過ち
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女性の平均寿命が85歳を超えた今、長い人生の上で後悔をしない人なんているのだろうか?
いや、誰しもが1度は何かしらに後悔をした事はあるはずだ。
ーーその後悔の大きさは人それぞれだとしても。
最悪だ。
最悪だよ。
なんでこんな事に…。
ただ今私は人生最大と言っていいほどの後悔をしている。
朝目覚めると、知らない天井。
隣には昨日熱い夜を過ごした相手の男性。
もういい歳だ、別にこれぐらいのことで人生最大の後悔とは言わない。
問題なのは相手ーーー。
「……ん、アレ…起きてたの」
そう言ってゆっくりと目をあけ、大きなあくびをするこの男性。
仙道彰。
私の職場の同期。
「……おはよ」
私はそそくさとベッドから出ようとしたが何も身につけていない事に気付き、慌てて布団を身体に巻き付ける。
「なにも隠さなくていいじゃん」
「……着替えるから仙道くんがこれかぶってて!」
私は身につけた布団をはがし、仙道くんの顔へと思いっきり押し付けた。
「別にいーじゃん。昨日さんざん見たんだし」
そう言って布団から顔を出す仙道くん。
その顔から悪気がないのはわかる。
「そーだよね、仙道くんは女の裸なんて見慣れてるもんね」
「はははは」
……否定しないのかよ!!
心の中でそう叫んで私は着替えを終えた。
「もう帰っちゃうの?」
まだベッドから出ようとしない仙道くんが私に声をかける。
「誰かさんみたいに遅刻ギリギリに出社したくないからね」
私はそんな可愛げのない事を言って仙道くんの家を出た。
仙道くんの家は私の家から徒歩圏内で、朝の気持ちいい光を浴びながら私は歩く。
……昨日の出来事を思い出しながら。
確か昨日は同期仲間との飲み会があってーー
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「あれ?仙道くん…なにしてんの?」
なんだか飲み足りないと思い、飲み会後に1人でやってきた小さな飲み屋で偶然会ったのは、同期飲み会を行けないと断った仙道くんだった。
「あら、まなみちゃん。1人?」
仙道くんはカウンターの席に座りながら隣の席のイスを引いて、「どーぞ」と私に座るよう促す。
もちろん私はそのままそのイスに座った。
「なんか飲み足りなくてさ。てか、仙道くん今日用事あったんじゃ…」
もしかして誰かと来てるのかな?と今更ながら私はキョロキョロと辺りを見渡す。
「ははは、オレ1人だよ」
「え、そーなの?」
「さっきまでは違ったけど」
そう言って仙道くんは目の前のグラスを持ち、ソレをゆらゆらと揺らした。
「……あ~、デートだったんだけど怒らせて帰っちゃったやつ?」
「はは、するどいね」
困ったように眉を下げ、笑う仙道くん。
仙道くんはこの端正な顔立ち、スラッとした高身長、物腰のやわらかさ、そして来る者拒まず。
このスペックのおかげで社内・社外問わずモテモテだった。
それから私たちはお酒がすすみ、けっこういい気分に酔っていたんだと思う。
「仙道くんさぁ~、そんな事ばっかしてると誰からも相手にされなくなるよぉ??」
「えぇ~?じゃあさ…」
カウンターの上でそっと私の手が仙道くんの手に包まれる。
「まなみちゃんがオレの相手して?」
薄暗い店内、吸い込まれそうなキレイな仙道くんの瞳。
そんなムードの中気が付いたら私は頷いていたんだ。
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ーーーいや、断れないでしょ。
断れるわけがないじゃん!あんなん!!!
あの雰囲気で断れる女の人いたら紹介して欲しいぐらいだよ!!!
そのまま仙道くんの家へ行き、熱くてあまーい夜を過ごしたのだ。
別に仙道くんはいちいち誰を抱いた、なんて人には言わないし、正直すごい上手だった。
何を後悔する事があるのかって?
そんなの理由はただ1つ。
仙道彰は入社当初から私の片想いの相手ということ。
成り行きで身体の関係なってもってしまったら、絶対に相手にされない。
相性がよければまた相手をしてくれるかもしれないけど、それはあくまで身体だけの関係。
そうはなりたくないから、今まで慎重に頑張ってきたのに…。
はぁ…とため息をつきながら私は自分の家へトボトボと歩き続けるのだった。
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「いい加減にして!」
そう言って隣に座っていた女性は席を立ち、店を出ていった。
カウンター越しのマスターは慣れたもんで、興味もなさそうに酒を作っている。
「またふられちゃったよ」
そんなマスターにオレは声をかける。
「相変わらずだなお前は」
この店の常連だったオレは同じようなこんな場面を何度もマスターに見られている。
もう何度目かはわからない。
全部相手は違うけれどね。
「しかしなんで彰はそんなにモテるのかね…顔か、顔なのか」
「ははは、そうじゃねぇの?」
「腹立つ奴だな」
若い頃からオレは女に困らなかった。
何もしなくても女の人は寄ってくるし、それに対してオレも嫌じゃなかった。
もちろん可愛いなぁと思って女の子を抱く。
けれどそれはその時だけで。
いざお付き合いというものを始めても、ドキドキと胸が高鳴ることも無く、いつもふられる。
……まぁ、ほかの女の子を抱いちゃう時もあるしね。
『もういいよ』
『わたしの事好きじゃないでしょ』
『もう耐えられない』
何度と聞いたことか。
だけど別に不満はなかった。
女の子に好かれようと嫌われようと……どっちでもよかったんだ。
その日までは。
「あれ?仙道くん…なにしてんの?」
怒った彼女、いや、元彼女が帰った後に店にやってきたのは同じ職場で同期のまなみちゃんだった。
そーいや今日同期飲み会あるって言ってたよな。
どうやらまなみちゃんは飲み足りたなかったらしく、1人でこの店に来たとの事。
オレたちはそのまま2人で飲んで、けっこう酔っていたんだ。
そしてオレはまなみちゃんと関係を持ったんだ。
特に変なことではない、いつもの事。
可愛いなと思ったから抱いた。
それだけだと思ってたんだけどなぁ。
「おはよ」
いつもより早めに出社するとフロア前の廊下で偶然まなみちゃんに会ったので、オレは挨拶をした。
「お、おはよ…」
明らかに動揺しているまなみちゃん。
さっきオレの部屋から出てく時はキリッとカッコつけて出ていったのに。
そんなまなみちゃんがおかしくなり、オレは笑いをこらえた。
「…なに笑ってんの」
どうやら笑いはこらえきれていなかったらしい。
少しだけ顔を赤く染め、面白くなさそうな顔をしているまなみちゃんの耳元でオレはこう呟いた。
「今日2回目のおはよう、だね」
するとまなみちゃんの顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。
あ、可愛い。
そしてぷいっと後ろを向き歩いて行ってしまった。
「はよ!」
その時後ろから肩をたたかれた。
挨拶をしてきたのは同期の男性職員だ。
「まなみちゃん可愛いよなぁ」
そいつは前を歩くまなみちゃんを見ながら言った。
「昨日の飲み会でどうにかこうにかしたかったんだけど、けっこうガード硬いんだよな」
「え?そぉ?そんな事なくない?」
「は?!なんでお前そんな事わか……は?!お前まさか……っておい!!仙道!!」
オレはそいつの言葉を最後まで聞かずにその場を去った。
おかしい。
めんどくさい事になるのが嫌いなオレは、普段ならこんな事言わない。
けれど、なんだか腹が立ったんだ。
「せん…どう、くんっ…」
昨日のまなみちゃんを思い出す。
名前を呼ばれ、こんなに心掴まれたことはなかった。
まなみちゃんが他の奴にもあんな顔を見せると思ったら腹が立った。
そうか……そーゆーことか。
人ってこんな簡単に恋におちるもんなんだな。
思えばオレから女の子を誘ったのは初めてだった。
いつも女の子から誘われたり、直接じゃないにしろけしかけられたりしていたんだ。
「オレは中学生か…」
半笑いでオレは自分のデスクへと歩を進めた。
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「待って!!!」
大慌てで止めたのは、上りのエレベーター。
これを逃すと15時からの会議に間に合わなくなると、私は走りながら必死に叫んだのだ。
「何階?」
エレベーターの中にいた人物に聞かれ、階数ボタンを見ると私が行く階がすでに押され光っていた。
「あ、同じ階で…」
言いかけた私は言葉を失った。
先に乗っていたのは仙道くんだったから。
「まなみちゃんも15時からの?」
「う、うん…」
エレベーターの中は私と仙道くんの2人だけ。
狭い箱の中、いつもより息苦しく感じる。
「まなみちゃん今日あいてる?」
「…え?」
「今日もオレんち来ない?」
ーーーえ?!?!
私が驚いて仙道くんを見ると、仙道くんはニコニコと微笑んでいる。
ポーン
その時目的の階よりかなり前の階でエレベーターは止まり、ドアが開いた。
そして数名社員が中へと入ってくる。
少しだけ賑やかになったエレベーターの中で私と仙道くんの距離は自然と近くなる。
……心の距離も近づいたって思っていいの?
そんな淡い期待をしていると再びエレベーターは私と仙道くんの2人きりの空間になった。
「……今日、ダメかな?」
仙道くんは私の顔を覗き込みながら聞いてくる。
「仙道くん…それって……」
私の言葉は仙道くんの唇によって遮られる。
昨日何度も重なった唇によって。
「今日もシよ?」
私の頬に手を寄せながら言った、仙道くんのその言葉に私は現実へと戻らされる。
……そうか、そういう事か。
私のこの後悔はやっぱり人生最大の後悔になってしまったんだ。
私はグイっと片手で仙道くんの胸を押した。
もちろん仙道くんから離れるために。
「まなみちゃん?」
不思議そうな顔で私を見る仙道くん。
そうだろうね、あなたにとっては自分を拒否する女の人なんて珍しいよね。
ーーけど。
「バカにしないで」
このまま身体だけの関係になってもいい、再び仙道くんと抱き合えるなら。
正直そんな考えも頭の中をよぎった。
けれど、違うんだ。
そんな簡単な想いじゃない。
「私が欲しいのは仙道くんの身体じゃない」
真っ直ぐに仙道くんを見つめ、私は言い放った。
仙道くんは目を丸くしている。
「私は仙道くんの全部が好き。けど、そこら辺の女の人と一緒にしないで」
そう言って私は下を向き、持っていた書類にぎゅっと力をこめる。
これでいいんだ。
仙道くんは……何も言わない。
そうだよね、こんなこと言われたって仙道くんは何も言えないよね。
すると私の足元に仙道くんの足が近づいてきた。
私はゆっくりと顔をあげると、目の前が真っ暗になる。
「…えっと、まなみちゃん?それはずるくない?」
気がつけば私は仙道くんの腕の中。
「あ~、ヤバい。このまま連れ去りたい」
「ちょっと仙道くん、私の話聞いてた?!」
私は顔をあげる。
するとそのまま仙道くんに優しく両頬を包み込まれキスの嵐。
逃げる隙もないほどの。
「…っ、せっ、んどうくん!!」
ようやく解放された私は彼の名前を呼ぶことしかできなかった。
それなのに仙道くんは更に私をきつく抱きしめる。
ポーン
最悪のタイミングでエレベーターが止まり、ドアが開いた。
「あらま」
開いたドアの先にはそう言って佇む清掃員の中年女性の姿。
仙道くんはその間も私を離そうとはしない。
「うふふふ。どーぞ、どーぞ。次ので行くわ」
女性はニコニコと笑いながら、私たちにそのまま行くよう促した。
「ありがとう、お姉さん」
仙道くんは私を抱きしめたままそう言ってエレベーターのボタンを押した。
「せ、仙道くん…離し」
「やだ」
食い気味に答える仙道くん。
「だってまなみちゃんオレの事好きなんでしょ?」
「……好きだから嫌なんじゃん」
ぐぐぐ、と私は仙道くんの胸を押して離れようとするが、仙道くんの力にかなうわけもない。
するとその手を掴まれ、仙道くんの視線にも捕まる。
「オレ、まなみちゃんとなら溺れてもいいかな」
「……は?」
「恋ってやつに」
そんな言葉は私には信じられなくて、きっと疑いの眼差しで仙道くんを見ていたんだと思う。
仙道くんは「そんな疑わなくても」と困ったように笑った。
「だって…」
信じられると思う?
あの仙道くんだよ?
「……まなみちゃん」
私の声を呼ぶ仙道くんの声。
ドキッとしないわけが無い。
「えっと…待って、待ってね?」
私から視線を逸らし、しどろもどろになる仙道くん。
……何を言うつもりなのだろうか。
そして仙道くんは「よし」と意気込んでこう言った。
「好きだよ」
ポーン。
2人を運んだエレベーターはそこで目的の階へと到着して、ドアが開く。
私たちはゆっくりと廊下へと出た。
「あ~あ、これから会議とかつらくない?」
仙道くんは私の顔を覗き込みながら言う。
……つらいに決まってるじゃん!!
会議の内容なんて絶対頭に入ってこないよ。
今、私の頭の中にあるのはエレベーターの中での仙道くん。
『ホントに好きな人に好きって言うの、こんなにも照れるもんなんだね』
まさか仙道くんの照れている顔が見れる日が来るなんて…。
私の人生最大の後悔は人生最大の幸せへと変わったのだった。
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