邪恋
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「おい、行き遅れ女」
お正月休みに入り、実家のある函館へと帰りダラダラしていた私に1人の男が嫌なことを言う。
「ケンジ」
ケンジは私の家の隣のお隣さんで、いわゆる幼なじみというやつだ。
もう今は家を出ているが、お正月で私と同じく帰省していたのだろう。
『行き遅れ』というのはもちろん『嫁に』という意味だ。
「やっほ!」
ケンジの後ろからひょこっと1人の女性が顔を出してきた。
「ひとみちゃん!!」
ひとみちゃんはケンジの奥さん。
この2人は高校生の頃から付き合っていた。ひとみちゃんは私より3歳上で、私にとって本当の姉のようでいつも頼りにしている。
「つーわけで!行くぞ!!」
「…は?!」
やってきたのは大勢の人の山…ではなく、函館1番の観光名所である函館山。
けれど、人の山…というのも間違ってはいない。
大晦日の函館山なんて夜景よりもたくさんの人を見に行くようなものだ。
「なんでわざわざ地元の観光名所に行かなきゃなんないの?!しかも大晦日に!正月休みは家でゆっくりするもんじゃな…」
不貞腐れてブーブー文句を言うとケンジが私の顔をジッと見ていたことに気づき、言葉を止めた。
「まなみ、お前札幌でうまくやってんの?」
「え…?」
「なーんかお前今年変じゃね?」
「へ、変?!」
ケンジとはだいたい1年に1回、この時期にしか会わない。
「おばさんも気にしてたよ?」
ひとみちゃんが心配そうな顔で私に言う。
「お母さんが…?」
「なんかまなみちゃんが元気ないって」
……やだ。
やめてよ、そんな事言われたら泣きそうになる。
誰かにこの想いを吐き出したくなっちゃう。
けど、怖い。
『やめなさい』
人にそう言われるのが怖い。それならやめればいい。
そんなわかりきっていることが、私の頭の中でグルグルと堂々巡りしている。
「まなみ?」
「まなみちゃん?大丈夫?」
「なんもないよ!あ、でもちょっと仕事が大変かな?体力なくなってきたしね」
私は笑って2人から目を背け、そう答えた。
大丈夫、上手に笑える。嘘も上手くなった。
ーと、その時頭の上に重みを感じた。
「……ま、オレらは函館から出るつもりねぇし。いつでもまた帰って来いよ」
ケンジは私の頭の上に手を乗せてそう言った。
きっと2人とも何かを感じ取ってくれてるんだろうな。
頭の上の重みは優しさを含んだ温もりを感じる。
「……ありがと」
少しだけ心が軽くなり、今度は2人の目を見て素直にお礼を言った。
その時、私の視界に入ってきた光景に私は全身が凍りつくのを感じた。
「佐藤…」
「は、ながたさん……」
私の目の前には花形さん。
なんで?どうして?
そんな疑問は花形さんの隣にいる人を見れば検討がつく。
札幌で単身赴任の夫に会いに来たから、ついでに北海道を観光……そんな所だろう。
「透?お知り合い?」
スラッと背が高く、コートを着ていてもスタイルがいいのがよく分かる。
目鼻立ちはクッキリしているが、優しそうな雰囲気の女性。
誰が見たってお似合いの2人だ。
私の心臓はバクバクと音を立て、鼓動がどんどん早くなっていく。
ダメだ。まともに顔を合わすことなんてできない。
「あ!もしかして札幌支社の同僚の方ですか?」
女性の問いかけに私はハッとする。
そして、次の言葉で現実を突きつけられた。
「花形の妻です、いつも主人がお世話になっています」
「あ…、佐藤と申します。こちらこそ花形さんにはいつも仕事で助けられています」
「こうやって北海道の観光もできて、ちょっとだけこの人が転勤になったのがラッキーなんです」
クスクスと笑う花形さんの奥さん。
私たちの関係なんて何も知らずに、ただ無邪気に笑顔を見せてくれる。
そして花形さんの首元にはマフラー、私があげたものとは違う柄のマフラーが巻かれていた。
「じゃあ、オレらはこの辺で」
切り出したのは花形さんではなく、ケンジだった。そして私の手首をつかみ、早歩きで進み出す。
「ちょっと、どこ行くの?」
「てっぺん」
「は?!」
「どーせなら1番上でカウントダウンしたくね?」
いつの間にかケンジとひとみちゃんの2人に手を握られたままやって来たのは展望台の1番高い場所。
もちろん同じことを考える人はたくさんいるもので、人混みでギュウギュウだった。
「…っとに」
私はひとみちゃんの肩に軽く自分の頭乗せ、ポツリと言う。
「重いなぁ」
「何が?」
ひとみちゃんは優しく私の頭を撫でながら聞いてくる。
「……現実」
『現実』という言葉を口にした途端、私の目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出てきた。
「そりゃ重いだろうよ」
周りからカウントダウンの声があがるなか、ケンジは厳しく、それでもどこか優しいような口調で話す。
そしてひとみちゃんは何も言わず、下を向きながらポロポロと泣き出す私の手を優しく握る。
「重くなかったらそんなん現実じゃないだろ。夢だよ、ゆーめ!……みんなその重いもん背負ってんだよ」
「…ケンジがまともな事言うと大雪が降るからやめて?」
ひとみちゃんの言葉に私は涙を流しながらも、思わずクスリと笑ってしまう。
「ちょーどいいじゃねぇか、今年は雪少なすぎんだよ」
そんな会話をしていると、周りからわぁっ、と歓声があがった。
どうやらいつの間にか年を越していたらしい。
私は涙を手で拭い顔をあげ、2人に「あけましておめでとう」と言った。
「おう。さっきも言ったけど、オレらは函館から出るつもりねーからさ…」
「いつでも帰ってきてね?」
そんな大好きな2人の優しさにまた涙が溢れる。
けど、さっきとは違う涙。ただ単に冷たい涙なんかじゃない。
私は2人に抱きしめられながら子供のように泣きじゃくった。
山をおりるまでの間、花形さんと奥さんを見かけることはなかった。
私は現実を見ないふりをしていたんだ。
見ないふりというよりは、見ないようにしていた、自ら。
いつまでも夢見ちゃいられない。
そして数日後、私は札幌の自分の家へと戻った。
ひとつの決意と共に。
お正月休みに入り、実家のある函館へと帰りダラダラしていた私に1人の男が嫌なことを言う。
「ケンジ」
ケンジは私の家の隣のお隣さんで、いわゆる幼なじみというやつだ。
もう今は家を出ているが、お正月で私と同じく帰省していたのだろう。
『行き遅れ』というのはもちろん『嫁に』という意味だ。
「やっほ!」
ケンジの後ろからひょこっと1人の女性が顔を出してきた。
「ひとみちゃん!!」
ひとみちゃんはケンジの奥さん。
この2人は高校生の頃から付き合っていた。ひとみちゃんは私より3歳上で、私にとって本当の姉のようでいつも頼りにしている。
「つーわけで!行くぞ!!」
「…は?!」
やってきたのは大勢の人の山…ではなく、函館1番の観光名所である函館山。
けれど、人の山…というのも間違ってはいない。
大晦日の函館山なんて夜景よりもたくさんの人を見に行くようなものだ。
「なんでわざわざ地元の観光名所に行かなきゃなんないの?!しかも大晦日に!正月休みは家でゆっくりするもんじゃな…」
不貞腐れてブーブー文句を言うとケンジが私の顔をジッと見ていたことに気づき、言葉を止めた。
「まなみ、お前札幌でうまくやってんの?」
「え…?」
「なーんかお前今年変じゃね?」
「へ、変?!」
ケンジとはだいたい1年に1回、この時期にしか会わない。
「おばさんも気にしてたよ?」
ひとみちゃんが心配そうな顔で私に言う。
「お母さんが…?」
「なんかまなみちゃんが元気ないって」
……やだ。
やめてよ、そんな事言われたら泣きそうになる。
誰かにこの想いを吐き出したくなっちゃう。
けど、怖い。
『やめなさい』
人にそう言われるのが怖い。それならやめればいい。
そんなわかりきっていることが、私の頭の中でグルグルと堂々巡りしている。
「まなみ?」
「まなみちゃん?大丈夫?」
「なんもないよ!あ、でもちょっと仕事が大変かな?体力なくなってきたしね」
私は笑って2人から目を背け、そう答えた。
大丈夫、上手に笑える。嘘も上手くなった。
ーと、その時頭の上に重みを感じた。
「……ま、オレらは函館から出るつもりねぇし。いつでもまた帰って来いよ」
ケンジは私の頭の上に手を乗せてそう言った。
きっと2人とも何かを感じ取ってくれてるんだろうな。
頭の上の重みは優しさを含んだ温もりを感じる。
「……ありがと」
少しだけ心が軽くなり、今度は2人の目を見て素直にお礼を言った。
その時、私の視界に入ってきた光景に私は全身が凍りつくのを感じた。
「佐藤…」
「は、ながたさん……」
私の目の前には花形さん。
なんで?どうして?
そんな疑問は花形さんの隣にいる人を見れば検討がつく。
札幌で単身赴任の夫に会いに来たから、ついでに北海道を観光……そんな所だろう。
「透?お知り合い?」
スラッと背が高く、コートを着ていてもスタイルがいいのがよく分かる。
目鼻立ちはクッキリしているが、優しそうな雰囲気の女性。
誰が見たってお似合いの2人だ。
私の心臓はバクバクと音を立て、鼓動がどんどん早くなっていく。
ダメだ。まともに顔を合わすことなんてできない。
「あ!もしかして札幌支社の同僚の方ですか?」
女性の問いかけに私はハッとする。
そして、次の言葉で現実を突きつけられた。
「花形の妻です、いつも主人がお世話になっています」
「あ…、佐藤と申します。こちらこそ花形さんにはいつも仕事で助けられています」
「こうやって北海道の観光もできて、ちょっとだけこの人が転勤になったのがラッキーなんです」
クスクスと笑う花形さんの奥さん。
私たちの関係なんて何も知らずに、ただ無邪気に笑顔を見せてくれる。
そして花形さんの首元にはマフラー、私があげたものとは違う柄のマフラーが巻かれていた。
「じゃあ、オレらはこの辺で」
切り出したのは花形さんではなく、ケンジだった。そして私の手首をつかみ、早歩きで進み出す。
「ちょっと、どこ行くの?」
「てっぺん」
「は?!」
「どーせなら1番上でカウントダウンしたくね?」
いつの間にかケンジとひとみちゃんの2人に手を握られたままやって来たのは展望台の1番高い場所。
もちろん同じことを考える人はたくさんいるもので、人混みでギュウギュウだった。
「…っとに」
私はひとみちゃんの肩に軽く自分の頭乗せ、ポツリと言う。
「重いなぁ」
「何が?」
ひとみちゃんは優しく私の頭を撫でながら聞いてくる。
「……現実」
『現実』という言葉を口にした途端、私の目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出てきた。
「そりゃ重いだろうよ」
周りからカウントダウンの声があがるなか、ケンジは厳しく、それでもどこか優しいような口調で話す。
そしてひとみちゃんは何も言わず、下を向きながらポロポロと泣き出す私の手を優しく握る。
「重くなかったらそんなん現実じゃないだろ。夢だよ、ゆーめ!……みんなその重いもん背負ってんだよ」
「…ケンジがまともな事言うと大雪が降るからやめて?」
ひとみちゃんの言葉に私は涙を流しながらも、思わずクスリと笑ってしまう。
「ちょーどいいじゃねぇか、今年は雪少なすぎんだよ」
そんな会話をしていると、周りからわぁっ、と歓声があがった。
どうやらいつの間にか年を越していたらしい。
私は涙を手で拭い顔をあげ、2人に「あけましておめでとう」と言った。
「おう。さっきも言ったけど、オレらは函館から出るつもりねーからさ…」
「いつでも帰ってきてね?」
そんな大好きな2人の優しさにまた涙が溢れる。
けど、さっきとは違う涙。ただ単に冷たい涙なんかじゃない。
私は2人に抱きしめられながら子供のように泣きじゃくった。
山をおりるまでの間、花形さんと奥さんを見かけることはなかった。
私は現実を見ないふりをしていたんだ。
見ないふりというよりは、見ないようにしていた、自ら。
いつまでも夢見ちゃいられない。
そして数日後、私は札幌の自分の家へと戻った。
ひとつの決意と共に。