれるんだよね?」
妻は意地悪そうに、そして嬉しそうに笑って隣に座っているオレの腕をつつく。
『函館に行きたい』
オレの休みが始まる前に妻が電話でこう言った。
函館という言葉にオレは君の顔が真っ先に浮かんだんだ。
地元が函館だという君の。
オレと君とはお互い年末年始の休みの話は一切しなかったよな。
きっと君はわかっていたんだろう、オレが妻と過ごすということを。
だからオレもあえて君の予定を聞きはしなかった。
だからといってまさか会うとは思わないだろう。
函館山であれだけの人混みの中、こんな偶然誰が信じられるだろう。
「キレイな人だったね」
君と別れたあと、妻がオレに言ってきた。
ドキリとしないわけではないが、正直そんな妻の言葉より君がどう思っているかがどうしようもなく気になった。
この時に君は決意をしたんだな。
オレから離れる決意を。
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「……花形さんが望んだ結末は私とじゃないでしょう?」
年が明けた新年会の帰り道、そんな君の言葉にオレは何も言えなかった。
ーー思い浮かんだのは君ではなくて、妻の顔だったから。
目の前にいるのは切なそうに笑う君。
オレはそんな顔をさせるために夏のあの日に、君の家に行ったわけではない。
けれど、心のどこかではわかっていたんだ。
君の幸せそうな笑顔をずっと見続けることは出来ないと。
ため息も凍りそうな冬の寒さの中、オレと君の関係は終わりを告げた。
「1年間お世話になりました」
今日、オレはこの札幌支社での勤務を終える。
結局また本社へと戻ることになったのだ。
あれから佐藤と2人で会うことも、連絡を取り合うこともなかった。
もう3月も終わりというのに札幌はまだまだ寒さが厳しかった。
餞別にと職員からいただいた花束はとても大きく、これを抱えて電車に乗るのは正直恥ずかしかった。
オレが電車をおりると隣の車両から降りてきた佐藤に会い、オレたちは並んで歩き出した。
特別な感情は心にしまいながら。
「もうマフラーは終わりじゃないですか?」
お互いのアパートの前へとたどり着いた時、少しだけ困ったように佐藤が笑いながらオレに言う。
「……すまんな、未練がましい男で」
そう言ったオレに寂しそうに佐藤は微笑んだ。そしてオレたちは別れた……はずだったのに、そのまま別れることなんてできなかった。
オレたちは互いに引き寄せられ、キスをする。
場所も人目もはばからず、何度も。
「お元気で…」
「あぁ、佐藤もな…」
……オレたちは最後の言葉を交わし、互いの道へと歩き出した。
けれど、オレはそのまま真っ直ぐ前に進んでいくことは出来ずに振り向く、ゆっくりと。
佐藤は1度も振り返らず真っ直ぐに歩いていた。
それを見てオレには佐藤の決意が伝わったんだ、痛いほどに。
目の奥に光る涙をこらえ、オレにさよならを言った佐藤の気持ちがーー。
そしてオレは前を向き歩き出した。
3年後ーーーー
佐藤、元気でやっているか?
先日結婚式を挙げたと、本社に研修へ来ていた君の同僚…元同僚から話を聞いたよ。
君が会社を辞めたと聞いたのは、去年だった。
たまたま用事があり、札幌支社へ電話をかけたんだ。
その時、君が会社を辞めたと聞いた。もう辞めてから1年が経っていたそうだ。
君にはたくさん辛い思いをさせてしまったな。
本当に悪かったと思っている。
君のことだから、オレがいない所で1人で泣いたりもしていたんだろう。
ただオレに見せてくれていたあの笑顔は、本物だと思ってもいいだろうか?
あの頃のオレにとって君は本当に大事な存在だった。
信じてはもらえないかもしれないが、失いたくなかったんだ。
けれど、君の幸せそうな顔を見てこれでよかったと今は心からそう思える。
見せてもらったんだよ、スマホで撮った結婚式の写真を。
君の元同僚が嬉しそうに見せてくれたよ。
スマホの画面の中で幸せそうに笑う君を見て、オレは嬉しかったよ。
正直に言うと少しだけ妬けたけどな。
それでもオレは君を忘れることはないだろう。
君に恋焦がれる、という訳ではないが…
オレの中でいつまでも君は特別な人だから。
君の中でオレは
「仕事のメール?」
そんな声でオレはスマホから手を離した。
そして声がした方へと顔を向けた。
目の前には「ハイ」とオレにコーヒーが入ったマグカップを差し出す妻の姿。
「ありがとう」
オレはそのマグカップを受け取り、フゥ…と息を吐き
コーヒーを飲んだ。
「さっきから一生懸命スマホ打ってるからさ、仕事忙しいの?」
妻はオレの隣へと腰をかけ、フゥフゥと自分の分の飲み物を冷ましている。
「いや……大丈夫だ」
「この子が生まれてきても仕事ばっかだと困りますよー?」
クスクスと笑って、妻は自分の大きなお腹をさすりながら言った。
オレにはこれから守るべきものが増える。
それをとても幸せに思う。
ただーーー
ふとした時、君を思い出すぐらいいいだろう?
だって君はオレの中で消えることの無い人だから。
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