邪恋
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「あけましておめでとうございます。今年も皆さんの活躍を期待しています」
そんな課長の挨拶で仕事が始まった。
もちろん同じフロアには花形さんの姿もある。
フロア内にあるコートをかけるラックには、私がクリスマスに花形さんにあげたマフラーもかかっている。
今回のお正月休みは9連休だった。
いつもより多めの連休のあとの仕事はホントにキツい。
同僚は「今週はリハビリだよ」なんて言っていた。
お正月休みの間は花形さんとは会ってもいないし、連絡もとっていない。
もちろん私から連絡なんてできるわけがない。
1度だけ、1日に『あけましておめでとう』とLINEが来ていたが、返信はしなかった。
もう、決めたから。
「改めまして…あけましておめでとうございまーす!」
居酒屋の個室で乾杯が始まる。
仕事始めから数日後、今日は職場の人達と新年会だ。
それからみんなだいぶお酒もすすみ、それに伴い酔いもすすんでいるようだった。
「花形さーん!やっぱり戻っちゃうんですかー?本社に」
1人の女の子が酔っ払いながら花形さんへと絡み始めた。
「まだ決まってはないよ、3月に入らないとわからないな」
「そりゃ戻った方がいいですよね、奥さんも待ってるし」
私の発言に花形さんが一瞬驚いた顔をしたのを私は見逃しはしなかった。
周りにはわからないぐらいの一瞬。
「私、大晦日に花形さんご夫婦に会ったんですけど」
「え?!どこでどこで?!」
普段花形さんは自分から奥さんの話をすることは無い。そのため同僚たちは私の話に興味を持ち耳を傾けてくる。
「函館山で、私は地元の友達と行ってたんですけどね」
「どうだった?やっぱり奥さん綺麗だったか?!」
課長までノリノリで話に加わってきた。
「えぇ、そりゃもう!超絶美人でしたよ!」
「やっぱりかぁー」「だと思ったー!」と周りは大盛り上がりだ。
ただ1人、花形さんだけを除いて。
「二次会行く人ー!!」
「あ、私はちょっと…」
いつもなら私は割と二次会参加メンバーだが、今回は断りをいれた。
「えぇー?!まなみさん来ないんですかぁ?!あっ!!もしかしてデート?!」
「ふふふ、内緒」
私は後輩の頭にポンと手を乗せ、周りに挨拶をしてこの場を離れていくみんなを見送った。
花形さんと2人で。
「デート…するか?」
「そんなふうに思ってないですよね?」
「どうしてだ?」
「……」
私は何も言えないままでチラチラと細かい雪が降る中、私たちは並んで歩き出した。
「……降ってきたな。タクシー拾うか?」
お店から家までは少しだけ距離があるが、十分歩いて帰れる距離だった。
「歩いて帰りませんか?酔い覚ましにも丁度いいし」
「いつもより飲んでいないだろ?」
「……なんでもお見通しですね」
私が二次会へ行かない理由もわかってるんですよね?
だから、花形さんも二次会へは行かなかった。
なぜ私が奥さんに会ったことをみんなの前で話したのかも、私が今から花形さんに何を言うのかもなんとなくわかってるんですよね?
私のアパートの前に着いた時、私たちは立ち止まり向かい合った。
けれど、私はどうしても花形さんの顔を見ることができず下を向く。
「花形さん、あの……」
「オレはこのまま終わりにしたくない」
思ってもいなかった花形さんの言葉に私はゆっくりと顔を上げた。
眉をしかめ、辛そうな表情の花形さん。
そして私をギュッと抱きしめる。
「は、花形さん…誰かに見られたら…」
「かまわない。それでもいいんだオレはまなみと…」
いつものように私を優しく包み込んでくれるような抱きしめ方ではなく、とても力強く少し痛みを感じるほどに花形さんは強く私を抱きしめた。
いいわけがない。何もかも捨てて私と一緒になるなんて……
「……花形さんが望んだ結末は私とじゃないでしょう?」
私の言葉に花形さんは少し黙ったあと、抱きしめている力を緩めた。
そして私は花形さんからゆっくり離れ、真っ直ぐに花形さんを見つめる。
「もう、終わりにしましょう」
涙をこらえ、ハッキリとそう口にした。
「……みんなの前で大晦日にオレに会ったことを言ったのも、踏ん切りをつけるため、か…」
やっぱりわかってたんですね。
いつも気づいてくれてましたよね…仕事で嫌なことがあった時も、体調が優れない時も、誰よりも先に私の変化に気づいてくれていましたよね。
そんなあなたの優しさに嬉しくて、幸せな気分になってた。
「私が求めた幸せは…花形さんとではないです」
「……そうか」
嘘。
ホントはあなたと幸せになりたかった。
あなたと生きていきたいと思った。
でも、私には重すぎる。何もかも捨ててそれ以上のものを背負って生きていく覚悟なんてない。
だからーーー
こうして私と花形さんの関係に終止符が打たれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それから2ヶ月が過ぎ、あと数日で4月が始まる。
私と花形さんはあれから2人で会うとことも、連絡を取り合うことも無い、ただの同僚だ。
そして、やはり花形さんは4月から本社へと戻ることになった。
今日は花形さんが札幌支社での最後の仕事の日。
「うわーん、また戻ってきて下さァァい!」
就業後に後輩の女の子が泣きながら花形さんへ花束を渡す。
たった1年でこれだけ後輩に懐かれる人もそういないだろう。しかも上司にも感謝をされている。
それだけ花形さんは頑張ってくれたのだ。
私にだけじゃない、他の社員の変化にもいち早く気づき、手助けをしてくれていた。
真面目で人にも自分にも厳しくて、それでも優しいーー。
そんなあなたが好きでした。
「あれ…」
「なんだ同じ電車だったのか」
電車からおりると隣の車両から大きな花束を抱え、おりてくる花形さんに出会った。
「ふ、ふふ…花束大きすぎましたかね」
「嬉しいけど……少し豪華すぎだな」
私と花形さんは笑いながら並んで歩き出した。
久々に2人に並んで歩く。けれどそれはあくまでも職場の同僚として。
胸の鼓動が早くなるのは仕方ない、、よね。
「いつ引っ越すんですか?」
「明日だよ」
「そう…ですか」
「1年間世話になったな」
「こちらこそ」
他愛もない話をしていると、あっという間にもうお互いのアパートの前だ。
花形さんはスっと私に手を差し出し、私はそれを握手という形で握る。
「もうマフラーは終わりじゃないですか?」
花形さんの首元には私がクリスマスにあげたマフラーが巻かれている。
もうすぐ4月、さすがにマフラーをしている人はほとんどいなくなっていた。
それでも花形さんは毎日巻いて来ていた。
「寒がりなものでな」
花形さんはマフラーを軽く触り、困ったように
「……すまんな、未練がましい男で」
と言った。
そして私たちはそのままお互いのアパートへと歩き出した。
ーーはずだった。
気付いたら私たちは引き寄せられるかのようにお互いの元へと駆け寄り、そのまま口付けを交わす。何度も、何度も。
「お元気で…」
「あぁ、佐藤もな…」
名残惜しそうにお互いの頬からゆっくり手を離し、私たちは歩き出した。
もう私は振り返ることもせず、別々の道を。
3年後ーーーー
花形さん、お元気ですか?
もうすっかり出世コースに突入していると元同僚から聞きました。
そうです。私はあれから仕事を辞め、地元の函館に戻って来ました。
あなたと過ごした日々は私にとって苦しいものでした。
はがゆくて、心が痛くてーー。
でも、それ以上にあなたのことを愛していました。
あなたと何気ない会話をしている時、抱き合っている時、これ以上ない幸せを感じていたんです。
けれど綺麗な思い出になんてする事は一生できません。
ただ、一つだけ言わせてください。
あの時私にとってあなたが全てでした。
私は明日結婚式を挙げます。
あなた以上に『一緒に生きていきたい』と思える人と出会えたのです。
悔しいですか?
あなたの事なのできっと「そうだな」と言って優しく笑ってくれることでしょう。
私は今、堂々と心の底から幸せだと言えます。
それでも私はあなたの事を忘れることはないでしょう。
忘れられずに恋焦がれている、という事でありませんが…私の心からあなたが消えることはないでしょう。
あなたの中の私は
「友達とLINE?」
その声で私はスマホから手を離し、目の前に差し出されたマグカップを受け取る。
キッチンから持ってきてくれたであろうそのカップの中には、ユラユラとゆれながらコーヒーが入っているのがわかる。
「さっきからずっとなんか打ってるからさ」
そう言いながら、私が座っているソファの隣に腰をかけたこの男性は私の旦那様。
私はそっと彼の肩に頭を乗せた。
「思い出話、だよ」
私は宛先未記入のメール画面に自分が打った文面を見ながら、話した。
そしてそれを消去する。どこに送る訳でもない、その文面を。
もし翼があったら今すぐあなたの元へ飛んで行きたい、なんて思っていた時もあったけれど…
そんな翼は凍らせて砕いた。
もう、あなたの元へ行きたいと思うことも無い。
あなたを想って泣くことも無い。
ただ
ふとした時、あなたの事を思い出すーー
それぐらいは許してもらえますか?
だってあなたは私の中で消えることの無い人だから。